餡蜜(あんみつ)
高嶺の蘭さん(たかねのらんさん)
第01巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
勉強もスポーツもできてその上クールビューティーな蘭(らん)は、周りから“高嶺の花”と呼ばれ、一目置かれている。だけど同じクラスの晃(あきら)だけは、普通に明るく接してくれて…!? 高嶺女子×お花屋男子のピュアラブストーリー、第1巻!
簡潔完結感想文
作者の描く男性は真っ直ぐに伸びている、の 1巻。
前作『カンナとでっち』でも思ったけれど、作者は爽やかな青年を描くのが上手い。屈託がないというか、容姿ではなく その溌溂とした気持ちや態度が人を魅了するんだろうなぁ と思わせてくれるヒーロー像となっている。自分の境遇を しっかり理解した上で、背筋を伸ばして生きる彼らの姿はエネルギーを貰える気がする。
本書のヒーローの名前は晃(あきら)。ヒロイン・蘭(らん)は彼のことを太陽のようだと思うのだけど、その名前を分解すると日光になって、お日様そのものなのか。蘭という花が咲くために欠かせない要素は日の光。それが晃なのだ。名前にも意味があることに気づいたら何だか嬉しくなった。
そして前作、今作、そして連載中で実写映画化も決定したらしい次作と大雑把に言えば職業男子が相手役。これは別冊フレンドの傾向なのか それとも作者の傾向なのか。その次は宇宙飛行士ヒーローとか どうですか!?


この作品は この作品で好きだけど、基本的なフォーマットは椎名軽穂さん『君に届け』そのままである。本書のヒロイン・蘭は周囲の人たちから「高嶺の花」と言われて敬遠されてしまっている ぼっち であり、その孤立しがちな彼女に寄り添うのが爽やかヒーローという構図は まさに『君に届け』である。
蘭は1話から高嶺にいる自分ではなくクラスメイトとしての自分を見てくれる彼の存在に救われる。それは逆も同様。ヒーローは家業からレッテルを貼られていた過去があるが、蘭は その彼を嘲笑したりせず、そこに誇りを与える。1話の段階で彼らに降りかかっていた呪いは ある程度 解除されている。そこに青春の香りを漂い、その馥郁(ふくいく)とした香りを求めて読者は作品に没入していく。
ヒロインは確かに高嶺の花なのだろう。物語の途中で出てくる設定だけれど、蘭は学力に見合った いわゆる進学校へ進まずに学校の雰囲気だけで この高校を選んだ。だから蘭だけ学力が突出している状態。
確かに学力に違いはあるが、蘭は自分に厳しい一方で、周囲の人間にはモラトリアムと言えるような堕落と甘え、そして卑屈さが少々あるように見える。それが彼らの地平に高低差が生まれてしまった原因ではないかと思う。蘭が「高嶺の花」になった要因は蘭が勝手に祀り上げられてしまったという側面が大きい。勝手なイメージをつけられたことで悪循環が生まれ、噂が大きくなって現実にも影響を与えていく。これは もはや呪いである。


それでも噂という呪いを気にしない人たちもいて蘭は決して孤独ではない。ここが『君に届け』とは違うところだろう。蘭には最初から親友役の女子生徒が設定されているので、孤独に悩む蘭のモノローグで読者の胸を苦しめるようなことはない。ぼっち を協調して読者の同情を買おうとしないところも良い。そのお陰で作品内は一定の湿度が保たれていて、いつも心地良くなっている。
恋愛面では特に障害がなく、一直線に想いが重なるのが最近の読者の好みを取り入れた作風のように感じられた。
ヒロインの蘭は そうはいっても お嬢様育ちなので鈍感ヒロインとして しばらくはヒーローの一方的な片想いが続くと勝手に予想していたけれど、彼女は最初からヒーローの行動に胸を高鳴らせている。恋愛の知識もあって、ちゃんと自分の身体と心の反応を理解している。
またヒーローは爽やかだけれど、実は最初からモーションをかけている部分が見え隠れする。学校帰りや休みの日に蘭を花を見に誘うのは明らかに好意があってのことだろう。少女漫画、特に餡蜜作品のヒーローは下心の香りを消せるだけの帳消し力があるように思う。
心配なのはヒーローは人気者でパリピっぽく、チャラくも見えるところ。少女漫画でなければ何も知らない お嬢様にホストっぽい人間が近づき、自分だけが愛されていると勘違いした お嬢様が物品と貢ぎ出すことになって後々に痛い目を見そうな雰囲気が漂う。ヒーローは爽やかなんだけど、チャラ爽やかっぽく見えてしまうのは髪色が明るいからだろうか。『君に届け』の黒髪の風早(かぜはや)くんは そう思わなかったもんなぁ…。
ただ それは杞憂で、作者の中でも路線変更したようだけど、ヒーローも また一途な男子で面倒くさい過去の恋愛はなく、綺麗な恋の花が咲くことになる。
本書は1回につき1つの花がイメージされていて花言葉と内容がリンクしている。もしかしたら花言葉から逆に考えて話を組み立てたこともあるかもしれない。その縛りの お陰で1回の話で作者が何を描こうとしているのかが明確になっていて、話が綺麗に組み立てられている。なので長編作品の感想文だけど1回ずつ分けて書き、取り上げられている花と その花言葉を書いていく。
「Episode 1(ライラック 花言葉:友情・思い出・初恋)」…
入学して2か月、噂が先行して主に男子生徒に一線を引かれて恋愛対象外になってしまった高嶺 蘭(たかみね らん)。噂は事実の部分も多いので否定も肯定もしないのが彼女の処世術。そんな蘭がミスして迷惑をかけたのが同じクラスの佐伯 晃(さえき あきら)。彼は蘭のミスにも笑顔で応える人格者。そしてクラス内でも いつも誰かに囲まれているイケメン。放課後、補習の課題で残っている彼を見かけ、ミスを謝罪したことで彼との接点が生まれる。晃はパリピっぽい距離感で一気に蘭の心に入ってきて彼女を混乱させる。
蘭は たった一人の園芸部で職員室の花瓶の水換えも担当している。その作業中に晃が花を長持ちさせる秘訣を教え、慣れた手つきで水換えを終える。彼だけは蘭を「高嶺の花」として接することなく同じ地平に立ってくれた。
晃との接点は続き、ある日 母親の おつかいで立ち寄った『ソレイユ』という お花屋さんで働いている晃に出会う。そこは晃の実家。どうやら彼は実家のことを高校の同級生には黙っているらしい。地元の小学校では必然的にバレてしまい からかわれたのがトラウマのようだ。ただ蘭は指先が汚れるほど実家で働く彼の姿は恥じるものではないと伝える。晃が蘭の名前を褒めてくれたように、蘭は晃の仕事を素敵だと言う。
その お礼として晃はライラックの花束を渡す。ライラックの花言葉は友情である。まずは人間的な信頼から。


「Episode 2(紫陽花 花言葉:辛抱強さ)」…
あれから1週間の梅雨時、蘭は枯れ始めたライラックを押し花にしようと思い立つ。そこから押し花を使った しおり を作ることで蘭は勉学に更に やる気を出す。
それまでは気付かなかったが晃は学校内の草花にも愛情を持っていることが分かる。だから その お礼を伝えようと晃を追おうとする蘭。だが自分の傘は壊れてしまって、追いついた晃の傘に入れてもらう。そのまま2人は紫陽花(あじさい)が有名なスポットに出掛ける。この時、蘭は あいあいがさ を意識している。1話の恋愛対象外の自分を気にしていたり、蘭は人並みに恋愛知識があるようだ。てっきり鈍感お嬢様ヒロインなのかと思っていた。デートのような寄り道と距離感に蘭は胸を高鳴らす。
その最後に蘭はライラックで作った しおり を晃にプレゼントする。それは蘭からの友情の証。晃は自分の花キャラを忌避しているはずだが、学校でも それを愛用してくれる。そんな晃から ますます目が離せない。
「Episode 3(カスミソウ 花言葉:純潔・清らかな心)」…
席替えで蘭は晃と隣同士になる。そんな時、生徒会メンバーが血相を変えて園芸部の蘭に相談に来る。七夕行事で使う笹が今年は入手できず困り果てて、蘭に有力情報を聞こうとしたのだった。しかし さすがにそれは蘭の管轄外。そこに救世主として現れるのが植物の仕入れに詳しい花屋の息子。
晃の実家を伝手にするため蘭も同行する。一緒に電車に乗って身体の接触があったり、またもデートのようである。晃の父親の手配で問題が解決すると蘭は学校に とんぼ返り。この時、晃の父親が惚れてるのか?と息子を からかう。晃の反応は動揺しているようにも見える。たしかに紫陽花デートなどは好意がないとしない提案だろう。
カスミソウの小さな花が夜に似ていることから七夕はカスミソウが売れるらしい。蘭は短冊にカスミソウを貼りつけるアイデアを思いつくが予算の都合で却下。それを知った晃が売れ残りでドライフラワーになったカスミソウの提供を申し出る。その短冊作りを蘭は晃と机を並べて作業する。この時の晃の行動は、ウブな女性を落としにかかるホストみたいだ。カスミソウの花言葉(純潔)を知ると それを蘭の顔に寄せて微笑んでいた晃の好意が溢れているようにも見える。
晃の願いは誰にも見せられない「(実家の花屋で)花束を作れるようになりたい」。そして蘭も人には内緒にする願いとして晃との仲の深まりを願っていた。それを知った晃は短冊で返信を送る。晃が『君に届け』の風早くん並みの人気だったら女子生徒による短冊特定班が結成されたことだろう。
「Episode 4(向日葵 花言葉:あなただけを見つめる・愛慕)」…
夏休み間近。蘭の夏休みはレジャーと勉学で埋まっている。この辺は上流階級である。
塾帰りに ひまわり畑のポスターを見ていた蘭は配達帰りの晃に遭遇する。この ひまわり畑のオーナーを知っている晃は蘭と出掛けることを提案。そこで2人は初めて連絡先を交換する。晃は蘭のスケジュールが埋まっていることを知ったから息抜きだと言っているが、一緒に出掛ける理由が欲しかっただけではないか。
当日、お互い初めての私服で待ち合わせする2人。完全にデートである。オーナーに彼女かと言われ晃が動揺しているが、大事な時期に茶々を入れられたくないといったところか。
蘭は豪華な手作り お弁当を持参していた。この時、晃が手料理が久々だと言ったことから彼の母親が入退院を繰り返していることが明かされる。花屋のことといい蘭は晃の実家のことを誰よりも知っているかもしれない。母親の労働力がないから、晃は これまで以上に実家の手伝いをしているようで、この日も朝から働いていた。だから遊覧バスに乗ってすぐ蘭に寄りかかって寝てしまう。
風で蘭の かぶっていた帽子が飛ばされ、ひまわり畑の中に入ってしまう。それを晃が取りに行き、彼は ひまわり畑の中から笑顔を出す。彼もまた ひまわり のようであった。そんな彼から目が離せない蘭は彼への好意を自覚し始める…。