《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

他作品と作風が似ているのは、この手のヒロイン・ヒーロー像が好まれた 時代のせい。

胸が鳴るのは君のせい(1) (フラワーコミックス)
紺野 りさ(こんの りさ)
胸が鳴るのは君のせい(むねがなるのはきみのせい)
第01巻評価:★★★☆(7点)
  総合評価:★★★(6点)
 

中2の時に転校してきた彼のことがずっと気になっていたつかさ。
卒業間近の中3の冬に勇気を出して告白したけれどあえなく玉砕…!!!
なんか普段からよくしゃべっていてほかの子よりも自分に素顔を見せてくれてる気がして
友達も「両思いじゃない?」なんて言うし、自分でも本当に好きだしすごくすごく期待して告白したら
「そんなふうに思ったことなかった」ってズバッとフラレてしまった。。。
そんな女の子の、片想い奮闘記☆
仲のいい友人(!)を友人としてなくしたくないし、けど優しくされるたびどんどん好きになって苦しくなっていく。
そんな思春期の一大事を丁寧に描いた作品です。
ギャグテイストあり、主人公がずっと一途に好きな男子・有馬くんのイケメンっぷりも充実してます。
新鋭連載第1巻。ぜひ。

簡潔完結感想文

  • 王道少女漫画。ヒロインが早くもヒーローをトラウマから救い恋愛解禁モード。
  • 名前付き登場キャラは全5巻で4人。当て馬とライバル、恋愛の障害も王道編成。
  • 最後まで話を聞かないヒロインと、言葉が足りないヒーローの すれ違い劇場。

生の次回作にご期待下さい、の 1巻。

2021年現在 250万部突破の人気作、らしい。
本来は全5回の短期連載の予定だったが、連載初期から読者の人気を得て長編化に至る。

5話完結を予定の影響は、登場人物が最小限であるところに表れている。
名前付きの登場人物は多くて4人、後半は実質3人で繰り広げられる。
そして早くも この『1巻』で4人が一堂に揃う。
この展開の早さも、5話の中で女ライバル・男ライバルを配置させようとしたからだろう。

作者にとって初の複数巻の作品らしいが、
いきなり長期連載が決まった割には破綻なく最後まで丁寧に物語を紡いでいる。

ただ この『1巻』と最終『5巻』はペース配分が少し乱れている。
『1巻』は その展開の早さが登場人物の良い所を早く引き出していたが、
逆に『5巻』はペース配分を見誤って せわしない印象を残してしまったけれど。

少女漫画なので仕方のない部分もあるが、
話を聞かずに逃げ出したり、相手の言葉の真意を確かめないまま悶々としたりという展開も多く目についた。
交際後に幾つも問題を起こして、物語の勢いが失速して見えてしまうのが残念だった。

後述するが、同年代(2010年代前半)の少女漫画作品と重なる部分が多かった印象を受けた。
その時の流行りのヒーロー像・ヒロイン像があるから似るのは必然かもしれないが、
各作品の良い所・要素を取り入れたようにも見えてしまった。

間違いなく佳作ではあるが、
この作者ならでは、この作品ならではの目の覚めるような表現には出会えなかったかなぁ…。
王道で結果を出した作者が、次にどんな物語を持ってくるのか期待は大きい。

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出会いから有馬は コンプレックスと思っていたマイナスを帳消しにしてくれた。胸キュンせざるを得ない!

前に 別の作品の感想文で用いた言葉だが、
本書は少女漫画に初めて触れる人に、最初の一冊として胸を張って お薦めしたい作品である。

まず、ヒロイン・篠原(しのはら)つかさ の背筋が伸びているところが良い。

例えば第1話、中学卒業間際の彼女はヒーローと目されていた有馬 隼人(ありま はやと)にフラれてしまう。
中学2年生で転校してきた有馬に2年近く恋してきた日々は終わった。

つかさ は教室で有馬に告白したのだが、その時、廊下で他の生徒に告白を聞かれており、
翌日、教室の黒板に告白の顛末を書き出される悪戯に遭う。

翌日、フラれた悲しみを どうにか乗り越えて教室に入った彼女の目に入ってきたのが その悪戯。
それだけでも トラウマもの で、
登校拒否や人間不信に陥っても おかしくない。

混乱の中でも つかさ は、クラスメイトの有馬が告白のことを自慢してきたという言葉を少しも信じず、
今まで自分が見てきた「有馬 隼人」を信じ続ける。

遅れて教室に入ってきた有馬は黒板を見るなり、犯人を捜し、その人に怒りを隠さなかった。
つかさ が好きになった有馬は、このように他人のために怒れる人なのである。

そのこともあって つかさ は、有馬を好きでい続ける。
彼の自宅に行き、好きを あきらめないことを宣言する。

それが第1話、彼らの中学時代が終わろうという日の出来事だった。
そして彼と出会って3年目の季節が始まろうとしている…。


1話の終わりで、有馬と同じ高校へ進学することを初めて知った つかさ。

新天地では有馬は目立つ存在となった。

他校からの新入生は有馬のことを知らずに、ただ見た目だけで判断しているが、
つかさ だけは彼の さっぱりとした性格に惹かれている。

これは周囲の女生徒の評価によって有馬の良さを読者に分からせる手法であり、
中学の時から青田買いしていた つかさ には先見の明があるということと、
彼女にとって有馬の容姿の良さは彼の全体の一部でしかないことの表現だろう。

新入生にとって最初の学校イベントはキャンプ。
このオリエンテーションキャンプは、咲坂伊緒さん『アオハライド』を連想せざるを得ないなぁ。
アオハライド』では、ヒロインが進級を機に実行委員に立候補して自分の器を広げようとするが、
本書では進学を機に、実行委員などの雑務には携わらないようにしているのが対照的である。

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オリエンテーションで彼女を補佐するヒーローなど『アオハライド』と重なる部分が多すぎた。

ただし押し付けられるように実行委員に選ばれたクラスメイトを助けてしまうのが つかさ の良い所。
けれども つかさの許容量オーバーしそうな問題が起きてしまい、それをヒーローが機転を利かせて助ける。
胸キュンですね。
頭の回転が良かったり、授業中 寝ていてもテストの点が良かったり、
有馬のハイスペックは天井知らず。


キャンプの夜、宿泊先の男子部屋に遊びに行く つかさ たち女子生徒。
そこで有馬には元カノがいることが判明する。
これが高校入学以後も まだまだ有馬を好きになる つかさ の心を曇らせる。

この辺も全5話を念頭に置いた構想を感じさせる速い展開。
両想い前の恋の障害に設定するにしても、もうちょっと後で起こる事象だろう。
その方がよりヒロインを絶望させられるもの。

そんな つかさ が落ち込んでいる時に、見回りの先生の巡回が始まる。
教師から隠れるカップル、少女漫画あるあるですね。

今回は、一緒の布団に入るという一番ベタなもの。
それでも落ち込んでいた後なので、対比効果でドキドキは いつも以上。
しっかりと胸キュンの文法に則っています。


3話目からチャラ男の長谷部(はせべ)が本格的に登場。
有馬の転校前の中学で同じクラスだった人。
そして長谷部は、有馬の元カノ・麻友(まゆ)の いとこ でもある。

長谷部から話を聞き、
有馬と元カノが再会するかもしれないと心配した つかさ は、有馬の家に様子を窺いに行く。

そこで つかさ は長谷部に捕獲され、彼の提案で4人は遊園地に行くことに。

3話目で早くも主要キャラが出揃いましたね。
麻友は つかさ とは違うタイプの人間で、美少女で策士。
ライバルとして申し分のない設定です。
性格もキツいので、読者は安心して彼女を嫌いになれます(笑)

遊園地内の会話で、
有馬が麻友を「無下にもできない」という言葉が引っ掛かったつかさは、
彼に別れた理由を知りたいと申し出る。

だが、有馬が話す別れの理由は ごく一般的なもので「無下にもできない」理由にはなっていない。
含みを持たせる有馬の表情から、どうやら話せていない事情が彼にはあるらしい。


の障害として麻友を配置したものの、
つかさ が有馬に出会った時点で麻友は有馬の彼女ではない。
それほど前の元カノにしたのは、この話が奪略系だと勘違いされないように徹底して潔白さを追求したのか。

麻友が この2年余り動かなかったのは、有馬の転校先を しっかりと知らなかったからだろうか。
いとこ である長谷部が確定情報を持ってきたから、動き出したと推察される。


園地内の階段で転んだ子供の下敷きになった つかさ。
その現場を見た有馬の顔は必死で、
つかさ の治療にあたる冷たく手は震えていた。
これも意味深な描写である。

そんな有馬を見て、怪我をしても「自力で治す」というつかさは、病弱な麻友との対比か。

後の巻で有馬の事情を理解すると分かるが、
ここで つかさ が有馬に話すことは、彼を過去の呪縛から解き放つ言葉の数々である。

「そーやって有馬に責任 感じさせちゃうほうが やだ」
「あたし 有馬が思うほど弱くないから 大丈夫だから」
「絶対 気にしちゃ だめだからね」

つかさ が無意識に放った これらの言葉は有馬のトラウマといえる過去を赦してくれる言葉となる。

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つかさ と出会う前の出来事を、つかさ の言葉が救ってくれた。恋愛の最大の障害は取り払われた。

言って欲しかった言葉を不意に投げかけられたのなら、それは有馬もつかさを意識するというもんですよ。
有馬がつかさに惚れるスイッチは非常に明白で、彼の心の動きとしてとても自然で、
ここの展開は とても好感が持てる。

4話で早くも男性のトラウマが解消され、恋愛が解禁される。
これも全5話での構成だったからなのかな。
恋愛が解禁されても両想いまでは まだまだ遠い。
ここから どれだけ引き延ばせるかが長期連載の勝負所だったのでしょう。

ただ考えてみれば、ぶりっ子や陰険さは麻友の悪いところだが、
病弱さは彼女が得たくて得た特性ではない。
それを彼女の欠点みたい扱い、つかさ が麻友を念頭に置いて自分の強みみたいに言うのは麻友が可哀想かな。


意が芽生え始めたことで、有馬は、つかさ にちょっかいを出す長谷部を牽制する。
だが長谷部は、つかさのことをフッた有馬が「つかさ の周りにまで干渉」するのは「卑怯」だと逆に彼に忠告する。

この言葉に虚を突かれたように呆然とする有馬だが、
ここは いつもの頭の回転の早さで切り返して欲しかった。
フッた人間であても、そこに優しさを見せるのは卑怯ではない。

長谷部は知る由もないことだから仕方ないが、
フッた側の人間が、その人を好きになることだってあるのだ。


そんな時、麻友が遠方から有馬の高校にやってくる。
麻友を見つけ、声をかける つかさ だが、麻友は つかさ に反発して自力で校内を探索してしまう。

そこに部活中のサッカーボールが飛んできて、有馬が女性を助けるヒーローになる。

だが有馬が助けたのは麻友。
守る側、守られた側と、選ばれなかった側、3人の構図が決まってしまう。

飛んでくるボールから彼女を守る、は少女漫画あるある の胸キュン展開ですが、
それを胸キュンではなく、絶望として活用しているところが本書のオリジナリティか。
ここも好きですね。
つかさ に残酷な現実があればあるほど、読者は応援したくなるし。


実を思い知った つかさ は校舎の影で泣く。
その姿を見ていた長谷部は、チャラ男の本能で彼女を抱きしめて慰める。
この時点で長谷部は つかさ に対する想いはゼロだろう。
長谷部は、有馬が つかさ と長谷部の仲を勘違いする恋の邪魔者でしかない。
これも全5話の構想だからかな。

そんな2人を見ていたのが、有馬。
両想いの予感をさせつつ、誰も幸せにならないで『1巻』は終わってしまった。

本来なら、この後、この抱擁の誤解が解けてハッピーエンドに向かう予定だったのかな。
急な長編化なのに、物語を上手く伸ばす作者の器用さは凄い。

後半の展開に疑問が残る部分はあるが、
いきなりベストセラー作品を生んでしまうんだもの。
また5巻以上続く作品を生み出してくれるのを待っています。


めての一冊としては、胸を張って お薦めできる作品だが、
ある程度の少女漫画経験値があると、既存の作品を想起させる点が多い。

私の読書歴からですと、
完全片想い漫画としては咲坂伊緒さん『ストロボ・エッジ』(2007年-2010年)、
やる気が空回るヒロインをフォローする場面では 同『アオハライド』(2011年-2015年)を連想した。

他にも有馬のマイペースな雰囲気と、連載を危うく乗り切った感じは
南塔子さん『360°マテリアル』(2010年-2012年)を思い出したし、
有馬の ちょっと意地悪な部分は同じ「ベツコミ」掲載の宇佐美真紀さん『ココロ・ボタン』(2009年-2013年)を連想した。

本書は2012年からの連載開始で、
余りにも時期が近い(または被っている)ことが、
より少女漫画愛読者に他作品を想起させる要因となったのだろう。

複数巻に亘る長編第1作が王道展開だった。
そうなると作者のオリジナリティは長編第2作にこそ表れるのではないか。

既存作品との被りもただの偶然だったのか、それとも意図して いいとこどりしたのか、
それが分かるのも2作目以降であろう。

ここから実力で人気作家の道を歩むのか、
ビギナーズラックだったのか作者の本当の戦いは ここからだッ!