南波 あつこ(なんば )
青Ao-Natsu夏(あおなつ)
第02巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
吟蔵(ぎんぞう)に“未来の嫁”万里香(まりか)がいても、出会いのときめきを忘れたくなくて、「運命は自分で作る」と決意した理緒(りお)。夏の終わりにある村祭りの準備を吟蔵と一緒にすることになったけれど、そこで思わず想いがあふれて──!? 理緒の恋が大きく動きだす! 青春よりもっと青くて熱い大人気ピュアラブストーリー!!
簡潔完結感想文
- 同じ物を綺麗だと思い、同じ人を大好きな2人だが、生きている世界は同じではない。
- 段々と浮かび上がる人生観の違い。自分の願望に蓋をする人に恋をしてしまった…。
- ここまで全く共通の思い出が無い2人が、青い夏の思い出を作っていく映画制作。
まるで2人の恋は蝉のようだと感じる 2巻。
その心は、夏を越えられない。
『1巻』では相手に綺麗なものを見せたいという気持ちが重なったし、『2巻』の冒頭でも2人は理緒の祖母を大切に思っているという共通点を改めて理解する。その人と同じ時間を過ごす内に、その人のことが分かって、それがまた好きを加速させていくのだが、今回、主人公の理緒(りお)が痛感するのは異邦人である自分の立場。どれだけ相手のことが分かったつもりでも、これまで10数年生きてきた背景が全く違う。その人生観や価値観の違いが如実になっていく。
まだ両想いにもなっていない2人(というか失恋で終わる『2巻』)だが、これは結婚を考えた際の交際相手との埋められない価値観の違いに近い気がする。その人自身を好きになるのは簡単だが、相手の両親や家柄や家業、その土地の風習や宗教など、それまで見なくてよかったものを結婚を考えた時に改めて点検するのではないか。
この2人が同じ高校に通っているなら、言わずとも分かり合えるものが多いだろうが(頭の良さや育った場所など)、理緒は相手の吟蔵(ぎんぞう)を異性として惹かれた後に、この村の期間限定の住人である自分と、ここにずっと住む彼の違いを思い知っていく。好きになった相手に好きになってもらうだけが目的じゃなく、2人が どう この夏を乗り越えようとするのか、という題材があるから本書は より面白いのである。
特に吟蔵が動かない・動けない理由の作り方が上手い。実家が この土地で自営業をやっていることに加え、非公式ながらも年上の「婚約者」の万里香(まりか)がいて、彼女が この村に馴染もうと懸命に努力しているのを目の当たりにしているから、吟蔵は自分の意向を優先しない。それが吟蔵の持つ生来の優しさなのである。吟蔵が子供で、周囲のことが見えておらず自分だけの世界に生きているのなら、反発して外に飛び出そうとしただろう。だが吟蔵は その時期を早くに乗り越え、周囲の人の暮らしや生き方が分かっているからこそ、自分を周囲の期待に合わせようとしている。
自分の将来だけでなく、今は人に恋をする気持ちも封印して、この地で生きようとする覚悟が見える。それは理緒側から見たら、全てを諦めたように生きているように見えるかもしれないが、吟蔵の人生を思えば、彼が真面目に人生を考えているからの決断だと思える。
その背景の違いが、南波作品の これまでの2作品と同じく、本書を「逆境から始まる恋」にしている。ヒロインの理緒が今回、戦う相手は特定の誰かではなく、自分たちの人生の違いなのかもしれない。2人が自分たちの違いを乗り越える気概を持った時、想いは重なるだろう。そして本書の場合、恋愛の継続は生き方を擦り合わせるということに近いので、物語の終了後には本当に結婚している可能性は高いはずだ。
理緒は吟蔵の母が風邪をひいたと知って、理緒は吟蔵の家に行き、祖母仕込みの蕎麦を打つ。変則的な風邪回である。出会って数日で男性宅に乗り込むのは、田舎の開放的な空気があるとはいえ、なかなかに肉食系の動きである。
その際に理緒が知ったのは吟蔵が実家の酒屋のショップカードを自作しているということ。吟蔵の隠れた才能を知った理緒は、吟蔵と一緒にいられる可能性を期待して、高校卒業後、東京に来たらと気軽に提案してしまう。だが地元で育ち、地元に生き、「未来を選べない」吟蔵にとっては、その可能性は考えられないのであった。そのことを「婚約者」万里香に暗に教えられ、理緒は彼らと生きる背景が違うことを痛感する…。
やはり この恋は夏を越えられないのである。
吟蔵は理緒の祖母に懐き、祖母の家で過ごすことが多く、そこで理緒の母が所持していた広告デザインに関する本を読んでいたという(理緒の母が この家にいたのは高校生までだろうから、理緒の母は早くに自分の道を見つけていたものだ)。そして将来はその道に進みたいという気持ちを持ち始めた。だが成長と共に、自分に掛けられた期待に気づき、吟蔵はいつしか将来について語らなくなった。
そんな経緯を知らず、彼の叶わない夢に無遠慮に触ったことを反省する理緒。その気持ちから吟蔵に上手く向き合えない。そこから2人の視線が合わなくなってしまう…。
共通の背景を持たない2人が同じ経験をするのが、8月の終わりにある村のお祭り。村の子供たちも自分たちで催しを企画して披露するのが恒例だという。この お祭りの計画が ここからの物語を貫く縦糸となる。8月の終わりは理緒が東京に帰る時期で、クライマックスになるのだろう。
理緒は、近所の小学校で開催された高校生の親睦会に参加する。部外者であるはずの理緒を受け入れるのは村の空気と、祖母の人徳によるものが大きい。だが理緒は ここでも吟蔵と目が合わず、彼と すれ違うことに耐えられず、一人で親睦会から帰ろうとするが、そこへ吟蔵が声を掛ける。
それにしても部外者の自分を快く受け入れ、話し掛けてくれているのに、プライベートな問題で帰ろうとする理緒は なかなかの恋愛脳である。私なら理央が帰った後、何あれー、と陰口を叩くところだ(本書の人達は そんな陰険なことはしない)。
吟蔵と2人、校庭に出て話し合ってみると、それぞれに行き違いがあったことが判明。どちらもタイミングを窺っていたら、タイミングを逸したらしい。すれ違いからの安堵は胸キュンを発生させる。そして安堵のあまり泣いてしまった理緒は、自分の中に育っていた吟蔵への気持ちを発してしまう。「すきだ……」と。こうして自分の発した言葉に混乱した理緒は逃亡する…。
一方、吟蔵は「婚約者」の万里香が、この村で生きる覚悟を持って、少しだけ無理をしていることを知っている。だからこそ吟蔵は この村を、彼女の手を離せない。決して万里香と交際している訳でもないし、好意を持っている訳ではないのだが、彼女やこの村に愛着があるからこそ吟蔵は理緒へ想いを一気に傾けられない。それが吟蔵の心の天秤の片方の重りとなる。
村の人気者である吟蔵への告白も、周囲に好意的に受け入れられる。吟蔵の周辺では誰もが万里香の存在を知っているから、告白しようと思わない。だから理緒の告白はイベントとして面白がられるだけで、女性特有の横一線の牽制などは全く無い。
高校生たちの祭りでの出し物は、高校3年生で少女漫画家デビューしている皆見ナミヲの作品の実写映画化となる。ちなみに「ミナミ ナミヲ」の名前は、作者の南波(なんば)を分解したもので、実写化する作品「さくらんぼロース」は作者の単体作品『いちごカルビ(未読)』がモデルであろう。
映画撮影にあたって資料を探すことになった理緒と吟蔵。前日の告白のことを言いたい理緒は冗談めかそうとするが、その気持ちは本気だった。だが2人の様子を見物にしに来た仲間たちに吟蔵が理緒の告白は本気じゃないと言ったことで、理緒は目に涙を溜めて本気だと反論する。ここで理緒にとって冗談にしてしまえるほど軽い気持ちではないことが分かる。出会ってからの時間の長さが本気度を生む訳じゃない。それに理緒が戦わなくてはならないのは、この土地で生きた吟蔵の人生そのものなのだ。時間の短さに臆している場合ではない。
またも空気を悪くした理緒は、落ち込む。そこに来てくれるのは当然、吟蔵。その気遣いに心は回復する。
周辺の地名になっている湖・上湖(うえこ)を見渡せる場所に立ち、吟蔵は謝罪。だが、地元で生きる覚悟のある吟蔵は、今は恋愛は考えられないという。こうして理緒は正式にフラれる。出会って10日余り、急速に芽吹いた恋心は、その芽を摘み取られてしまった。
青春よりも短い彼女の青夏であった。
こうして全てがリセットされ、理緒も映画撮影の一員として奮闘することを誓う。村のPRも兼ねた作品にしようという意見に、理緒は部外者だからこそ出来る意見を発する。これから同じ時間を過ごすことが、彼女の逆転の目になるのだろうか。20歳の万里香は、高校生ではないので この撮影隊に参加することなく家業に縛られている。だから この映画撮影は理緒と吟蔵だけの思い出になるものだ。そして この村で生きる決意を固めた万里香に比べると吟蔵は まだ羽ばたく機会を失っていないと言える。