南波 あつこ(なんば )
青Ao-Natsu夏(あおなつ)
第07巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★☆(7点)
いよいよ夏休みもあと1週間…!! 少しでも長く吟蔵と一緒にいたい理緒だけど、酒屋の仕事や上湖祭の準備で忙しい吟蔵とはすれ違ってばかり……。でも、吟蔵に誘われて行った高校で、さらに2人のキョリが近づく出来事が! 吟蔵への想いと、近づく別れに揺れる理緒から、思わずこぼれてしまった言葉に、吟蔵が――!? 青春よりピュアで熱い、「運命の夏恋」ストーリー、ますます盛り上がる第7巻!!!
簡潔完結感想文
- 吟蔵をこの土地に縛っていたのは周囲の人間ではなく吟蔵の挑戦に委縮する心。
- カウントダウンが進む中、日々は宿題や仕事の手伝いなどで浪費されてしまう。
- 遠距離恋愛の前から距離に負けてしまう2人。別離の前に別れれば悲しく、ない…。
まだ始まってもいないことを恐れるのは自分への言い訳、の 7巻。
全8巻の最終巻1つ前である。両想いの時もそうだが、ハッピーエンドの前には悪いことばかりが起きる。その前との落差が読者に安堵と幸福を生むからである。『7巻』では2人がそれぞれに不安を抱えていることが分かる。そして その不安から逃げるために色々と言い訳をしたり、自分から未来を捨ててしまったりして弱い自分に気づかされる。『7巻』は理緒(りお)、そして吟蔵(ぎんぞう)が間違ったことをしていた自分に それぞれ気づく。弱い自分を克服した先に、自分で切り拓く「運命」があるはず。ハッピーエンドの準備は着々と整っている。あとは最後に大きな お祭りが開催されるだけである。
本書の特徴は、最初から分かっていた遠距離恋愛エンドである。一般的な少女漫画では同じ学校に通う生徒同士が、最終回前になって転校や留学によって遠距離恋愛の危機が訪れるが、本書の場合は、理緒たちは元の生活に戻るだけである。
だから理緒は夏休みの終了を前に全てをリセットしようとした。それが彼女の過ちなのだが、自分からリセットすることで悲しみを先に味わい、気持ちに けり をつけようとした。この場面、理緒視点で見ても非常に説ない場面なのだが、考えてみれば吟蔵視点で見ると理不尽な切なさがある。吟蔵の方は、その前に東京に出ない理由ばかり探していた自分を乗り越え、新しい夢へと動き出している最中。理緒から別れを切り出される前には、この土地での しがらみ であった万里香(まりか)を振り払って、先に行く理緒に追いつこうと彼女を追った。吟蔵が歩み寄ったから2人は同じ道の上に立ち、同じ方向に2人で進む未来も選択肢もあったが、理緒が吟蔵を切り離し、吟蔵を残して1人で前に進んでしまう。大好きな人に別れを切り出した理緒も辛いが、大切な人に一方的に別れを言い渡される吟蔵の衝撃は理緒以上ではないか。この後の その日の様子は理緒の側の描写しかないが、吟蔵の悲しみやいかに。それにしても吟蔵は いつも理緒に先を越されている気がする。
一つ気になったのは、この一度 別れを選ぶ展開は『5巻』の両想いの時にも やっている、ということ。吟蔵の腰が重く、両想いにならないのなら自分から離れることを選ぶのも、彼には笑って離れようとするのも何だか似ているのだ。自分から動けるのは理緒の長所だが、自分勝手に結論を出して納得しようとするのは いただけない。理緒の気持ちも痛いほど分かるのだが、今回は分かっていた事なのに恐怖心に負けて吟蔵に結論だけを押しつけるのが良くない。不幸からの幸福への反転をするのも交際時と同じだろうから、切なさよりもデジャブ感が強かった。
反面、面白いと思ったのは これから遠距離が始まるのに、既に遠距離恋愛をして それが破綻するカップルの終わりみたいだった点である。理緒の「ちょっと疲れちゃった」という台詞は、会えない日々の長さに心が摩耗した人の言い分に思える。そして こういう遠距離恋愛の破綻では、既に女性側には良い人が近くにいて、別れと同時に しれっと新しい交際を始めるのである(妄想)。東京で待つ菅野(かんの)は遠距離恋愛で悩む理緒の悲しみを全て救ってあげられる人だから、このままいけば、理緒は菅野に寄り掛かる未来が見えるのだが…。
期間限定の、住む世界が違う2人の恋愛は、留学か、それとも異世界召喚か。同じ世界で生きられない悲しみに加えて、お互いに「婚約者」やら「彼氏」がいるという足枷もあって摩擦の多い恋愛だった。同じ道を歩くことを止めた2人が、どうやって同じ道を同じ速度で歩くのか。最後まで きっちりと楽しませてくれる作品である。
理緒との会話で、吟蔵は この土地に縛られている前に、都会や将来への恐怖心で動けない自分に気づく。東京に出ない理由を自分で作っていて、家業や万里香の存在は動かない理由として吟蔵が利用していた。
理緒の弟・颯太(そうた)の例を聞き、夢は1つである必要はない、変更しても良い、と吟蔵の心は軽くなる。「そのときどき自分の気持ちに正直でいられるなら それでいい」のだ。
それに東京でデザイン方面の力不足を痛感したとしても、吟蔵には酒屋の仕事と知識がある。理緒と生きる道は吟蔵が模索すれば いくつも見つかる。理緒たち姉弟がそれぞれに自分の心を軽くしてくれたため、吟蔵は早速 軽くなった足取りで動き出す。
自分に出来ることをするため吟蔵は邁進し、理緒は放置状態。理緒の残り少ない夏休みは、放置されていた宿題に費やされることになる。
祭りのポスター制作や仕事が一段落して、吟蔵も宿題に取り掛かる。通う高校に宿題を置き忘れたという彼に同行して、理緒は初めて吟蔵の高校に入る。
吟蔵を囲む世界を知り、一層 離れがたくなる理緒。そして焦燥感が彼女を不安にさせる。ここで吟蔵と温度感が違うのは、吟蔵が理緒と一緒に過ごす将来を楽観的に考え始めたからかもしれない。その一方で理緒は離れたら好きじゃなくなる、という考えに囚われているから吟蔵が呑気に見えて、自分のことを真剣に考えてくれないという不安や不満が生まれる。吟蔵の中では出口が見えているのに、理緒は袋小路に迷うという男女の考えの差が良い。
別れは祭りの日。夏休みのギリギリまで この地にいて、全てを見届けようとする理緒。
吟蔵は、万里香たちが参加する地元の集まりの席を手伝う。その際に万里香から絡まれた場面を理緒に見られ、理緒は吟蔵に声を掛けることなく立ち去った。それを追う吟蔵。この時点で万里香ではなく理緒を選んだことになる。万里香もそれを察するが、吟蔵が地元を捨てられる訳ないと自分のアドバンテージを言い聞かせる。理緒と万里香が直接戦うことなく1人の男性を挟んで仮想敵になっているのは、吟蔵と菅野が何度も争っていたのとは対照的である。
理緒にとって、ずっと一緒にいられないことは負担となっていた。いよいよタイムリミットという時間制限が色濃くなり、理緒のキャパシティを超えてしまった。だから理緒は、万里香を振り落としてきた吟蔵に背を向けて、一人で進んでしまった。
そんな理緒を励ますのは、同じく将来的な遠距離片思いが約束されている地元組の さつき。さつきは実家が民宿で この地を離れられないから、漫画家修行を東京でしようとするナミオと一緒にいられない。前途洋々なナミオの邪魔をしたくないから、さつきは告白もしない という。
それは悲しむ前に全てを否定するという今の理緒と根幹は同じ考え方だった。だが理緒は さつき に、短期間でも楽しかったし幸せだった、と訴える。そう理緒は後悔なんてしてない。思いが届いてからの数週間は幸せだった。恐怖に支配されて その事実も忘れ、吟蔵に別れを告げてしまったが、彼女は過ちに気づいた。こうして出来てしまった距離を埋めるのは、理緒なのか、それとも吟蔵なのか。
そして8月30日のお祭りがやってくる…。