《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

お前が俺と一緒にいる未来を考えてくれてるって思ったんだよな。期待するのって怖いんだな。

消えた初恋 7 (マーガレットコミックスDIGITAL)
原作:ひねくれ 渡・作画:アルコ(ひねくれ わたる・アルコ)
消えた初恋(きえたはつこい)
第07巻評価:★★★★☆(9点)
 総合評価:★★★★☆(9点)
 

「寝れるわけねーだろ緊張でっ」 井田の志望大学が京都にあると知り、動揺しまくりの青木。ふたりは1泊2日でオープンキャンパスに行くことに!? 橋下さんとあっくんは、夏休みに楽しみな約束を…? 大反響の番外編「消えた初恋 小劇場」に、「ダ・ヴィンチ」に掲載された描きおろしショート、キャラクター初期設定ラフ画も収録! 少しずつ恋人らしくなる高校最後の、夏。 【同時収録】番外編 消えた初恋 小劇場/番外編 青木の年末

簡潔完結感想文

  • 両想い後 新しい表情を披露する井田が今回 見せるのは拗ねる、怒る、昂る。
  • 青木のアテンドで順調な京都旅行だったが、落とし穴は最後に待っていた。
  • 青木は旅館で人外の存在に恐怖し、あっくん は橋下家で人間に恐怖する。

1回目の京都の夜は、2回目のための予行演習、の 7巻。

『7巻』は2021年のTVドラマ放送に合わせて出版されたため収録話数が通常よりも1話分 少ない。それでも2組のカップルにとっての重要なシーンが描かれていて目の離せない充実した内容になっている。

今回のメインは何と言っても お泊り回。といっても健全な目的で、京都の大学のオープンキャンパスに参加するための旅行である。そして再読すると今回の旅行は次回の京都行きの予行演習であるような気がした。また井田が旅館で座敷わらし的な存在を見ることによって彼らの京都での幸せな日々を確定させる前準備のようにも見えた。『1巻』で井田王子が消しゴムという名のガラスの靴を拾ったことで2人の運命が決まったように、今回 井田が眠れなかった お陰で座敷わらしを目撃して、青木の幸福 ≒ 井田の幸福が決定された。2人が「エロい」ことをしたら座敷わらし は近づかなかったかもしれないが、出来なかったからこそ井田は悶々として眠れずに座敷わらしを目撃した。「お子ちゃま」の青木の軽はずみな発言が原因で井田は睡眠を奪われたが、一夜の睡眠と幸福が引き換えになるのならば儲けもんである。

そして この お泊り回では私が考える本書2つのルール、「学校外では恋愛イベント解禁」「髪を下ろした井田はエロい」の2つが爆発する内容となっている。

そして今回の見所は井田の性の目覚めである(語弊あり)。

見よ これが恋愛初心者・井田の性欲の目覚めである! 2人は将来も関係性も「次」を見据えていく。

『5巻』の感想文で、井田は青木の想いや悩みを追走している、ということを書いたが、相手への「好き」に戸惑う『1巻』『4巻』、好きな人の周辺に異性が出現したことに戸惑う『2巻』と『5巻』で青木サイドと井田サイドは呼応しているようになっている。そして今回は『5巻』で青木が岡野くんに囁かれて、身体的接触を試みた『5巻』のような心境と井田が重なっていく。そう考えると2人の差は着実に縮まっている。

恋愛に開眼する前は雰囲気が「じいちゃん系男子」などと評された井田だったが、話数が進み、恋心が加速すると まるで若返っているようにも見える。この『7巻』で井田の中の恋愛感情と身体(ありていに言えば性欲)が一致して、高校生らしい反応を見せている。以前も書いたが井田の感情のグラデーションや、彼の中で成長していく恋愛精神年齢が段階を踏んでいるから本書は最後まで面白い。そして井田の成長は青木が大人ぶる余裕の限界を意味する。今回で完全に2人は同等の立場になったのではないか。

そして私は本書がプラトニックに徹するだけじゃなく、性衝動などにも踏み込んでいる点が好感を持てる。ちゃんと惹かれ合う者同士の当然の欲望として性の問題にも踏み込んでいることが、男性2人の恋愛を特殊なものでなく普遍的なものとして描く真摯な姿勢になっている。どんな形であれ扱っているのが高校生の恋愛という姿勢だから本作品は少女漫画誌に連載された。それならば交際を重ねた2人が、いずれ性別関係なく性行為を視野に入れるのは当然であろう。そこを変に濁さないのは真に平等に恋人たちの関係を描こうという強い意志が感じられた。


『6巻』の感想文で、青木は人に(井田に)初めて自分の「黒歴史」を語ることが出来て、それにより過去から解放され、青木の視点が初めて将来に向いたと書いた。それは井田の方も同じで、青木のトラウマの全解放によって井田も青木との大学進学という将来に対して展望と希望を持つようになった。

ここから最終回まで青木たちは2人で一緒にいる未来を獲得するために奮闘する。だから彼らは目の前にいる人を大事にするだけでなく、未来を自分の手で切り拓いていく難しさに直面する。「これからも一緒にいる」という決意は困難と隣り合わせで、「これからも一緒にいたい」という期待は不安と表裏一体である。

将来という不定形のものに対して ここから2人は期待と不安の間(はざま)で揺れ動く。その第一弾が井田の不機嫌だろう。珍しく井田側が不機嫌になって青木を突き放すような言動をしてしまう今回。井田は その心の推移を自己分析をして、そして その裏で自分が何を望んでいたのかを導き出す。井田にとって「ご機嫌」も「不機嫌」も青木の前だけで起こる現象なのである。そうして『7巻』は2人が一緒の未来像を共有するための巻へと変貌していく。
ここで井田が、誰かに期待するとか、不機嫌になるとか、それ以前の寂しいとか拗ねるとか苛立つとか やきもち とか、それら全ては井田が青木という人を心から求めている証拠である。井田にとって どうでもいい人であれば井田は影響されない。幼なじみの豊田(とよだ)との関係では心が乱されたことはない。
私は これをいい意味での井田の甘えだと思う。青木になら自分の気持ちを預けられると思っているから、井田は自分の感情を出す。これは青木が井田に黒歴史の封印を解いたように、井田も誰かに影響される自分を解禁しているように見える。根本的な部分は変わらないが、井田だって確かに変わっている。2人でいる意味や喜び、その裏の難しさを井田は学習している。

そして今回で、橋下さん・あっくんカップルは、彼女の両親への挨拶という少女漫画では婚約にも等しい行為を達成して2人の完全な個人回は これにて終了となる。こちらも将来について一定の答えが出たといことか。
ここからは終盤戦に突入し物語は青木と井田の話に集中していく。


一緒に行こうと声を揃えた大学のオープンキャンパスだが、その所在地が京都であることに驚く青木。それでは自分たちが遠距離恋愛になってしまうと井田の独断を責めるようなことを言う青木だったが、井田は ちゃんと青木に京都の大学について話していた。だが その頃、青木は自分の進路で頭が いっぱいで、話しかけられたことも、自分も京都に行こうーかなと前向きな返答をしたことも記憶になかった。

井田は青木が遠く離れた京都の地でも、自分と一緒の大学を志望してくれることに喜びを抱いていたが、青木の返答が本気ではなかったことが判明し、声の温度を下げる。一緒にオープンキャンパスに行く話も取り下げ、自分ひとりで行こうとする。青木は必死に弁明するが井田の不機嫌は直らない。青木は自分が井田のことを放置したことを大反省する。

いつもは「じっと見つめてくる」井田が目を合わせないのは、落胆や不機嫌を悟られたくないから。

傷口に塩を塗るような悪魔の あっくん の親身な助言もあり、青木は今回の旅行をリードすることで井田に頼もしい存在だと思われるように奮闘する。もうすぐ部活の引退が近づく井田に代わって青木が旅行の手配、スケジュールの管理を担う。

その青木の張り切りは井田には彼が気を遣っているように感じられた。なぜなら井田は自分が怒って不機嫌になり、青木に八つ当たりしたことを自覚していたから。その理由が今回のタイトルにした通り、一緒にいる未来への期待が一気に瓦解したからだろう。自分が青木を大切に想う心の分だけ、青木も自分を大切にして欲しい。井田の中に他者への期待や願望が初めて生まれたから、その分、失望してしまったのだった。


日、入念に下調べをした青木は井田をリードする。張り切りすぎて はしゃいだ豆知識披露は同じバスに乗っていた乗客に失笑されるが、井田だけは素直に感心してくれた。無邪気な青木が笑われることは黒歴史に近い状況だが(『6巻』)、井田は どんな時も青木の味方であることが嬉しい。

オープンキャンパスの後、2人は鴨川の川沿いで お昼ご飯を食べながら話し合いの場を設ける。青木は自分のことしか考えられないことに井田が呆れて、彼から別れ話を切り出されるのではないかと戦々恐々とする。
だが井田の話は別れ話ではなかった。この旅行で青木が気遣っていることが分かり、その原因である自分の拗(す)ねた態度を井田は謝りたかったのだ。あの日からずっと自分の心の動きを考えていたのだろう。青木は井田の心の動きを知り安堵し、改めて井田の寂しがりの性格を指摘する。本来マイペースで一人でいることに何の苦もなかった井田が、最近は青木限定で精神を揺さぶられている。井田は恋愛の複雑怪奇な一面を身をもって学んでいるようだ。

そんな井田を知った青木は相変わらず井田を子ども扱いすることで自分のペースや優位を維持しようとする。こうして仲直りした2人はチェックインまで2人で京都観光を楽しむ。だが案内された宿の部屋はベッドがひとつしかなくて…。


1台のベッド問題は旅行し慣れていない青木の知識不足が原因の予約ミス。彼はダブルとツインの意味が良く分かっていなかった。そこで井田は改めて青木が今日のために どれだけ頑張ってくれていたかを知る。今回ばかりは思い通りにいかないことに拗ねる弟を お兄ちゃんが引っ張っていってくれていた、という表現が正しいだろう。

井田は青木の頑張りを無駄にしないためにも元の部屋=1台のベッドでも頑張れば寝れると物理的な面から解決案をするが、青木は精神的な緊張で寝られないと提案を却下する。この辺りの井田の呑気さが青木には彼が「お子ちゃま」に見える理由だろう。

急遽、他の空き室を探してもらい、何とか旧館の1室を案内してもらう。ただし そこは少々訳ありな部屋だと言う。この後の展開のためとはいえ このホテル従業員も不必要なことを言うなぁ。

青木は その「訳あり」がお化けという可能性に思い当たり、怖がりを爆発させて怯える。井田は青木の「可愛い顔」が見たくて彼を驚かせる。今回の井田は拗ねたり悪戯したり「お子ちゃま」と言われても仕方がない。

だが青木がお風呂を先に済ませ、井田が入っている最中に落雷により停電が発生し、青木は風呂上がりの井田に飛びつく。しばらく時間が経過した後、電気は復旧するが青木は恐怖のあまりポロポロと泣いていた。井田も青木の泣き顔には弱いらしく、からかう気持ちも消失する。その後、電気が復旧しても しばらく井田に密着する青木だったが、やがて井田は「あんまり引っ付かれてると俺だって平気じゃないし」と理性の乱れ、もしくは性欲の発露を青木に発表する。


の一言で青木は我に返り、今度は部屋の反対側まで井田から飛びのいて離れる。まさかの井田の発言に青木は恐怖心がどこかに飛んでしまった。自分たちは恋人同士で、同じ部屋に泊まることを青木は ようやく思い出す…。

青木にとって意外な井田の発言だったが、これは井田にとっても予想外の自分の言動だったのではないか。この部屋に入るまで井田は1台のベッドで青木と横に並ぶことに抵抗も戸惑いもなかった。なのに実際に青木と身体を密着してみたら、自分の心身が過剰に反応することを思い知った。実践が机上の空論を凌駕したと思い知っただろう。井田も、青木は こういうことがあるから「寝れるわけねーだろ」と言ったと分かったはずだ。そして本当に井田の方が寝れなくなってしまうのである。

その後、並んで布団を敷いて横になってから、青木は再び お化けのことを思い出し、井田に お化けを追い払ってもらおうとする。その方法は、ダジャレ・ダンス・エロいこと。今度は井田が驚く番だが、青木は「井田とだったら怖くない」と完璧な性的同意のような発言をする。井田は それを「次は俺からする」という約束の履行を求められているのではと考え、青木に身を寄せるが、彼は熟睡。罪作りな お子ちゃまである…。ただし いくら寝る間際の発言とはいえ、奥手な青木側も井田となら性的な関係も覚悟しているという気持ちは本当だろう。この言葉と青木の意向は井田の中で しっかりと記憶され、これが後の展開の布石にもなる。

こうして井田だけが平静を乱され、眠れずに輾転反側とする中、丑三つ時に「お化け」が現れる。青木に話し掛け、遊びたがっていた それを井田は座敷わらし か妖精だと推定していた。確かに決して悪い霊には見えない。原作者もコメントで「座敷童」として認識していると言うことは、これは福を呼ぶものなのではないか。ならば、それに気に入られて一緒に遊んで欲しがられた青木も、それを見た井田も幸運が待っているのではないか。『1巻』の消しゴムのシンデレラの話ではないが、既に ここで2人の未来が明るいことが示されているような気がする。

こうして2人の珍道中は終わり、東京駅に到着する頃、井田は青木に一緒の大学に行こうと提案するのだった。どんな方向であってもも自分の感情を動かす青木という特別な人がいないと井田は つまらないと感じてしまうようになったのだから。


下さんは青木から2人が一緒の大学を目指すことを知り大盛り上がり。特に以外にも井田からの積極的な提案に対して橋下さん(と青木)は彼を見直しているようだ。京都の大学は青木にとって無謀な挑戦。だが「頑張る理由がある時の」自分はすげー、と青木は やる気満々。実際、それは高校受験の際も同じだったのろう(『3巻』『8巻』など)。

あっくん は橋下さんとの図書館での勉強デートを重ねていた。このところ勉強ばかりしたせいか、彼はテキトー人間ではなく真面目で誠実な性格へと変貌していた。そして勉強時間と比例して学力面でも目覚ましい成長を見せている。

そんな勉強漬けの1学期が終わり、橋下さんは あっくんを夏休み中の夏祭りに誘う。本来は青木も井田を誘って行く予定だったが、当日は天気の急変が予想され彼らは中止を決定した。

天気予報通り土砂降りとなり、祭りの会場にいた橋下さんと あっくん は雨宿りをする破目になる。これは橋下さんが あっくん と気晴らしをしたくて強行したのが原因だった。そこに橋下さんの父親から電話がかかってきて、2人を迎えに来るという。あっくん は「生意気な格好」をしているので気を揉み、橋下さんも「大丈夫じゃないかも…」と答える。

その言葉通り、橋下さんの父親は筋骨隆々の男性であった。なんだか この体形は『俺物語!!』の猛男(たけお)を思い出すなぁ。作画のアルコさん には描きなれたシルエットではないだろうか。あっくん は橋下父の車に乗せられて、そのまま彼女の自宅に立ち寄る。

橋下さん宅で雨で濡れた服を着替え、圧力を受けながらも橋下父が作った料理など歓待を受ける あっくん。けれど最後に一発殴られると思っている彼は最終的には死が待っていることを覚悟していた。橋下家では父親が家事や料理をしているのは、世間の「普通」へのアンチテーゼだろうか。

しかし殴られたのは橋下父だった。殴ったのは母親。夫の娘の彼氏に対する態度を見るに見かねて実力行使に出た。宙を舞った父親は、装着していたサングラスと一緒に飛び、その下から橋下さんそっくりな つぶらな瞳が顔を覗かせた。あっくん が驚いたのは、その意外な素顔ではなく、橋下さんの父親が元悪役レスラーであることを見抜いたからだった。

そこから男性2人の距離は あっという間に縮まる。というか あっくん が緊張から委縮して勘違いしていただけで、父親から かなり歓待されていたのは確かである。橋下父も緊張から悪役レスラー時代のような言動に戻ってしまったみたいだが。

こうして あっくん は橋下さんの両親に気に入られる。少女漫画的には婚約の成立と言えよう。今回あっくん は橋下さんが薬学部志望なのも幼少期から父親の怪我に触れてきたからだと知る。他にも あの家で あっくん は橋下さんのルーツが幾つも転がっていることを発見していた。好きな人の新しい一面を見られるのは喜びである。2人は別れ際にキスをする。この時の2人の視線の動き、空気感いいなぁ。あっくん はポケットに手を入れたまま、まるで いつも通りの別れのキスみたいにしてるけど、きちんと彼女のことを想っている愛に溢れたキスである。

その後、一時は死を覚悟した あっくん から生還報告を聞いた青木は、恋人の家族について考えさせられる。世間には交際を隠したい自分だが、それを井田がどう思っているのか、それで良かったのか青木は悩み始める…。