《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

ひと夏の思い出を作るのは簡単だが、その思い出で いつか君が泣くことが俺には分かっているから…。

青夏 Ao-Natsu(6) (別冊フレンドコミックス)
南波 あつこ(なんば )
青Ao-Natsu夏(あおなつ)
第06巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

「夏休みが終わるまで、あと2週間──」。それでもいいから「一緒にいよう」と、つきあいはじめた理緒(りお)と吟蔵(ぎんぞう)。吟蔵の家で、真夏の海で、ただ会えることだけで幸せな秘密のデートを重ねるうちに2人だけの昼下がり、吟蔵の顔がすぐそばに来て──。青春よりピュアで、たまらなく胸が熱い…!! 「運命の夏恋」ストーリー、待望の第6巻!!!

簡潔完結感想文

  • 動かざること山の如し。高く羽ばたくためには、より周到な準備が必要なので。
  • 反面、親の監視が無い、2人きりに簡単になれる環境で自分を律する吟蔵は偉い。
  • 当初の夢見がちな お嬢様を覆す理緒の積極性も好き。意外に年下の姉さん女房?

女漫画において、初めてのキスは大切な場面のための切り札、の 6巻。

キスシーンのタイミングは大きく2つに分類される。極端に早いか、遅いか。これはヒーロー側が肉食か草食かという性格的なに加えて、作家さんの立場も大きく影響する。例えば新人作家さんによる初連載の場合、読者に興味を持ってもらうために1話のラストの唐突な(時に意味不明な)キスが散見される。この手法は諸刃の剣で、運よく連載が長期化する恩恵に あずかっても、後々の展開では初キスという切り札を使えないデメリットもある。
本書の場合、作者にとって長編3作目ということに加え、作者はキスを大事にしている節がある(1作品はキスせず終わる)。そして これまでの3作品で性行為まで至った作品はなく、キスが恋愛イベントの到達点であるため、キスが より重要な役目を担っている。

この『6巻』は表面上はキスをするか しないかだけで話を引っ張っているように見え、話が進んでいる感覚が無い。特に『6巻』部分の連載中に、作者の出産・育児のため10ヵ月の休載があった。なのでリアルタイム読者は待ったのに話が停滞していることに不満が蓄積するところかもしれない。
休載があっても絵柄も変わらないし、作品への熱意や集中力も変わっていなかった。というか確かめないと どこが休載の前後なのか分からなかったぐらいだ。


して作品に好意的な私は、この停滞にこそ2人と作品の健全さを見た。この『6巻』で しばらく田舎に帰省していたヒロイン・理緒(りお)の母親が東京に戻る。まだまだ交際開始から日が浅いとはいえ、これは親の監視から解放されたことを意味する。つまりは ここからは他の少女漫画ならば2人だけでいるお泊り回や旅行回が2週間弱続くのに近い。言い方はあれだが、やりたい放題できるのだ。

でも彼らは そうしない。作者も それをさせない。キスをするまでの葛藤の中に、理緒と吟蔵(ぎんぞう)の それぞれの悩みを描いていく。理緒はキスをしてくれない吟蔵に対し不安を募らせ、そして思い切った行動にも出る。この積極性に彼女の意外性を見た。序盤は「運命」とか夢見がちだった彼女が、昆虫を触ったり食したり、意外に野性と肉食の人だということが分かったように、彼との間に距離を認識したなら自分で詰めていくタイプだということが分かった。

理緒の魅力は ずばりギャップ。大人しそうに見えて大胆。一緒にいたら毎日が楽しくなりそう。

そして吟蔵は、彼がキスをしないことが、彼がどれだけ理緒のことを思っているか、特に悲しませたくないと思っているかに繋がっている。実は彼は優柔不断だし、思ったことをストレートに口に出来ないタイプだということは読者は様々に重ねられたエピソードから読み取っている。この狭い村の中で「婚約者」をあてがわれたことで、自由な恋愛から遠ざかっている彼が理緒とキスをしたくない訳が無い。しかし未来の理緒が別離に泣き、東京でも泣いて暮らさないようにするため、吟蔵は自分の衝動を自制 続ける。動かない、その態度自体が吟蔵の愛の大きさであることが切ない。

お互いに好きだという気持ちを表す表現方法が違うから齟齬が生まれてしまう。それに加え残り時間は少なくなるばかり。それが切なさの相乗効果となる。表面上は動きが見られない『6巻』だが、吟蔵の心の中が大きく動いている様子。彼の心に整理がついたら、それがキスOKのサインとなるのだろうか。


蔵に名刺を渡して、理緒の母は東京へ帰って行く。彼女の名刺は吟蔵にとって未来を選べる、という可能性なのかもしれない。理緒の母は多分、作中で一番 理緒と吟蔵の心中を理解している神のような存在である。その彼女から お導きがあったということは、吟蔵の行動が予測できる気がする。また、理緒の親族たち(弟や祖母)も彼女の恋愛に気づき始めるが、何も言わないのが良い。心配だから何か言いたくなるが、信頼しているから何も言わない。そんな彼らの理性が光る。

親たちは恋愛だけじゃなく、進路にも余計な口出しはしない。何にしても決めるのは本人だから。

上述の通り『6巻』はキスを巡る巻である。絶好のタイミングでもキスをしない吟蔵。それが理緒の胸のモヤモヤになる。
そのモヤモヤに加え、日中に距離のある吟蔵の家まで自転車で往復したため、理緒は熱中症になってしまう。その見舞いに吟蔵がやって来るが、これも『2巻』に続いて変則的な風邪回といえる。前回は理緒が吟蔵の、そして今回は吟蔵が理緒の空間に立ち入る。
風邪回といっても本当の風邪を引かないのは、貴重な時間を浪費させられないからだろう。本書は ほぼ毎日の様子を描くので、大きな怪我や病気は回避され、『3巻』の吟蔵の足の怪我や、今回の熱中症ぐらいのレベルで抑えられる。まぁ吟蔵の怪我は、パックリと裂けていた割に、早々に動き回っているが。

熱中症で思考のまとまらない理緒は吟蔵に、なぜキスをしてくれないか直接 問い、実際に行動を起こす。これには吟蔵もタジタジ。このところ、吟蔵が照れてる場面が多いですね。理緒が眩暈を起こし、この場は収拾する。気絶したり 転んだり、キスを巡る場面はベタな展開が多い気がする。


の終わりの村の祭りまで2週間弱。この土地の高校生たちが撮影している映画も完成間近となり、プロモーション活動の時期になる。
当初、理緒はもっと映画撮影に関わるかと思っていたが、吟蔵と2人きりのシーンを増やすためか、行動の自由を与えるためか、ロケハンのみ参加して、実際の撮影には理緒は関わらなかった。周囲がどんなに優しくても理緒は異邦人だから、村のイベントへの参加は このぐらいの距離感が丁度いいのだろう。

映画の宣伝をするためにSNSの活用や挨拶回りに加えて、理緒は紙媒体での宣伝を提案する。そして その役目に吟蔵を指名。純粋に吟蔵の才能を活用したいのだろうが、これで吟蔵に夢を思い出させて、東京に来させようとする間接的な計画なのかもしれない…。

その後、2人での会話中に理緒が倒れそうになり顔が近づいても吟蔵はキスしてくれない。そのことに深く傷つく理緒だが、熱中症時の宣言通り、自分からキスをする(頬に)。ここは上述の通り、同じキス問題における男女の考えの違いが よく表されている。


地元の人たちと海で遊んでも、沈む夕日を見ると、1日が終わること、夏休みが終わることを意識せざるを得ない。
吟蔵がキスをしないのは、「婚約者」万里香(まりか)問題が棚上げされているのもあるのだろうか。理緒にとって4歳も年長者でスタイルも良く、地元で生きていく覚悟のある万里香は、吟蔵を巡る仮想敵である。
その問題を解決しない限り2人はキスに辿り着かないのか。全ての決着は吟蔵の心次第。彼が悩む期間の描写として必要だった『6巻』の後では、ちゃんと動いてくれると信じたいが…。