餡蜜(あんみつ)
高嶺の蘭さん(たかねのらんさん)
第09巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
夏休みに別荘で晃と2人きりでお泊まりすることになった蘭。ソファに押し倒され、ついに大人の階段を…!と思っていたら、突然現れたお父さんにその瞬間を見られちゃった!! 大激怒したお父さんに、自宅に強制送還&「関係を絶ってもらう他ない」と言われてしまい…!? 高嶺女子×お花屋男子のピュアラブストーリー、第9巻!
簡潔完結感想文
- 恋愛におけるボスキャラである父親を激怒させてしまった2人の謝罪行脚。
- 現在も過去も未来も、全ての時間を晃と共有するための最後のステップ。
- 過去におけるボスキャラである望月との再会。今の私は独りじゃないから…。
未遂であることが物語をネバーエンディングにする 9巻。
『9巻』は物語をハッピーエンドにするために必要な2つの避けては通れないことに蘭(らん)と晃(あきら)は対峙していた。前半は性行為。2人の交際が続くのなら自然に起こる恋愛イベントだが、その問題に蘭の父親の交際反対が加わり ややこしくなる。この間の2人はロミジュリ状態で交流も ままならない。そして後半はヒロイン・蘭のトラウマ問題が取り上げられるが、その問題に2人で向き合うまでを描いている。自分の過去を知られたくなかった蘭は晃を拒絶してしまい、2人の愛情は不変なのに、前半に続いて第三者によって交際に暗雲が もたらされる。


これからのこと、これまでのこと、そして現在の蘭を取り巻く人間関係が描かれることで蘭は過去や悪評、自分の弱さに対して中学時代とは違う心持ちとアプローチがあることが示される。家族愛、友情、そして晃からの無限の愛情と大きな愛に包まれた内容となっている。神は乗り越えられる試練しか与えない、という言葉ではないが、今の蘭なら きっと過去の自分とは違う答えが出せるはずと私たちは信じている。なぜなら蘭は完璧な高嶺の花という評判と裏腹に、何度も間違え、そんな自分を修正してきたから。きっと この問題を乗り越えた蘭は初めて高嶺のではなく、本名である高嶺(たかみね)の蘭さんになるのではないか。それは周囲と違うところが まるでない ただの高校生の蘭の姿である。
本書が他作品と違う特徴の一つにヒーローのトラウマが前半で消滅している という点があるだろう。一般的にクライマックスにはヒーローのトラウマにヒロインが介入して解決、それが2人の恋愛から不安を払拭させるという流れになることが多いが、本書は その逆。前半にヒーローの晃がトラウマを克服し、ほぼパーフェクトな存在になっていることもあり、本書で間違えるのは蘭の方が多い。恋愛も、それどころか人間関係も初心者のような蘭が様々な問題に悩みながら成長していく様子が描かれていて、ヒロインが ちゃんと傷ついていることが私は嬉しい。どうも時代が進むにつれて少女漫画ではヒロインにとって居心地がよくて主人公が間違わない生ぬるい作品が多くなっているように思う。
この2つの問題に、ちゃんと2人で向かい合い、2人で答えを出して彼らの交際は一層 盤石なものになっていく。性行為に関しては晃の承諾を得ない蘭の暴走のように見えるが、爽やかでトラウマ克服経験者である晃は、蘭と一緒に居られるなら文句は言うまい。今の我慢が将来の約束になるなら と ちゃんと理性的に計算が出来るのが晃という人だろう。それに蘭の了解は既に得ている(だからこそ生殺しなのかもしれないが…)。
父親が障害になる様子は前作『カンナとでっち』を思い出した。そこで『カンナ~』では性行為に至ったのかと『基本データ』を見てみたところ前作でも性行為は未遂に終わっているようだ。こういう時、データベースは便利だなぁと過去の自分の労力を労いたくなる。
作者は性行為を作品で扱わない人なのかもしれない。あと考えられるのはキスや愛撫といった これまでのステップに比べて今回は2人は何も乗り越えていない。キスは女性ライバルを退けて問題が全て解決した後、愛撫は当て馬問題の後だから、大きな問題が大人の階段を上らせているから、もしかしたら最後の望月(もちづき)問題終了後に2人は勢い余って約束破って致してしまうかもしれないが…。
ただ作品的には まだ2人には したいことがある、という未完成な部分が残されていることが、その先の幸せを予感させるものになっているように思う。まだ近づける、まだ満たされる という将来的な幸せが物語の先にある。
また今回、10巻中9巻で初めて蘭と智香(ともか)の友情が感じられるのが良かった。智香もまた蘭を「高嶺の花」として見ていない偏りのない人だったことが分かる。蘭の晃には話せないことを智香が受け止めてくれる。これもまた中学時代の蘭には居なかった存在。過去からの復讐だけど、過去とは違う様々な点がある。蘭が過去を話すことは、晃が友人たちに花屋の息子であることを告白するのと同じこと。2人は それぞれ自分の中の引っ掛かりを克服し、真の友情を成立させている。
大丈夫、貴方は ちゃんと前に進んでいるよ、と声の限り蘭に伝えたいと思った。
「Episode 33(胡蝶蘭 花言葉:純粋な愛・幸せがやってくる)」…
2人きりの お泊り回になり、蘭は晃との大人の階段を上る決意を固める。だが そこに父親が別荘に様子を見にきて行為は中断。怒り心頭に発する父親に蘭が不用意な発言をしたことで火に油を注いでしまう。こうして2人は父親の運転する車で別荘から強制退去することになる。
父親の晃への心象は最悪になり、蘭は携帯を没収され、塾も迎えがつき、晃との接触を断たれてしまう。
だが翌朝、晃は早くから蘭の家の前に立ち、父親と対話の機会を持とうとする。だが大人気ない大人は晃の誠意をスルー。晃のアプローチは連日、手を変え品を変え行われるが1週間が経過しても事態は好転しない。もともと内罰的な蘭は自分が晃との性行為を拒んでいればと溜息をつく。そんな彼女の相談相手となるのは母親。蘭の気持ちも そして父親である夫の気持ちも分かると双方に理解を示す。ただ母親は夫の帰りが遅い日に蘭を晃の実家に届ける。ロミジュリ状態の2人の束の間の逢瀬である。
蘭たちは相手に触れたい気持ちを我慢し、夫婦の結婚記念日の花束を2人で作る。ちょうど夫婦が結婚式のブーケで使用した胡蝶蘭が余っているということで それを利用した品を作る2人。蘭の名前は結婚式の思い出、そして晃の名前は花屋に相応しいもので、この2人が それぞれに親から望まれ愛されていたことが分かる。
母親にはブーケを、そして父親には心労が胸元につけるコサージュ・ブートニアを贈る。結婚20年を経て、今度は そろそろ娘が結婚式を挙げても おかしくはない年齢に達したことを父親は理解したのではないか。
「Episode 34(サルビア 花言葉:家族愛・尊敬)」…
蘭は晃との逢瀬、アイデアの合作を父親に秘密にすることを心苦しく思っていたが、父親には蘭の ご機嫌取りが透けて見えていた。そう言われ思わず晃の名前を出してしまい、自分が彼に会ったことを正直に話す。ただ今の蘭は父親の意向に沿って晃と別れる道を選ぶことはない。彼女が願うのは父親の許可だ。しかし父親は どうすればいいかは自分で考えろと宿題を出す。蘭は自分が父親を心配させるようなことをしたから怒られたと考える。


その父親は晃の花屋に爽やかな笑顔で登場し、晃が講師となるワークショップの参加を告げる。親子教室なので若干 肩身の狭い父親だが、物事に没頭しやすいのは父娘で似ているようだ。そして晃の子供への接し方を見て父親は晃に、仕事と蘭の どっちが好きかを問う。彼の答えは どちらも同じぐらい大切。その答えは父親を満足させる。
晃のもとに父親が訪れたのは説教ではなく彼の人となりを見に来るためだと白状し、晃への大人気ない態度を謝罪する。父親は大切な娘が自分のもとを離れていく現実と折り合いをつける時間が必要だったようだ。そして晃を恋人として認め、ただ蘭を傷つけることが絶対にないように念を押す。
蘭は父に出された宿題の答えとして性行為の結婚までの封印を約束してしまう。晃の意見を無視した答えだが、蘭は晃と ずっと一緒に居るためには この約束が必要だと考えてのことだった。色々と精神的なショックが大きい晃だが、蘭との結婚は彼も望む将来像である。2人は結婚を約束する婚約のキスを交わす。
「Episode 35(彼岸花 花言葉:再会・情熱・悲しい思い出)」…
色々あった夏休みが終わり、2学期となる。仲良しグループで図書館で勉強会をしている時、成績優秀な蘭の高校受験についての会話となる。今のように勉強を教えて欲しいと言う人が殺到したのではないか、また どうして進学校ではない この高校を選んだのか聞かれる。答えに詰まる蘭を見て事情を知る晃が話題を変えようとする。そして蘭にはデートの約束をして彼女の心が沈まないようにフォローする。
約束のデートの日、待ち合わせ場所に早く着いた蘭は晃を迎えに花屋に行く。そこで晃は同世代の男性と会話をしていた。その男性こそ『5巻』での過去回想において高校受験前に蘭に暴言を吐き、蘭のメンタルを壊した望月(もちづき)だった。想定外の再会に お互いに呆然とする元同級生たち。蘭は考えるより先に身体が反応し動悸と震えが止まらないため その場から逃亡する。蘭にとっては振り払った過去が追いかけてきた、という感じだろう。これは『7巻』で晃が恵(めぐむ)と再会し、勝手に園芸界から離れ 都合よく戻ってきた と告発されたことと似た状況だろう。
蘭は望月のことを晃に隠そうとするが、晃は自分が会話した男性が進学校の生徒で同級生で地元の人間という情報から蘭の中学時代の相手だと推理する。そのことを晃から告げられ、蘭は、彼が自分が知られたくないことを知っていることに更にショックを受ける。
「Episode 36(スイレン 花言葉:信頼・清純な心)」…
望月との再会、そして続けざまに晃に失礼な態度を取ってしまい蘭のメンタルは崩壊する。教室に入り家に帰りたいと泣き出す蘭を見て、友人・智香は学校をサボろうと提案してくれた。蘭はサボることが初めてで罪悪感に見舞われるが、友かと時間を過ごす内に表情が戻っていく。
蘭は智香に初めて中学時代の経験を話し、自分の弱さを曝け出す。蘭の事情を晃が知っていることは、彼に自分の弱さを知られたことを意味し、それが恥ずかしかった。その上、自分の感情で彼を傷つけた。
そうやって負のスパイラルに入りかける蘭を智香が止める。ここで2人の出会いが回想され、蘭が智香に優しくしたから、智香だけは蘭を「高嶺の花」ではなく対等な立場で接してくれた。一番 最初に蘭の良さを認めてくれたのは晃ではなく智香なのだ。晃は異性の中で一番。
一方で晃は自分が蘭のトラウマに不用意に触れたことを反省していた。
その晃に、智香にネガティブを断ち切ってもらった蘭は自分から謝罪する。そんな彼女を晃は強く抱きしめ、彼の優しさが伝わり、蘭はまた涙を流す。