《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

新キャラを続々と登場させて話を展開していくが、全部「中の人」なので外から見れば 2人芝居。

おはよう、いばら姫(2) (デザートコミックス)
森野 萌(もりの めぐみ)
おはよう、いばら姫(おはよう、いばらひめ)
第02巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

「丘の上のおばけ屋敷」と噂のある空澤家でワケあって家政夫バイト中の高校生・美郷 哲。本邸の離れで暮らす一人娘・志津の秘密の体質を知った哲は、どうやって接すればいいか戸惑いながら、志津のそばで働き続けることになるが……? 書店&WEBで話題沸騰! 家政夫男子と「特別」な少女の新感覚ボーイ・ミーツ・ガール第2巻!

簡潔完結感想文

  • 少女漫画だけど主人公は男性。でも少女漫画の主人公は逃げるのが仕事なのは普遍のルール。
  • 新しい人格が続々登場。物語は賑やかになるが それは問題の解決が遠のくということ。
  • 事故チューに精神的な衝撃を受けるのはヒーローの方。その人から逃げ回るヒロインムーブ。

々にヒロインの特異体質のルールが明らかになる 2巻。

『1巻』では1話で志津が豹変し、そして巻末の4話で哲が豹変するという構成になっていたが、『2巻』では最初の5話で志津が哲を避けるが、最後の8話では哲が志津を避けるという対称性が見られる。また8話で活躍する この屋敷の飼い犬を5話で出して印象付けているのも上手い。そして『1巻』に続き、巻末では互いの距離を近づけようと努めた2人の距離が少しも縮まっていないというシビアな現実を見せるのも素晴らしい。
節々に作者の聡明さが見え隠れしていて、少女漫画界にも こういう作家さんが増えてくれればいいなぁと強く願う。

この『2巻』でヒロイン・志津(しづ)の特異体質のルールが ほぼ明らかになり、ようやく主人公・哲(てつ)も読者も彼女を知るための必要知識を最低限 会得する。このルールを遵守すれば、『1巻』のプール事件のようなアクシデントは起こらないはずだ。ただそれは現状維持のための知識であって、志津の自我を目覚めさせる方法とは根本的に違う。哲は本物の志津との交流を深めなければならないのだが、その前に立ちはだかるのは彼女の身体を憑代とする「中の人」たちだった。

徐々に明らかになる志津の特異体質のルール。少年漫画だったら哲が除霊術を会得してバトル開始か?

その「中の人」が2巻では更に2人(?)増え、志津と合計すると5人になる。『2巻』で4人(志津を除く)というのはハイペースだが、画的には何も変わらないのが本書の面白いところ。5人が入れ代わり立ち代わり志津の身体を借りて出てくる描写は、外見の違う5人を描くよりも難しいことだろう。だが作者は個性豊かなキャラ付けと、表情の魅せ方でその違いを表現している。そこが凄い。また各巻の表紙の「志津」は ところどころ「中の人」が違うと思われる。この『2巻』はハルミチだろう(多分)。
もし本書が実写映像化されることになったら、志津役の俳優さんは その力量を試されることになるだろう。成功させたら演技力が認められ名声を得るような役だ。アニメ化でも同じか。なかなか面白い題材なので次作のアニメ化(2024年)を契機に、本書にも そんなプロジェクトが動き出さないかと期待してしまう。


して本書の根底には、相手のために自己の恐怖を乗り越えようとする真摯な思いがある。それが少し怖い物語に清涼感を生み、好きになりつつある彼らの行く末を見届けたいという気持ちに変換されていく。

同時に2人の息が合わないのも本書の特徴だろう。上述の通り『2巻』でも冒頭は志津が哲を避けていて、哲側から その距離を縮めたのに、また別の人格たちが大暴れしたり、そこでプール事件のような哲の心に大きな衝撃を与える事件が起き、最後には哲が志津を避ける事態となる。キャパオーバーの事態に逃げるヒロインのような動きを見せる哲を追いかけるのは志津となり、やがて彼らは出会う。

そうして心を通わせたように見せておいて、その裏では2人の価値観が絶対的に違うという面を見せているのが作者の構成力の巧みさだ。どんなに一緒にいても相手に拭い切れない違和感が横たわり、それが2人の距離を決してゼロにはしない。

哲は お化けが大の苦手なのに、霊体を憑依させる志津に関わることで常に恐怖と戦い、彼女のために自分の恐怖心を克服する。同じように志津は10数年の幽閉生活のため外の世界に恐怖を覚えるが、『2巻』で初めて哲を気遣って自分の足で外の世界に飛び出した。

10代の未熟さゆえに相手を傷つけてしまうこともあるが、成長著しい この時期ならではの自分の弱さを克服する場面が本当に気持ちが良い。作者は彼らに厳しく、まだまだ乗り越えるべき壁を用意している様子。だが その壁の先に、厳しい現実によって閉じ込められて若い魂が解放されることを信じている。


情や善意でなく「仕事」として改めて志津と交流することになった哲。志津の事情を知った哲だが、知ったからこそ志津が いつ悪霊に憑依されるか分からなく恐怖を隠せない。

彼女に取り憑いている志信(しのぶ)によると、志津本人の意識が起きている間は霊体は中に入れない。普段は志津の「守護霊」役の者たちが監視しているため大丈夫だが、プールの一件は志津をフリーにした彼らの失態でもあった。志津が家にいる限りは ずっと安全だったから、その長年の経験が油断となりミスを呼んだ。安全神話が一番 怖い、なんて社会的なことを言ってみる。

霊体は直接 人に害は及ぼせないという。志津という媒介があってこそ、行動が出来る。志津の中に入ったからといって超人的な能力が開花する訳でもなく、飽くまでも志津の身体能力に準拠する。
また志津が霊体を呼び込みやすいのは、彼女の自我が薄いからだと推測される。

哲には恐怖が色濃く残っているが、志津のことを放っておけるほど心を鬼にできずに彼の方から志津の世話をして接触する。こうして彼らの日常は始まろうとしていた。


る日、哲は別のバイト場所からの帰り、「志津」が男性たちに絡まれているのを発見する。彼女を助けに男性との間に割って入る哲はナイトである。生来の(または環境から生じた)面倒見の良さだろう。

だが それは志津の中の「みれい」という人格が自主的に参加したオフ会だった(アメフト好きの集まり)。哲が人柱になることで、みれい は酒を強要されることなく無事にオフ会を切り上げる。
みれい は灰色の生活を彩るために積極的に外に出る人らしい。それは間接的には志津のためでもあって、みれい が体験した記憶が志津に好影響を与えると考えてのことだった。

しかし哲は みれいが、志信やハルミチのように志津を優先していないことに怒る。一方で みれい も哲に容赦がない。哲がビビりながら志津に接していることや、恐怖を克服して戻ってきた動機などを彼に問う。
その問いに、哲は もっともらしい答えを用意する。なぜなら彼らには記憶の共有があるのならば哲の行動が金銭によって買われたことを誰にも知られてはいけない。

みれい は これまでの2人の霊体と違って、初めて哲と反りの合わない人格といえる。ただ再読すると、ここで みれい が出てくるのは彼女の優しさだということも分かる。いつまでも恐怖を克服できない哲を歯がゆく思ったのだろう。


の後、哲が家に行っても、志津は出てこず、他の人が哲に対応する。哲は志津の母親から志津の世話を頼まれたのに、志津ではなく他の人との時間が増えていく。

そこで哲は、以前 志津と外に出た際に、彼女が「学校」に反応したことを思い出す。志信によると、志津は これまで1日しか学校に行ったことがない。その1日で霊が体に入って騒ぎになったからだ。だから学校には憧れがあるのではと志信は憶測を話す。憶測なのは、記憶の共有が出来ても、感情は共有されないから。志津の心や、または他の人の心を誰かに聞いても分からないのだ。記憶と感情は違うらしい。

また哲は志信から志津が自分のせいで誰かが泣くのは嫌という性格を聞く。志津にも好き嫌いや苦手なものはある。そして哲は志津の前で(または記憶に残る形で)よく泣いてしまっている。哲の情けなさが志津を間接的に傷つけているのだ。

ただし、志津と「中の人」の間で感情は共有されなくても、それを書き残すことは可能。机の上のノートが それだった。哲は そのことを知り、悪いと思いつつノートを見て、志津の気持ちを知る。

相手の本当の気持ちを間接的に知るのは胸キュンの基本構造。ここで哲が知ったのは自分の不甲斐なさか。

霊が志津の身体から出ていくことは自分の意思で可能らしく、哲は志信に頼んで志津に戻ってもらう。目覚めた志津は、哲の姿を見て逃げ出そうとするが、哲は彼女を呼び止める。

志津が哲の前に出てこなかったのは意図的なもので、志津でいることは他の知らない霊を呼ぶことのリスクが高くなるので、哲の前では誰かに入って席を埋めてもらっていた。それは志津が かつて母親との距離を取ったことで、母が安堵し精神的負担が減ったことを悟ったからでもあった。志津は「自分」が分からなくても、他者の心を理解しない訳ではない。自分の至らなさが誰かを苦しめていることには むしろ敏感。

それを知り、哲は志津に近づく勇気を持つ。そうして少しづつ志津のことを知れば、未知の部分は少なくなり、それに応じて恐怖も減る。自分よりも哲の事情を考えてくれる優しさを持っている事実を知ったことが、理解への第一歩になる。

哲は志津に笑ってもらえるように努める。なぜなら自分は まず笑った彼女に惹かれたのだから。お互いに見たいのは涙や悲しみの表情ではない。


が そんな頃、志津に第4の霊が顔を出す。しかも屋敷内にいるにもかかわらず、新しい霊体に入られてしまった。こうして新キャラが続くことは、それだけ哲が志津と接触する時間が短くなるということで彼らの距離はなかなか縮まらない。これは問題解決の先延ばしという一面もあるんだろうか。その内、祝・100体目!みたいな回が出てきたりして…。まぁ 読者はついていけないと思うが。

新しい仲間は小学生の男の子の霊。哲が母の見舞いに行った際に、眠り続ける母に語った内容を聞いて、哲の後を ついてきたらしい。彼は小学生だから無邪気。そして新しい身体に対しても遠慮がない。

志信による志津の研究によると、過去にも志津の母親に取り憑いた霊が、屋敷内にもかかわらず、志津に入ってしまったことがあるという。その時は志信ら「守護霊」は その霊を持ち込んだ者と志津に近づけなかったという。外来種の霊は固有種を凌駕するということだろうか。

今回は、母親の立場が哲になり、彼が病院から霊を持ち込んだため、新しい人格として顔を出すことになった。この新しい人格は哲のミスとも言える。

更に憑依は志津の心身に負担をかけることも知る。志津が気だるげなのは その影響で、憑依の時間の経過は それだけ負担の大きさに直結する。霊が居座った場合は、その霊が志津の主人格になるのか、それとも負担の大きさに志津の身体が耐えられないか、だという。


だし強制的に霊を出ていかせる方法が2つあるという。1つは物理的な衝撃、そして もう1つは精神的な衝撃で志津の意識を呼び覚ます、というもの。
プール事件で志津は自分で物理的な衝撃を与えて、霊を排除した。だが脳震盪で倒れる結果となったため、哲は その手段を択ばない。

だが精神的な衝撃、というのが哲にはイメージが湧かない。急に驚かせたりしてみても無駄だった。

彼は哲の狙いが分かっても、小学生だから、自分が志津になると言い出す。哲は その考えを訂正させようと必死。そこで小学生霊が提案したのが、リフティング勝負。勝ったほうが相手の言うことを大人しく聞くというルール。
ジュニアユースで活躍していたという小学生霊にとってサッカーは得意分野。だが小学生霊は哲が ずっとサッカーをしていたことを知らない。しかも部を辞めてからも哲は練習を欠かしたことがない。だから妹の涼は、哲がサッカー部を辞めたことを千尋に聞くまで知らなかった。

勝負は哲の圧勝。哲の実力もあるが、小学生霊は志津の身体に慣れておらずコントロール出来なかった。


の勝負を見ていたのは、哲の下の妹・鈴(すず)。彼女の登場に小学生霊は赤面する。どうやら名乗った感じだと小学生霊は「カナト」という名前らしく、女性の姿をしている今は「カナ」という仮名で活動する。

そんなカナトが切望するのが、可愛い鈴とのキス。だが それは哲の逆鱗に触れることだった。
鈴を守るため、キスがしたいカナトに自分がキスの相手になる哲。脅迫めいたキスなのだが、その現場を見ていた鈴からすると、アゴくいからのドSのキスに見えるのが笑える。

鈴は兄を止めるべく後ろから制止するが、その拍子に哲はカナトとキスをしてしまう。これが志津の精神的な衝撃となり、カナトから主導権を取り戻すのだが、精神的な衝撃は むしろ哲に もたらされたのだった。


れから1週間、哲は志津を意識するあまり、志津を避ける。そして集中できずに他のバイトでミスをしてしまう。それだけ大きな事件なのだろう。哲が志津を避けるのは何度目だろうか。今回は恐怖ではなく羞恥が原因だろうけど。

自分が避けられていることを自覚した志津は、ノートを通して脳内会議が開く。どうやらカナトは強制的に排除されたが、そのまま志津の人格の1つとして受け入れられたらしい。志信たち守護霊会議で存在を受け入れられた、ということなのか。その辺のルールや判断基準は 良く分からない。

哲との距離感を解消をするために、志津は自分から屋敷を抜け出す。それは志津の初めての自発的な外出だった。そして それは彼女の欲求といってもいい。自分の恐怖よりも哲との距離を縮めたい。本書では繰り返されるが、愛と勇気は全ての原動力となる。

やがて迷子になった彼女だが、本来は恐怖の対象の見知らぬ人に聞いてまで哲のもとに辿り着こうとする。中には親切な人もいて、一緒に哲を探してくれ、そういう優しさに触れて、志津は他者への恐怖を薄めていく。これは哲が志津のことを どんどんと知り、恐怖を薄める過程と よく似ているだろう。


んな志津と哲の縁むすびとなるのが、お屋敷の飼い犬。哲は街中で家政婦/夫 仲間が犬の散歩をしているのを見かけ、滅多に吠えない犬が吠えているのを知る。他の用事もある家政婦に代わって、哲が犬を屋敷まで届けると申し出る。

だが哲にリードが渡った瞬間に犬は猛然とどこかへ駆けていった。2人が再会したのは とある橋の上。

開口一番、志津はファーストキスについて謝罪する。だが勇気が出なかったのは哲の方。自分の事情ばかりを優先し、カナトのこと、キスのことを志津に謝罪しないままだった。哲は働き者の良い子だが、それでも完全に相手の立場に立てる視野の広さは持っていない。若い彼の これからの改善点だろう。

志津は哲からキスは特別なものだと知る。だが自分の気持ちが不明瞭な志津にとって「好き」は難題。それでも彼女が自分の助言通りに自己探求をしていることを知った哲は、好きなものには心が勝手に動く、と自然発生する その気持ちを待とうと志津の気持ちを軽くする。


の時、哲が手に持っていた通帳が風に舞い上がり、橋の下の川へと落ちる。その事態に志津は迅速に行動し、橋から川へ飛び込む。だが10数年外出していなかった志津は泳げない。その事実に思い至った哲は志津の救出に向かう。

川面から顔を出した志津はハルミチへと交代していた。ハルミチは泳げるらしく川に浮かぶことは可能。哲は何とか志津を川辺へと引き上げる。ハルミチは1人で出かけようとする志津の「守護霊」を務めていたらしい。これはハルミチ、グッジョブ。前回の失敗から志信が安全対策をした結果だろう。

屋敷に帰り眠る志津。そのベッド脇で哲は志津の自暴自棄ともとれる行動を疑問に思う。

目を覚ました志津は頭を抱える哲を見て、彼が自分の行動を嬉しく思っていないことを知る。志津としては哲の大事なものを守りたかった一心なのだろう。それは哲の大事なものを志津も大切に思う気持ちの繋がりがあるから。

だが哲は通帳なんていう記号で志津の命が危険に晒されたことが怖かった。簡単に そういう行動を取れてしまう志津が悲しかった。志津は自分探しをしてくれていると思っていたが、それは哲に一種の命令をされたから しているだけ。まだまだ自発的な気持ちは芽生えていないのかもしれない。

2人には まだまだ価値観の相違がある。どこまで相手に歩み寄っても、その間には深くて広い川が流れているのかもしれない。『1巻』でも そうだったが、誰よりも一緒にいるはずなのに、巻末では より2人の距離が鮮明になるのが新鮮だ。

そして彼女をそんな風にしてしまった張本人とも言える この屋敷の主人が物語に顔を出す。