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少女漫画と小説の感想ブログです

受験直前でも、井田は井田だな。しょうがないから俺が手を引いてやるよ。いつまでもな。

消えた初恋 9 (マーガレットコミックスDIGITAL)
ひねくれ 渡・アルコ(ひねくれ わたる・アルコ)
消えた初恋(きえたはつこい)
第09巻評価:★★★★☆(9点)
 総合評価:★★★★☆(9点)
 

「ありがとうって気持ちが止まらないんだ」 同じ大学を目指して、受験勉強を頑張る青木と井田。初詣で合格祈願をするけれど、ふたりの絆が試されるような事件が…!? あっくんと橋下さんは、進路は別れたけれど、お互いの道を応援し合って…? そして、いよいよ、卒業の時――…! ときめいて優しい最終巻です。

簡潔完結感想文

  • 髪を下ろさなくてもナチュラルに青木に酔っている井田の大凶なる人生。
  • 受験への重圧を力に変換するのは3年ぶり2回目。そして2回目の京都の夜。
  • 泣けるほど たくさんの思い出を抱えて旅立つ。今は俺の隣に お前がいる。

を下ろした井田 × 学校ではない場所 × 初回とは違う2回目の夜= !?、の 最終9巻。

最後の最後まで本当に素晴らしい作品だった。この世界の端から端まで大好きだと胸を張って言える。
ラストシーン、学校を卒業した後の2人は教室内では これまではしてこなかった恋人同士として接する。彼らは交際後も節度を持って学校内で過ごしており、最後の最後になって まるで この学校で「やり残したこと」をするように出会いの場所でキスを交わすことで彼らは次のステージに旅立っていく。少なくとも本書は校舎の中で2人が恋人として触れ合ったことが無かったので、思う存分2人がイチャイチャしている場面にカタルシスを覚えた(井田は不満気だが…)。
また その際に青木(あおき)が、2人の出会いと恋路を演出してくれた「ガラスの靴」ならぬ「消しゴム」を所持しているのも、本書のハッピーエンドとして相応しいように思えた。

そして私が勝手に泣いてしまうのは、ラストシーンの後、おそらく このまま2人が手を繋ぎながらクラスメイトたちの前に出ても、きっと「気のいい」クラスメイトたちは、井田(いだ)のバレー部仲間のように、なんだそうだったのか、と騒ぎ立てることなく納得するような気がするからだ。ここは青木が努力して辿り着き、これまで以上に濃密な3年間を過ごした世界なのだ。優しい人たちばかり集まっている、という考えを本書は許してくれるのではないか。そして それは青木の努力が実を結んで進むことになった新天地・京都でも同じ。この校舎を出た後の、新しい学校でも彼らの幸福は同じように約束されていると考えて間違いはないだろう。


が本書の感想文で「やり残したこと」は、ずっと言えなかった読書中に連想していた とある作品の話。
完成された2作品を混同するのは失礼なことかもしれないが、どうしても私は青木と井田の中に、佐々木倫子さん動物のお医者さんの二階堂(にかいどう)とハムテルを連想せずにはいられなかった。高校時代の あの2人でBLを描いたら こんな感じかな?と ずっと思いながら読んでいた。外見も似ているし(特に井田とハムテル)、性格もムードメイカーであるがトラブルメイカ―でもある騒々しい二階堂と、いつも冷静沈着なハムテルは、青木と井田と共通点が多い。なので本書 → 『動物のお医者さん』という流れは、青木たちが京都ではなく北海道の大学に一緒に行ったら、という内容に思えて仕方がない(『お医者さん』は地元進学の話だけど)。

ただし、少し連想した というだけで私は作品も青木も井田も心から大好きであることは、これまでの感想文の熱量と分量で分かっていただけたら、と思う。


『9巻』で物議をかましたのは「第34幕」だろう。私も面食らったが、今では これはこれで原作者の読者サービスのように思えるようになった。
そもそも この世界は井田側の「消えた初恋」を描くために用意されたものだろう。青木も橋下(はしもと)さんも、もしかしたら あっくん も初恋は辛いことに直面したが、初恋の遅い井田だけは青木に愛され続け、辛いことがなかった。交際を通じて衝突したり難しいことはあったが、恋を失うことはなかった。だから井田に失恋を疑似体験させ、青木が好いてくれる現実を奇跡的なことだと思わせるために、この世界が用意されたように思う。

私は熱心な信者なので作品を全肯定する形になるが、こうしなければ描けなかったことが確かにある。1つは大人になった彼らの姿・職業などだ。これは原作者がずっと登場人物たちに温かい視線と応援を送っていて、それがあるから未来を明確な形で描けていると思う。おそらく青木たちの将来は、どちらの世界でも同じであろう。橋下さん と あっくん のゴールインも時間の経過と共に現実感が生まれている。高校生時点で あっくん は将来を見据えた発言をしていたけれど、やっぱり きちんと交際を重ねてから ちゃんと実行するのと高校生の口約束では重みが違う。

そして青木の記憶喪失と そこからの思い出巡りをすることによって、青木と井田が どれだけ共に歩いてきたのか、その距離や時間が見えるようになっている。一度リセットされたからこそ、読者は2人が いつの間に こんなにも近づいたかを改めて認識することになる。

そして当然ながら今の井田にとって青木がどれほど大きな存在かが分かる。「期待するのって怖いんだな」(『8巻』)という言葉じゃないが、井田の不安は青木を好きすぎて初めて起こる現象である。マイペースの井田が歩調を乱されたからこそ、井田は こんな世界に迷い込んでしまうのだ。


初、もしかして井田が青木と受験後の約束(性行為)が楽しみ過ぎて起きる現象なのかと思った。受験当日に早速 事に挑もうとしているので実際、そういう節もあるだろうが、原作者は井田が下品な人に見えないように、遠回りさせてでも ちゃんと井田の本当の願いを先に用意している。飽くまでも性行為は目的ではなく、青木と一緒にいる人生の通過点であることを強調しているので そういう俗物的な観点で物語を読んではダメなのだろう。

そもそも井田が そんな「3秒間の悪夢」を見るのは、受験に対する不安や心配が具現化したからだ。といっても井田は「落ちるつもりで勉強して」ないから自分の心配はしていないはずだ。そこはマイペースな「スーパーポジティブ野郎」なのである。では何が心配かと言うと、自分のことよりも青木のことで、その心配が悪夢の始まりになったのではないか。そうやって自分たちを「ニコイチ」で考えるのが彼らが辿り着いた恋愛の境地である。実際の階段からの転落事故で、青木が落ちているのも、井田の悪夢に影響したかもしれない。

相手を優先して自分の甘えや願望を言わなかった2人だが、素直な気持ちを伝える喜びを知る。

そして井田は、クリスマス前後から青木に会えず、久しぶりに会った青木を見てナチュラルに酔っていて、もう頭がおかしくなりかけている(笑)また伏線として大凶の おみくじがあるのではないかと考える。おみくじ の「することなすこと うまく行かず 失(な)くし物に気をつけるべし」という文面で井田の無意識に不安が宿ったのではないか。
こうして自分にとって「失くしたくないもの」を考えた時、青木の存在があり、そして青木と一緒に過ごした時間があったのではないか。そこを悪夢に付け込まれた。『8巻』の風邪回と言い、今の井田にとって どれだけ青木のことで頭の中を占めているのかが分かるエピソードで、悪夢ではあるが、甘いお話である。

この悪夢の中では、卒業式で「今生の別れでもないし」と言っていたクールな井田が、確かに2回も泣きそうな顔をしている。井田の そんな顔が見れただけで、意地が悪いけれど、読者としては ありがたい内容だった。


2年目のクリスマスは、南極観測隊の井田の父親が帰宅するということで家族水入らずの時間を青木が優先してあげた(井田と父親の会話を聞きたい)。

ただし その前にプレゼントを交換したりとクリスマスっぽいことも ちゃんとしている。本書はプレゼントを渡す場面が無いのも特徴的だろうか。一般的な少女漫画の誕生回やクリスマス回が、プレゼントを貰ってヒロインの承認欲求が満たされることを最優先しているのとは角度が違うのも本書の良い所。

交際からずっと青木は井田の負担になりたくなくて、恋愛面において自分のワガママを言わなかった。いつだって青木は相手のことを先に考えられる素敵な人間なのだ。だが このクリスマスは「早く会いたい」と自分の本音を無意識が伝えてしまった。すぐに井田から「おれも」と返信がきて、2人の「I miss you」の気持ちが重なるクリスマスとなった(井田は意外と既読と返信が早い(『3巻』も))。珍しく青木が井田に甘えてみたのも2人の関係性の究極系のように見える。これは『8巻』の井田の風邪回で塾に(岡野くん)に会いに行かないでと間接的に言った井田の甘えと同じ種類だろう。


明け、2人は久々に顔を合わせる。井田は青木から甘えられたことが嬉しくて最初から顔が緩んでいる。
お参りの後、2人は おみくじ を引くが、青木は大吉、井田は大凶。だが そこから立て続けに不幸になるのは青木。井田は それを自分が大凶だったから、自分にとって大事な青木に災難が起こってると真面目な顔で分析する。その とんでもない告白に青木の顔は赤らみ、井田は その頬に触れ、久々の青木の感触に彼も頬を赤くしていく。

青木は井田の大凶の おみくじ を高い所に結ばせ、自分のおみくじを井田に渡す。それだけ井田のことが心配だし、井田が大吉なら自分もそうであると青木は考えている。2人が それぞれに自然に「ニコイチ」的考えをしていて嬉しくなる。更に神社で会った橋下さん と あっくん から合格祈願の御守を貰い、受験への準備は いよいよ整う。

井田は改めて青木の考え方に好感を持ち、2人は寄り添って、静かに手を繋ぎながら帰宅していく。


学入学共通テストを終えた頃、2人は終わりが見え始めた受験の後について考える。2人には受験後のプランが それぞれあった。青木の一番やりたいことは受験合格後に発表するという。口に出さずに秘密にしたことで「死亡フラグ」を回避しようとしたが、この秘密がバッドエンドへのフラグとなってしまう。

駅の階段で青木はバランスを崩し、手を伸ばした井田と一緒に落ちる。まるで『3巻』の告白シーンのようである。あの時は井田が気を失ったが、今回は青木に異常が見られる。青木の身を案ずる井田に対して青木の反応が他人行儀なのである。そのことで嫌な予感を覚えた井田は青木に自分のことを問うが、青木の記憶は高2になって間もなくまで戻っていて、彼の中で井田は ただのクラスメイトになっていた。

突然の恋愛リセットである。しかしここ1年半の記憶を喪失しても根本的な青木の性格は変わらない。そして全身全霊で記憶を取り戻そうとする井田の真剣さに記憶のない青木も感動し、2人の関係が恋人だと分かっても驚きはするが拒絶はしない。まるで『1巻』の告白の際の井田である。青木も、かつての井田のように自分を心配する井田の本気度を分かっているから彼のことを知ろうとする。そして突然の事態に混乱する井田だったが彼も自分の不安よりも青木のことだけを考える。そういう配慮は彼らに共通する美徳である。

この記憶喪失で青木の戸惑いが一番 大きいのは、自分と井田の交際ではなく、橋下さんと あっくん の交際なのが笑える。2年生開始直後だと、青木の中では大好きな天使と人間のパリピという認識だから、そのカップリングは さぞショックだろう。今の青木は親友の交際を聞いても、今更 告白できないか(『1巻』で解消されたトラウマ問題も この世界には残っているし)。でも『1巻』のように間接的に失恋するのではなく、強制的に「消えた初恋」となったことが一番 可哀想かもしれない。


れから連日、記憶回復の端緒を掴むため思い出の場所を巡りをする2人。読者は、青木たちがいない背景だけの場所の一つ一つに ここにいた2人の姿を重ねる。その場所での印象的なエピソードを ちゃんと思い出せるのが本書の持つ力だと思う。

そして かなり近い思い出である花火大会の日にキスをした神社(『8巻』)で彼らの思い出巡りは終わる。翌日が、井田の受験日であるためタイムリミットとなり、青木は これを機に記憶を取り戻す執着を捨てる。今の青木にとって、記憶の回復を強く願う井田の気持ちは まるで もう一人の平行世界に存在する自分へ向けられたものに思えるようだ。青木は周囲が望む自分になれないことが重圧に変換されてしまっている。『1巻』の自己肯定感の回復もないし、青木がネガティブになるのも仕方がない。その気疲れから、前に進むため、お互いに別の道に進むことを選ぶ。元々が勘違いで始まった恋ならば、それが修正された今の世界の方が正しいというのも一つの見解だろう。

青木からの提案に、井田は泣きそうな顔になりながら彼を抱擁する。自分の都合で青木を振り回した、それが井田の後悔になる。これは『8巻』で青木の成績不振を知り志望校の再考を提案した時の、離れたくないけど、苦しめたくない という井田の心境に近いのではないか。


こから9年、つまり27歳まで彼らは音信不通になる。再会は橋下さんと あっくん が双方を秘密で呼び出したため果たされる。この日は橋下さんたちの婚約祝いとして2人は招集された。どうやら あっくん たちは青木たちの仲直りを ずっと画策していたようだ。
9年後の世界では、あっくん は美容師、橋下さんはおそらく薬剤師、井田は教師となり、そして青木はお菓子メーカーの開発部に籍を置いているという。記憶喪失によって1年遠回りしたけど、記憶喪失前の自分が設定した農学部から続いている夢は今の青木にも しっくりきているようだ。

井田はお酒が弱いらしく、青木との再会の喜びを素直に口にする。初詣は やっぱ甘酒で酔ってたのか? そして青木に抱えられながら彼の自宅に運ばれる。ここで井田は教師として うまくやってることを告げるが、青木と一緒にいたいという本当の願いが叶えられない現実など、ただの悪い夢なのである。そんな本音を話したからか、井田は3秒間の旅を終える。

読者としては こんな内容は読むのが辛かったけれど、井田側の「消えた初恋」がアラサーとなって再燃する大人BLも それはそれで面白そうだと思ってしまった。9年ぶりに再会した2人が再度お互いの良さを見つめ直し惹かれ合い、そして求め合う…。アラサーなので「割愛」もなく、色々と大人の描写も盛り込んだアナザーストーリー、公式で出しませんか…?


夢の3秒間について、後日、受験のため京都に向かう新幹線の中で、井田は青木に語る。井田は その夢を見た自分を不思議がっていたが、青木は それを不安からくる悪夢だと分析。実際、青木も井田に振られる夢を見た経験がある。ここで井田が「あるわけないだろ そんなこと」と言い青木も「そーそー そうなんだけど」と言っている会話で ご飯が進む。

そうしてポーカーフェイスの井田が内心では交際について不安に思っていることを知り、青木は合格後に話そうとしていた やりたいことを発表する。それは井田と一緒に住む、という夢。その発想が無かったのか、青木の提案に井田はそれに前のめりに「そうしよう 絶対そうしたい」と返答する。もう好きすぎでしょ。だから悪夢を見るんだってば(笑)

その提案が嬉しすぎた井田は絶対合格というプレッシャーを青木に与える。ただし、これは悪いことではない。青木は井田との約束を果たせるように全力を尽くす。これは青木の高校受験の際と同じモチベーションだろう。青木が、中学校までの自分を嘲笑するような世界から新天地へ脱出を図ったのが高校受験だった(『8巻』母の話)。だから知恵熱が出るほど大きな重圧と戦い、どうにか勝利した(『3巻』あっくん の回想)。強烈な願いがあれば、青木は実力を発揮できる、というのが2回の受験の共通点だろう。今回は知恵熱を出してしまうと、ある意味 本番である夜に影響が出るから集中力だけが発揮されたのだろう。

様々な重圧から解放された青木はホテルで まったり過ごす。初回の京都とは違い(『7巻』)、今度こそツインの部屋を予約している点に進歩を感じる。そして1回目の京都と違い、今回は井田が先に入浴。続いて入浴する青木は井田に「先に寝てていい」と伝えるが、井田は「やり残したこと」があるので まだ寝ない。それは受験前に青木と約束した、性行為の解禁である。一般的に「受験が終わったらね」は、合格発表の後のように思えるが、井田は受験が終わったその日に、それを実行しようとする。マイペースなのか我慢の限界なのか…。髪を下ろした井田は甘くてエロい、その法則は最後まで崩れることが無かった。

こうして少し前まで呑気に明るかった青木は、バスルームで新たな重圧を背負う。男性同士なので何がどうしたかは いまいち分からないが、2人は また一歩距離を縮め、そういう関係になったのは確かである。


格発表前日、落ち着かない青木は母から家を追い出され外を ぶらつく。そこに車に乗った あっくん が登場する。あっくん は昨年中に進路が決まっていたからか早くも免許を取得していた。青木を乗せ、免許取得後の初運転という地獄ドライブで辿り着いたのは家具屋。もう東京で住む部屋も決めており、ひとり暮らしのための家具を選びに来たのだった。専門学校は家からでも通える距離だが自立のため ひとり暮らしを選択したという。橋下さんとの恋愛が あっくん を大人にさせている。

だが あっくん は色々あって橋下さんと距離を置いているという。そして あっくん がトイレに立った際、青木は同じ店に橋下さんがクラスメイト達といるのを発見する。しかも橋下さんが「好きでいるのやめようかな」などと話しているのを聞いて、青木は 居ても立っても居られず橋下さんの前に飛び出す。あっくん は青木のかけがえのない友達で、橋下さんにも 彼の良さを分かって欲しいと青木は熱弁する。
この場面も胸を打たれる。青木は これまでずっと絶対的に橋下さんの応援団だったが、最後の最後で人間のパリピを橋下さんに勧める立場になっているという親友同士の熱い友情が感じられるエピソードが用意されていた。

だが橋下さんの発言を青木が勘違いしていただけで、青木は あっくん がサプライズで用意していた運転免許取得の情報まで橋下さんに喋ってしまう。こういう青木のドジも「バカだなって笑って」くれるのが あっくん という いいやつである。今回の再読で一番 評価が上がったのは もしかしたら あっくん かもしれない。もちろん全員 大好きだけど。

この日、橋下さんが家具屋にいたのは あっくん のための食器を選んでいたからだった。橋下さんは あっくん の自立を応援し、自分も遠距離でも頑張れるように努める。最後に この日 あっくん が青木を誘ったのは合格発表を前にして落ち着かない彼の心境を心配してのことだということが判明する。この世界は本当に優しくて涙が出る。


うして発表当日、青木は井田の家で一緒にネットで合否を確認する。結果は2人とも合格。2人の報告に家族、友人たちは心から喜んでくれた。その様子に逆に青木は周囲への感謝が止まらない。
本書は年末年始に会わない時間があったり受験勉強をちゃんとしている描写があるので合格も納得である。井田は優秀だし、青木も受験で実力を発揮する理由がちゃんと用意されている。その他にも青木は座敷わらしに気に入られた時点で京都での幸運に恵まれているだろう(『7巻』)。いや座敷わらしを目撃した井田の方が幸運なのか? とにかく彼らにとって自分の幸せは相手の幸せだから、2人が揃って合格するように話は作られている。

そして あっという間に卒業式。小学校でも中学校でも泣かなかった卒業式で青木が泣くのは、この学校で良い人たちに出会ったからだろう。一方、井田はクールなので泣かない。ただ泣きたいほど残念だったのは良物件に巡り合えず青木とのルームシェアが延期になってしまったことらしい。京都では2軒隣で同じ建物内に暮らすようになり十分 距離としては近いと思うが井田は不満を隠さず拗(す)ねる。何だか井田がストーカー予備軍みたいな性格に変貌してないか…。

卒業式の後、青木は井田に、自分の母親に お前を恋人として紹介したいと告げる。それは京都へ行く前の母親の要望でもあった。青木も母親が ほぼ事情を察していることを感じていて、井田を家に連れていく。こうして青木が自分から井田を恋人として紹介するのは母親が初めてとなった。京都の地でも青木が自分から恋人を紹介したいと思うような人との出会いがありますように…。

この夜の母親と青木の会話も泣ける。きっと母親は青木を「そーちゃん」と呼んでいた頃から変わらない愛情で息子に接していたんだろうなぁと この母子関係が愛おしい。誰を好きになっても、どこに行っても、青木が息子であることには変わりはない。母親からは そういう大きな愛を感じた。


木はクラスで用意したタイムカプセルに埋める思い出の品を部屋で探す。その候補の品々は井田との思い出の品ばかりで、どれも選べなかった青木だったが、当日、橋下さんが青木に あの消しゴムを差し出してくれた。確かに橋下さんは4月時点で大事に持っていたなぁ(『6巻』)。橋下さんは少なくとも1年半以上 消しゴムを大事にしていたのか。橋下さんは消しゴムは最初から青木に渡すために持ってきてくれた。青木をシンデレラに変えてくれた、井田に出会わせてくれたガラスの靴のような消しゴムは こうして天使から青木の手に再び渡される。

橋下さんは最後まで天使であり魔法使い。きっと開封の時も4人は一緒にいるんだろうなぁ。

その後、青木は井田を探しに昨日まで使っていた3年7組の教室に顔を出す。ちなみに井田がタイムカプセルに入れるのはネクタイ。そこで青木は橋下さんから貰った消しゴムを井田に見せる。それは2人にとって忘れられない出会いの品。

2人きりの教室で、青木は井田への感謝とこれからの挨拶をする。それは井田も同じ。見つめ合った2人は初めて教室で恋人同士として触れ合い、キスをする。もしかしたら これは2人が学校で「やり残したこと」かもしれない。井田の大好きな学校で、青木が大好きになった この教室で恋人として過ごした2人は、手を取り合いながら明るい未来へと進む。