《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

人も建物も変わってしまった7年間の眠りの中で、変わらずに咲き続けた一輪の花。

君は春に目を醒ます 1 (花とゆめコミックス)
縞 あさと(しま あさと)
君は春に目を醒ます(きみははるにめをさます)
第01巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★(6点)
 

小学4年生の絃は同級生の弥太郎にいじめられ泣いてばかり。そんな絃を優しく守ってくれるのは7つ年上の千遥くん。だけど千遥は治療でコールドスリープをすることに…。───待ち続けて7年後。千遥は目を覚まし、絃と同級生に。憧れのお兄ちゃんから同級生に変化した距離感に、絃はドキドキで!?

簡潔完結感想文

  • 7歳年上の憧れのお兄ちゃんが、人工冬眠を経て同級生になり、隣の席に座る。
  • 時間の流れという本来 絶対的なルールが捻じれて、認識の齟齬を生み出す。
  • 設定を上手く広げれば死生観や哲学の領域まで描けたが、良くも悪くも恋愛作品。

りそうでなかった設定を巧みに活用した作品の 1巻。

憧れの年上のお兄さんと、同じ年になって青春を過ごす。この秀逸なアイデアだけでも本書は評価されるべきだろう。
この作品は人工冬眠(コールドスリープ)の技術が確立した一種のSF世界を扱っており、7歳差だった男女が男性の人工冬眠によって同じ17歳の高校2年生になるという お話である。SF作品ではあるものの、人工冬眠の技術以外は2010年代の生活が描かれているので、少し不思議な恋愛漫画ぐらいの感覚で読むことが出来る。

作者が描く繊細な線と儚げな作品の内容がマッチしていて、力を入れすぎると壊れてしまいそうな微妙な関係性を感じられる。

7年ぶりに目を覚ましたら『きみと青い春のはじまり ©アサダニッキ』。王子は姫のキスを待っているのかも!?

扱われているのは人工冬眠という技術だが、当事者にとっては一種のタイムスリップで、逆に周囲の者にとっては首を長くして待っていた その人の目覚めとなる。その熱量の差が、2人の齟齬や違和感になっていくというのが『1巻』の流れとなる。

ヒロインの絃(いと)にとっては、人工冬眠は一石二鳥の技術。余命いくばくもなかった好きな人の命が助かった上、年齢差があったため子ども扱いされてしまった彼と同じ年になり、望外の青春を一緒に送れることになった。その間に絃は女の子から女性へと成長し、彼と恋愛をする資格を自動的に獲得した。

7年前から早く大人になりたいと願っていた絃だから、早く好きな人=千遥(ちはる)の恋愛対象になりたい。ただし2人には時間の流れ、という本来なら絶対不変の価値観が違うことが やがて表面化して、その違いに戸惑うことになる。
憧れの彼と同じ年になるという千載一遇の機会を得たが、その価値観の違いが恋愛を阻害する。同一世界に生きながら違う世界認識というのがSFっぽい要素となる。

どうしても読者は絃の視点から見てしまうから彼女と同じように結論を急ぎそうになるが、千遥の感覚からすれば、小学生と恋愛をしろと強要されているようなもので、彼の戸惑いも理解できる。本書は今の時間を生きようとする女性(絃)と、過去に囚われている男性たち(千遥と弥太郎(やたろう))という見方も出来る。男性陣が過去を過去とし、奮起する時が作品の面白さとなるだろう。

ただし『1巻』では千遥の戸惑いを読者が理解する手掛かりに乏しい。もう少し読者に千遥の立場を分からせるような描写が必要だったのではないか。
その お陰で絃が不利な状況にも負けない強いヒロインであることが表現できたのだけれど。


だ本書が持つポテンシャルを作者が引き出せたかは少々 疑問に思う。少女漫画だから当たり前なのだろうが、この世界観を提示しながら、恋愛に偏重してしまったのが残念。作者が作品を狭いところに閉じ込めてしまったように見える。

そして もう一つ偏っていたのが、作者の当て馬への愛である。主人公たちが身動きが取れなくなった時に自由に動けるのが当て馬の良さだが、本書の場合は、作品の人気を当て馬に頼り過ぎている。

確かに本書の当て馬・弥太郎は魅力的である。こんなに自己肯定感の低い、不憫な当て馬は類を見ず、読者が応援したくなるのも分かる。特にヒーローの千遥が無感情に見えて、不気味な雰囲気なので、自分の気持ちを100%表現してくれる当て馬を見ているのは楽しい。

しかし その万能ぶりを利用しすぎて、後半は 当て馬のための物語が続き、彼に主導権を奪われ、主人公たちの恋愛成就が霞んでしまったように思う。


た この設定を他の作家ならば、死生観や哲学的な所まで翼を広げるのではないか、と作者の掘り下げ不足に不満を感じた。もちろん敢えて描かなかった部分もあるとは思うが、作者の思考が及ばなかった部分もあると思う。

人工冬眠という技術がもたらすものは恋愛の齟齬だけじゃないのに、それだけしか描かれていない。人工冬眠は年の差を埋めるだけの装置でしかなく、ほぼ恋愛面にしか作用していない。作品が恋愛脳で描かれているのが残念だ。

本書で描かれている人工冬眠の実害は描かれているのは千遥の服にシミや虫食いが出来ていたというぐらいではないか。最初に千遥側の戸惑いを多く描いていれば、周囲と時間の流れが違う彼の身上を理解できたのに。

連載が好評で長編化して、連載中に何人かの人工冬眠者(コールドスリーパー)を登場させる機会を得ただから、その内の一組に人工冬眠のデメリットを背負わせても良かったのではないかと思う。

本書では なぜか目覚めた者の周辺事情が徹底して描かれていない。
例えばヒーロー・千遥の場合であっても、この7年間で彼の親は年を取っていて、息子への接し方も必然的に変わっているだろう。だが千遥が感じたであろう家庭内の違和感などを無視するように話は進む。

連載中に2020年からのコロナ禍を経たので、最終巻では冬眠中の災害やパンデミックなどにも触れられている。そういう目覚めを「待つ側」の変化などは もっと描けただろう。
例えば可能性の高いところで言えば祖父母の他界など、冬眠中にも現実は凍結するわけではないことを描いてほしかった。また本書では10代の人工冬眠しか描かれていないが、結婚後、生きるために冬眠した者が目を覚ましたら配偶者が先に不慮の事故に遭ったなどというドラマも描けただろう。広い意味での人間愛など幾つかのパターンを用意してくれれば作品の幅は広がった。ずっと結論を出さない三角関係を延々と続けるぐらいなら、千遥が出会った冬眠の一例としてドラマ性を高めてみたりもして欲しかった。どうにも冬眠者は起きたら恋をするというパターンだけで底が浅い。

また病気が治るということに関しても、治療法が発見され、どの段階で目を醒ますのかなどの医学的見地からの問題も描けたのではないか。オムニバス形式で、千遥たちでは描けない人工冬眠の側面を作品を構成しても面白かったかも。
更には作中では人工冬眠は最長10年という法律(?)上の縛りが出てくるが、その時間内では治療法が確立できなかった場合などもあるだろう。

作者は作品に「死」を持ち込むことを忌避し、冬眠者の問題を恋愛に限定したかったのかもしれないが、本書が描けるものを描かなかったという隔靴掻痒を覚えるところが少なくない。そこが作品のポテンシャルを活かし切れなかったと思う部分である。もっともっと読者を深いところに誘うことの出来る作品だったと思う。


所の17歳高校2年生の千遥に恋をするの10歳の絃。

いじめっ子・弥太郎から守ってくれた千遥はヒーロー。このバトルの続きは7年後の世界で再開する。

しかし ある日、千遥に恋人がいることが発覚して避ける。やがて千遥は彼女と あっという間に別れ、好きでもないのに付き合っていたからと平然としている。絃には理解できない価値観が年齢差を感じさせるエピソードだ。大きくなったら千遥が好きになってくれるかも、と思い、早く大きくなりたい絃。

だが千遥は難病を患い、治療法がないため1年ほどで健康状態が悪化することが判明。それを親同士の会話から聞いた絃は落ち込み、学校を休む。そんな絃を気遣い千遥が彼女の家を訪れ、間もなく人工冬眠することを伝える。自分が大変な状況なのに、絃のことを真っ先に考えてくれる優しい千遥の性格が分かる。

だが絃は千遥と顔を合わせないまま、最後の別れをしてしまった。彼が去ってから部屋から出ると、いじめっ子の弥太郎に壊された髪飾りの代わりの品が置かれていた。


れから絃は変わる。最後まで千遥に会いに行けなかった自分を嫌悪し、いじめっ子の弥太郎に対して平手打ちをして反抗する。この時、冷たい目で自分を見下す絃の姿を見た弥太郎は すっかり恋に落ちることになる…。

絃は、いつか千遥が目を覚ました時に がっかりさせない強い自分でいようとする。それが彼女が さみしさを紛らわす手段でもあった。憧れの人に釣り合う自分になりたい、というヒロインの努力は、最初に行われている。だから絃は最初から自分を確立している。その強さが逞しくもあったはずなのだが、終盤は なぜか彼女の強さが失われていく…。

それから7年。

千遥の特効薬がようやく完成し、病気は完治。人工冬眠は解かれ、あとは千遥が目覚めるのを待つだけとなる。気になるのは、病気の治療法。人工冬眠を解かないまま病気を最初に治したというように読めるのだけど、どうやったのだろう。これは些末な問題だろうが。

高校2年生となった絃の授業終わりに千遥が目を覚ましたという連絡が入り、絃は一目散に病院へ駆けつける。だが当の千遥が病院を抜け出して行方不明。捜索に走る絃は、やがて公園内で彼を発見する。
そういえば千遥が目を覚ましたのは人工冬眠を解かれて7日後ということになる。7歳差で7年眠って、7日間の昏睡の後の覚醒。本書のラッキーナンバーは「7」なのだろうか。作品も『7巻』で完結するようなら名作だったかも、なんて思ってしまうが…。

目覚めたばかりで意識や記憶に混濁が見られる千遥は「小さい女の子」を探していた。かつての自分の特徴を挙げ連ねる千遥に向って、眠る前の別れの際に彼がくれた ビオラの髪飾りを差し出して、自分が その少女の成長した姿だと告げる。

足元の覚束ない千遥を支えられるだけの力がある絃が、彼を支え、彼の帰還を涙を流して喜ぶ。


れから一月後、千遥は高校2年生として復学する。千遥は戸籍上は24歳だが、17歳の男子生徒は、学校に帰ってきた。なんと担任はかつての同級生。時間を「スキップ」しなければ千遥も働き出している年齢なのである。

学校は絃や弥太郎と同じでクラスも同じ。絃と千遥が顔見知りであることから、絃の隣の席は弥太郎から千遥へと変えられる。ここで弥太郎が千遥に席を奪われるのは本書で象徴的な出来事となる。

千遥には まだ絃が同じ年になった意識が生まれていない。だから絃のことを子ども扱いを自然にしてしまうのだが、絃は それが不満。

放課後、千遥の新生活で必要なものを一緒に買いに行く絃。それはさながら放課後デートみたいだ。
そんな時、千遥は高校の後輩に出会う。23歳の大人の女性は、なんと7年前の千遥の元カノだった。少女漫画につきものの元カノの襲来が早くも2話目で起こる。ただし元カノは23歳で既婚・子持ちという設定で、絃は安堵する。晩婚化の この時代で結婚が早い(しかも子持ち)のは少々違和感があるが、これが読者の不安を解消する安全装置になる。そして これもまた千遥にとっての7年間の時間経過の演出でもあろう。

千遥の覚醒を機に彼を囲んで同窓会とか行われそう。千遥は学校で人気 高かっただろうし。

7年前から千遥の乱れた交際を疑問に思っていた絃だが、この度 対等に話ができる状況になったので、千遥に高校時代の付き合いについて問いただす。
その元カノとの交際は、千遥は人工冬眠で休学する現実が視野に入った頃に元カノから告白されて、千遥が死ぬ可能性もゼロではないので、眠る前に自分が疎い恋愛方面に挑戦してみた、というのが真相らしい。確かに千遥は、絃が千遥の冬眠を聞く前から既に自分が人工冬眠する前提で話をしていた(最初のニュースの場面)。本書では登場人物たちは割と淡々としているので伝わりづらいが、人工冬眠が病気に対しての絶対の万能薬ではなく、治療を先延ばしにしているだけ。眠ったからと言って明るい未来は保証されていない。そういう部分を もうちょっと描き込んでも良かったのではないか。

絃は自分が好きでたまらない千遥の動機に幻滅した面もあるが、納得もでき、何より千遥が絃に この手の話をしてくれる対等性が嬉しい。一方で千遥は、後輩が出産したり、友達が担任として社会に出ていたりと時間の流れと、それに取り残される自分を感じる。これは人工冬眠者あるある、らしい。

そんな寂しそうな千遥を元気づけようと絃は自分がいると訴える。7年間、千遥が目覚めるまでの間、絃は恋心を育てていったのだから。今なら力になれるから、一緒に大人になろうと彼を励ます。様々なことが変わっていた千遥の世界で、絃だけは変わらずに自分のそばにいてくれる不変の存在と言えよう。


太郎は精神的に参っていた。自分たちと同じ年齢になる このタイミングで目を覚ました千遥を呪う。そしてそんな自分を嫌悪をする。

続いては弥太郎を巻き込む勉強回。
千遥にとって弥太郎は「絃をいじめていたクソガキ」。もう同級生だし、背こそ弥太郎の方が大きいが、ヒエラルキーは不変で、弥太郎はずっと蛇に睨まれた蛙状態でストレスを感じる。

実は千遥は勉強は完璧なのに、この場に参加している節がある。それぐらい絃と一緒にいられるのが嬉しいということか。
絃が忘れ物を取りに行った際に、男性同士の会話が始まる。千遥は弥太郎の好意を見抜き、早く告白すればと急き立てる。だが弥太郎にとっては、この7年間、絃の心の中にいつも千遥がいることが分かっていたからこそ身動きが取れなかった。それを当の本人に揶揄されたことで弥太郎はイライラする。

そんな弥太郎の態度に対して絃も すっかりお姉さんみたいに彼を制御する。いや、調教師か。千遥が眠る前までは弥太郎の被害者だったのに、今では千遥の願った通り、嫌なことをされたら抵抗できるまでになった。そんな絃の成長を千遥は褒める。

絃は千遥の視線を受け止め、ずっと秘めていた千遥を好きだという気持ちを伝える。
その言葉を受け止める千遥だったが、彼は絃を妹としてしか見ていないことが判明する。絃の告白も「お兄ちゃん」への好きだと思われてしまった。

それにショックを受ける絃だったが、弥太郎の出現を機に、自分の気持ちを見せないよう千遥と距離を取る。こうして千遥から離れて、初めて絃は自分の拙速さと勘違いに頭を抱える。千遥の一番近しい異性という自信はあったが、それが恋愛対象とは限らない。

だから絃は告白が伝わらなかったことを逆に幸運に思う。自分が恋愛対象として千遥を見ていることが伝わり、彼と離れてしまうぐらいなら、今は妹として近くにいたい。
ここで絃が千遥の前で泣き出したりしないのが良いですね。それぐらいの感情のコントロール技術は この7年で獲得したということなのだろう。


が泣きはしないものの それから10日、絃は千遥を避け続け、誘われた夏祭りも断る。

けれど千遥はクラスメイトたちと夏祭りに来ており、やがて絃の女子グループと合流する。それでも千遥から離れようとする絃は、そのまま迷子になる。スマホの充電も切れて、一人で帰ろうとする絃を、千遥が必死になって探して見つけてくれた。

千遥は7年前の絃の迷子が頭から離れず、必死になってくれていたのだ。絃が懐かしいと思い出になっていることも、千遥にとっては、すぐ近くの記憶。彼らは同じ年になったが、同じ時間の流れでは生きていない。その齟齬が彼らに誤解や すれ違いを生む。

千遥には7年の時間の経過を消化する時間が必要なのだろう。彼は この時代や周囲に溶け込むためのバージョンアップを強制されているといってもいい。そんな千遥側の孤独や戸惑いを知って絃は自分の気持ちが伝わらないことばかりを考えていたことを反省する。

だから好意を伝える前に、一緒の時間を過ごし、一緒の時間の流れを共有することを優先する。絃が再度 想いを伝えるのは、千遥の認識が変わった時なのだろう。長い長い片思いだが、まだまだゴールが見えないほど2人の距離は遠い。


「誰も気づかないで」…
年子の兄・颯(そう)が体が小さく弱かったため、いじめっ子から守っていた妹の灯里(あかり)。両親の離婚を経て別れて暮らすことになったが、灯里は兄と同じ高校に入学する。そこで見たのは守る必要もないほど強くなった兄の姿で…。

本編における絃と弥太郎みたいな関係性の兄妹だ。いつまでも昔の関係を引きずっているのは妹で、兄は自分のことを自分で認められるよう努力していた。そういう意味では千遥と絃のようでもある。作者は こういう時間経過の中で変わっていく関係が好きなのかな。

兄妹間の秘密の恋愛で続きが気になるところ。こういう読切が人気が高ければ連載化するのだろう。本書は どうして人気を得なかったのだろうか。本編の千遥もそうだが、作者のヒーローは どこか不気味だからだろうか。記号としてのイケメンではなく、癖が強い感じがあって読者は いまいち夢中になれないのだろうか。