
清野 静流(せいの しずる)
POWER!!(パワー!!)
第06巻評価:★☆(3点)
総合評価:★★(4点)
超イケメンのサディストはお好きですか――!? 由良(ゆら)の本性がついに現れた!! 香(きょう)は、彼のなかに巣食っている心の闇と、その原因となった残酷な過去に気がついてしまう!! 友情など信じない由良と友達になって、由良を孤独から救いたいと心から願う香だったが、千晴(ちはる)にはあらぬ勘違いをされてしまい……。そんななか、香は由良が仕掛けた恐ろしい罠(わな)にはまってしまうが……!?
簡潔完結感想文
少女漫画で謎のハリウッド映画並のクライマックス、の 6巻。
失礼ながら作者には繊細さの欠片もないから、トラウマイケメンの扱いが よく分かっていない。彼の中で何が問題で、何が心の鍵となるのか、そういう細かい設定を作ることや、彼の心を少しずつ紐解いていく作業に作者は向いていない。だから扱いきれなかった問題を全部 放り投げるために、全てを壊してしまう。トラウマという心の問題を扱いながら、結局 作者はド派手な演出に頼って、問題を一気に解決しようとしてしまう。今回のエピソードで、そういう自分の傾向を理解しただろうに、作者は後年の『純愛特攻隊長!』でもトラウマイケメンに依存した お話作りをしていく。読む順序が逆になったけれど、作者の悪い癖が全く改善していないことに気づいて唖然とした。


更には作品としての欠点も同じように露呈している。まずヒロイン。どうして彼女が新キャラのイケメンに そこまで入れ込むのかが理解できないまま話は進み、ヒロインが そのイケメンを放っておけないというだけで彼女にピンチが到来する。
そしてヒロインの暴走によって置き去りにされるのがヒーローである。本来はヒロインの行動のブレーキ役になるはずなのだが、それでは話が進まないから一度 作品外に左遷され、ヒロインがピンチに陥ってからヒーローとしての立ち位置に戻る。
こうしてヒロインとヒーローの物語が読みたい読者は置き去りにされ、何が目的で描かれたのか分からないトラウマを持つイケメンのエピソードが勢いのまま語られ、派手な演出を使って幕切れとなる。どんどん状況が悪化し、最後に一気に恐怖が訪れるジェットコースター的な面白さが味わえるものの、ギャグ漫画だったはずの作風は一変してしまう。この状況を楽しめるのは、ヒロインと同じく、新キャライケメンの苦悩を共振できる心の綺麗な人に限定されるだろう。薄汚い心の私は、で 何の話なの これ??と 作者の真意を問いたいという気持ちを ずっと持ち続けていた。
イケメン新キャラの お陰で連載は継続できるかもしれないが、ヒロインの思考や態度の中途半端さに彼女を嫌うアンチを増やすだけのような気もする。幸いにも本書では大きなトラウマエピソードは この1回きり。あまり真面目に読むタイプの作品じゃないから、おそらく何事もなかったように再び日常が始まるのだろう。
そういえばトラウマイケメン・由良(ゆら)は『スラムダンク』における三井のような存在に思える。なので彼の部活への正式カムバックを気に もう一度 作品がバスケに真剣に向き合うという展開も面白かったような気がする。全国大会優勝を目標に厳しい練習を重ねるようになれば、ヒロイン・香(きょう)が この学校に転入した意味が再定義できる。
もしくは今回で由良は香が女性であるという確信を得たので、ここから正式に三角関係が始まって、香と千晴(ちはる)の仲が変化していくという お話でも良かったかも。でも作者は これだけクローズアップした由良もまた使い捨てキャラにしてしまうんだろうなぁ…。新キャラによって世界が広がる訳ではないのが作者の残念なところである。
いよいよ新キャラのイケメンがサイコパス化していく。それに対してヒロインが薄っぺらい人生観と正義感を最後まで捨てない、というのが作者のパターンである。
そもそも香は自分だって由良に対して恐怖の感情を抱いているのに、周囲に対して由良を分かって欲しいというのは都合が良すぎる。そして懇願する香にバスケ部の仲間が暴力を振るう理由がない。というか彼らは こんなに暴力的ではなかったはずである。香をボロボロにすることで彼らは由良を許し、香は由良が頼んでもいないことで自己満足に浸る。昭和の熱血教師ドラマのような展開で付いていけない。
その上、由良と接近することで千晴との距離が一段と遠のいたことが分かると、香は逆ギレして「オレは由良クンと一緒にいたいワケじゃない…っ!!」と言い放ち、それを由良に聞かれてしまう。香の方こそ頭が おかしい奴である。何のために殴られたのか、由良の何を守りたかったのか意味不明。由良の絶望のためにしても1話の中でスタンスがブレ過ぎである。


こうして香の自爆で再び由良は心を閉ざしてしまった。助けたいと願った目の前の人より好きな人を優先する恋愛脳を見せつけた後で、再び由良を ほうっておけないと言い出す香。もう彼女の心の動きについていけない。自分自身の由良への態度を決めかねているけれど、そんな中途半端で酷薄な自分を隠すため、周囲が由良のことを悪く言うのを許さないし、由良の前でも友達宣言を繰り返す。
性別も言動も嘘で塗り固めている香の言葉を由良は試そうと彼女を拉致して廃墟に連れていく。そして天才的な頭脳と記憶力で製作した爆弾を炸裂させて、この廃墟を破壊しようとしている。それによる死の恐怖と香を戦わせ、彼女の中にある「本音」を聞き出そうというのが由良の考えらしい。さっそく廃墟を爆破する意味が感じられないのだが…。
由良は その記憶力から自分に向けられてきた悪意ある言葉と行動を覚えている。そして頭の中だけじゃなく、その悪意は由良の身体に傷跡として刻まれている。自分に対する劣等感を他者は悪意に変えることで自分を守ろうとするような人間ばかり。そうして暴力によって自尊心を守る一方で、由良は生きる意味さえ失っていく。
そんな由良に自分を信じてもらうため、香は初めて自分から性別を偽っていることを彼に話す。しかし由良が知りたいのは そこではない。由良は自分の破滅願望に付き合ってくれてこそ、最後まで自分を信じてくれたことの証明だと思っている。
嫉妬心から香も由良も信じ切れなかった千晴は、最大の爆発で炎が燃え広がる中、香のために廃墟に突入する。
爆発で一時 気を失っていた香は、自分を捜しにバスケ部仲間が この廃墟に来ていることを知る。だが彼らは助けに来ないし、自分の周囲には炎の壁がある。これが由良が見てきた世界における人間関係だと彼は言う。
香が絶望の中、再び気を失っている間に千晴が彼女のそばにいた。そして彼は無条件で由良を抱え上げ、倒れ込む香を励まして この世界からの脱出を図る。左遷されていたヒーローの定位置に千晴が戻って来た。
そして香も一度は脱出した廃墟に戻っていく由良を無我夢中で助けに行くことで、彼の友達としての信頼を取り戻し、不屈のヒロインの座を手に入れる。この命懸けの行動は由良の心に確かに届くのであった。命を懸けないと信じられない友情は歪んでいる。作者の作品は常に こういう大雑把な結末になってしまうのが残念である。