原作:ひねくれ 渡・作画:アルコ(ひねくれ わたる・アルコ)
消えた初恋(きえたはつこい)
第08巻評価:★★★★★(10点)
総合評価:★★★★☆(9点)
「言われてみればあったような 何かやり残したこと」 夏休みの終わり、青木と井田は花火大会へ。青木は、井田の恋愛偏差値急上昇にドキドキ 高校最後の文化祭&いきなり親挨拶の機会も!? 受験も近づいて、橋下さんやあっくんもそれぞれの進路について考えが…? 毎日が、優しいときめきでいっぱいです。
簡潔完結感想文
- 花火大会で青木が井田に怒ったのは回数ではなくバリエーションの問題か。
- 青木の成績不振により 揺れる2人の未来像。同じ気持ちであるかを最終確認。
- 受験を前に地元で「やり残したこと」がないよう犬と和解し 親に挨拶をする。
シンデレラもキスも2回目は違う形で、の 8巻。
『5巻』同様、読むと必ず泣いてしまうのが この『8巻』である。恋愛や家族愛など大きな愛に包まれた内容になっている。そして今回は受験本番を前に、受験後には この街を離れる可能性のある2人が、この街で「やり残したこと」をしていく内容のように思えた。
例えばその一つは『2巻』の初対面から犬猿の仲(?)だった青木(あおき)と井田(いだ)家の飼い犬・豆太郎(まめたろう)の和解である。出会いから1年以上が経っても仲の悪い間柄を、言葉の通じない関係を修復するのに作者は匂いという鍵を使った。そして そこから青木の失敗に話を繋げ、息子の失敗に対しての母親の愛情に帰着するのは舌を巻く構成力である。
2人が相手の親に存在を認識してもらう、というのも「やり残したこと」の一つだろ。受験後に報告するのではなく、受験の前から2人の間柄を「匂わせる」ことで親に間接的に自分たちの関係を知ってもらっている。母親たちは息子にとって その人がどれだけ大事であるかは、17年間 育ててきたから言わずとも分かる。
そして井田が青木の頑張りを否定する、という前代未聞の、本書最大の事件が起こるのも今回である。井田が青木の意向を否定するなんて初めてじゃないだろうか。『3巻』の修学旅行回で青木が差し出した「がんばったで賞」のメダルを心の中で「いらん…」と拒否し、上手い具合に口車に乗せて青木の首にメダルを謹んでお返ししたことはあったが…(笑)
これまで高い頻度で喧嘩してきた2人だが、今回が一番 2人の気持ちが すれ違っていたと言えるだろう。もちろん理由はあるのだが、これまで どんな青木も肯定してきてくれた井田が彼を否定したことは、読者としても泣きなくなるような場面で心が苦しかった。井田という存在がいたから青木は黒歴史の封印を解き、将来を夢見る力を取り戻した。それなのに その井田が自分の将来を奪おうとする発言に青木には思えただろう。トラウマの解放で涙を流し続けた青木だが、今回、井田の言葉で自己肯定感が奪われる初の展開となり涙する。
ただし これまでの騒動と同じように相手のことを考える優しさを忘れていないし、騒動が2人の仲を一層 深めるという結末も変わらない。青木・井田それぞれが進学を前に意志の再確認をしている。こうして「やり残したこと」を全てやって、自分も周囲も万全な体制で受験という大一番に臨む、その準備が整われる『8巻』である。
今回の すれ違いで青木は井田がどう考えているにしろ自分の意思を貫き通し、努力することを誓う。井田に回復してもらった自己肯定感で青木は井田の隣に立てる自分であろうとする。そこに青木の強さが見えた。
もう一つ『8巻』で大好きなのは あっくん の進路の決め方だ。彼は、高校3年生が始まる直前に交際を始めた橋下(はしもと)さんの勉強に付き添って、3年生になってから ずっと勉強していたお陰で学力は かなり向上している。これまで学力向上の示すシーンは2回あった。
だが彼は大学ではない進路を選択する。それは橋下さんの努力を間近で見て、彼女に見合う男になりたいという意識が彼の中で芽生えたから。だから あっくん は当初の目標であった「テキトー」に入れるレベルの大学ではなく、自分の夢を再確認して最優先する。今の あっくん なら入学可能な地元大学は たくさんあるだろう。でも彼は(おそらく)この進学校の中で少数派の選択をする。三者面談で青木の前だった あっくん の面談が「長引いている」のも この辺に理由があるのかもしれない。ここ最近、学力が上がっているのに大学に進まないことに教師から説得されていたのかもしれない。それでも あっくん は自分の道を選ぶ。進路の選択で大切なのは夢であることを本書は教えてくれる。
この あっくん の紆余曲折の描き方が良い。大好きな作品の感想文で、あまり他作品の悪口を書きたくないが、少女漫画の中には専門学校は勉強が出来ない人が行く所という偏見で描かれている作品も多い。特に勉強が苦手なヒロインに、何とか進路を用意するために専門学校が使われるパターンが よく見られる。この流れはヒロイン ≒ 女性は勉強が出来なくてOKみたいな描かれ方で嫌いだし、上述の通り専門学校を差別しているようにずっと思っていた。
本書は専門学校を進路にする際も勉強からの逃げ道として用意しない。そして学校の勉強が得意な人も選択肢として選ぶ可能性がある、というスタンスで専門学校への進学を描いている。あっくん が橋下さんの進路決定まで勉強を放棄しない姿勢が良かった。同性を好きになることの描き方と同じように、原作者の賢く公平な視点を感じる部分である。
それに最後に あっくん にも ちゃんと夢を用意してくれたことに胸が温かくなる。彼が夢を持てたのは、橋下さんとの出会いがあったからで、そのお陰で彼は自分の「テキトー人間」のキャラから解放されている。恋愛や交際によって自分の自信や夢を回復するのは、親友の青木に似た道筋である。
高校3年生の2学期から、青木と井田が親しく話すようになって2年目を迎える。なので その前後から本書2度目のシーンが多くなり、2回目では1回目と違う様子が描かれる。
例えば文化祭での演劇・シンデレラは2回目の好例である。2年生の時に引き続き同じ演目を演じるのは このクラスの気のいい仲間のお陰ということが描かれ、これまで1年半一緒に過ごしてきたクラスの良い雰囲気が伝わってくる。今年は青木たちは代役に立たない。なぜなら彼らはもう出会ったから。そして同じことをやらないというのは原作者の矜持でもあるだろう。
逆に同じようなことをやって数か月前とは違う2人の関係を描いたのが夏祭り回である。これは『4巻』の初詣回と鏡写しの構造になっている。初詣では青木が、井田との間に恋人としての空気が皆無であることに悩んでいたが、今回はその逆となっている。青木と一緒にいたい井田が、なかなか2人きりになれなくて やきもき している。青木が「井田って俺のこと けっこう好きだよな」と実感するまでになっていて感動を禁じ得ない。
そして2回目と言えば、『8巻』の目玉・キスである。井田は この夏「やり残したこと」として青木に「次は俺からする」と約束した愛情表現 ≒ キスが未達成なことを思い出し、実行する。
雄(オス)の顔を見せた井田は青木に迫り、1回、そして一呼吸おいて2回目のキスをする。ここで青木は「お前っ…最初は1回だろ」と独自ルールで怒るのだが、おそらく青木が井田に怒りたいのはキスを2回してきたことじゃなくて、2回目にバリエーションの違うキスをされたからではないだろうか。端的に言えば「心の準備」なく、井田が いきなり舌を入れてきたから動揺が大きくなったのではないか。青木も1回目より目を見開いて驚いているし。この場面、絵の達者なアルコさんが そう見えるように描いているのだから、そう考えて良いのではないか。
青木は自分の意向で、嘘をつくのが苦手な井田に交際を秘匿させている現状を心苦しく思っていたが、マイペースな井田は その問題を もう気にしていなかった。このシーン、井田が飼い犬・豆太郎に「やきもち」をやくなと注意しているが、これは『2巻』の勉強回の青木じゃないが間接的な愛の告白である。井田は気づいていないんだろうけど。
この日、花火大会が開催されると知り、急遽2人は行くことになる。相変わらずデートっぽいくないデートの始まりである。受験勉強ばかりの2人にとって久しぶりの息抜き&非日常。青木は「この夏 やり残したこと」を全部やる日と祭りを満喫する。その青木の後ろで、井田は自分の「やり残したこと」について思いを馳せる。そして思い出したのが「次は俺からする」と約束していた青木への愛情表現だった。
井田が そのことを切り出そうとすると邪魔が入る。思い通りにいかない展開に落胆する様子の井田を見て、青木は誘われていた花火の特等席を断る。『7巻』での井田の怒りや不機嫌もそうだが、青木は井田の心情が態度で察せられている。さすが出会ってから1年の仲である。
青木は井田の様子を見て、彼を花火会場から離れた場所に連れていく。ここは青木が誰にも教えてない秘密の花火鑑賞スポット。『6巻』の黒歴史といい青木は井田になら言えることが たくさんある。これは隠居生活のような毎日を送っている井田が騒がしくて人疲れしたのだと思っての配慮なのだが、 ちょっと的外れ。けど井田の本音は誰かといるより2人でいたいというのは当たっている。
井田は今日みたいな日、誰かに交際を発表したいと思った。それは、もし自分たちがカップルであると公言していたなら、周囲も邪魔しちゃ悪いと、2人きりにしてくれた、と考えたからだろう(実際、事情を知る橋下さんたちは すぐに別行動している)。普段は分かりにくい井田の心を知れたことで、青木の心は軽くなる。
花火が打ち上がる頃、井田は自分が「やり残したこと」について話す。そして保留にしていた問題を「今していいか」と青木に問う。井田は今がしたい時なのだ。戸惑いながらも青木は承諾する。『7巻』で言っていた通り「井田とだったら怖くない」。
こうして2人はキスをする。2回も。途中で青木のストップがかかって井田は不満気である。こうして青木は井田に主導権を奪われ、自分の恋愛精神年齢が完全に追い越されたことを痛感する。
夏休み明けも、井田が青木を随分 先行している現実が描かれる。青木は久々に顔を合わせる井田を見て照れて余裕がない。かたや井田は余裕で青木の心情を見透かす。
2人の差は学力面でも同じだった。青木は塾での猛勉強もあり手応えのあった模試の結果がE判定で予想以上に悪いことに落ち込む。井田に聞いてみるとA判定。彼は もう京都での生活を考えるほど余裕だ。井田に不安なんてない、のかな…?
井田に模試の結果を聞かれ、青木は嘘をつき、井田との散歩の約束を反故にして逃げるように その場を立ち去る。プチデートがなくなり井田は さぞガッカリしたことだろう。だが去り際、青木は模試の結果を井田の前で落としていった。『3巻』の修学旅行で告白直後に。青木は もう嘘はつかないと「お迎え天使」に約束したのに嘘をついた。この後、井田からの発言で傷つくのは、その罰なのではないか。
そこから青木は連日、塾が閉校するまで居残って勉強に励んでいた。それに付き合うのは岡野(おかの)くん。『6巻』の進路指導の時もそうだったが、彼らの間柄は、過去など無かったかのように良好。いや岡野くんの方は青木への偏見や差別発言を気にしているようだが、青木に遺恨はない。岡野くんに同性愛者への理解が出来たというよりは、『5巻』で青木が言っていた通り「最初から変わってない」青木に気づかされたのだろう。こうやって 誰とでも上手くやっていけることが青木の人間力である。
塾からの帰り道、青木に井田から連絡が入り、青木は呼び出される。風呂あがりの井田は青木と話したくて自転車で駆けつけてきた。
議題は青木の志望校について。井田は青木の模試の結果を知った。そこで青木に志望校の再考を促す。井田に見放された結果になった青木は涙を浮かべる(井田が激しく動揺している(笑))。口では無謀でも志望校は変えないという青木が泣き続けるのは、これまで俺を認めて続けてくれた お前が、これからの俺を信じてくれないから涙は止まらず溢れるのだろう。井田に自分の夢を否定されることは この世で一番苦しいことではないか。
翌日、あっくん は井田の欠席、そして青木の腫れた目を見て彼らに何かあったと察する。そこで放課後、橋下さんと2人青木に事情を聞く。青木は井田はマイペースだから自分の存在が彼に影響しないと踏んでいた。だが橋下さんは、模試の結果を見た井田が青木に無理させてるかも、と気に病んでいたことを伝える。井田が青木に志望校の再考を促したのは、夢を否定したのではなく、自分に付き合わせて無理や失敗をさせたくないという優しさが動機だった。この辺は『3巻』中盤~『4巻』後半までの、井田を交際に巻き込んだ青木の後ろめたさに似ているような気がする。好きだからこそ相手が自分のために無理をして欲しくないのだ。
事情を知った青木は あっくん に背中を押され、井田の家を訪問する。井田の母親に挨拶し、青木は井田の部屋に入る。
井田は眠っていた。意外に可愛い寝姿である。そこで井田が猛勉強している形跡を見つける。一緒の大学に行くことは井田にとって勉強の強い動機になっている。だが その願いが青木のプレッシャーになってしまうことを井田は発言を謝罪する。彼の体調不良は湯冷めだけでなく、夏休み中、一定のリズムで生活していた井田のマイペースを崩した、ということだ。それだけ井田の中で青木の存在は大きい。
井田の苦悩を知り青木は自分の八つ当たりを謝罪する。青木が勉強を頑張るのは井田に「いいとこ見せたい」から。だから見守って欲しいと願望を伝える。こうして改めて2人は同じ方向の未来を見つめる。このシーン大好き。
謝罪と決意表明が済んで青木は辞去しようとするが、井田は塾に行こうとする青木に不服そうな顔を見せる。井田が拗ねるのは彼の甘えに見える。やっぱり髪を下ろした井田は普段とモードが違う。これまで ずっと言えなかったことを言えるのが髪型と熱のせいかもしれない。この一件で青木は井田が自分のことを「けっこう好き」なのではと実感する。そんな所まで2人の恋愛は到達した。
青木が井田の部屋で結果が悪かった模試の見直しをする中、井田は再度 微睡(まどろ)む。目を覚ました時に青木の笑顔があるなんて、井田にとっては夢のような現実だろう。見直しの結果、青木の学力不足ではなく おっちょこちょい だと判明し、騒動は幕を下ろす。
高校最後の文化祭。このクラスは去年と同じ演劇・シンデレラを発表する。これは1年前、本来の主役たちが練習の成果を発揮できなかった無念をクラス委員長が晴らす機会を設けようとしたから。その提案が満場一致で可決されるのだから、さすが団結力の3年7組である。
青木たちは今年も大道具係となるが、そこで重大な事実が発覚する。それは1年目の経験が2年目の飛躍に繋がっているということ。「画伯」であった青木も確かに絵が上達している。経験があるから早々に準備も万端で、文化祭をゆっくり回れる見込みとなる。そこで あっくん は裏方のシフト交代を提案する。午前は青木・井田組、午後は 橋下さん・あっくん組で、それぞれに文化祭を巡る時間を確保する。
自由時間について青木が自宅で文化祭パンフレットを眺めていると、両親が文化祭に行くと言い出す(父親初登場)。当日、親たちは来校するが、青木は両親(主に母親)と井田の遭遇を阻止すべく、親からの連絡を無視。スマホの電源も切る。
文化祭の午前中、学校内を2人で回っていた橋下さんと あっくん の間に少々問題が起こる。写真部の展示で思い出を振り返ったいた時(いつ撮影したんだという秘蔵写真ばかり(笑))、2人は互いに進路について報告する。橋下さんは推薦合格が決まり、見事に薬学部進学が決まる。
しかし あっくん は進路を変更していた。美容師になるため東京の専門学校に行くことにしたのだ。彼らは埼玉県民らしいので、東京と そこまで離れていないが、橋下さんは同じ地元で過ごす未来予想図が壊れた形になった遠距離だと泣き叫ぶ。でも上述の通り、あっくんの変化の裏には橋下さんの存在がある。そして美容師になるのは祖母の店を継ぐ目的もあった(仲良しだもんね)。
そんな あっくん の決意を聞いて橋下さんは泣いたことを謝る。そして離れても心が近くにあるように努めようと提案する。逆に あっくん は橋下さんに「相多(あいだ)くん」呼びの卒業を お願いする。
交代時間に橋下さんが交代時間に遅れ、青木は体育館に残り、井田だけが先に役目を終える。やがて お役御免になった青木が井田を発見するが、その横には自分の母親がいた。夫と はぐれた母親は、息子とも連絡が取れず、井田に声を掛け、それが偶然 息子のクラスメイトだったので話し込んだ、という流れなのかな?
この母親と井田の会話で、感想文では何度も言及してきた青木の高校進学の話が語られる。青木は勉強が苦手だったのに進学先を勝手に決めた。地元の子達と同じ高校に行かず、一念発起して この学校に進学した。母親は高校デビューを目論んだと考えているようだが、『6巻』で青木の黒歴史を聞いている井田は違う可能性に思い当たる。
そして今度は息子が京都の大学を志望したので、母親は果たして息子が学校生活が楽しかったのか心配になった。だから息子の意見を無視して、様子を見に来たという。適切な距離を取りながら、息子のことを理解し、心配している母親が素敵だ。
青木が家庭内で「そっけない」のは意外な事実だが、これは青木が『6巻』の小3以降は学校内での嫌なことなどを誰にも話せなかったからではないだろうか。家族を心配させまいと家族とも距離を取って自分の悲しみを隠していた、そんな事実があるとすれば本当に悲しい。黒歴史もあって あんまり自分のことを話さないだけで家族仲は良好だったと思いたいけれど。
井田は、心配する青木の母親に「俺は… 俺以外もみんな 青木がいると楽しいです」と自分の意見を伝える。この言葉は泣けるなぁ。井田は青木の母の心配まで一瞬で軽くしてしまう。青木一族は井田に弱いのか。もちろん、話が聞こえていたであろう青木も同じように感動しただろう。そして今回 母親が強引に文化祭に来ようとした理由が、ずっと自分を心配してくれてたからだと分かる。それは井田とは違う種類の大きな愛情で、青木はずっと家族に見守られてきた。それは子供の特権である。
話が一区切りした所で青木は母親の暴走を注意し、無事に体育館で父親と合流させる。この一件で井田は青木の両親と顔見知りになった。
井田は、改めて青木の入学の経緯を聞いたからか「青木に会えてよかった」と出会いを喜ぶ。それは高校入学における青木の苦労が報われる言葉だろう。そして何度も何度も自分を肯定してくれて、好きになってくれた井田に青木が思う気持ちも井田と同じなのである。
名前順で行われる三者面談に青木母子・井田母子が対面する。青木の心境としては まるで お見合いか婚約かという感じか。青木の母親は文化祭以来、井田が気に入っている。では井田の母親はどうなんだろう、というのが青木の悩み。この悩みを抱えながら三者面談をすることで、青木の受験が第三者から見て無謀なんか安全なのかが分からなくない。これは作者の狙いで、青木の覚悟が決まったら あとは結果だけを描くつもりなのだろう。
その悩みを井田家の豆太郎に相談する青木。ここで豆太郎が青木に反応するのは柔軟剤の匂いが原因だと知った青木は井田の部屋にあったセーターを借りる。すると豆太郎は敵対行動を止める。出会いから1年、彼らは分かり合えた。岡野くんといい豆太郎といい険悪な関係を修復してしまうのが青木の人徳か。また井田が母親に安心して豆太郎を任せられる、という布石でもあるのかな。
青木の心の準備なく井田が頬にキスしてきて青木は大きく動揺し、井田のセーターを着たまま家を飛び出す。途中で気づき青木は井田家に引き返すが、玄関前で、井田母が井田に、青木の訪問に対して自重すべきという意見を聞いてしまう。大して井田は母の発言で気分を害したことを沈黙で表現する。どうも井田は不機嫌になると面倒臭い(苦笑)
井田の母親の発言で青木は頭が真っ白になって帰宅し、どうにか井田のセーターを洗濯して返却しようと自分で洗おうとする青木。母に選択を頼むと柔軟剤が入るか自力でという流れや繋げ方が上手い。自分は井田の親と仲良くなりたかったのに、結果が その逆になり青木は酷く落ち込み、膝を抱える。
更に翌朝、井田のセーターが縮んでしまい、しかも井田の母親の手編みであることが発覚し、青木は再起不能になる。「井田と この先 一緒にいることを許してもらえな」い、と青木は絶望し再び膝を抱えて涙を流す。
その様子を見ていた青木の母親は大袈裟な息子の言動に呆れていたが、青木の母親として、彼が本気で悩み、泣いていることを すぐに理解する。そしてセーターの修復を試みる。この場面、母親が息子に教えてないことでの失敗を怒ったことを謝罪する理性的な反省が良い。そして この後の展開も含めて、息子を独り立ちさせるための別れの準備にも思えて、この場面は どうしても泣いてしまう。
青木の母は誠実な人は信頼できると母としての意見を告げて息子が取るべき行動を教える。
青木は誠心誠意 謝罪するため、井田に時間をもらう。もしかしたら井田は青木の並々ならぬ覚悟と「お前と お前の母さんに大事な話がある」という言葉から自分たちの関係の発表だと思ったのではないか。
青木は土下座をしてセーターの件と これまでの無礼を謝る。「だから これからも井田と一緒に居させて下さい……!」というのが青木の切なる願い。そんな青木の様子に お互いの目を合わせる井田母子。青木の言葉から母親は、先日の親子ゲンカを青木が聞いていた可能性に辿り着き、それは青木への非難ではなく、息子に自重を促す言葉だったと教える。井田の母親は息子のマイペースさと過剰な愛情が青木に迷惑をかけていると考えていた。それは小学生の井田が先代犬に多大なストレスを与えた前科ゆえ。だから母親は わだかまりなく、青木に「こちらこそ これからも浩介のこと よろしくお願いします」と頭を下げる。
この日、井田は青木の言葉を恋人としての「熱烈な挨拶」だと受け取っていた。どちらにせよ青木は井田の母親に嫌われたりしなかった。
そして母親たちは後日、スーパーの中で再会する。この時、2人が結婚における親同士の挨拶みたいになっているのは、互いに息子たちの関係に察する所があるからだろう。