南波 あつこ(なんば )
青Ao-Natsu夏(あおなつ)
第01巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
『隣のあたし』『スプラウト』の南波あつこが描くピュアラブストーリー! 東京で合コン祭りのはずが、夏休みを田舎で過ごすことになった理緒(りお)。そこで出会ったのは、硬派だけど少しイジワルな男の子で──!? 蝉の声と川のせせらぎの中、青春よりもっと青くて熱い、夏空みたいな恋、はじまる!!
簡潔完結感想文
- 40日間の田舎生活。いつでも今日が、いちばん貴方を大好きな日。夏の終わりは恋の終わり!?
- 運命は自分で切り拓くし、誰にも邪魔されない。そこが清涼感を生み出す一因となっている。
- 南波作品の名物とも言える三角関係が顔を出すが、嫌がらせなどは一切なし。そこも清涼感。
間違いなく南波作品で最高の清涼感を味わわせてくれる物語の 1巻。
これまで、互いに恋人がいるのに相手に惹かれていく『スプラウト』や、一番 近くにいる異性に恋愛対象に見てもらえない『隣のあたし』で、どちらかというとドロドロの恋愛を描いてきた作者による、切なさ特化のラブストーリー。
ままならない恋を描いてきたという意味では既存の2作品との共通点もあるが、本書では戦う相手は恋のライバルではなく時間との戦いとなる。それは本書の舞台が、ヒロイン・船見 理緒(ふなみ りお)が夏休みの約40日間 過ごすことになる祖母の住む田舎での物語だからである。最初から終わりの設定された有限の時間で、たとえ恋が上手くいっても遠距離になることが確定してしまう。そのことから読者は、理緒の恋が上手くいけばいくほど、辛くなるという相反する気持ちを味わうことになる。果たしてどんな最終回を迎えるのか、バッドエンド漫画と知って読む緊張感も漂う。
その意味では本書は現実の世界ながらも、一種の異世界ファンタジーラブロマンスの一面を見せる。違う世界の者同士、違う価値観が衝突する時もあったり、しかし同じ人間として分かり合うこともある。互いに恋愛感情を募らせても、いつかは元の世界に帰らなくてはいけない。そんな世界の違いが本書の主役たちにはある。
全体を本当に感動したのは、作中で誰も理緒の恋を否定しないこと。友人も親族も彼女の恋を止めさせようとしたり しないのが本当に良かった。
理緒が直接 恋を打ち明ける友人、または理緒の雰囲気から何かを察する大人たち、その誰もが理緒の未来に悲しみが待ち受けていることを知っている。だから理緒を思うからこそ、先回りして、辛くなるのは理緒だから恋を諦めさせようと現実的な意見を言ってしまうところだが、そういう言葉を誰一人 使わない。
周囲が理緒の好きを否定するような言葉を使って彼女を無駄に悲しませたりはしない。一切の気持ちを理緒が引き受けているのが良い。そして だからこそ彼女の中に常にあるタイムリミットとの戦い、先に見えない恋愛への焦燥などが読者の肌感覚となって伝わってくる。余計な雑音が無いから彼女の心の声が よく聞こえる。
特に理緒の周囲の大人は、人生経験に加え、この田舎の土地の空気や呪縛を知っているからこそ、現実が より分かっているだろう。しかし彼らは とんでもない自制心を働かせて、理緒に何も言わない。どんな経験であっても、青春ならぬ この「青夏」の経験が理緒を大きく成長させることを知っているからだろう。自分で選択し、自分で決着をつけること。それは今後の理緒の人生と繋がる彼女だけの苦悩や葛藤である。理緒を大切に思うから距離を取る、彼女を一人前の人間として扱う大人たちが強く印象に残った。
本書では三角関係のような構図が何回か見られるが、そこで嫌がらせや足の引っ張り合いが無いのも良かった。これまで南波作品は、他の作家さんが描かないようなエゴを扱っていたが今回は それを封印して、正々堂々とした戦いに終始していた。
理緒の恋愛を濁らせるような要素を上手く排除しているから、この恋が、田舎の川のように澄んで見える。
そして理緒自身も田舎を否定しないことが素晴らしい。理緒は田舎に順応できる子で蝉も手掴み出来るし、イナゴの佃煮も食せる。両親の都合で理不尽に田舎に送られ、本来の予定など近しい未来を親の手によって改変された彼らではあるが、田舎暮らしに文句を言わず、心から楽しんでいるから読者も理緒に悪感情を抱かない。それどころか どんどん面白い子だなと思って惹かれていく。理緒の弟で中学1年生の颯太(そうた)も好奇心があるから退屈することはない。共働きの両親だからか仲の良い姉弟で、彼らは田舎でも姉弟がいるから文句を言わないでいられる、という面もあるだろう。
そして都会人の彼ら姉弟が、この土地を否定する言葉を持たないのも気持ちがいい。暮らしていた都会に比べれば不便もあるけど、良さも見つける。「違いは間違いじゃない」のである。まぁ この辺は永住じゃなく、40日間限定だから受容できることだろう。両親が離婚して母と一緒に田舎に引っ込む、という場合は彼らは絶対 違う声を上げるだろう。
また編集部の心意気を感じるのは掲載開始と終了のタイミング。現実時間で夏休みに入る2013年8月号からスタートし、終了は夏の終わりを感じる2017年09月号というのが心憎い。始まりは どうとでも合わせられるが、終わりも ちゃんと微調整しているのが良い。
現実が真冬でも夏を感じさせなくては ならないのは非常に難しい作業だったと思われる。しかも季節が動かないということは、少女漫画での季節イベントが夏のものしか使えないということだ。いくら自然の多い田舎だからだといって、星が綺麗など使える小道具は限られている。そんな困難に立ち向かったのは(また それが許されたのは)作者の これまでの経験と実績が あるからだろう。作者の力量と有能な編集者がいて初めて成立する話だったはず。改めて連載で季節を固定するって怖い決断だと思う。
読み返してみると田舎に行く前のエピローグ的な合コンシーンの重要性に気づかされる。このシーンがあるから後の展開が生まれるのか、と作者の用意周到さに舌を巻く。こういう構成の しっかりした話が私は好きだ。
まぁ 一つ気になるのは、顔が全員 同じこと。見分けがつかないレベルではなく、混乱したことは一度もないが、描き分けをしようという努力は見られない。あと南波作品といえばヒロインの「ぽかん口」が特徴。自分の困難、見たくない場面などで 口を開いて固まってしまうヒロインが よく見られるが、本書は嫌な場面自体が少ないし、今回のヒロインの理緒は芯の強い子なので事態の推移を見守るだけじゃなく、動いてくれるので、これまでのような悲劇のヒロインぶった印象は激減した。マイペースな お嬢様のように見えて強い理緒に感謝するばかりである。
親の都合で理緒と颯太の姉弟は母の実家、すなわち祖母の住む田舎に送られる。その第一村人として、高校1年生の理緒が会った2つ年上の高校3年生の吟蔵(ぎんぞう)であった。
彼に この村を案内してもらい、交流することで夏休みの40日間 退屈しない予感がした理緒だったが、理緒が蕎麦屋の孫だと分かった瞬間に吟蔵の態度が急変し…、というのが1話の内容。
2人は最初から惹かれ合っていたのではなく、誤解や反発があって互いの本質を知っていく。
理緒の祖母が大好きな吟蔵は、彼女が娘や孫から見放されていると思い込んでいたから、理緒に敵意を向けてきた。それに負けじと、理緒も祖母の寵愛を どちらが受けているかを競い合う。その上、理緒は銀蔵に対する自分の気持ちに混乱していた。恋に夢見ることはあっても実際の体験は全てが初めてで整理がつかないのだ。
その混乱の中、祖母の手伝いをしようと無理をした理緒は失敗し、そのことを吟蔵に咎められ、溜まっていたフラストレーションが爆発。怒りの感情のまま見知らぬ道に飛び出した理緒は迷子になる。暗くなり、雨に降られ、道を間違えた理緒を助けに来るのは当然 吟蔵だった。川の土手に引き続き、ヒロインのピンチに手を差し伸べるとヒーローの資格が得られる。そして「旅先(のビーチ)で迷子になった あたしを案内してくれ」る男性との出会いが理緒の理想。恐怖からの優しさ、喧嘩からの仲直り、それが胸キュンを生む。
ただ現実は涙や泥、足の怪我など美しいものではなかったが、吟蔵は夜になったからこそ見える景色を理緒に見せてくれた。彼らは同じ花を写真に撮影しようとしたり、綺麗なものを見て相手が喜ぶ顔やリアクションを想像する。それは感性が同じであることや、離れていても相手を思い出しているという想いの証明となる。出会って1日で これだけ想いが重なるのなら、それを運命と呼んでも良いのではないか。
そして吟蔵が理緒につらく当たっていたのは、祖母を放置していたという勘違いだけではないことが分かる。吟蔵にとって東京から来た理緒は、自分の行けない世界から来たこともあって、八つ当たりしてしまった。これは二人の背景の違い、そして未来が重ならないことを意味している。これもまた理緒には辛いものとなる運命の一つであろう。
更には吟蔵には「未来の嫁」がいることも判明。その女性、20歳の万里香(まりか)の話は、吟蔵と同じ道を行く運命を語っていた。
ただ逆境にも負けない強さが理緒には最初から備わっている。迷子の時以外、結構な確率で晴れている この村の天気と同じように、理緒の性格もカラッとしている。だから この出会いが夢見ていたような運命でなくても、理緒は自分から運命にしていく。
これまでの南波作品なら、万里香とエゴが剥き出しになったドロドロバトルが勃発するところですが、この村の人、いや この作品には とにかく気持ちの良い人しかいない。恋愛面だけじゃなく、この田舎の魅力もあるから、40日間 同じ土地で同じ面々の話でも読者は退屈する気がしないのである。もうちょっと暑い時期に読めばよかったかな。そこだけは後悔。