《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

打ち上げ花火のように いつも一拍 遅れる君の声。その音が耳に届けば不安は無くなる。

青夏 Ao-Natsu(5) (別冊フレンドコミックス)
南波 あつこ(なんば )
青Ao-Natsu夏(あおなつ)
第05巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

吟蔵(ぎんぞう)から誘ってくれた、2人だけで行く花火大会。差し出された手も、間近な花火も、うれしくてずっと一緒にいたくって、理緒(りお)の想いは、どうしようもなく言葉となってあふれてしまう。そしてそのとき、吟蔵は──!?青春よりも熱く高まる、「運命の夏恋」ストーリー!!

簡潔完結感想文

  • 夏の風物詩、花火大会。いつもと違う彼女に赤面する吟蔵は「赤MEN」の仲間入り。
  • 再び溢れ出してしまう気持ちも、諦めようとする気持ちにも時間差で応える吟蔵のテク。
  • 幸せのピークの交際開始のはずなのに、夏休み終了のカウントダウンが聞こえてくる。

意打ちが何度も繰り返される 5巻。

少女漫画における「胸キュン」は、前後の心境の落差が大事である。不安に思っていたことが解消されたり、絶体絶命のピンチを救ってくれたり、大きな不安が一気に消えれば、それだけ胸キュンも大きくなる。
この『5巻』は両想い巻、交際開始巻である。その前に どれだけヒロインの理緒(りお)を不安にさせるかが作者の腕の見せ所で、今回に関しては理緒は一切の希望的観測を捨て、相手の好意に鈍感になる。『5巻』で2人が一緒に見た打ち上げ花火は、真っ暗の中で明るく花開くからこそ美しい。それと同様に、人生お先真っ暗の中で、彼の言動が一瞬で世界を明るくするから、その対比が美しく幸福感をもたらす。
理緒が鈍感になって、悲観的になるだけじゃなく、ヒーローの吟蔵(ぎんぞう)の方にも胸キュンをさせる工夫がなされている。それが今回 多用される「不意打ち」である。『5巻』の吟蔵は理緒の言葉に1度は無反応でスルーして、理緒を不安にさせてから、彼女の言葉に応えるという上級恋愛テクニックを駆使している。といっても意図的に理緒を困らせている訳ではなく、この反応の悪さは彼の逡巡そのもので、自分に都合の良い理緒の言葉に戸惑ったり、これまでの自分とは違う生き方をすることに迷ったりしたから行動が遅くなっただけ。そんな吟蔵の心が作品に何度も不意打ちを生んで、理緒だけではなく読者も不安と喜びの落差から胸キュンする。

少女漫画ヒロインの自己評価は高くないので勝手に不安になってくれるから胸キュンを生みやすい。

両想い、交際といえば少女漫画の幸福のピークとも言える時期なのだが、この時期においても喜び一辺倒ではないのが本書の特徴だろう。そもそもが彼らの恋は夏休み限定の恋で、『5巻』では作中でお盆を過ぎてしまったので、彼らに残された時間は2週間強となる。『2巻』で告白して以降、想いが叶わない苦みが常に作品に存在したが、ここからは交際直後から別離のカウントダウンが始まるという違う苦みが口に広がっていく。

お盆前後に、理緒と吟蔵の2人にそれぞれ色々な波紋を残していった東京からの来訪者たちも物語を去り、物語はまた静けさを取り戻す。外部の人間が退場し、2人は2人の交際の形を模索し始める。『5巻』で吟蔵が足枷だと思っている物が実は彼の足には装着されていないことが判明する。物語のラストは男性側の家庭の問題、という少女漫画の王道パターンとなるのだろう。恋愛の到達点と言える両想い後にも まだまだ問題が山積していて、いつまでも読者を飽きさせないのが本書の凄いところである。


緒の母と吟蔵の父は同じ地元で、吟蔵の父にとって理緒の母は初恋の人。後に理緒の母が この土地を出ていった遠因は吟蔵の父にある事が判明する。互いの親に顔合わせをしていて、既に少女漫画的には婚約が成立している。海外出張中の理緒の父はともかく、吟蔵の母が顔を出さないのは、両家で片親ずつというバランスを取っているのか、理緒母と吟蔵父に伸び伸びと昔話をさせるためなのか。

少し遠くの地で花火大会があり、理緒は吟蔵に誘われて見に行くことになるが、理緒は吟蔵の誘いは花火の写真を素材にするためだと納得する。この辺、理緒が鈍感なのは今は吟蔵のターンだからで、不意打ちのためだろう。

花火大会に向けて服装に悩む理緒に母は、自分が浴衣を出す。『1巻』の感想でも書いたが、この時 母が理緒の恋心に勘付いていても、余計な口出しをしないのが良い。相手が吟蔵だと分かっていても、その恋を応援するだけで、止めたりしないのが本当に素敵なスタンスである。もしかしたら母自身は この地で しつこく自分に迫る吟蔵の父のせいで16歳の夏を満喫できなかった恨みがあるのかもしれない。

着飾った女性に対して素直に褒められないのが少女漫画、ひいては日本人男性。歯が浮くような台詞を言っても「チャれえ」だけだから、こういう反応が少女漫画的には正解。恋人同士になったら褒めといた方が良いと思うが。


日は吟蔵のジェントルが溢れている。屋台が出ている通りを2人で回り、理緒が東京で飼いたいという金魚をすくってやる吟蔵。誰も来ない秘密の花火スポットに案内し、着ていた上着を敷物にするジェントルマンっぷり。まさかライバルのジェントル菅野(かんの)に感化されたか…?

少女漫画の花火大会は、男性が隣に咲く花を見る回でもある。花火が始まっても吟蔵は写真を撮る様子が無い。「あんたと花火見たかっただけだし」。吟蔵に そう聞かされては、理緒も もう鈍感で いられない。
だから理緒は夏休み期間だけでも交際してくれないかと提案する。が、その問いは花火の音にかき消されてしまったらしく、吟蔵は応えない。それを知り、安堵したような落胆したような複雑な胸中の理緒。だが、やがて帰る時間になって、また1日が終わってしまう恐怖が、彼女の心を揺らす。

その涙を見て、吟蔵は先の理緒の言葉に応える。本当は夏休みの間だけ交際するなんて自分に都合が良すぎて応えられなかっただけ。吟蔵は理緒を引き寄せるが、迎えに来た吟蔵の父からの電話を無視できず、話は進まない…。トントン拍子に話が進まないのが もどかしいが、この両片想い状態を長く味わっていたいという気持ちも生まれる。


が翌日、吟蔵は理緒のために取った金魚のエサを買いに行った先で、「婚約者」の万里香から「どっか行ったりしないよね」という言葉に縛られ、前に進めない。金魚が2人を結ぶのかと思いきや、心を離れさせる。理緒も吟蔵の様子から何かを感じ取ったらしく、昨日のことを水に流そうとする。

本来なら吟蔵と笑って別れた理緒は、建物の影で号泣するのだろうが、その未来を吟蔵が変える。

そう思わせてからの、吟蔵の行動には、理緒だけじゃなく読者までも その予想外の行動に胸キュンする。こういう読者の予想しない不意打ちは本当に楽しい。こうして2人は想いを通わせ、夏休みの後半は2人で過ごすことになる。

しかも どうやら吟蔵の父は息子の願望に気づいていない振りをしているだけらしい。父は息子の夢を犠牲にしてまで酒屋を継いでほしいとは思っていないっぽい。これは吟蔵が この地を離れ、東京に行く可能性があるということだ。
この会話は理緒の母と吟蔵の父が会わなければ出なかっただろう。理緒の母は吟蔵親子2人の心の中を少し乱して、東京に帰って行く。


思い通りにいかない交際も楽しみつつ、彼らは貴重な時間を少しでも共有していこうとする…。