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少女漫画と小説の感想ブログです

ヒーローに唯一 明かされないままの秘密は、目覚めた彼女の口から明かされるべき秘密。

おはよう、いばら姫(6) (デザートコミックス)
森野 萌(もりの めぐみ)
おはよう、いばら姫(おはよう、いばらひめ)
第06巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

「丘の上のおばけ屋敷」と噂のある空澤家の一人娘・志津は、実は「死者の魂を呼び寄せる憑依体質」。美郷 哲と過ごすうちに、少しずつ本来の人間らしい感情を取り戻して変わっていく志津だけど、それは別れのはじまりだった――!? 憑依体質少女と家政夫男子のボーイ・ミーツ・ガール、感動の完結巻!

簡潔完結感想文

  • お互いの家庭問題も収拾し、穏やかなエピローグっぽい日々は 終わりと始まりの前触れ。
  • 最終巻での新キャラはヒロインの友達候補であり仮想敵。時に わがままな気持ちの名前は…?
  • あなたの心からの笑顔が見たかった私たちからの最後のプレゼント。目覚めれば今日が始まる。

怒哀楽は そこに あなたの心があるから、の 最終6巻。

色んな人に感情移入して、色んな視点から見る数だけ感動が押し寄せる、そんな最終巻だった。最初から最後まで感想文で語りたいことが こんなにある濃密な作品を名作と呼ばずして何と呼ぼうか。

『5巻』の感想文でも書いたが、本書の大事な場面は夜が多いのは、霊たちにお別れと おやすみ を言うためだからだろうか。みれい と志津の母の別れも辺りが暗くなってからだったし、『6巻』で、間接的に霊との別れとなる哲の告白も闇が落ちてからだった。本書において「おはよう」は一緒に生きている者に、「おやすみ」は消えゆく者に言う言葉なのだろうか。

ハルミチとの大事な場面は夜空に星が広がる。成就しなかった初恋が完全に終わることも両想いに必須なのかも。

この最終巻でヒロイン・志津(しづ)の表情は ますます豊かになる。こんなに心から喜ぶ彼女の姿が見られる日が来るなんて当初は思わなかった。だが その前に深い悲しみが本書には存在していた。主人公の哲(てつ)も読者も志津が志津らしく生きることを望んでいたはずなのに、その達成の裏に こんなに激しい喪失感に襲われるなんて予想外だった。

その喪失感の原因は、志津の中から霊たちがいなくなったこと。それは志津が良い意味で ただの人になる通過儀礼で、本来は喜ばしいことに違いない。ただ霊でありながら間違いなく彼らは志津の家族だった。志信(しのぶ)は祖父、ハルミチは父、みれい は姉というか母(笑)、カナトは弟だろうか。過ごした時間は様々だが、彼らは一心同体ならぬ多心同体となった仲。誰にも入れない特別な領域があり関係だったという意味では やはり家族だったのだろう。

そうして孤独な彼女を救い、育ててきた人たちと別れることは死別に等しい。霊との別れというフィクションではあるものの、志津が感じる喪失感、悲しみ、後悔は人の死のそれと全く同じである。
志津は近々 彼らと別れる「その日」がくることが分かっていたのに、それを信じられない、信じたくないから お別れを、感謝を言えなかった。志津の場合は、彼らが霊体であり、多くは既に死んでいて、姿も見えないから さらに現実感に乏しかったのかもしれない。


だ救いとなるのは、志津にもう霊体が入れないということは、彼らがあるべき場所に戻る、ということである。それは別れだけじゃない。ネタバレになるが、端的に言えば、みれい の復活への のろし になるのではないか。行き場のなくなった みれい の霊は戻るべき所に戻るだけ。

もしかしたら みれい は親友の娘である志津の自立を見届けるために自分の意思で彼女に宿り続けていたのではないか、とも考えたが、そうなると実の子供たちを放置したことになるから、それはないか。目覚めてから親友の母娘をサポートすればいいんだし。

この仮説は崩れたが、志津から みれい が出ていくことで、彼女の覚醒に近づいたのは あり得るだろう。精神的な衝撃で志津から霊が出ていくように、志津の自我確立で強制射出された みれい は返るべき所に返っていく。志津は自分が間接的に家族を殺したような感覚すら覚えているかもしれないが、彼女の行動で、愛する哲を救ったと思ってはくれないだろうか。


えば哲と出会い、志津は様々なことを学んでいる。自分というもの、料理の美味しさ、好きや嫌い、学校という制度、友達というもの、家族、社会、恋愛。その最後に学ぶことが死という概念や経験だったのだろう。
哲と出会う前からも一般的な常識や暮らし方は志信が教えてくれていたが、やはり他者との関わりがあって心は育つ。そして志津の心が育った時に、やがて自分たちに二度目の死が来ることは志信には分かっていただろう。
恋愛という最後の要素で志津の心が満たされ、それが自分たちに別れの合図となる。とても悲しいことだけど、これほど安心できるバトンタッチはない。一緒にいたいと思う人が出来ることは彼らが志津に望んでいたことで、そして自分たちでは絶対に果たせないことなのだから。

哲になら志津を託してもいい、と思ってくれたことで彼らの方は志津との別れの準備を始める。これは2人の両想い直前ではなく、ハルミチがいる時から準備していたもの。哲の親友・千尋ちひろ)が付きあうのは時間の問題と思っていたように、中の人たちも早々に交際を確信していたのか。もう1つの志津の家族からも公認されて、この2人は結婚 間違いなしか。実際ラストの夢で それらしい場面が出てくる。

最終巻にして新キャラが出てくるのには驚いたが、役割が用意されており、出てくる意味があった。その人、桜(さくら)は志津の家の近くに住んでいるのだが、ハルミチの関係者ということで心理的には一番 遠いところに配置されていたことが分かる。ハルミチを内包する志津は近づけなかったから出会わなかったとも言える。そういうルール作りも作者は上手い。

また桜は色々と こじらせてしまった哲や千尋が すぐには縮められなかった距離をすぐに縮める性格という設定も良かった。広い世の中には、自分との違いを排除せず、鷹揚に受け入れる人もいるだろう。その実例として桜が配置されている。

志津の秘密(部分的にではあるが)を知ることで桜は志津の初めての友人になる。そして桜は無自覚だが、志津にとって嫉妬の対象になる。桜に1人3役をこなさせることによって最少人数で死別と恋の道筋を立てている所も本当に作者の見事な手腕である。


書では巻を追うごとに、哲と志津2人のことが大好きになっていったし応援したくなった。そして同時に巧みな仕掛けを用意している作者のことも好きになった。これからも絶対に追うと決めた作家さんとなりました。

作品の充実度としては同じ「デザート」掲載の ろびこ さん『僕と君の大切な話』と似たような感覚を得た。どこを切り取っても面白い、明確なキャラの描き分け(外見だけじゃなく内面の)など私の作品評価のツボを押させている。

また『6巻』の目覚めに関して言えば 縞あさと さん『君は春に目を醒ます』を連想した。本書の方が発表は早いが、目を覚ました時に自分を迎えてくれる人の大切さを感じた2作品だった。ラストの1ページなんて『君は春に目を醒ます』という言葉がピッタリだと思う。


頭で『2巻』でカナトが志津の中に入った後、事故チューで強制射出された時に抱いていた疑問が解決される。プールの霊(『1巻』)や、かつて志津の母が持ち込んだ霊(志信・談)は一度 排除されると二度と話に登場しなかったのに、カナトは なぜか その後、志津の「守護霊」チームに収まっていたのが疑問だった。こういう細かい点まで しっかりフォローされているから本書の完成度は上がっていく。

これは志津がカナトに事故チュー後に身体の提供を申し出たからだった。ちなみにカナトの名前は石崎 奏人(いしざき かなと)である。みれい の名前の謎も分かったし、中の人の生前の名前が明らかになる。


節は秋になり、志津は本邸に戻って10数年ぶりに母と暮らし始める。哲はバイトを減らし、同級生やサッカー部員たちと1年ぶりの穏やかな学校生活を送っている。珍しく千尋から志津と交際しないのかと尋ねられるが、志津には まだ恋愛が分からないから、と哲は焦って行動しない。哲は間違っても俺様ヒーローみたいに性的暴行まがいのキスはしないだろう。

そんな会話をしている彼らが街中で声をかけられたのが小御門 桜(こみかど さくら)。何と彼女はハルミチこと小御門 春道の娘だった。ハルミチは10年前から行方不明扱いになっていて、妻と子供は妻の実家で暮らしている。妻は今もハルミチの手掛かりを求めて全国を回っているぐらいで、桜は それに終止符を打つため、霊感体質の噂を聞いた千尋に声をかけてきたのだ。

ただし桜は再婚に伴って家族となった連れ子。そして その子は自分が原因で父が家を出ていったと思っていた。実はハルミチが守護霊チームに入ったのは、志津の家から ほど近い場所に住む妻子の様子を見守るのに丁度よかったからでもあった。

『1巻』で哲が志津(中の人はハルミチ)と流星群を見に行った際、涙を流した志津に哲は面食らったのだが、それはハルミチが流星に残された妻子が自分を探すのを諦めるよう祈っていたからだった。1話から20話以上経ってからのロングパス。上述のカナタの経緯といい、本書はキャラも作者も隠し事と、それを明かすタイミングが上手い。


ルミチに協力しようと、哲と千尋は桜を誘い、ハルミチの縁の地で手掛かりを探る。

この日は本物の志津も同行する。志津にとって桜は初めての同年代の同性の知人となる。そして なんと同年代の女性の存在が、志津の中の恋心を刺激する。いわば桜は仮想敵・同性ライバルになるのだ。

志津が同行したのはハルミチのためだが、何よりも志津自身がハルミチのために動きたいという意思を持っていた。哲と同じように、疑似的とはいえ「家族」のために志津も動きたい。彼らは何度も調査に出かけ、そして交流を重ねる。本書で こんなに同世代が複数人で行動しているシーンは珍しい。普通の少女漫画みたいだ。

桜は父の縁の場所を最初から知っていた。それは彼女自身が以前から父の行方を捜していたことを意味する。桜にはハルミチと家族になるための努力をしなかった、そして自分が原因でハルミチを苦しめ家を出た、という加害者で被害者の意識が混在している。

生前、ハルミチは自分が桜の父親になろうとすることは、桜から死別した実の父親を奪うことだということに葛藤していた。それに けり をつけるために、ハルミチは父であり夫であった その男性の墓参りに参った。そこで彼に遠慮することなく、桜の父親になることを誓った。それが「ごっこ」ではなく本当の家族になるために必要なことだと思ったから。

だが その帰り道、川で溺れている子供を発見する。母親が その子を「さくら」と呼ぶのを聞いて、通報より先に身体が動いていた。

その川で哲たちは当事者たちを発見する。子供を救出後、流されたハルミチの遺体は上がらず彼ら母娘も毎年お花を供えることしか出来ない。実は『2巻』で志津が橋から川に飛び込み、ハルミチにチェンジした時に、岸に上がった彼が強く安堵していたのは志津を救えたからだった。

桜は それがハルミチだと受け入れる。彼は家出をしたのではなく、事故で亡くなっていた。その事実が桜を安心させ、そして胸を痛ませる。

この時、ハルミチの霊は千尋の隣にいた。だが彼は桜に自分の存在を隠す。『5巻』の みれい の時もそうだったが、家族には介入しない方針らしい。


に帰って母親にどう報告していいか分からない桜のために、志津は自分の家に泊まり整理する時間を桜に提供する。その流れで4人全員で志津の家にお泊りすることになった。泊まるのは少し前まで志津が暮らしていた離れ。

実は志津は桜を家に呼び、その間に自分が眠ってハルミチの人格になることで親子の対面をさせようと目論んでいた。だが志津が居眠りをしてもハルミチは出てこず、志津のまま。

志津と中の人たちとの「交換ノート」に残したハルミチへの文章を桜に見られて窮地に陥る志津。そこで志津は自分から桜に この憑依体質について説明しようとする。それは隠し事のない「対等」な関係を目指したからかもしれない。それは まるで哲と千尋のように。
この説明は哲が多重人格として処理するが、志津の複雑な状況は桜にも伝わる。だが桜は、千尋の霊感体質の時と同様に、志津の事情もおおらかに受け入れる。そういう美質が桜にはあり、2人の女性の距離はますます近づく。


の父への別れ・決着は、同時に志津のハルミチへの別れへと繋がっていく。夜中、ハルミチとなった志津は夜中に家を抜け出す。哲がそれに気づき、2人での会話となる。

みれい もそうだが、ハルミチも家族の前に出ないのは、志信の意向でもあった。生前 近しかった人間と親しくしないのが一応のルールらしい。哲から近づいてきた みれい の場合は、哲に嫌な態度を取ることで距離を取っていたのだろう。
それは みれいが以前言っていた通り、志津を道具として見られないための方策であるし、また幽霊本人(?)が志津に身体を返したくないと思わないよう自分を抑制するルールでもあった。

この日、ハルミチは満足していた。桜にも志津にも友達が出来たのを見た。心配事もなくなった。それだけでなく、志津は志津の人生を生き始めているため、他者の介入する余地は少なくなっている。

それは哲が志津と目指してきた未来でもあるが、どこかで それが良い未来だと思えない優しい哲にハルミチは、死者に遠慮して目の前の人を大事にすることに躊躇した自分の生き方を後悔していることを告げる。そうではなく哲に、中の人ではなく 志津を大事にするべきだとハルミチは志津を託す。

消えゆく中で、ハルミチは妻子に自分を忘れて生きて欲しいと思う反面、自分が忘れられる恐怖を知る。生前、妻の前夫を一度 家庭から排除しようとした自分は間違った決断をするところだったのか。そんな迷いの中にあるハルミチに哲は涙ながらに死ぬまで忘れないと誓う。哲にとってハルミチは初告白した人として大好きな存在。その言葉を聞いてハルミチは穏やかな気持ちで志津の身体から離れる。


れから しばらく哲と志津は元気をなくす。そして その時期、哲のテストやアルバイトなどで2人は会えなかった。

哲の前に姿を現したのは みれい。みれい は志津を託せる相手を探していた。以前、マッチョな男と出会っていたのは それが頼りがいに繋がると考えてのことなのだろう。また、みれい が哲に冷淡なのは、このややこしい問題から息子を引き離す意味もあった。だが息子は どんな逞しい男性よりも しっかりと その役目を果たす。

そして志津が完全に志津として目覚めれば、守護霊たちも中に入ることはなくなることを知る。哲は みれい とも別れの挨拶を交わす。この場面も夜だった。

別れ際、みれいは志信から託されていた水族館のチケットを哲に渡す。哲が、志津の大切な日である日曜日に志津を誘うのは守護霊チームには お見通しなのだ。


曜日、2人はデートする。驚くことにまだ付き合ってないんだぜ状態ではあるが、デート回である。

この頃、志津は桜をはじめ、哲と少しでも会話をする女性、そして彼にキスをしたイルカにまで嫉妬する。

しかし桜が哲に会っていたのは、哲が志津へのプレゼント選びを桜に手伝ってもらっていたからだった。この日は志津の誕生日。志津が生まれてきたことを(実在の)誰かから祝福されるのは いつ以来なのだろうか。こういう体験をさせてくれるのも哲の存在あってこそ。

哲もまた一足飛びに志津との距離を縮める桜に嫉妬していた。志津の母親と取引せず、こうやって気持ちのいい関係が結べたらと後悔ばかり。だが志津は そんな哲の紆余曲折を全部 見てきた。からっぽな自分に会いに来てくれたのは哲だけ。だから哲には誰のところにも行ってほしくない、ずっと一緒にいたい、他の人より自分が特別であってほしい、その気持ちは「恋」である。

その気持ちが志津の全部を志津にしていく。


が それは同時に皆との、もう一つの家族との別れを意味していたことを志津は遅れて気がつく。

喪失感に苛まれる志津。彼女は日中もベッドで過ごし、自分の眠っている時間を増やそうと努めている。そうして いつも一緒にいた人たちが ふと帰ってくることを期待し待ちわびている。志津は葛藤していた。自分の気持ちで、彼らの居場所を奪ってしまうことを。そして今の状態を孤独だと思っていた。だけど志津には目を閉じると聞こえてくる声がある。

ある日、ふらりと散歩に出かけたきり帰ってこない志津を哲は捜す。そこへ次々と、志津の目撃情報が哲に連絡が入る。それは志津が霊たちと過ごした場所だった。

実は哲は霊たちがいなくなった後、自分が彼らの代わりになるか 力不足を不安視していた。だが みれいは一つのことを教えてくれる。人は目覚めた時、自分を待っている人がいることが嬉しい。朝、おはよう と笑いかけてくれる人がいるだけで人って生きていけるものだと。
みれい は自分の置かれている状況を知っているみたいだから、これは彼女自身が目覚めた時に してほしいことなのかもしれない。きっと みれいが目を覚ますのは家族の誰かが見舞いに来ている時だろう。

手の温かさを感じながら眠り、目を覚ました時に その人の声が響く。それもまた人の幸せの形。

屋敷の離れで寝ていた志津が目を覚ますと、隣には疲れ果てて眠ってしまった哲がいた。そして彼も目を覚まし、志津を認めると、おはよう と声をかける。それは自分が決して孤独ではないと教えてくれる優しい言葉でもある。

志津は霊たちの不在よりも、ありがとう も さよなら も言えなかった自分の臆病さを後悔している。でも身体を共有していた人たちだもの。志津の気持ちが彼らに伝わっていないはずがない。

そして志津には自分の喪失感を同じように受け止めてくれる優しい人間が側にいる。不安は、生きている限りつきまとうもの。でも人は温めあっていきていける。志津には そんな当たり前の一生を送って欲しい、という志信からの手紙には「招待状」が入っていた。

案内された離れの空き部屋には くす玉が用意されており、紐を引くと2人の交際を祝うメッセージが出現する。そんなプレゼントに哲も志津も心の底から大笑いをする。きっと守護霊チームは彼らに笑って欲しくて これを用意した。その動機は彼らが2人を大好きだから。そこにあるのは確かに愛だ。それを形に残してくれた。


れから志津は生前の彼らの人となりを知るために、彼らの縁の人や場所を訪ねる。ただし みれい の手掛かりはない。当然と言えば当然だが、そのことを志津も黙っている。本書の人たちは自分の秘密を簡単にバラしたりしない。

高校卒業後、哲は父の経営する家政婦紹介所で働く予定で、千尋は製菓学校に通う。妹の涼(りょう)は高校生になったら千尋の家のケーキ屋でアルバイトを始めるため面接を受ける。一家の家計の足しにするのはもちろんだが千尋に会うためという下心もある。あまりサイドストーリーとかスピンオフとか好きではないが、この2人の行く末は見てみたい。

そして哲は 母の問題が落ち着いたら大学進学を夢見ていた。教師になってサッカー部の顧問になるのが哲の目標。そして あわよくば志津と同じタイミングで同じ大学に通いたい。

志津も父親に話を通し、高卒認定試験からの進学の道を進もうとしている。志津が志信に勉強を教わったり、哲先生から授業を受けたり(『3巻』、あれは哲の将来像でもあったのか)、桜とも勉強していたのは志津が自分の道を進むための下地作りだったのか。

父親には「多重人格」の完治の話は伝わっており、娘が妻を苦しめる存在でなくなったからもあり、父親は志津を自由にさせる。頭を下げる志津に、父親は自分にその資格はないと思う。2人の関係において、今は目を逸らす、答えに窮するのは父親の方。頭を打って人格が変わったのだろうか(苦笑)

だが2人の関係は始まったばかり。志津は他人同士から始めることを提案する。ゼロからの関係だから お互いを知る努力を重ねる。それが関係構築の第一歩だと彼女は告げる。そのために母の提案で親子3人での会食の計画があると志津は父に伝える。前向きな父の回答に志津は顔を ほころばせる。そんな志津の中に父は妻、いや志信の存在を感じる。

志津は自分を育ててくれた人たちに恩を返すためにも、毎日を丁寧に生きる。彼らと書き続けた交換ノートに、彼女は自分が過ごした毎日をしたためることにする。今はもういない誰かに報告するように書くことで、彼女は自分らしく生きることを日々 意識するだろう。


ある春の日、哲は志津と母親の病院に向かう。彼らが初めて会って1年が経とうとしている。

哲が病室から出て行った際、志津は みれい、こと哲の母・玲(あきら)に話しかける。みれい は哲が屋敷に出入りするようになってから、遠くから息子のことを見つめていた。その資格の記憶が間接的に志津にも伝わり、それがやがて哲への興味になっていった。1年前に哲と接触したのは志津の意思と興味。それが全ての始まりだった。みれい は母の愛で見つめていたら哲を遠ざけるどころか志津と近づけてしまったようだ。

その後、病室で眠る哲と志津が同時に見るのは それから10年後ぐらいの夢。2人の間には息子が生まれており、哲の実家に帰る。玄関には2人の妹がそれを迎え、部屋に入ると哲の父が孫を抱く。そしてその家には椅子に座って眠る玲がいる。彼女が目を覚ますと おはよう と息子一家が挨拶する。それは幸せそのものの光景。

そして最後の1ページは、その10年後の未来に続く、最初の1ページとなる。