原作:ひねくれ 渡・作画:アルコ(ひねくれ わたる・アルコ)
消えた初恋(きえたはつこい)
第06巻評価:★★★★☆(9点)
総合評価:★★★★☆(9点)
「キスっていつするもんなんだ」 井田の誕プレを買うために、バイトを始めた青木。しかし、バイト先の美人な先輩・西園寺さんにモテてしまい…!? 橋下さんとあっくんの関係にも、思わぬ進展&ピンチが訪れます。3年生になった青木の悩みは、受験と進路、そしてキスのタイミング…? さまざまな恋の難問に一生懸命、取り組みます。
簡潔完結感想文
井田の名推理と違って私の推理は外れてばかり、の 6巻。
『6巻』は「笑う」ということに対して対照的な2組のカップルが印象的だった。まず あっくん は どんな自分でも笑って受け入れてくれる橋下(はしもと)さんを信じられるようになって、初めて彼女に自分の想いを飾らずに伝えることが出来た。テキトー人間と思われている あっくん でも告白は大きな関門で、結果よりも自分の気持ちを素直に伝えられるかが彼の試練となった。
そして青木(あおき)は自分が誰にも話さなかった/話せなかった黒歴史を井田(いだ)にだけ話すことが出来た。それは この世界で井田だけは自分の黒歴史を笑ったりしないと青木が信じられたからだろう。
秘めていたことを伝えられたこと、相手のことを心から信じられたから男性2人の、そして2組のカップルは明るい未来に歩むことが出来た。この絶対的な信頼で結ばれた2組の幸せな結末に感動した。これで『1巻』(または小学3年生)から続いていた青木のトラウマが今回で完全に解放されることになった。井田と出会えて本当に良かったね、と青木の幸運を思って また涙が滲んでしまう。
原作者の ひねくれ さんが、完全に狙って「笑う」や「信頼感」を共通ワードにして話を作っているのだとしたら その周到さに恐れ入るばかりである。そして割と重い青木の「黒歴史」もそうだが、本書は苦しみや悲しみを軽やかに描いているのが素晴らしい。青木に関してならトラウマや、同性を好きになった罪悪感や悲恋を前面に押し出すことも可能だろう。重い内容を重苦しく描くのは おそらく簡単な作業だ。だが原作者は それをせず、コメディの中に ほんの少しだけ青木の過去を潜ませている。これによって軽やかさを決して失わないまま、能天気なだけじゃないリアルな人間像が出来上がっている。その匙加減が非常に良い。
そして「笑う」といえば井田は本当に表情が豊かになった。青木の嫌がることでは笑わないという基本姿勢は保ちながら、子供みたいに青木を からかって大笑いするなんて本当に信じられない変化である。表情の幅と共に感情の幅も広がって、今の井田は この変化で周囲の人からモテそうな気配がする。
さて『2巻』では迷探偵・あっくん が大暴れしていたが、『6巻』で静かに活躍するのは名探偵・井田である。今回、井田は目の前にいる人の、本人も気づかない/気づかない振りをしている「好き」を見事に指摘する探偵の能力を発揮している。「じいちゃん系男子」の達観した視点が事件の真相を見抜くのだろうか。
迷惑系な あっくん の探偵業と違って、井田は相談者の気持ちを軽くさせているのが特徴。第1の相談者・西園寺(さいおんじ)さんは井田の指摘によって例え報われなくても その恋心に向き合う勇気を得た(青木の功績も大きいけれど)。そして第2の相談者である青木には、彼が蓋をした「好き」という気持ちに もう一度 向き合わせ、青木に将来の夢を見るという大切な気持ちを思い出させた。これが ずっと青木の「好き」の封印・トラウマ・黒歴史を開放してきた井田の最後の大仕事と言えるかもしれない。
そんな2人の探偵だが、推理によって結局一番 得をしているのは彼らのようにも見える。あっくん は探偵として橋下さんの好きな人を推理しようとしたが、結局 探偵自身が その当人だったというオチとなっている。迷探偵の誤解を解きたいというのが橋下さんの最初の頑張り、とも言えなくもないけど。
そして井田探偵は今回の2つの事件を通して自分の将来への不安を除去することに成功している。相談者1人目の西園寺さんの恋の相手を当てることで、彼女の好きな人が青木ではないと分かって探偵は心底 安堵する。彼の西園寺さんへの推理の披露は、青木に近づくライバルへの牽制が動機かもしれない。
そして2人目の青木に対して「好き」を指摘することは、結果的に これからも青木と一緒にいられる未来の獲得の第一歩となっている。今回で完全に青木を過去の しがらみ から解放したことで、2人の視線が未来へと前を向いたように思えた。
探偵たちとは反対に思い通りにならない推理に頭を抱えているのが私である。
私の中では本書には2つのルールがあると思っていた。
まず1つ目は「学校内では青木たちは恋人同士として振る舞わない」というルール。そして2つ目は「井田は髪を下ろすと年相応の欲望を持つ」というルールである。残念ながら この2つとも例外というか、初めから そんなルールはなかったかもしれないのが大問題なのである。
この『6巻』で否定されたのは1つ目のルールである。
2人は恋人関係になっても学校内でイチャイチャしてこなかった。青木の井田への正式な告白は修学旅行で学校外だったし(『3巻』)、彼らが学校内で2人きりになるのは昼食の時だけ(しかも屋上)。これまでの唯一の例外で岡野くん に唆(そそのか)された青木が、校舎内の階段で井田への接近を試みた『5巻』であるが、これは大失敗に終わって青木に天罰が落ちたような印象を受けた。これまでで一番の進展だった手を繋ぐという行為も校外で(『5巻』)、校内は2人の交際の場所として描かれてこなかった。
だが今回2人は学校の敷地内である校舎の外階段の下でキスをする(ほっぺ な)。それによって私の勝手に想像していたルールは完璧に勘違いであることが判明してしまった。ただし 言い訳としては今回のキスは校庭であって、校舎や教室ではないという点は訴えたい。これによって狭義の学校という最低限のボーダーラインが守られたかな、と思う。
そして2つ目のルールは、この『6巻』から発動するもの。
今回、体育祭後、井田は顔を洗い、おそらく本書で初めて髪を下ろした状態を公開している。そして この『6巻』から連続で最終『9巻』まで1巻につき1回は髪を下ろしたシーンが登場する。その時の井田は いつも以上に青木を溺愛しているというのが私の見解。井田が髪を下ろす=私的な場所や時間ということなので当然と言えば当然なのだが。髪を下ろすと井田は年相応の表情や欲望を見せる気がする。特に後者は顕著で、髪を下ろした井田は少しエロい。この後の話が2人の関係性の進展を描き、そういう内容だからかもしれないが。『6巻』の場面でも ついに ここまで!と思った読者も多いだろうが、ここから立て続けに2人の接近は続く。
ただ このルールにも穴があって『8巻』の重要な場面では髪はセットされているのが惜しい。
そういえば ここまで唯一の お泊り回である修学旅行では髪を下ろしている場面はなかった。修学旅行は入浴シーンだって可能だったはずが、なかった。青木がDクラスで残り湯での1人入浴だったからだろうか。まぁ 裸で読者を釣るのは本書らしくないし、それでいい。
青木の短期アルバイトは終了し、彼は初給料を貰う。
バイトの最終日、店長の囁きによって、ツンデレ発言を繰り返す西園寺が自分を好きという勘違いをする青木。岡野くんといい店長といい、学校外の人たちは悪魔である(笑) それに、青木が「モテ期!?」と予感する時は、あっくん並に その推理が大外れするフラグである(例:『5巻』バレンタイン直前)。『3巻』の あっくん のツッコミじゃないけど「おまえを好きな女子なんて いないだろ」というのが この世界の悲しすぎる真実である。
優しい悪魔の店長のせいで再び青木は暴走し、西園寺を振るような言動をして赤っ恥をかく。その一方的な「お断り」の言葉の中で自分には恋人がいることを伝えて、西園寺から冷たい視線を送られる。
この後も青木の自爆癖は続き、サプライズのはずの井田の誕生日も探り方が下手で、あの鈍感な井田に計画を気づかれてしまう。お気持ちだけで、と井田に言われて計画は終了。だが井田の物言いに腹を立てた青木は、週末に待ち合わせして、井田をギャフンと言わせるプレゼントを渡そうと燃える。記念日でも素直にデートの約束にならないのが青木たちの交際模様である。
当日、プレゼントを用意した青木だが、渡す前に2人で遊ぶことを提案する。こうして向かったゲームセンターでストレス発散をしていた西園寺と遭遇する。
青木・井田・西園寺の3人での会話が始まるのだが、西園寺の店長への怒りと献身を聞き、井田は彼女の店長への好意を指摘する。青木は恋愛音痴の井田の的外れな推理をバカにするが、推理は図星を突いていた。西園寺のツンデレ態度は、青木にではなく店長に発動していた。なんだか井田の恋愛スキルが上がってないか。そして西園寺の恋心を知った青木の驚愕の裏で、井田が西園寺が青木を好きではないとポーカーフェイスで安堵しているのが笑える。心配だったくせに(笑)
そこに店長が現れる。しかし その横には彼の婚約者がいた。2人の仲睦まじい様子を見せつけられ、青木は西園寺をフォローするために理由を作って その場を辞去する。恋愛スキルはないが、対人スキルが高いのが青木である。
だが西園寺は、恋人のためにバイトをするような幸せな青木に気を遣われ見下されたと彼を突き放す。この線引きは なんだか岡野くんの時と似ている(『5巻』)。だが青木は悲しむより前にプレゼントを どこかに置き忘れてしまってパニックを起こす。ここでも青木の自爆癖が出て、交際相手の誕プレ=井田の物という事実を自白している。
青木がプレゼントを回収しに出た後、西園寺は2人の男性が恋人同士であることを察する。そして井田は青木の名誉のために彼をフォローする発言を西園寺にし、西園寺もまた店長への好意を認められない自分の不器用さが嫌で青木に反発してしまったと反省する。戻って来た青木に西園寺がすぐに謝罪するのは、彼女の理性や知性の働きと、そして青木が自分と同じように人には言えない秘密の恋をしている共感があってのことだろう。
そして西園寺は、自分のために泣いたり店長のニブさに怒ったりしてくれる青木の素直さに影響されて、店長に結婚祝いのプレゼントを用意しようと決意する。3人で選んだプレゼントを渡せたことで、西園寺は店長への恋にピリオドが打てたのではないか。
こうして もはや恒例とも言えるが今回もイベントはバタバタして終わる。デートらしいデートにならないのが青木らしくて、井田は そこを面白がる。
翌日、学校で会った西園寺は角が取れたように柔らかい表情をしていた。バイトも前向きに継続し、人をからかう精神的な余裕も見られる。西園寺が からかったのは井田。青木も素敵な人よね、という西園寺の冗談に井田が これまで見たこともない表情で唖然としている。登場からずっと泰然自若とした人だったのに、どんどん余裕を失っている。もしかしたら嫉妬という感情を覚えた井田の方が、青木に首輪をつけて独り占めしたいのではないか…。
続くホワイトデーでは遂に橋下さんと あっくん が交際を開始する。
きっかけは あっくんが「根負け」して橋下さんに付き合うことを提案したからだった。橋下さんを応援し続けてきた青木だが、天使が人間のパリピと交際することには衝撃を隠せない。だが2人の交際により青木は ようやく あっくん に恋バナを解禁して、いつから好きだったのか追求する。だが あっくんは押しの強い「はしもっつぁん」に寄り切られたという趣旨を話す。
しかし『3巻』の「印象悪くて」発言もそうだったが、あっくん の橋下さんに聞かれたくない話は筒抜けとなる(『6巻』後半でも)。橋下さんは あっくん の「根負け」発言によって、交際直後から意気消沈。自分が彼を付き合わせている感覚が抜けない。これは『4巻』までの井田に対する青木の心境に近いものであろう。告白された側、一度は お断りの返事をした井田=あっくん が交際を提案するのも似ている。
そこで あっくん との帰り道、橋下さんは彼の恋心の在り処を確かめる。直接的に聞かれた あっくん は動揺し、逃げ道を探す。そんな彼の不誠実な対応を見て、交際における気持ちの順番や道筋を ちゃんとしたい橋下さんは勢いで交際を解消してしまう。彼女の決意に あっくん の方が驚くが、意固地になった2人は そのまま別れる。交際直後の急転直下の破局である。
あっくん は橋下さんの性格から、すぐに機嫌を直し復縁すると踏んでいた。これまでも恋愛問題で2人の関係性が悪くなっても橋下さんは あっくん から離れたことはなかったのも自信の根拠だろう。
だが3週間ほどしても橋下さんから音沙汰は なかった。
翌日から3年生が始まる、という春休み最終日、あっくん は祖母を相手に恋愛相談をしていた。格好いい/ダサい、勝ち/負け、尽くす/尽くされる、と彼の中の価値観が素直な言動を奪っていった。だが祖母は好きという気持ちは だれも比べてこない、怖がらずに今の気持ちを伝えなさいと助言してくれた。橋下さんが自分に好意を確認したのは、こちら の自信の無さを見透かしてだ、と あっくん は分析する。「テキトー」だと周囲に思われて、自分もそのキャラで通していたら、真面目や誠実なことが恥ずかしくなってしまったのだろうか。青木の親友だけあって、あっくん もまた「好き」を表現するのが苦手な人なのかもしれない。
春休み最終日、クラスメイトたちは河原で花見をしていた。井田も豆太郎を連れて参加している。青木は この日、初めて橋下さんが あっくん と別れたことを聞かされる。人間のパリピへの憤怒が抑えられていない青木が笑える。ただし橋下さんはバレンタインデーと同じく、自分の反省を先にする。そして別れの選択も相手の気持ちを尊重したいからだった。そんな橋下さんの気持ちを今度は あっくん が背後で聞いていた。
だから あっくん は橋下さんに自分の気持ちを正直に伝え、訂正する所は訂正する。そして自分が橋下さんが望むようなことが出来ないことを先に謝罪する。でも橋下さんは あっくん にロマンチックは望まない。彼女が望むのは、おそらく青木や井田と同じく、相手の自然体なのである。その言葉に あっくん の心は軽くなる。
帰り道、春休み前に2人が別離を選んだ橋下さんの自宅前で あっくん は今度は自分から橋下さんに歩み寄り、彼女に再度の交際を申し込む。どんな自分も笑って受け止めてくれる橋下さんの笑顔を見て、あっくん は きちんと「好き」だと彼女に想いを伝える。橋下さん、本当に良かったね、と本書で一番長い片想いをしていた彼女を心から祝福したい。彼らの初めての出会いから もう2年以上が経っている。
このエピソードは あっくん側の成長を描いた お話だろう。あっくんが殻を破る相談相手が青木ではなく祖母なのが笑える。青木じゃ力不足、もしくは橋下さんびいき に偏るから祖母が選ばれたのだろうか。自分が「好き」と言ったら負けだと思っている裏にはプライドの高さがあって、本心を見せてこなかったが、あっくん は そこを見事に克服して、テキトー人間から脱却している。あっくん もまた静かに変わっていっているのである。
3年生になった2人。クラス替えもないのでメンバーは一緒。青木は早くも18歳になり、井田にリクエストしてワイヤレスイヤホンをプレゼントしてもらった。
とくに かわり映えのない2人だが、交際して半年、手をつないだことしか進展のない かわり映えのなさであることを青木は気にしていた。ただし青木は『5巻』の経験と井田の誠実な言葉があるから焦らない。これは青木から動くターンは一度やったから繰り返さない、という原作者の賢明な宣言のように思う。
青木たちのクラス3年7組はイベントが大好きで、近づく体育祭の練習も自主練を欠かさない。練習に参加していた青木は部活終わりの井田と合流して一緒に帰る約束をする。井田は職員室に立ち寄ってから青木と合流するが、その際に幼なじみの豊田(とよだ)にキスのタイミングについて相談する。井田のマイペースっぷりが よく分かる、破壊力のある一コマである。当人的には大真面目なのに大笑いしたくなるのは なぜなのか(笑) 井田は青木が まだ2人がキスをしていないことを気にしていながら遠慮しているのを察して、今度は自分から動こうとしていた。豊田は井田の交際相手への配慮と行動・責任感に驚きを隠せない。そこで豊田はキスのタイミングは自発的な衝動によるもの、と井田の心が動くまで待つのが大事と助言して、2人に気を遣って、先に帰宅する。
教室に入ると青木は居眠りをしていた。そんな眠る青木の唇に井田は手を近づけ接触させる。相変わらずセクシーな手だな。その感触に目を覚ました青木に井田は「寝込みに変なことして すまん」と謝りながら、手で顔を覆い照れる。井田の言動から、彼にキスをされたと青木は思い込む。驚愕と赤面の中に喜びを隠せない青木だったが、彼の勘違いを井田が笑いながら指摘する。
勘違いの上に井田からキス未経験を指摘され、しかも井田は経験者であるという爆弾発言で青木は羞恥と苛立ちを募らせる。井田としては青木の遠慮を除去するための行動だったのが、青木には いつもの からかい に思える。めずらしく井田からの愛情表現があったと思ったのに、それが勘違いで しかも相手にバカにされた。そんな自分の心境を青木は井田に伝えられないからコミュニケーション不全となり、互いにムカついてしまう。「たくさん話すくらいが ちょうどいい」2人だが、してしまった行動に対して言葉は力不足の時もある。
体育祭当日、青木は気になって仕方ないことを豊田に聞く。察しの良い豊田が青木が口を開く前に対応してくれて ありがたい限りである。青木は井田のキス経験の話を聞きたかった。だが それは幼稚園の時の話で、豊田は逆に井田が「自分から動く」ことのピントがズレていて、井田が青木を困らされてないか心配してくれた。こうして青木は井田が彼なりに考えて自分に触れてきたことが分かり、その喜びに心臓は高鳴る。
だから青木は羞恥から井田に八つ当たりしたようになったことを謝罪する。それは井田も同じ。校舎の外階段の下で2人は並んで話し合う。井田は、自分の行動が青木の反応が見たかったという真剣なものであることを伝え、青木もそれに納得する。
言葉より行動が先んじることがあることを理解した青木は井田に行動で気持ちを重ねる提案をする。それがキスである。ただし ほっぺ。相手を深く知りたいという気持ちが自分を突き動かす衝動になる。提案された時の井田の「…うん」は良いなぁ。『5巻』ラストの「うん」も良かったけど、これは井田が少年のように真っ直ぐな瞳に青木への信頼と愛情が滲んでいるから良いのだろう。
このキス以降、青木は井田を過剰に意識してしてしまう。後になって青木はキスまでの自分の心の動きを恥じていた。そんな彼の羞恥を知った井田は「次」は自分からすることを約束する。行動を提案する方は拒絶されるかも、というリスク・恐怖を担うから大変なのだ。
かわり映えのない高校3年生だと思っていたが、すぐに青木は自分が受験生であることを思い出す。
あっくん は難関大学の薬学部志望の橋下さん と一緒に図書館で勉強しているという。彼自身は身の丈に合った大学には入れればいいと考えていたが、彼女と一緒にいるために お勉強デートをしている。そんな自分を浮気をしない健気な男などと自画自賛するが、その発言を橋下さんに聞かれて大ピンチ。あっくん は一生 浮気できないだろう。しなくていいけど。
そして あっくん だけじゃなく周囲も受験生モード一色になっていた。塾で貰った進路調査書の提出に何も浮かばないことに青木は焦り出す。
そこで青木は井田の話を聞いてみると彼は進路を決めているという。彼は教育学部志望。化学の教師になりたいらしい。なぜなら学校が好きだから! 井田は皆勤賞をとったり、井田は学校が楽しい人みたいだ。そんな彼に青木は「いい人生 歩んできたんだな」とコメントする。黒歴史のある青木とは学校に対する考え方が随分と違うだろう。
夢がないという青木の悩みに対し、井田は青木には「食品系」に進むという夢があるじゃないか、と当然のように答える。青木は美味しいものや新商品に目がないし、無意識で選んだバイト先も回転寿司屋だったというのが井田の根拠。
だが「食品系」こそ、青木の黒歴史そのものだった。ここで、これまで何度も言及した「将来の夢」という作文が登場する。小学校3年生の青木は食品系への夢を作文に込めるが、いかにも無知で無学に描かれた小学校の同級生たちは青木を嘲笑する。太っていたことも含めて存在や能力を否定され、青木は作文用紙を涙で滲ませた、というのが彼の黒歴史である。
この秘めてきた黒歴史を井田にだけは話せるのは、彼だけは絶対に自分のことを否定しないという絶対の信頼感があるからだろう。そして序盤の西園寺さんの話と同様に、青木の話は彼が食品系が好きだという話ではないかと井田は探偵として総括する。これまで思い出箱に仕舞っていた当時の作文を取り出し(まさに封印である)、青木は自分の本来の「好き」を取り戻す。過去・現在・未来が一列に繋がって、黒歴史から解放された完全体・青木の誕生である。
調査書を塾に提出した時、岡野くんは自分のことは自分では見えなくて 人に言われて気づくことが多いこと、そして多くの場合それが間違いではないことを青木に伝える。そして井田から見た青木は確かな夢を持っているという。岡野くんとの相談により青木は農学部志望となり、井田は彼の進路に多大なる影響を与えたことになる。井田は青木に「好き」の回復だけじゃなく、この先の、将来の「夢」を取り戻す力にもなってくれた。そこに感動を禁じ得ない。
大まかな進路が決まったことを井田に話すと、彼の志望校の中にも農学部で有名な大学があると教えてもらう。大学のサイトで興味を覚えた青木は近々開かれるオープンキャンパスへの参加を考える。そこで2人は「一緒に行く?」と声を合わせるのだが…。