南波 あつこ(なんば )
青Ao-Natsu夏(あおなつ)
第08巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★☆(7点)
これ以上、好きになってしまう前に、吟蔵を想う気持ちを終わりにしようと決めた理緒。だけど上湖村で過ごす最後の日の夜、みんなと作った映画を観ているうちに、理緒の胸には出会ってから今日までの吟蔵との大切な思い出がとめどなく押し寄せてしまう……! そしてついに、お別れの日がやってきて――。理緒と吟蔵、ひと夏の恋の結末は……!? 青春よりも熱く、どこまでもピュアな「運命の夏恋」ストーリー、ついに完結!!
簡潔完結感想文
- 地元の高校生たちが制作した映画には、この土地の、この夏が閉じ込められていた。
- 一生に1回の願いを叶えてくれる滝に祈る2つの願い。それらは どちらも叶えられる。
- 実家の酒屋を真面目に手伝っていたことが吟蔵の未来を拓く。毎日の労働も伏線の一つ。
終わってほしくない夏から、一刻も早く過ぎてほしい秋冬へと繋がる 最終8巻。
何と言っても徹頭徹尾、夏を閉じ込めた作風が素晴らしい。夏休み前のプロローグから夏休み後のエピローグまで、区切りが ちょうどいい塩梅なことに感心した。きっと これ以上 物語を続けると、風の中に空の高さに秋の気配を感じてしまうだろう。夏にこだわり、現実時間で春夏秋冬が巡っても、夏の範疇に全てを収めた作者の確かな筆力を感じた。面白さの指標は人それぞれだと思うが、ここまで既読3長編の南波作品の中で一番 爽やかな作品は本書で間違いない。爽やかは秋の季語らしいけど…。
また本書の舞台となる土地のパワースポット、願いの叶う滝での願いを言うタイミング、そして それが叶うタイミングも素晴らしい。ヒロインの理緒(りお)は この土地で知り合った吟蔵(ぎんぞう)の分の願いも譲り受け、2つの願いを何にするか悩んでいた。これは理緒の私的な「夏休みの宿題」になっていたのだが、彼女は この土地を離れる前日に願いを祈った。
この時、理緒が その実現を願ったのは吟蔵の「夢」が叶うこと。その内容自体は普通だが、きっと これは夏休みの最後に願わなければ確定していなかったことだと思う。知り合ったばかりの頃は吟蔵に夢は表に出ていなかった。吟蔵は夢よりも現実の中で生きることを決めていたから。だが理緒が この夏を通して吟蔵に夢を再発見させる。こうして夏が終わるにつれ、吟蔵の夢は明確に形作られていった。理緒が同じ願いをするにしても、吟蔵の「夢」の内容が確定するのは夏の終わりでなくてはならなかったはずだ。
そして もう一つ、理緒の願いであるキスも叶っている。この滝の霊験は凄い。そして そのタイミングも良い。夏が終わるギリギリのタイミング。いや、キスが季節を進めた と言ってもいいだろう。この次の日からが秋になる。そして作中の季節が動き出したということは、やがて春が来るということでもある。中盤から理緒が願っていたキスが、2人の心に何の迷いもなく、身辺事情も整理した後の澄み切った心で交わされることが感動を一層 引き立てる。もう吟蔵が躊躇していたキスは、ひと夏の思い出となって東京に戻った理緒を苛(さいな)むものではなく、次の春から一緒の季節を過ごすための約束となった。これをハッピーエンドと言わずとして何と言おう。
そういえば1つ目に理緒が願った吟蔵の「夢」とは何だろうか。普通に考えれば東京でデザインの仕事に就くこと。だが、吟蔵の この時点での夢は、理緒と一緒にいることではないかと思った。東京進出は その手段の一つに過ぎない。原因と結果を分けて考えるのは難しいが、ここは、物語の外での将来的な成功が確約されていることよりも、本書が終わるまでに2つの願いが叶ったと考える方が納まりが良いのではないか。そっちの方が自分たちで 作り上げた「運命の恋」に生きる彼ららしい気がする。
理緒が この土地で ゆっくり過ごす最後の日に地元の祭りが開かれる。地元の高校生たちが作成した映画は、理緒が選んだ地元の見所を紹介していて、そこには吟蔵との思い出があった。そのことに嗚咽が止まらない理緒。そして理緒は上映会の後に姿を消してしまう…。
帰ってこない理緒を吟蔵は捜索する。この捜索の間、吟蔵もまた理央との思い出を振り返る。理緒がいたのは願いが叶うという滝。吟蔵の分と合わせて2つの願いを保留にしていた彼女は(『3巻』)、最後に願い事をしていた。
その理緒の姿を発見する吟蔵。どうにか理緒の願いを聞き出す吟蔵。彼女が願ったのは吟蔵の夢の実現とキス。それについては上記の通り。
そして2人は笑って別れること約束する。
別れの場面はアッサリしている。約束通り笑って別れる理緒。だが吟蔵と距離を置こうとする理緒はいつも、彼の姿が見えなくなってから泣くのが通例となっている。
この別れを劇的にしないのは、物語がまだ続くから。てっきり最終回は別れの場面かと思っていたが、ここから3話続く。それが理緒の東京での生活である。
学校が始まり、理緒は東京で再会を約束していた人物と会う。夏休み前から、吟蔵よりも先に会っていた菅野(かんの)と再会する。そして彼から再度アプローチを受ける。菅野は元カレであり当て馬であり理緒を 手っ取り早く幸せにしてくれる男性。幾つも役割がある菅野の立ち位置も良かった。
その一方、吟蔵は「婚約者」の万里香(まりか)と話をつけていた。吟蔵の万里香への愛着は地元への愛着。地元で生きるために頑張っている万里香を近くで見ていたからこそ、吟蔵は この夏までは万里香と一緒に生きる道も悪いものではないと思っていた。だが、進みたい道があって、会いたい人が出来たから、吟蔵は万里香と、そして地元と決別をするのだった。吟蔵の「夢」は この土地に生きることではなくなったのだ。
その後、理緒は菅野を含め友人カップルと4人で出かけたが、カップルが途中で離脱し、菅野と2人きりになる。理緒に気を遣い、解散することを提案するジェントル菅野だが、理緒は2人でいても問題はないとの見解を示す。
だが菅野の手を繋いでも、菅野が何かを買ってくれても、思い出すのは ここにいない吟蔵のこと。菅野といた方が幸福になれるのに、それでも菅野を選べない。吟蔵の代わりは世界のどこにもいないのだ。
菅野に酷いことをしたと落ち込む理緒がテレビをつけると、そこにはナミオや地元の高校生たちがインタビューを受けている姿が映っていた。そして それを知らせに連絡してきた田舎で知り合った さつき から、彼女の恋の顛末を知る。上京すると言っていた現役高校生漫画家のナミオは2~3年を目途に地元に帰ってくるという。そこで さつき は距離が離れることが永遠の別れではないことを悟る。
その話を聞いた理緒は再び「運命」を自分で作ろうとする。離れてしまうなら自分から近づけばいい。祖母のいる田舎への移住を考える理緒。だが、家を出ようとする理緒の前に現れたのは吟蔵だった…。
吟蔵は来春から理緒の母の職場で働こうとしていた。理緒の母から貰った名刺は、吟蔵にとって未来への切符だったのだろう(『6巻』)
吟蔵は自分の父親とも話し合った。といっても『5巻』で示されていた通り、吟蔵の父は息子が意思を通そうとすれば邪魔はしないと決めていたので、彼の状況を許す。
そして吟蔵名義の通帳を彼に渡す。これは これまでの吟蔵の酒屋での労働への給料。ここで説得力を持つのが、夏休み中も午前中を中心に吟蔵は毎日のように働いていた描写があること。状況の資金は降って湧いた お金ではなく、吟蔵が文句も言わず労働していた結果である。吟蔵は自分の働きによって未来を開いたとも言える。
父は、吟蔵が周囲の地元で生きてほしいという期待を蹴ってでも出て行こうとする意思があるかを確かめていた。「婚約者」やら跡継ぎの期待やらは、その試練の一つだったらしい。そして実家の酒屋も吟蔵の いとこ が継ぐ予定、という急展開で 何も問題は無くなる。
吟蔵の運命を作ってきたのは理緒。理緒の言葉、理緒の行動が、吟蔵の封印していた気持ちを解放した。吟蔵は労働で、そして理緒は行動で運命をもぎ取っている点が本当に好きだ。
そして以前も書いたが この恋を誰も否定しないところが本当に良かった。まぁ さすがに理緒の田舎移住計画は母によって反対されていたが…。
理緒を吟蔵も悲しませる人が それぞれにいることが分かっていても、それでも相手を選んだ。その自覚と覚悟があるから2人は その人たちのためにも この恋を大切にして生きるだろう。そういうヒロインの地位に安住せず、動き続けた理緒が私は大好きだ。