藤もも(ふじもも)
恋わずらいのエリー(こいわずらいのエリー)
第08巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
妄想をつぶやくことが趣味のエリーと学年一のイケメン・オミくんは密かにお付き合いをし、愛を育み中。同級生の要くんがエリーに興味を持ち、本当の恋にも目覚めるけど、エリーとオミくんの絆の深さに触れ、告白をしたうえで“友達”でいることを選ぶ。一方のオミくんは、要くんへのヤキモチから大暴走! エリーに「特別がほしい」って言ってきたうえに、いままでしたことがないような大人なキッスをしてきて…。大興奮の第8巻!
簡潔完結感想文
- 美味しく食べて貰おうと据え膳になったのに巻き寿司にされた #彼は寿司職人
- 天国の扉は まだ開かれなかったけど、学校の校門を2人で手を繋ぎ堂々と歩く。
- 路上キスを父親に見られ交際禁止令。彼に私の全部を奪って欲しかったが…。
未経験男子だからこそ環境にこだわる 8巻。
いよいよ性行為を匂わせる本書だが、まだまだ性行為は解禁されない。それでも妄想や暴走は性的にパワーアップしているように思う。特に水族館デートでの「固いモノ」には大いに笑った。展開としてはテンプレなのに演出で こんなに面白く出来るんだと感心した。
ヒロイン・恵莉子(えりこ)のように性的行為に前のめりな読者にとっては匂わせるだけで何もしないことに不満を抱く人もいるだろうが、全体を俯瞰すると今回は近江(おうみ)の長い事前準備のように思える。『8巻』全てが近江が素顔の自分を受け入れてもらうための行動という一貫性と行動があるから話の流れに納得がいく。
何もかも「未経験男子」である近江はシチュエーションや気持ちに こだわる。キスの時も恵莉子がキスを目的化していたことに立腹し、彼女が自分とキスをしたいという気持ちが整うまで待った。それと同じように近江は性行為においても完璧な環境を整えようとしている。
そして恵莉子との交際において、誰に対しても後ろ暗いところがないように動く。その1つが恵莉子との交際の公表である。これまで恵莉子を守るためという大義名分で彼女との交際を秘密にしてきた近江。だが それは恵莉子という存在の黙殺であり、また恵莉子だけを一途に想う要(かなめ)というライバルの存在で、近江は自分の中途半端さと決別する決意を固めた。そうして堂々と2人で登校して見ると、心配された反発や陰湿な嫌がらせもなく現実はチョロい。これは紗羅(さら)が近江の仮想彼女となって標的になった時(『3巻』)と内容の重複を避ける意味もあったのだろう。けれど 余りにも平和で今度はモブの気持ちが蔑(ないがし)ろにされているような気持ちになるけれど。この辺は重複と ご都合主義のせめぎ合いである。アイドルに熱愛報道が出ただけでファンが一気に退潮していくのと同じようなものか。
そして もう一つ、近江が整えたい環境が家族や家庭である。学校が公私の公ならば、家族は私の部分だろう。だから自分の母親に彼女の存在を隠さずに伝えるし、恵莉子の家族にも自分の存在を認めて欲しい。そして近江が恵莉子の家族と積極的に関わろうとするのは、彼が恵莉子との その先を考えているからである。その1つは性的行為だが、もう1つは彼女との人生である。
恵莉子は行為そのものに前のめりに興奮しているが、近江は完璧な行為の達成を目的としている。これでは恵莉子の方が性的欲求が強いように思えるし、近江が誠実な聖人君子に見える。でも近江が色々と こだわるのは未経験男子ならではの独り善がりとも受け取れる。往々にして男性の方がロマンティックでナイーブなことが多いから、この こだわり は仕方がない。
恵莉子が妄想をこじらせているならば、近江はDTをこじらせている。初めての彼女との将来に前のめりになってしまっている状態。『8巻』登場のキャラも含めて本書には こじらせた人しかいない。だが それが良い!
大人のキッスをして恵莉子は、彼女の全部を欲する近江に自宅に呼ばれる。家に来るのは『5巻』のクリスマス以来ですね。あの時は近江の いとこ の さくら が在宅していたため、玄関で帰ることになったけれど、今回は近江の部屋まで入ることが出来た。自室に入ることは それだけ近江が恵莉子に心を許していることであり、何より大人の階段を一気に駆け上がるチャンスの到来である。トランプも思い出の写真にも興味を示さない近江が恵莉子には一匹のオスに見える。
近江が部屋を出た隙に恵莉子は自分の準備を整える。だが それを見た近江は うろたえる。彼は そういうつもりで家に呼んだ訳ではないらしい。近江がオスに見えたのは恵莉子の色眼鏡がピンクだったからに過ぎなかった。
要(かなめ)の恵莉子への接近もあり、近江は本格的に2人の交際を周知させることを考えていた。その話し合いの場として自分の部屋を使っただけだった。確かに『5巻』のクリスマス回でも落ち着いてプレゼントを渡すために恵莉子を家に呼んでいたもんね。
近江から交際公表の考えを聞いた恵莉子は それで近江の評判が地に落ちるのを気にしていて前向きになれずにいた。
話し合い中、近江に母親から電話がかかってきて、彼は「彼女」を家に呼んでいることを母に伝える。そこで恵莉子が母親と話すことになり、恵莉子は母親が、最近 近江が家の中でスマホを持ってソワソワしている様子を見て彼女のことを知りたくなったと聞く。ここで恵莉子が母親の顔を想像できるように、家族写真を先に見る展開にしたのだろう。作者の こういう用意周到なところが好きだ。
恵莉子が母親と話したことに安堵と喜びを覚える近江を見て、恵莉子は翌日 一緒に学校に行くことを提案する。自分のことを好きでいてくれる近江のためにも自信のない自分の都合を気にするのは彼に失礼。だから恵莉子は勇気を出すことにした。
ただし近江との交際に反対する勢力が1つあった。それが恵莉子の父親である。この後の展開の布石として用意され、そして近江の母親は交際を喜んでいることとの対照性が出ている。妄想を暴走させつつ、話の構造に知性が光っているのが本書の魅力である。
翌日、2人は手を繋いで校門に入る。当然 大騒ぎになるが、近寄ってきた友達に近江は恵莉子を彼女だと公言する。案ずるより産むが易し で 意外にも女子生徒は恵莉子に対しての敵意を持たない。これまでの恵莉子の善行や、この直前に要から口撃された被害者であることも作用しているようだ。
そして恵莉子は近江の隣を歩くことで、これまで彼に向けられてきた好奇の視線の威力を知り、彼の世界を知ることに意欲を見せる。そんな時、近江が恵莉子をクラスメイトに紹介するため放課後に呼ぶ。苦手なシチュエーションだが恵莉子は近江のために新世界に飛び込む。
クラスメイトを前に近江は八方美人を捨て、恵莉子の前と同じような口調で どれだけ彼女を大切にしているかを語る。ただし集まったクラスメイト全員が彼らの馴れ初めに興味がある訳ではない。その1人 まりあ は恵莉子の存在を無視してクラス内で決めなくてはならないことに話題を移す。
そうして第三者によって透明人間化させられる恵莉子。これは さくら の時と同様の流れである。ただし聡明な作者は同じことを2度しない。それが分かるのは もう少し後である。
恵莉子の登場で仲良しクラスが崩壊し始める。恵莉子は自分の責任を感じて妄想ツイートに逃避するが、それを近江に見つかり、彼は恵莉子が無理していることを感じ取り帰ることを提案する。
だが帰宅準備を整える前に恵莉子は生理痛で苦しむ まりあ を発見する。男性陣に知られないよう自分の腹痛(下痢)ということにして彼女の窮地を救う。例え まりあ が近江を好きでも彼女を庇い助けるのがヒロインの務めである。それに近江は恵莉子の妄想ツイートや欲望を知っているので、恵莉子の言動の奇怪さに慣れている。一度 恥ずかしい部分を見せておけば2度目は割と恥ずかしくないものである。
こうして まりあ の窮地を救い、恵莉子は彼女と話し始める。そこで まりあ が好きな男性は近江の友人の方で、彼女は その人に好意をバレたくなくて近江を好きなフリをしているらしい。やばい、本書には こじらせた女しかいないぞ! けれど まりあ は近江と恵莉子がカップルで歩く姿を見て頑張る勇気を得ていた。これは恵莉子の頑張りに対する嬉しい反応だ。
そして その まりあ の想い人である男性も彼女のことを好きだったが素直になれない面倒くさい人であった。近江は その観察眼から彼らが両片想いであることを見抜いているみたいだが。
こうして当初の目的通りにカラオケで盛り上がった一行。帰宅が遅くなり近江は恵莉子を家の前まで送っていく。そして最後に近江は恵莉子に対して自分は準備万端で いつでもイケることを伝える。そして恵莉子も近いうち、と覚悟を決めて2人は約束のキスを交わしたのだが、それを恵莉子の父親に目撃されてしまう。
娘のラブシーンを見てしまった父親は恵莉子を家に促し、近江に退去を促す。そして恵莉子に学生らしく勉強しろと命じる。恵莉子には補習になった過去があるため、それが弱みとなり翌週の期末テストで補習を回避するようスマホの没収と門限5時を命じられてしまう。
近江は その家庭内の決め事にショックを受けつつも、いい機会だから お互いに勉強に集中して胸を張って交際を出来るようにしようと伝える。一方で落ち込む恵莉子のフォローも忘れず、テスト終了後のデートを約束する。近江が彼氏として成長している。
妄想ツイートは出来なくなったが、目の前に餌がぶら下げられているので恵莉子は勉強に邁進する。スマホ没収の実害があるとすればツイートが更新されなくて要が ガッカリしているぐらいではないか。
勉強の成果もあってテストでは高得点を獲得。そうして父親からの束縛は解消されるはずだったが、近江とのデートを父の前で口走ってしまったため、父親は男女交際自体を禁止しようとする。
しかし父親は恵莉子を心配するあまり近江のことを否定するどころか、恵莉子自身を否定してしまう。親から見て恵莉子は不器用で危なっかしいから心配していた。だが恵莉子は近江との出会いで そんな自分の変化を感じていたところだった。そこに頭ごなしに自分を否定する父親に恵莉子は反発する。
デート当日、恵莉子は2階からの脱出という強硬手段に出ようとするが、母親がスマホを返却してくれ 堂々と出て行くよう言われる。父親は恵莉子に冷たくされ寝こんでいるという。母親は娘の近江との奇跡の交際を応援してくれた。けれど母親も恵莉子を見守ってきた親として、父親が恵莉子を心配する心理は理解できるようだ。
水族館デートは恵莉子の妄想以外は いたって普通。でも恵莉子の妄想が 極めておかしい。アレを「かの有名な」って形容する恵莉子は絶対に間違っている。どこの世界で得た知識なんだか…。
閉館の時間となり水族館を後にしなければならなくなり、息苦しい帰りたくない恵莉子は意を決して近江に一夜を共にすることを提案する。そのための軍資金も用意していた。彼女の固い決意の裏に、不穏なものを感じ取った近江は彼女から話を聞く。父子の事情を知った近江は恵莉子の提案を拒絶。その理由は恵莉子が事実を隠していて自分を頼らなかったから。そして もう1つ、性行為に対する意識の違いがあったからである。
近江は恵莉子と一緒に この問題に向き合うことを約束するが、自己否定された恵莉子は父の説得を最初から諦めている。その態度を らしくない、と近江に言われ、恵莉子は父親に否定された時と同じ感覚に襲われる。だから父親に背を向けたように近江からも背を向ける。
逃亡ヒロインという珍しく類型的な行動をした恵莉子が逃げ込むのは水族館と併設された遊園地の観覧車。観覧車は少女漫画的には好きな人と乗り込むためにあるもの。1人で一周した恵莉子を地上で待ち構えていた近江は恵莉子と もう1周 空の旅を楽しむ。
密室で語るのは愛ではなく、2人の将来だった。近江は、子供が受ける親の理不尽さに共感を示しつつ、それでも自分は長い付き合いになるであろう恵莉子の父親と仲良くなりたいと考えている。だから恵莉子の親子問題は近江の問題でもある。そして近江が そうするのは彼が恵莉子のすごさを信じているから。父親が恵莉子をダメだと思っているなら、近江は それを全力で否定したい。
その話を聞き、恵莉子も父親の中の偏見たっぷりの近江像を全力で否定し、どんなに素敵かを話すべきだったと思い当たる。
そして近江が恵莉子からの性的な誘惑を断ったのはが、恵莉子が父親への あてつけ で帰らないことと性行為を結びつけていることへの違和感が原因だった。近江の中で恵莉子との性体験は当てつけで済ませられるものではない。未経験男子は女子よりも ずっと夢見がちであることを伝える。
この観覧車の場面では「キスシーン」が良かった。いつもキスを問題解決や仲直りの合図にしているとワンパターンに見えてしまうので、こういう恵莉子の願望が叶わないけど、妄想で乗り切るというパターンは新鮮だった。それに事の発端が人に見られる場所での やや軽率なキスだったので、近江が同じ失敗を繰り返さないという反省も描けている。本当に作者の お話作りは心地が良い。
近江は恵莉子と一緒に帰宅するが、彼の姿を見て父親は物理的にも精神的にも扉を閉じてしまう。
そこで恵莉子が父親と向かい合う。書斎に こもった父親と話をするために部屋に入ると、父は恵莉子を母親だと思って話を始める。恵莉子は、母親から要領の良さを受け継がず、父親に似て引っ込み思案で人見知り、そんな共通点があるから父親は娘を過剰に心配してきた。しかし今回の一件で恵莉子が物申せるようになって彼女の成長を実感した。
その話を聞いて父親の心に触れた恵莉子は伝えずにいた近江との馴れ初めを話す。だが奇想天外な娘の恋バナに父親は早々にギブアップ。そうして立てこもった書斎から出てきて近江と対面する。そうして近江は恵莉子との将来像について口を開くのだった…。