清野 静流(せいの しずる)
POWER!!(パワー!!)
第05巻評価:★☆(3点)
総合評価:★★(4点)
好きな“男”をめぐって、男と男のバトル、勃発――!? 香(きょう)の前に突然現れた超イケメンのバスケ特待生・由良(ゆら)。なぜか香に興味を持った由良は、サボり続けていたバスケ部に復帰するが……。その由良の口から出たショッキングな一言で、香はまたしても大ピンチ!! しかも、無防備な香にイラ立つ千晴(ちはる)は、部屋を出ていってしまった!! 必死で千晴を説得する香だったが……!?
簡潔完結感想文
- ヒロインこそ訳ありイケメンに優しくすることで聖女に見えて得をする立場。
- いつもなら仲直りするタイミングを先延ばしにしてヒーローを作品外に追放。
- 香も、男性のトラウマが好物の読者も新キャライケメンに心を奪われる浮気者。
作品内の高低差ありすぎて耳キーンなるわ、の 5巻。
元々 男装ヒロインと部活バカヒーローの恋愛漫画だったはずなのに、連載の延長でネタに困った挙句、笑いに走ってギャグ漫画になった本書。男装がバレるという大きな節目でも作品は終わるに終われず、再度 路線変更を余儀なくされる。
作者が新しく模索したのがシリアス路線。ヒロインが心に闇を抱えたイケメンと急接近して大騒動に巻き込まれる、という3巻分ぐらいの展開が確保できる。本書ではトラウマ持ちは由良(ゆら)だけだったが、作者は後年の作品『純愛特攻隊長!』では これを2~3回繰り返した。どうやら作者にとって闇イケメンは連載継続の便利な道具となったようだ。
この由良は一人で何役も背負っている。
・男装ヒロイン・香(きょう)を女性だと疑い、彼女を追い詰める刑事のようなキャラ
・香に興味を抱いて接近する当て馬キャラ
・バスケでも恋愛でも千晴(ちはる)のライバルキャラ
・暗い過去を持っていて、彼の心の回復をドラマ仕立てに出来るキャラ
もはや作者の第一目的となっているであろう連載の継続には便利なキャラ設定だが、彼の登場で作風は変わってしまった。その意味では疫病神だろう。明るいラブコメだったはずなのに…。
作品内での男性のトラウマ爆発はメリットとデメリットがある。メリットはヒロインが輝く点。まず単純に新イケメンが登場することで、読者の分身であるヒロインがイケメンと お知り合いになる様子を楽しめる。これは通常の少女漫画作品の当て馬の登場と同じ効果だろう。しかも なぜだかヒロインに興味を持ってくれるイケメンに心の闇があることが見え隠れし、読者とヒロインの母性が反応する。やがて誰にも心を動かされなかった新キャラがヒロインのことだけを信じられることで、ヒロインが作品内の聖女となる。不器用で喧嘩早くっても成績が悪くても、人に対する慈愛だけは人一倍持つことでヒロインは真のヒロインへと覚醒していく。申し訳ないが闇イケメンはヒロインを輝かせるために用意されるといっても言いだろう。
デメリットは新イケメンにヒーローの出番が奪われる点。ヒロインが新イケメンのことを深く知るためには彼と多くの時間を過ごさなければならない。そこで邪魔なのがヒーローなのである。だから作品はヒーローの左遷を強行する。
本書の場合『5巻』中盤の珍しくヒロイン・香が千晴に頭を下げた時点で、通常ならば彼らの喧嘩は終わるはずだった。しかし千晴の出番は今じゃないため、彼と香を遠ざける必要がまだ存在し、再び喧嘩状態に突入させることで千晴を物語の外側へと追いやる。
新イケメンはヒロインを輝かせる存在ではあるけれど、本書の場合、千晴と両想いになる前に新イケメンとの時間を優先している香は ただの尻軽女にしか見えない。両想いになる前に、千晴への気持ちが本当か読者に疑われてしまうヒロインに価値はないだろう。連載の継続を命じられた新人作家の葛藤は容易に想像できるが、それにしても誰も得をしない展開になっているのは、作者の作品をコントロールする力が不足しているからだろう。読み返して面白いタイプの作品ではない。
久々にバスケ部に顔を出した由良だが、彼には協調性というものが全くないことが判明する。彼に この学校に入って欲しかった部活のキャプテンは中学時代とは性格もプレースタイルも違う由良の変化を指摘する。
香は そんな彼の過去が気になる。そして それが千晴は気にくわない。由良は千晴にとって最初の男性ライバルである。艶華先輩の初登場時には千晴は、彼女を自分が好きな香(男)の恋人だと思って仮想敵にしていたが、今回は香が女性であることを知った上での由良の接近となる。
そして由良は香を女性だと疑う人でもある。そんな彼に壁ドンされ(当時は そんな言葉なかっただろうけど)、香は追い詰められる。それを救うのは偶然 部室に入って来た千晴なのだが、千晴の視点では彼らがイチャついているようにしか見えなかった。イケメンなら誰にでも なびく香の性格を想像して千晴は勝手に起こり出す。こうして2人は また仲違い状態となる。
千晴との距離が出来た所に現れるのが由良。由良だけは香の悩みを理解してくれて2人は心を通わせる良い関係となる。そして以前もそうだったが由良は香の性別を疑ってはいるものの追及をしない。何でも出来てしまう彼にとって この世界に自分が知らないことがあるという余白が日常の楽しみに繋がるらしい。
そんな2人の姿を見た千晴は香との2人部屋から出て行ってしまう。うーん、香の性別が千晴にバレた ちょっと前も香が部屋を飛び出したばっかりなのに、今度は千晴の番か。同居生活の解消が2人の最大の危機という作者の認識なのか。最後まで部屋を出たり帰ったりしている作品だった。
部屋を出て行かれた方は心労で睡眠不足になるらしい。香も眠れない日々を過ごした上に千晴に無視される。その生活が早くも限界に達して、香は自分から頭を下げる。
しかし千晴は自分がなぜ怒っているのかを香が正確に理解していないことに不満が残る。その上、愛の告白めいた言葉を香が誤魔化して自己保身の意味に変えてしまったため千晴は怒る。こうやって2人の仲直りに失敗させて、また しばらく由良のターンが続く。
千晴を作品外に追放してから、香は由良のプライベートに介入していく。何でも出来てしまう由良はテストの結果が学年1位。それを やっかむ者もいて、由良のトップは孤独の証でもあった。由良には「直感像素質」というの能力があり、記憶力は抜群。そして情報処理能力にも長けているので理解も早い。そんな彼は学校という狭い世界の外の方が生き生きしていた。それは学校の外はライトな人間関係を構築できるからだった。それが由良が獲得した傷つかない距離感なら それでいいのに、狭い世界で生きる香は彼と部活仲間との距離を近づけさせようとする。
実は由良は中学時代に、帰国子女、学年1位、スポーツ万能という彼の才能を嫉妬した者からイジメの対象となっていた。自分に非がないことで人から迫害されていた日々で、唯一 友達と呼べる存在が出来た。だが その彼は由良を自分の手駒にすることで優越感を抱くような人物だった。だから由良は誰も信用しない。しっかりと かつての「友達」に報復した上で、彼との縁を切った。
時々、心の闇を見せる由良に対して、香は自分のことを信じてと願う。由良は その持ち前の記憶力で何度も過去を追体験し苦しんでいるように見えたからだ。だが再び部活で人間関係が悪化した由良は、自分に悪意をもって接する者たちに報復を始める。悪魔が目を覚ます…。