《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

育ててくれた義母のために、継母からの命令に従う健気なシンデレラヒーロー。

制服でヴァニラ・キス(5) (フラワーコミックス)
夜神 里奈(やがみ りな)
制服でヴァニラ・キス(せいふくでヴァニラ・キス)
第05巻評価:★★(4点)
 総合評価:★★(4点)
 

「婚約式は中止にしてほしい――」。万里の突然の別れの言葉に落ち込む心愛だけど、その影には芸能事務所社長・ミカが・・・。さらに、傷ついた心愛に四谷がまた急接近!? 一方、万里も同じように心愛を求めていた。やっぱり溢れてしまう「好き」の気持ち。今、万里が心愛のもとへ―――! 1Pも目を離せない、ドキドキのクライマックスへ! 2人は再会できるの!?

簡潔完結感想文

  • 高校1年生での婚約破棄。夢だと思うことで現実逃避し、彼と向き合わないヒロイン。
  • ヒーローは義母たちのために動く甲斐甲斐しい息子。義母の話は どちらも中途半端。
  • 契約書を破れば全て終了と思っている幼稚な人々(万里&作者)。時間の計算も謎。

後までヒロインが努力した場面が見られなかった 本編完結の5巻。

『5巻』では婚約をしたはずの心愛(ここあ)と万里(ばんり)の2人に大きな試練が立ちはだかる。一方的に婚約破棄に巻き込まれた心愛は、その現実を受け入れられず、泣いてばかりで万里への連絡も取らない。それは仕方がない。
だが、私が心愛を やっぱり嫌い と思ったのは、彼らが試練を乗り越えた その後。うまくいかなくなって半年(どうしても計算が合わない)、2人は それぞれに相手のことを好きでいることを自覚し、クリスマスの夜に再会を果たす。しかし この数か月で人気モデルになるという誰も予想できない斜め上の展開が起きたことで、万里は世間の目に晒され、再会もままならない。
そうして人目を避けるために離れ離れになった際に心愛が言ったのが「今日は人 多いし もう会えないかもな…」「とりあえずメールして ゆっくり会える日 聞いてみよ」だった。

軽っ!! 台詞が軽すぎる!!
これなら「もっと話したいよ…」とメソメソ泣いてくれた方がどんなに良かったか。今日は会えないのか、じゃ 次の機会に、では軽すぎる。これは いつでも会えるカップルのデートの約束ではなく、半年なら半年会えなかった日の運命の再会じゃないのか。そういうことを理解していないような言動のヒロインと作者の軽薄さが私には信じられない。

そして大好きな人に会えなくて泣いて暮らしていた日々が終わった途端、この余裕である。この半年間、自分から連絡を取ろうという勇気が出なかったのに、彼も自分に会いたかったと分かった途端、勝者の余裕を見せる。この能天気さにイラっとした。

振り返ってみると告白も同じような展開だった。心愛は『1巻』で自分から告白したと思ったら、人としての好き、と撤回し、そこから自分の気持ちを伝えない。これは連載の延長が決まり、心愛の立ち位置が三角関係に巻き込まれる「愛されヒロイン」に変化したから仕方ない部分もある。しかし『3巻』で万里からキスされても彼がどういうつもりでキスしたかも問わないし、自分の気持ちも伝えないまま。だが『4巻』で万里の方から告白された途端、「私もスキ…っ」と彼に泣いて抱きつく。

結局、心愛という人は自分が傷つかない状況になって初めて自分の気持ちを伝えるだけ。そして自分から動くのも自分の優位が確定してから。何もしないで相手から愛されるのを待つ、そんな人間に心愛が描かれているのが残念で仕方がない。
学校で「完璧王子」と評される万里だが、彼は表情や感情を失くしている。そんな難攻不落の彼に心愛が挑み続けるような話かと思ったら、路線変更もあり、ただただ心愛は男からの求愛を待つばかりになってしまった。

連載が延長されて見えてきたのは、作者の話の作り方の雑さではなかっただろうか…。


中から路線変更したのが見え隠れしたり、ヒーローよりも当て馬の方が最後まで活躍したり、全部で5巻+番外編の物語にしたりと、紺野りさ さん『胸が鳴るのは君のせい』との共通点が多すぎる。
どうも話の作り方に既視感があると思ったら、小学館のやり口なのか。2作品は掲載誌こそ違うが、同じ小学館作品で連載時期も近い。連載序盤で人気があったら強力な当て馬を登場させて話を継続させようというというのが基本方針らしい。
実際、作者自身も3話辺りで連載の延長が決まって、新キャラが7人同時加入したと匂わせている。これによって長くても全3巻ぐらいで終わりそうな話を5巻まで引き延ばした。当て馬がヒロインを諦めなければ、少女漫画はネバーエンディングストーリーになるということか。

ただ、2作品とも2人だけの話に終始していた方が、絶対に作風が清らかなままだったと言えよう。当て馬が力を持ちすぎると、ヒーローの影は相対的に薄くなるし、ヒロインも優柔不断な人間に見えて来てしまう。本書であれば、通学電車内で徐々に変わっていく2人の距離感を的確に描写できていれば、絵の綺麗さもあって素敵な物語になったのではないか。変な方向に話を広げ、そして未消化の話題を残したのが とても残念である。

ただ、綺麗な絵だったはずだが『5巻』では鼻が変な位置から生えているのが気になった。多忙で変な癖がついてしまったのだろうか。


里からの提案で婚約したのに、婚約を祝福する式当日に彼からのメールで婚約が解消される。

その日、万里は父と結婚していた仁科(にしな)と会っていた。心臓を患う義母・アキが、より腕の良い医者の診療を受けられるように、万里は仁科の芸能プロダクションで「芸能活動」をする契約を結ぶ。考えてみれば、仁科も万里の義母というべき存在で、万里は アキと仁科の2人の義母のために人生を捧げていると言える。万里はシンデレラなのか。

心愛に届いた婚約破棄のメールは仁科が作成したもの。それを知った万里は心愛との交際を貫こうと抵抗しようとするが、心愛を事故に見せかけて殺すという脅迫を受け、仁科に従うしかなかった。仁科は、自分の夫を その元妻、つまり万里の母に殺されてことを恨んでいた。万里を自由に操るのも彼女の復讐と言えよう。恋をした男性が、思い通りにならなかったら、その原因となった人の命を奪う。万里の実母も継母の仁科もクレイジーである。それだけ万里の実父が魅力的だということか。

完璧王子が老練な熟女の計画に絡めとられる。この事態を万里が どう解決するのかと期待したが…。

レイジーな2人の母親たちとは違い、義母・アキは気高い。アキは仁科と会い、義母対決をするが、アキは自分の命を投げ出す代わりに、万里の自由を与えようとする。そういう自己犠牲が万里が彼女に惹かれる理由なのだろう。当初、心愛のライバルだと思われたアキだが、人のために泣いたり怒ったり出来る点は似ている2人である。万里の好きなタイプなのかもしれない。

万里は、手術の成功率1割のアキに生きててもらうために何でもする。そして心愛のためにも、彼女に別れを切り出す。そして彼(または彼女)を守るために、その人から身を引くというのは この義理の親子に共通する自己犠牲の精神である。


里と心愛に出来た距離につけ込むのが、四谷(よつや)。中途参加だったハンデを乗り越えるための強引な行動(唇を舐める・ディープキス)だったが、読者への ご挨拶が終わってからの彼は誠実。本書のヒーローは言葉足らずで欠点も多いので、四谷の方が「マシ」に見える時もある。弱っている心愛が四谷を離せないし、頼ってしまうのも理解できなくはない。ただ設定が いきなりぶっ飛びすぎて読者の感情が追いつかないが…。

現実を認められないまま日々を過ごしていた心愛を四谷が街に連れ出し気分転換をさせる。だが その街中で万里のモデルとしての活躍を目の当たりにし、心愛の傷は また開く。万里は学校に来ないまま芸能活動をしているらしい。

ただ学校の完璧王子・万里は、芸能界の「天涯孤独の王子様」になって、表情を失くしていた。それは心愛の会う前での万里だろう。両親の離婚後、心を守るために表情や感情を失った万里だが、今回は笑えていた自分の記憶があるから、万里は少しずつ心が壊れていく。


して季節は更に流れクリスマスが視野に入る頃、万里は心愛とクリスマスの約束をしていたことを思い出す(伏線など無い)。こういう別離を用意するのなら、幸せな時に この回想にある話を伏線として入れればいいのに、分かれた後に実は こういう約束をしてました、と言われても後出しの匂いしかしない。

万里が心愛のことを諦めきれない話では、月見里(やまなし)が万里が口に出来ない彼側の事情を知る。…が、このエピソードに意味がないのが気になる。月見里がお節介を焼いて、心愛に万里は今でも君を想っている、と伝える話に繋がればいいが、それもない。ちょっと万里を不安にさせただけなのが気になる。
そして更には最後まで四谷の存在が万里にライバル心を燃やすというのも気になった。ずっと万里が心愛に心を溶かされるのではなく、四谷の存在によって心愛を取られたくないという独占欲や嫉妬が彼の行動原理になってしまっている。万里は単独では動かないから説明が借りの月見里や、行動を促進する四谷の存在が必要なんだろうけど、それによって恋愛が濁ってしまっている気がしてならない。もっと純粋に心愛を想っていて欲しかった。


谷から空手部仲間たちとのクリスマス会に招待されて、心愛は参加を表明する。だが、当日になって万里との約束を優先する。婚約式で万里に当日ドタキャンされた心愛が、当日になって皆を落胆させるのが気になる所。

この場面、心愛が友人から「もう半年だよ? なんの連絡もないんでしょう?」と言われているのが気になる。
これは どこを起点として半年が経過しているんだろうか??

心愛も また半年間 泣いていただけ。「クリスマスの約束」を守る自分に自己陶酔しているようだが…。

『3巻』で花火の下、キスをした夏祭りは遅くても6月、いや7月じゃないと夏とは言わないだろう。そして そこから1か月が経過して通学電車で再会して、その後に お泊り回があるとすると、婚約したのは9月以降と考えるのが妥当な気がする。そして当然、クリスマスは12月で固定だ。
12月の半年前というと6月で、早く見積もっても夏祭りの時ぐらいか。でも その時は まだコミュニケーション取れてたと思うし。はて、連絡がなくなって半年というのは どういう意味なのでしょうか。
作者は恋愛のスケジュールすら上手く立てられないのか、と怒りを覚える。作者は色々とヤバい気がしてならない…。


愛はクリスマスに泣き出して万里への愛を語りだす。ここまで何の努力もしてないが、自分には聖夜の奇跡が起きると信じているらしい。

そして万里も自分の中の心愛への気持ちを再確認し、仁科に芸能活動の停止を要請する。心愛が死ぬという強迫にも、「彼女は僕が死ぬ気で守ります」という精神論で反論。意味が不明だ。いや、そんなことが出来るなら、初めから…と思うが、心が限界に達しての行動らしい。

契約書を破り捨てて、万里は自由になる。
…えっ、契約を勝手に破棄することを許さないのが契約書じゃないの⁉ もう いちいち引っ掛かって仕方がない。

この強迫に対する反論は、例えばアキが手術に成功して、もう仁科に従う必要がないという理由があればまだ良かった。万里が仁科を利用したことになり、読者の万里への心証は悪くなるが、話の筋道はそれで立つだろう。しかし作者は自分で用意した恋愛のハードルを力技でなぎ倒していく。連載が延長した作品のはずなのに、まるで打ち切りで風呂敷をぐちゃぐちゃに畳んだみたいになってる。誰の心情にも寄り添えません。

ここで万里の父と仁科の夫婦の過去が2ページ語られるが、どうして天才カメラマンであるはずの万里の父が元の事務所を辞めて、芸能事務所を立ち上げるのかが謎すぎる。事務所に在籍している というのならカメラマンが所属する事務所にいるのが妥当で、芸能界とは関りがないだろうに。まさか作者が自分で作ったカメラマン設定を忘れて、万里の父親まで芸能人だと思い込んでるのか⁉

そして万里は彼の出演したCMのギャラで傾きかけていた事務所が持ち直す、といっているが、活動して半年未満の芸能人が いきなりCMに起用するメリットが企業側にあるとは思えず、これはゴリ推しでねじ込んだ仕事だろう。そこに利益が出るとは思えない。


リスマスの日、心愛と万里を導くのは『1巻』の番外編で登場した猫。

再会して、万里の本当の心を聞き心愛は感涙する。だが世間的にはまだ芸能人である万里は注目の的になってしまい、2人は別々に逃げる。その後の心愛の行動は上述の通り、全てが軽い。

1人でいる心愛に向かって万里は人目も憚らず、心愛の名前を名字ではなく名前で初めて呼び、そして「君が好きだ…っ」と告白する。それだけで全てを許す心愛。結局、この別れの理由も聞かないまま。心愛が万里に何かを聞いたことはあるだろうか。万里の言動をミステリアスにするために心愛からの質問を禁止しているとしか思えない。

最終話まで性行為を匂わせるのが本書らしい。結局、淫靡なシーンで読者を釣るしかないんです。中身がないから。誰もいない心愛の家に逃げてきた2人。『4巻』の お泊り回と同じような状況になるが、今回も未遂で終わる。

こうして万里の正式な彼女になって話は終わる。空手部イケメンたちも心愛の周辺に配置され、四谷は まだまだ奪略を狙っているという設定で、最後まで愛されヒロインを再確認する幸せな結末。

そして話は唐突に、いつもの6時半の電車風景に戻る。これが作者が当初から用意していたラストなのだろう。最後は『1巻』の背表紙のシーンになり、回り道をしまくった話は終わる。きっと作者は こういう小さな世界の真っ直ぐな恋愛が当初は描きたかったのだろう。それが編集部に延長を要請され、当て馬とエロと派手な話を詰め込んで、当初の作風は消えてしまった。

しかも義母・アキさんの その後など、回収してない伏線もある。読者の不満を甘々なヴァニラの香りで かき消そうという作戦か…。