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少女漫画と小説の感想ブログです

「彼氏」や「婚約者」の存在が発覚しても 恋の炎が消えないのは さすが南波作品か。

青夏 Ao-Natsu(3) (別冊フレンドコミックス)
南波 あつこ(なんば )
青Ao-Natsu夏(あおなつ)
第03巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

夏休みが終われば東京に帰る理緒(りお)と田舎で暮らしていく吟蔵(ぎんぞう)。一度はふられたものの、すぐそばにいて自分を「特別」に見てくれる吟蔵を理緒は意識せずにはいられない。そんなとき東京から、さらに事態を混乱させる一本の電話が――!?

簡潔完結感想文

  • 好きになった人には決まった相手がいる。覚えのない「彼氏」が恋のアクセント。
  • フラれた後に優しくされ困惑する理緒。彼が恋愛しないことを知った今の願いは…。
  • 東京組の高校生が大挙して襲来。その中に理緒の「彼氏」がいることで波乱の予感。

やっぱり三角関係は少女漫画を面白くする、の 3巻。

少女漫画の3巻は、三角関係の「3」説、を唱えて久しいが、本書でも『3巻』から三角関係が発生する。
見事だと思ったのは、その三角関係の最後の一枠を、ヒロイン・理緒(りお)が夏休み前、この土地に来る前に出会った人に担わせている点である。しかもインパクトのある再登場で、印象に残りやすくなっており、遅れての登場というビハインドを上手くカバーしている。
いや、正確には三角関係を成立させる男・菅野(かんの)の方が吟蔵(ぎんぞう)よりも早く登場していることに注目したい。理緒は迷子になった自分を助けてくれる人を運命の相手だと考えていた時期もあり、吟蔵は その状況から理緒を助けた。それが彼を正ヒーローにした。だが、菅野も夏休み前から理緒を間接的に助けていたことが判明。理緒を助けるために ついた嘘で迷惑もかけてしまうが、その正義の心に嘘はない。登場も未然の不幸の防止も菅野の方が早い上に、彼は理緒と同じ世界の住人であることにも注目したい。

現実世界ながら、異世界ファンタジーのような恋愛設定を描いている本書。田舎と都会の人の交流は それほどまでに違いを鮮明にしていく。決して同じ世界に生きられず、同じ未来を描けない。だから『2巻』でした理緒の告白は吟蔵には届かなかったのだ。
だが菅野は どうだ。彼は元々 理緒と同じ世界の住人。遅れて召喚され、早くに帰還してしまうが、菅野が帰る世界には理緒も いずれ帰らなくてはならない。理緒が世界観や価値観を共有しているのは菅野の方だと言える。
前長編『隣のあたし』では、1話に登場しなかった男性キャラを三角関係に組み込んだことが大きな不満に感じられたが、今回は1話から菅野が登場している。
予め決められていた三角関係が ようやく発動し、ますます目が離せない本書。理緒がフラれて物語の進展が2人だけでは厳しい中に、新たなキャラを召喚して、物語全体を躍動させる手腕には恐れ入るばかり。場所は固定、時間も有限という難しい前提の中、これだけの面白い話が成立し続けるのは、やはり事前準備の周到さが光るからだろう。ヒット作を出し続け、ある程度の連載期間が確保できる作者だからこそ許される構成なのは分かるが、少女漫画も ある程度かっちりと内容を固めてから話を進めてほしい。こういう話の方が私は断然 好みである。

菅野は最初の交流から一転、最悪のイメージを持つが、やがて見直される。これは吟蔵と同じパターン!

蔵への恋にに破れた理緒は祖母のお使いで、吟蔵の「婚約者」万里香(まりか)の家が営む店に向かい、そこで彼女と2人きりで話す。
この時点で理緒は吟蔵にフラれており、万里香はライバルじゃなくなっているので、2人の会話も穏やか。『2巻』で万里香が少しばかり理緒を牽制したのは、理緒が吟蔵を東京に連れ去ってしまうのではないか、という危機感があったからだろう。「婚約者」という立場に若干 浮かれているのは万里香の方だと思われる。
そして万里香の口から語られる内容で、田舎で生きることが決して「将来を選べない」というデメリットだけではないことを示しているのが良かった。やるべきことが分かっている、というのは先の見えない人生の中で一条の光になることもあるのだ。まぁ酒屋の息子が、吟蔵と名付けられるように名前から将来を縛るようなのは どうかと思うが。
でも吟蔵は この土地で生きることを何よりも優先している。その先には万里香との結婚があっても彼は不満ではないだろう。
そういえば吟蔵は夏休みも当然のように毎日、店の手伝いをしている。高校3年生の彼が勉強や進路に悩む描写がないのも、未来を定めているからだ。ここからも彼の覚悟は見られるし、吟蔵が汗水流して働く青年だから、親の監視のない夏休みの中で、若い男女が逢引きをするだけのような展開にはならないのが良い。


して引き続き、お祭りの日に発表する映画制作をする高校生たち。
その途中の雨宿りで、理緒は吟蔵と腹を割って話す。これまでの理緒への当たりの強さや、吟蔵の夢、そして理緒の無神経な発言など。同じ時間を共有するうちに、自分たちの違いも乗り越えていく。フラれて尚、距離は近づくばかり。

そこへ東京から一本の電話が掛かってくる。どうやら東京には自称・理緒の「彼氏」が出現しているらしい…。

その正体は『1巻』1話で、理緒が初めて合コンに参加した際に連絡先を交換した菅野だった。 彼は理緒の友達に彼氏とうそぶいているらしく、理緒は彼への嫌悪感から通話を切る。

菅野の存在が物語に上がってきたのを機に、吟蔵から理緒への想いが始まる。フラれた後に、相手が自分を好きになっていく(しかも当人は無自覚)というのは少女漫画でも楽しい期間である。吟蔵に見え隠れする独占欲にニヤニヤしてしまう。
友人が揶揄するように「一回告ってきた女はずっと自分が好き」「実質俺の女」と思っている訳ではないだろうが、理緒が吟蔵に告白したことで、吟蔵の封印していた恋愛への興味が動き出したのは確かだろう。悲しい結果に終わった理緒の猪突猛進な行動も決して無駄ではなかったのだ。

吟蔵の独占欲は加速する。2人だけで同じものを見たい。2人だけの空間を邪魔されたくない。それは菅野からの、思いつめたように聞こえる電話の着信音に対しても同じだった。吟蔵にとって菅野は顔を見る前から概念上のライバルなのだ。


蔵が理緒を連れて来てくれたのは この村のパワースポットの神社&滝。
一生に1こだけ ここで願い事をすると かなう、という場所。理緒は願い事に悩み、後回しにする。これは今の彼女には願うべきものがないからだろう。告白しフラれる前だったら簡単に願ったが、もう一度痛い目を見たので夢が消えてしまった。

吟蔵は跡継ぎなどの現状があるから、願い事はしない主義。安易に夢を見ないということなのだろう。
そんな吟蔵は自分の願いの分を理緒に渡すことを願う。これで理緒が願えるのは2つになった。その2つの願いを決めることが理緒に課された夏休みの宿題となる。
吟蔵は将来の展望が描けず、理緒は恋愛の未来が見通せない。

そこへ東京から理緒の友人たちが遊びに来る。彼女たちに理緒は この夏に生まれた恋を隠す。既にフラれていることもあり、言い出せない。
更に友人の恋人が友達を連れてやって来る。なんと その中にはストーカー疑惑のある菅野も紛れていた…。

吟蔵との恋は運命ではなかったため 今の理緒には祈ることがない。夏の終わりに彼女が願うことは…?

口一番、土下座をする菅野。彼は、男に免疫のない理緒を遊び相手に考える学校の仲間から理央を守るために、自分が彼氏だと嘘をついたという。これは直接的なピンチではないが、間接的に理緒を守った準ヒーローといえるだろう。そして印象が最悪なところから、誤解が解けるというのは吟蔵と同じパターンであり、それだけで好感度は上がり、それが好意に変わってもおかしくない。

地元組と東京組は河原でバーベキューをして交流する。吟蔵は理緒に変な虫(主に菅野)がつくのを嫌って参加し、理緒が誘った万里香は吟蔵が参加するから顔を出す。ここでも女性たちに直接的な争いはないが、万里香には独占欲が見え隠れする。

直接的に対決するのは男性たち。吟蔵と菅野は水泳勝負することに。彼らは相手が自分のライバルになる存在だと分かっている。しかし ここ、吟蔵にとって菅野が面白くない存在なのは分かるが、菅野にとって吟蔵が理緒に近づいたり、好意を悟らせるような場面があったとは思えないのだが…。

男性たちは理緒のために意地を張る。吟蔵は競技直前に足を怪我したのに、それを隠して全力で勝負するし、菅野も橋の上から川に飛び込むスタートに対しても ひるまない。そこまでして理緒を奪われたくない。ここにきて容姿を褒められたり、スタイルが良かったり、モテたりと理緒の価値がグングン上がっていくなぁ…。

その対決を、理緒は応援するが、どちらの名前も呼ばない。口の形は吟蔵の「ぎ」になっているが、フッた後に中途半端な優しさを見せる彼に対する割り切れない思いがあるから、その名前を呼ばずに、腹に収める。ここでもし吟蔵の名を思いっ切り叫んだら、菅野は状況を察して引き下がっただろう。それぐらいにはジェントルマンのはずだ。だが、理緒の中でも簡単に結論が出ないからこそ、2人の男性の争いは長期化する。三角関係こそ南波作品の本編といえ、物語はここから更に面白くなる。

勝負の結果は同着。その後、万里香の登場で一堂がどよめく中、理緒だけが吟蔵の怪我を察知する。好きな人の怪我を察知するのは、それだけ その人に視線を奪われているからだろう。しかしどこまで優しくしていいか、彼らは距離感に戸惑う。
そして逆に理緒は吟蔵しか見ていないから、菅野が自分を好意的に見ていることなどは分からないのだろう。3泊の短期決戦は まだ始まったばかり。