青木 琴美(あおき ことみ)
僕の初恋をキミに捧ぐ(ぼくのはつこいをきみにささぐ)
第11巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
移植を悩んだ末にやめた逞は、繭の自宅でふたりきりの時間を過ごす。学校を辞めて家に戻ることを決めた逞だったが、繭は逞の命を救う方法を必死で探していた…。
簡潔完結感想文
前作『僕は妹に恋をする』を彷彿とさせる場面が続く 11巻。
『11巻』は青木琴美作品あるある のオンパレードです。
もちろん本書と『僕妹』は姉妹編であるから、意識的に似せている部分もあるのだろう。
そもそも『2巻』でヒーローの逞(たくま)が小学6年生の時に、
ヒロインの繭(まゆ)に黙って進学先を決めたのも、
『僕妹』の頼(より)が郁(いく)に黙って遠く離れた高校に進学したのと同じである。
(逞の場合は、親経由で計画がバレて同じ学校に進学したが)
最終回を前に、恋人たちが2人だけで一つの家の中で過ごすのも『僕妹』との共通点。
これは どちらも自分たちの関係に終止符が打たれるという恐怖の中での行動となる。
最後に人目を気にせず、これまで出来なかった「普通のカップル」のようなことをするのも一緒。
ただし本書の場合は、逞に肉体的制約があるので 性行為はしない。
本当に清く正しく2人だけの楽園を作っているだけなので、彼らの2日間の逃避行は切なさが増す。
そして主人公カップルの交際の最大の反対者が母親である点も同じである。
母が、密室での淫靡な気配を感じてドアを開け放ち、
一番 見たくない光景を見る様子は、確実に2作品を重ね合わせる狙いがあるだろう。
以前も書いたが作者は「母親」に嫌な思いでも抱いているのだろうか。
禁忌の関係だった前作での母親の発狂は分かるが、今回は、ここまで浅はかな女性像にしなくても良かったのではないか。
息子の自主性や選択を重んじる振りをして、結局、息子を自分でコントロールしたいという毒親に見える。
少なくとも10年以上も心臓病患者の親として過ごしている母が、その経験で得た人生哲学みたいなものを感じられない。
普通の幸せが獲得できない息子の「一生の思い出」を数え切れないほど作ってくれた繭への感謝が全くない。
青木作品の「母親たち」に幼稚で浅はかな印象を持つのは、作者の画力も関係しているだろう。
10代と同じような大きく輝く瞳に、10代と同じ体型を維持する彼女たち。
そう描いてから、その口の横に ほうれい線を描けば、40代の中年(推定)とする残念な画力。
絵から彼女たちが歩いてきた40年以上の時間が滲み出ていない。
ただし この絵にも良い点があって、年齢と見た目のアンバランスさが ある種の恐怖を生んでいる。
時に少女のようにしか見えない彼女たちだから、それが精神的な幼さに繋がっていると納得がいくし、
この心身の不一致が、彼女たちが不安定な精神の持ち主であることを印象付ける。
2人の未来に立ちはだからるのは母親という存在。
息子と母の特殊な関係性を、上手く解きほぐして、ヒロインは、母に代わって彼の特別な女性になっていく。
どんな時も少女漫画ヒロインは、ヒーロー側の家庭事情を改善させなければなりません。
ちなみに逞の母は、自分の自爆で息子と繭を逞と同じ学校に入れる破目になったが、それを自覚していないだろう。
それが繭との交際に繋がるが、それを逆恨みするように繭に酷い態度を取る。
つくづく浅慮な女性として描かれて惨めだ。
理解の深い逞の父親は、この人のどこに惹かれたのか謎である。
迷いの中にいる昂(こう)の家族のためにも、一度、病院から物理的な距離を置く逞。
ここでは昂の心臓移植問題に、逞が先に結論を出していることが重要だろう。
こうすることで逞は無駄に希望を持ったり、失望を与えられたりしない。
そして逞はどこまでも、相手のことを先に考えて行動できる人だと分かる。
相手の人生に自分の存在を影響させないために、敢えて距離を取る。
これは、逞がずっと繭にしてきたことでもある。
そうやって、相手から離れることで その人の幸せを誰よりも願う優しい人なのだ。
ここでは、昂を通して脳死患者を家族や医療はどう支えるのかも描いて欲しかった。
どれだけのケアが必要なのか、また昂一家で取り上げてきた金銭的問題も知りたい。
以前から借金返済中の昂の家族が支えられるのか、現実的な側面も描いて欲しかった。
この後は逞と繭の話が中心となるので、描くタイミングがなかったのかもしれないが。
昂の脳死は、昂が作品にシステマチックに利用されただけのように思えて印象が悪い。
自分と家族と周囲の人たちの心の整理をつける2日間が終わり、逞は病院に戻る。
母は逞の前では冷静で、感情を表に出さずにいる。
これは息子の意思を尊重する理解ある母親でありたいからだろうか。
だが繭の前では別。
息子の行動の裏に、いつも繭がいることを母は感知していたから、母は繭を憎む。
母には繭が息子の命を長らえさせない死神に見えるのだろう。
ただし、ここには情報の齟齬がある。
逞と繭は、逞に提供される心臓が、大好きな先輩のものであることを知っているが、
母にとってみれば、千載一遇の機会を手放してしまった。
繭ならばドナーの家族の気持ちが変わる前に、逞を説得できたのに、と逆恨みしていると言える。
この時、母が逞に感情を見せないのは、夫婦で話し合った末なのだろうか。
それがないままなので、両親の感情の動きをトレース出来ない。
だから突然、母が繭にだけ敵意を抱いているように見えてしまう。
両親は、幼い頃から、逞のしたいように させていた節はあるが、
ここは もうちょっと詳細な理由が欲しいところ。
全寮制の中学に行くのとは、次元が違う話なのに、
同じように距離を置いて見守っているから、違和感が残る。
母は息子を繭に取られたと思っている。
息子を自分の手元に置きたいという母の願いを聞き入れるため、逞は学校をやめると宣言する。
実際は退学せず、2週間の自宅療養のようだが、母は その後も束縛を続けようとする。
どうやら学校の退学は、逞と繭と母との間の密約のようだ。
父は退学の意思(または強要)を知らず、2週間だけのホームステイだと思っている。
この妻の狂乱を夫はどう思っているのだろうか。
母をフォローするならば、彼女も我慢していたことは想像に かたくない。
今回、目の前で希望の梯子を外されたから、ついつい その犯人捜しをしてしまったと言える。
それにしても、もうちょっと親側の苦しみを上手に描き込めたら、共感もしやすいのだけど。
こうして始まる久しぶりの親子水入らずの生活。
といっても2週間じゃ、作中では あまり描かれてなかった夏休みなど長期休暇の際と変わらないと思うが。
繭は、静かに怒っていた。
逞も、家族も「一生の思い出」が「最後の思い出」になる前提で話を進めている。
運命に抗うのがヒロインの務め。
だから、彼女は(おそらく)逞の実家暮らし初日から、彼の家に乗り込む。
逞の部屋のベッドの上で、身体を寄せ合う2人。
だが、その姿を、ノックもせずに母親が入ってきて発狂する。
これは、当然でしょう。
家族水入らずの時間を少しも与えず、母から見れば死神のような繭が逞のベッドにいるんだもの。
若さゆえの猪突猛進なんだろうけど、もうちょっと逞一家のことを考えられないものか。
逞の母に頬を殴られ、何度目かの大嫌いという罵声を浴びせられる繭。
退去を命じられるが、どうやら逞の父親は協力者みたい。
直情的な女性を、男性が大きく包み込む、そんな構図は最後まで変わらない。
繭は最後の最後でヒロインとして覚醒する。
自分が彼を救う、その言葉を実現するために走り続ける。
彼女が裸足で走るのは、王子に靴を履かせてもらうシンデレラではなく、
自分の力だけで前に進もうとする意思の象徴だろうか。
帰宅した繭は、父に医者になると宣言。
しかし逞の母といい、繭といい女性たちの決断が遅すぎないか。
特に繭は、この10年間、逞と一緒にいて、その選択肢を一度も考えなかったのだろうか。
私が感心したのは、この時、繭の父が、娘の決意に対して気休めを言わない点である。
これまでの彼なら、笑顔を作って、あぁ 出来るさ、繭なら逞くんの病気を治すことも、と答えていただろう。
父が娘に嘘をつくのは、まだまだ子供の娘を不安にさせないため。
だけど、今回 父は、もう娘が1人の、人を心から愛する大人の女性であると判断したから、
その場しのぎの嘘を言わなかったのではないだろうか。
厳しい現実を娘に付きつける繭の父だが、最後に希望の言葉を添える…。
ちなみに繭の家庭は夫婦仲が冷めきっている気がするが、それが物語に影響する訳でもない。
やや過干渉な逞の母親と違って、繭の母は、家庭に無関心ということなのだろうか。
どちらにしても高潔な父親に対して、少なからず欠点のある人物として母は描かれる。
「彼は行けもしない甲子園を目指す」…
水澤(みずさわ)ヒカルは、同じクラスの佐藤 珠美(さとう たまみ)に屋上に呼び出されては食べ物を渡されていた。
彼女が告白できないと思い込んだ水澤は、自分から告白するが…。
俺様ヒーローが弱みを握られて、彼女の言いなりになるのが面白い。
終盤は意外な展開の連続で、面白い試合展開となっている。
ただ、関口くん とは学年が違うことを しっかりと盛り込むべきなんじゃないか。
ミスリードさせたいのは分かるが、ヒントも欲しい。
そして なぜ名字で呼ぶのか謎。
水澤が試合に出るために必要なのは分かるし、
漫画的にも盛り上がるんだろうけど、暴行的なキスが残念。
それ以外は、男女双方で純愛なだけに、玉に瑕。