
小玉 ユキ(こだま ゆき)
青の花 器の森(あおのはな うつわのもり)
第09巻評価:★★★★☆(9点)
総合評価:★★★★(8点)
思いつなぐ、恋と再生の9巻! 波佐見の窯元で働く青子と龍生。すれ違いから、恋人同士の関係を解消した二人。龍生は展示会のために北欧へ行くが、青子を忘れるために、波佐見に戻らない選択をする。龍生が旅立った後、青子はある決断をして…!?器と恋の物語、想いをつなぐ第9巻。
簡潔完結感想文
- 龍生は心の全てをフィンランドや春馬に向けていた訳ではなく青子にも時間を割いていた事実。
- 地球の裏側にいる龍生との5つ目の共作。2人の器は愛の結晶だから これを貴方に直接 見せたい。
- 青子が熊平に会うべきだったように、龍生も春馬に会いに行く必要があった。涙は心を浄化する。
俺が一番 彼女を紹介したかったの人は…、の 9巻。
復縁の1冊。表面上で起こることは予想通りと言える。だから私は復縁の場面よりも、その前後の場面が印象に残った。
まず青子(あおこ)が龍生(たつき)に会いに行こうと決意する第5の器のエピソード。『7巻』で龍生(と春馬(はるま))のフィンランドの展示が決まってから青子と龍生にコミュニケーション不全が発生する。それが2人の別れの萌芽となるのだけど、龍生は ずっと春馬との思い出に耽溺していた訳ではなく、同時に青子のために秘密裏に行動していたことが龍生との別れの後に明かされる。まるで あの世からの贈り物のようである…。
この共作5つ目となる器で大事なのは初めて「青子が龍生と並んで見た光景」ではない、という点ではないか。1つ目は星、2つ目は雨、3つ目は波、4つ目は草、そして5つ目は桜になるのだが、5つ目は龍生と見ると約束したけれど見れていない景色である。それでも青子は龍生の器の輪郭を触るとインスピレーションが到来した。青子の中で龍生と見た現実を切り取るだけでなく、目の前にない景色も絵付になるという能力の覚醒のようにも読める。そして縁起でもないけれど、もし龍生が先に亡くなっても、彼の器と思い出があれば青子は共作を完成し続ける という数十年後の共作の予感も秘めている…。
これまでも共作の器は2人の愛の結晶・象徴だったけれど、今回の5つ目は未来への約束という時間軸が存在するように思った。
フィンランドに来なければ青子にとって春馬は海と空の向こうの永遠の仮想敵そして復縁後の『9巻』ラストで制作が始まる未完成の6つ目の器にも意味があるような気がした。これは青子と龍生の器であり、そして春馬との初の3人での共作の予感がする。この器だけはフィンランドの景色が閉じ込められる。青子は そのインスピレーションの源泉を春馬からの「おみやげ」だと言っており、その直前に龍生は春馬の姿を見ているので2人の感覚は共通している。
龍生の中で、波佐見(はさみ)で青子と生きるか、フィンランドで春馬を追想するかは二択の問題だったはずだ。けれど後者を選んだ龍生の前に青子が現れることで3人が同一の場所に存在できた。別れという絶望があったけれど、結果的に共存しないはずの存在が集まる不思議な偶然が起きた。
私には春馬の存在が色濃く残るフィンランドの森に龍生が青子を行くことは、一種の親族紹介のように思えた。龍生にとって実の家族は疎遠で青子を紹介する相手ではない。龍生が引き合わせたかったのは自分の器を託せる2人の大切な存在。この地だけで それが可能になり、少なくとも龍生の中で大切な2人は並んでいた。少女漫画の親族紹介は婚約と同義が私の持論だけれど、実際 この後の展開を考えると間違っていないと思う。
また この引き合わせは龍生が春馬を正しく葬送するために必要な条件だと思った。1つは龍生がフィンランドに戻ること、そして もう1つの条件は龍生の幸せを春馬が見届けることではないか。それには青子が必要。春馬は、自分の死で龍生がトラウマとなった火への恐怖心を克服し、次のパートナーを龍生が得て、他者を拒むようになった龍生が誰かを心から愛するようになれた。それを見届けることで成仏したのかもしれない。
頑なに口を閉ざすのではなく、喜びや悲しみを含めた思い出を語ることでカウンセリングのように心を整理する。青子が熊平(くまへい)の別れを乗り越えるために龍生という熊平を知らない人が必要だったように、龍生には青子という春馬を語れる人が必要だった。そして熊平が目の前に出現することで青子が別れを涙で清算したように、龍生も春馬の姿を見て涙を流す。龍生の中の決着に青子が出しゃばらないのが良い。アラサーの お節介ヒロインなんて見てられない。
そして上の画像でも書いたけれど、青子にとっても春馬の存在を身近に感じることで姿の見えない亡霊から、龍生の大切な存在へと理解が変わったように見える。もう龍生の頭が春馬のことで嫉妬することはないだろう。
大切な人の死を乗り越えるのは前作『月影ベイベ』でも描かれていたテーマ。条件が揃った時にだけ切望する相手が出現すること、それが見えるのは限られた人だけという点も似ている気がした。
遠距離や別れの危機と復縁という王道のクライマックスが美しいと感じる本書の輪郭に魅了された。
仕事始めに龍生が退職したことが窯で発表される。青子は、龍生との最後の共作となったマグカップの仕事に集中することで悲しみを乗り越えようとする。
そんな青子の危うい明るさを しのぶ は遠くから見守る。『8巻』ラストで しのぶ が青子に会いに行き、龍生を巡る意見の相違による仲違いを修復する流れになっていたが、その場面は ほぼ割愛され仲直りの印に贈られたマフラーが青子の首元を温めている。中高生向けの少女漫画ならば互いに泣く場面をドラマチックに描くが、20年来の仲である2人の関係は もう少しドライ。
青子と龍生の中に勘づいていた同僚たちは事情を聞くに聞けない。それは これまで2人の交流の様子を見ていた社長も同じ。その代わり社長は青子にマグカップ完成の報告を型師に報告する お使いを頼む。
青子の訪問は実は型師が依頼していたこと。そこで青子は龍生が熱心に型師の作業場に通っていたこと、そこでボンボニエールとも呼ばれる蓋つきの小物入れを制作していたことを知る。蓋つきの器は交際直後の『6巻』で2人が次に作るアイデアを出し合った時に出ていた形である。
そして龍生が それを作ろうとしたのは「大事な人にプレゼントしたいから」。『6巻』で「蓋物は蓋と本体の口が ぴったり合わないといけないんで技術がいる」といっていた品を丁寧に作っていた。別れ話の出る前に龍生が青子との時間を持てなかったのはフィンランド行きだけが原因じゃなかった。その事実に青子は龍生と別れてから初めて きちんと泣く。空港でも しのぶ の訪問時にも泣いていると思うが、人目を気にしないほど感情が溢れるのは初めてではないか。これは熊平との関係を本当に清算した後に初めて泣いたのと似ている。ここが本当の別れで、龍生の望まない別れを望んだのは自分だと気づかされた涙だ。
青子は そのボンボニエールを持ち帰る。そして龍生との思い出の場所で会いたい気持ちを叫び、その想いが絵付のアイデアとなって降り注ぐ。龍生が残した器に絵付をし、それを龍生に見せに行く目標が出来て、青子はフィンランド行きを決意する。
初の海外で今の連絡先を知らない龍生を捜すのは困難を極めることを理解しているが、今の青子は無敵だ。仕事を休むことになるのでフィンランド行きを社長に相談し、そこで初めて社長は2人の関係に口を挿む。
しのぶ に渡航を伝えがてら青子は窯の人に龍生との仲を破局後に公表する。しのぶ や家族に助けられ、フィンランド行きのメールを龍生に送って海を渡る。
青子は交際中に龍生のフィンランドでの住所、連絡がつくかもしれないメールアドレスを聞いていた。だから完全な暗中模索ではない。けれど時間も資金も限られているタイムリミットとの勝負が始まる。
家族のような窯の同僚たちへの恋の公表(破局中)は青子のトラウマの完全克服フィンランド到着後も龍生からの連絡はなく、青子は龍生の手掛かりを追う。慣れない移動の疲労困憊の中でも動いた初日は収穫がなく、2日目は龍生の住居を目指す。だが住人は誰も彼を知らず、龍生が住んでいる気配もなく すぐに1日が終わる。
本来は龍生と繋ぐはずだった日本とフィンランドの国際ビデオ通話を しのぶ と繋ぎ、青子は暗い表情で現状を報告する。しのぶ に励まされて3日目も動き続ける意思を取り戻す。会えなくても足の動き続ける限り動く。そして捜索場所が2周目に入った時に変化が起きるが、その変化に青子は気づかない。
疲弊してベンチに座った青子の前に龍生が現れ、2人は互いの存在を確かめるように抱きしめあい そしてキスをする。それだけで互いに同じ気持ちだと言うことが分かる。
2人は手を繋いでフィンランドの街を歩いて青子の宿泊するホテルに向かう。波佐見(はさみ)は狭い町で人目があるので恋人らしい振る舞いをしていない2人が見知らぬ土地だから手を繋いで歩いている。
ホテルで龍生は もっと青子の存在を確かめようと鼻息を荒くするが、その前に青子は龍生の置き土産となったボンボニエールに絵付をした最新の共作を見せる。その思わぬ完成に龍生は驚く。龍生が自分の絵付に満足してくれる、それが青子の幸福になる。
その後、2人は龍生がフィンランドで住む家に移動する。そこで青子は自分の勘違いで龍生と紙一重で会えなかったことを知る。そして龍生と並んで食事をする。ここで2人は なぜ別れを選んでしまったかという個人と2人の反省をする。龍生側の喪失は青子が この地に来てくれたことで癒された。
フィンランドで自由に動けるのは実質2日。そこで青子は龍生に案内されて いつか龍生が話してくれたフィンランドの森に向かう。この森は春馬との思い出の森でもあった。今の青子は春馬という前パートナーの話を落ち着いて聞ける。
この森で龍生は火を起こしてソーセージを焼く。『5巻』の青子の誕生日から火が怖くなくなり、フィンランドで完全に克服するために火を扱い続けた。春馬が亡くなったフィンランドの地で火を克服することは、トラウマの完全解消の条件だったのかもしれない。生前の彼を語ることで龍生は春馬を正しく葬送し、その目には涙が光る。この龍生の涙を青子は知らない。
青子は春馬の気配が色濃く残る この森で、ライバルであり そして龍生の器が好きな同好の士でもある春馬と仲良くなる予感を抱く。そして青子は この森の自然から新しい天啓を授かる。
龍生との合流を知った しのぶ は号泣。『8巻』で功(こう)が言っていたように しのぶ は青子以上に青子のことで心が動く。この報告は同時に しのぶ と功の事実上の交際発表にもなった。そして功は販売が開始されたマグカップが好評であることを伝える。
続けて功はデリカシー無く2人の今後に踏み込む。それは青子が交際後に龍生の1年間限定の居住を問い直せなかったのと同じ聞けずにいること。
最後の夜、龍生は青子が天啓を得た器を作る。そこで龍生は波佐見での日々によって自分の器作りに対するスタンスが変わっていたことを、この地に来て気づいたと伝える。彼の中で器作りは一人でする作業ではなくなっていた。だから青子に帰国を伝える。その報告に青子は号泣する。ただ龍生は準備があるため帰国は1か月後となるが、今の青子は不安に負けないと思える。