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少女漫画と小説の感想ブログです

再読必至の恋愛群像劇。本物の恋を知るまでの1年間の長期戦の はじまり はじまり。

隣のあたし(1) (別冊フレンドコミックス)
南波 あつこ(なんば あつこ)
隣のあたし(となりのあたし)
第01巻評価:★★☆(5点)
  総合評価:★★☆(5点)
 

中3の仁菜(にな)が好きな人は、マンションの隣に住む1コ年上の京介(きょうすけ)。やさしくてカッコいい京ちゃんの彼女を夢みる仁菜は、 ある日彼のキスシーンを目撃してしまい……!? せつない想いがあふれる青春ラブストーリー!!

簡潔完結感想文

  • 好きと向き合う1年間。恋に恋する中3のヒロインが恋を知る1年。勉強もするよ。
  • 好きな人のキスを目撃。自分こそがヒロインと思ってたら横から掻っ攫われ…。
  • 読み返すと ちゃんと整合性のある物語。ただの胸糞悪い話とか思ってゴメンよ。

漫画誌の伝統を破った破格の作品、の 1巻。

未読の方は何の情報も入れずに最後まで完読することを お勧めする。
それはきっと貴重な体験となる。
どうか『1巻』の身勝手な男の行動に腹を立てず、
状況設定だけに特化して、立体的に立ち上がってこない人物描写に目をつぶり、
一気呵成に最後まで読むと、結果的に楽しい読書になると思う。

この感想文はネタバレを前提とはしませんが、
私の拙い作文能力だと、ラストが推測できてしまう恐れがありますので 悪しからず。

最終巻を読んだ時の、この感動は良作のミステリを読了した時と似ている。
自分の勝手な推理が的外れで、
意外な犯人と犯行動機を聞いたような、そんなカタルシスがあった。

冒頭の一文通り、破格の作品である。
ただ、本格ミステリならフェアかフェアじゃないか大論争になりそうな内容である。

もし作者が連載当初から中盤以降の重要人物の参入を考えていたのなら、
1話から少しでも その人物を出すべきだったと思う。
転校生のような完全な途中参加じゃないのだから可能だったのと思うが。

この破格は、作品が暗黙のルールや約束事を一方的に破っただけとも言える。
少女漫画読者としては許せない部分もあるが、
現実的に考えたら、こういうことも多々あるのだろう。

ともあれ、最終回まで楽めた作品である。
楽しめたのに総合評価が10点中5点なのには色々理由がある。
それは最後に まとめて述べます。


人公は中学3年生の上村仁菜(うえむら にな)。

彼女はずっと、マンションの隣に住む1つ年上の男性・橘 京介(たちばな きょうすけ)と結ばれる日を夢見ている。
マンションの2階に住む両家はベランダを乗り越えれば自由に行き来できる。
京介の小学生の弟・圭介(けいすけ)を含めた3人は気兼ねなく往復する。
ちなみに両家が隣同士になった時期は明確にされていない。
弟の圭介(小学3年生)が生まれた時には お隣さんだったみたいだが。

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携帯電話を介さなくても彼だけに言葉は届くし、望めば すぐに会える誰よりも近い関係。

京介が進学した高校は、仁菜の中学校と隣接している。
四六時中 隣にいる環境と特権に恵まれた仁菜はハッピーエンドを疑わないが、
高校の進学で京介に、仁菜の知らない新しい人間関係が生まれ…。

中学生と高校生、たった1年の違いだが、住む世界が違う感じがよく出ている。
仁菜が中学生なのも親から携帯電話の許可されない絶妙なラインである(特に連載時の2009年では)。
メッセージボードでの文通(?)などアナログな感じが初恋に相応しい。

仁菜の言動の幼さや、メンタルの揺れも中3なら許せる範囲、かも。

自分の既得権益に胡坐をかいていたら、横から第三者が闖入し、現実を思い知る感じは
幸田もも子さん『ヒロイン失格』を想起した。
(といっても作品の発表は本書の方が1年以上早いが)
結末の違いも含めて『ヒロイン失格』と読み比べているのも一興かと思います。


の届く距離にいながらも、仁菜の手の届かないところに行ってしまったように感じられる京介。

その焦りが仁菜をストーカー行為に走らせる。
隣家で京介が友人たちと盛り上がっていればベランダから覗き込み、
京介のキスを見てしまった真意をベランダに置いたメッセージボードで たずねても京介が答えないから、
隣の京介の高校に潜入して京介を探し出す大冒険に出掛ける。

この2つの行動は なかなかにイタい。
京介の何もかもを知る権利を自分が持っていると思いあがってないと こんな行動に出られない。

ただし『1巻』の段階では仁菜は かなり自主的な行動を取っていることに驚いた。
何となく受け身で、巻き込まれ型の主人公の印象ばかりが残るから。
行動するけど不幸になってしまう、そんな空回る彼女は結構好きだ。


この2つの行動で出会うのが、京介が入部した高校野球部のマネージャー・麻生(あそう)。
闖入者である仁菜に優しく気を回してくれる優しい女性なのだが、
仁菜は ある夜、麻生が京介にキスをしているところを目撃してしまう。
それが2つの行動、ベランダ侵入と学校侵入の間の出来事である。

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他人のキスを見て目が覚める眠り姫。ヒロイン失格を思い知って物語は始まる。

介にとっての『1巻』は2つのキス事件である。
どちらも女性に振り回されるキス事件だった。

1つ目は麻生からのキス。

しかし麻生には高校の野球部のOBで元エースの彼氏がいる。
それを知った京介は麻生のキスの意味を問うが、麻生は京介もまた好きだという。

ちなみに麻生と、その彼氏・久米川(くめがわ)の交際の発端は、
久米川が麻生の高校受験に際して家庭教師をしたからというもの。

ここは少し不自然か。
「野球バカ」であろう久米川に家庭教師が務まりそうにない。
大学も推薦でいったような気配がするが どうだろうか。


そして もう1つのキス事件は、自分が仕掛けたもの。

高校に侵入した仁菜をたしなめに彼女の部屋に入った際、
仁菜から「つきあって」「好きなの」と言われる。

その返事の代わりに京介はキスの動作に動く。

なんで???
と京介の行動に疑問符と、その品性の無さに幻滅する。

ただ、京介の肩を精一杯 擁護するのなら、
彼は女性にとってのキスの意味を知りたかったのではないだろうか。

好きならキスが出来るのか、自分を好きな仁菜に試し、
キスをしてきた麻生の気持ちを推し量ろうとしたのではないか。

彼もまた混乱の中にいるからこそ、こんな行動に走ったのだ、と思いたい…。

完読すると、京介の気持ちも理解できなくはない。
言っていることも一貫している。

なぜ仁菜に突然キスを仕掛けたのかは、ちょっと分からないが…。


…と、一通り物語を紹介してから、苦言のコーナーである。

私は本書で登場人物に入れ込み過ぎて切ないとか、
その人の格好良さに惚れそうになったとかが一切なかった。

これは作者の前作『スプラウト』の時と全く同じ。
状況設定が凝っている反面、人物描写がお粗末になっているからだ。
これは作者と そして掲載誌「別冊フレンド」の悪癖であると思う。
1話で どれだけ読者の興味を惹きつけられるかばかりに注力している。

前作はテラスハウス同居だったが、今回は『近キョリ恋愛』(©みきもと凜)。
一番近くて遠い男性との恋物語
しかし彼は別の女性とキスをして、そして自分を突き放そうとする。
そんな逆境の中の恋愛を描くのは前作と同様である。
褒め言葉として人を不愉快にする恋愛を描くのが上手いとさえ思う。

そして主人公が「好き」を知っていくという目的は 物語を通してしっかり描けている。


、人物の造形に関しては褒められたものではない。
『1巻』は物語の導入部だからと思っていたが、全10巻を使っても、人物描写は薄っぺらいまま。
あるのは人間関係の配置だけである。
相関図の矢印で好きとか、ライバルとか描いただけの存在なのだ。

作品上、魅力的に描かなければならないはずの京介だが、
・1コ年上のお兄ちゃん ・野球部 ・優しい ぐらいしか作者の念頭にないのではないかと疑いたくなる。
その中では野球部仲間と自宅に来た麻生を送っていく場面だけは良かったが。

身勝手な行動も相まって、彼の良さが全く伝わらないのが残念だ。
もっとキャラ設定の段階からエピソードを細かく積み上げる必要があるのではないか。
どの主要キャラも、脇役のように個性がない。
思考がまるで分らないから全員がちょっとずつ不気味ではあるのだけれど。

例えば本書がアニメやドラマに映像化されるとしたら、
演じる役者さんたちは、登場人物を理解する取っ掛かりが少なくて苦労するだろうな、などと考えてしまう。


そして全体的に紙しばい的だと思った。

これは褒め言葉でもあって、絵だけ見ても話が通じるという意味でもある。
ちょっと画力的に怪しい部分があるが(斜め後ろから見た顔とか)、
絵が作品を支えている。

逆に悪い意味では、言葉が弱い。
これは上述の人物造形と似たような部分で、脚本にもう一工夫ほしい。

会話の面白みとか、印象に残る台詞が まるでないのだ。
引っ掛かりのない、予想の範囲内の台詞が続くばかりで惜しい。
もう一段階、文学的な味わいが出ると格段に面白くなると思うのに。


して作者の作品で私が最も気になる部分は、口(くち)!

なくて七癖。
一度 気になると、そこばっかり注目してしまうのが「癖」というものだと思いますが、
私は作者の作品の主人公たちの「ぽかん口」が気になって仕方ない。

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「ぽかん口」とは この顔を指すのです。蔑称は悲劇のヒロイン面、でしょうか(辛辣)

重要な場面で、彼女たちは だいたい口が半開きなのだ。

ショックを受けたとか、言い返せない状況の時に多用される。
それが多いのは起伏に富んだ内容の証拠とも言える。

しかし批判的に見ると、彼女たちは ずっと口をぽかんとしているだけで物語が成立していくのだ。

口を閉じて歯を食いしばったり、口を大きく開けて反論したりしないで、
主人公は「ぽかん口」をしているばかり。

こうもずっと口を閉じずにいると、
口呼吸しているように見え、アホっぽさが増幅してしまう。

そして恋愛において逆風が吹く展開でも、口を開け、風が止むのを待つばかり。
なのに黙ったままでも最後には幸福が舞い落ちるから、都合の良い物語に見えてしまう。

しかし、そう思っていたからこそ再読すると『1巻』の序盤では、
仁菜が自分から行動していることに驚き、感動した。

けど それも、圧倒的不利を自覚してからは鳴りをひそめてしまい、
また口を半開きにするばかりになってしまった…。