《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

暴力行為は許さないが 不純異性交遊には寛大な、小学館少女漫画らしい学校の方針。

僕の初恋をキミに捧ぐ(9) (フラワーコミックス)
青木 琴美(あおき ことみ)
僕の初恋をキミに捧ぐ(ぼくのはつこいをきみにささぐ)
第09巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★★(6点)
 

ついに結ばれた繭と逞。幸せな時間を過ごすふたりだったが、再度逞が入院してしまう。繭のためにも生きたいと願う逞は、心臓移植を考え始めるのだが…!?

簡潔完結感想文

  • 前作のヒーロー・頼の退場。完全にゲスト参戦で 思ったほどの相乗効果がない。
  • 修学旅行回。「一生の思い出」になる修学旅行になったが、罰則がないのは疑問。
  • 小学館漫画らしい性欲旺盛なヒーローにも意味がある。逞にある生と性、2つの渇望。

学校時代から変わらない性格と性差が見られる 9巻。

『9巻』では本書で2度目となる修学旅行の様子が描かれる。
6年前の修学旅行では、主人公・逞(たくま)が自分の運命を知ることになったが(『1巻』)、
今回の修学旅行も彼にとって忘れられない出来事が起きる。

それがヒロイン・繭(まゆ)との一夜である。
紆余曲折を経て交際し、修学旅行の宿泊先のホテルを2人で抜け出して迎える一夜。
その一般的な恋愛の盛り上がりはもちろん、その動機が本書ならではの問題と絡んでいる点が秀逸だった。

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想いは重なり、世界一幸福な2人となる。だが、それは その幸福を失う恐怖との戦いの始まりだった。

まずは逞の心理的ストッパーの解除。
これまでの8巻を通して、逞が繭への距離を変化させてきた経過が読者に語られてきた。
そして『8巻』で自分の「したいこと全部する」という生き方を決めて、
これまで我慢してきたことに挑戦するのが、高校3年生の逞の信念となった。
性行為が心臓に悪い影響を与えるとしても、
繭との繋がりを求める自分の心に素直に従う、それが今の逞なのだ。
思春期を迎えた頃から、繭への性的欲求が高まっていた逞側の描写の数々も、このための伏線と言える。
学校の寮に入ってからずっと したかったことの最も大きいことであろう。

そして、その性衝動は心理的側面だけではないのが、
医師である繭の父から語られ、今回の行為は 逞が自身の肉体の声に応えたことも分かる。

今回は2つの条件が重なったため、逞自身には分かりにくいが、
実際には、死を前にして、子孫を残そうとする生物の本能の方が強く出ていると思われる。

長年の願望の成就が、逞に残された時間の少なさを意味している。
この残酷な事実に、読者は幸福な夢から強制的に覚醒しなくてはならない。
本当に、憎らしいほど幸福と不幸を上手く織り込む物語である。


頭は、前作『僕は妹に恋をする』の主人公・頼(より)の退学から。
逞と頼は、互いの恋愛観に影響を与えたらしいけど、
2つの長編を読んでいても、そんな感じを受けなかった。
『僕妹』を初めて読んだ時は、逞のキャラや背景が良く分からなかったし、
今回は、頼がスポット参戦で、逞との交流が少ないように思えた。
頼が登場した時は嬉しかったが、余りにも登場回数が少なくて残念だ。

続いては修学旅行回。
行き先は奈良。
と言っても修学旅行での思い出は少なく、メインは2人でホテルを抜け出す場面から始まる。

繭の、もう一度 小学校の修学旅行で2人で買った仁和寺のお守りが欲しいという願いを叶えるため、
風呂上りに宿泊先のホテルを抜け出して、京都へ向かう。
しかし、当然、夜のお寺は拝観が終了している。
彼らは お寺が24時間営業のコンビニ感覚で運営されているとでも思ったのでしょうか。バカすぎる。

しかし繭がお守り買うまで帰らない、と子供みたいなことを言い出して、宿泊することに。
動揺する逞だったが、上述の通り、彼の欲望は膨れ上がっていたので追随する。
それにしても彼らは宿泊するだけの大金を持ち歩いていたのか、が疑問。

そして身体を重ねる2人。
世界一幸福な場面であるはずだが、それは喪失感の始まりでもあった。

そもそも逞は、これが 最初で最後かもしれない、という予感がしていた。
そして繭は この夜、相手を喪う恐怖を改めて感じる。
逞から離れて独りで泣く繭の姿を見て、逞は生への渇望を感じる。

考えてみると、ここで繭が妊娠する未来もあったかもしれないですよね。
先にネタバレ前提の 断りを書くと、本書ではそうはならない。
だけど、状況的に彼らが避妊をしている可能性は高くないし、
子孫を残そうとする逞側の身体的欲求が、繭の身体に命を宿してもおかしくない。
そうなる未来にしなかったのは、作者が別の未来を用意していたからだろう。

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同じ夜を過ごし、逞は初めて繭が独りで泣いていることを知る。そして彼女のためにも生きたいと願う。

福と不幸が同居する翌朝、無事に寺でお守りを買い、逞は結婚の申し出をする。
唐突な言葉だが これは小学校の修学旅行で、この場所や お守りが彼の中で結婚と深く結びついているからであろう。

それを聞いて善は急げとばかりに、近くの区役所で婚姻届を貰い、話を進めようとする繭。
繭は成人していない彼らには結婚に幾つかハードルがあると知り、少し頭を冷やす。
そして何事もなかったかのように他生徒と合流し、修学旅行を満喫する。

その修学旅行2日目の夜、男子部屋・女子部屋では2人を巡る恋愛トークが繰り広げられていた。
これは『1巻』での小学校での修学旅行の夜と同じですね。
小学校ではキスの有無でしたが、高校では性行為の有無となるところに時間の流れと成長を感じる。

相変わらず繭は事実をサラッと述べて女子トークに花を咲かせるが、
逞は照れて、事実を濁すことに徹する。
あの頃と変わらない2人の性格や性別の違いが出ている場面ですね。
繭には恥じらいというものがないのか、恥ずかしいことは何もしていないと胸を張っているのか。

これは彼らの昨夜の行動について尋問した教師を前にしても同じ。
強気な繭の悪びれない言動に教師もタジタジ。

ちなみに この2人には学校側から お咎めがあったような描写がない。
これは冒頭で頼が退学させられたのとは大きな違いである。
勝手な行動をしたのは間違いなく、両親を交えた話し合いと、
退学とまではいかなくても、それ相応の処分が科されて当然の場面。

もしかして これは逞が学校側から「特別扱い」されているということなのだろうか。
または繭が高名な心臓外科医の娘だから贔屓されているのか。

前者だった場合は、逞が最も嫌いそうな周囲の反応だが、それに関する記述もなく、平穏な学校生活を送る。
私には周囲の大人たちが、逞の「一生の思い出」を汚点にしたくないという配慮ではないかと思われる。

ここは もう少し踏み込んで学校側、そして逞の心境を描いて欲しかった。


師の お咎めは無くても、先輩たちからの事情聴取が逞を待っていた。

昂(こう)をはじめ、2年先輩の面々が寮に潜入し、逞の話を聞きたがる。
だが逞は ここでも黙秘を貫き、代わりに繭が証言者として招聘される。

繭は昂たち、男性の前でも自分の性体験を赤裸々に話す姿勢を見せ、それに慌てた逞は彼女を外に連れ出す。
自分の彼女が誰かから性的な目で見られることが耐えられない、それが純情な逞の独占欲や嫉妬となる。

ちなみに この場面、逞が「なんか…昨日のこと思い出しちゃって… それも なんか生々しく…」と言っているが、

時間経過としては2日前の出来事じゃないのか?
《1日目》奈良着 → 夜 抜け出し京都で宿泊(ここで初体験)
《2日目》 移動して生徒と合流 → 夜 ホテルの部屋でクラスメイトとトーク
《3日目》バスで寮へ帰宅 → 部屋で昂たちが待ち伏せ
なので、一般的な考え方としては昨日ではなく一昨日になるのではないか。

この時、逞たちが口論している裏で、昂は逞たちが京都から持ち帰った婚姻届の証人欄に署名している。
これは5年以上 その関係を見守ってきた2人が落ち着くべきところへ落ち着いたから、
彼なりの祝福と、そして繭への決別のための署名なのだろう。

もしかして この時のために、昂たちは2学年上に設定されているのかも。
男性の逞が結婚可能な年齢に達する18歳になった時に、20歳以上になるための年齢設定。
こういう最初から大まかな流れと構成が出来上がっている少女漫画が私は大好きです。


の充足感は、逞に生の欲求を生む。
繭の父親の前で娘との性交渉を告白する逞は勇者か愚者か。

ただ 本書における男性は寛大なので、
繭の父は その衝撃を事実を呑みこみ、医者としての助言して踵を返す。

しかし 診察室に戻った繭の父は、
性欲は生存本能で、死期が近づくほど強くなる、ことを看護師に話す。
逞の欲求は彼の身体からの子孫を残そうとする最後のシグナルと言えるのだ。
このところ、その人の未来が真っ黒く塗られてばかりで気が滅入る。

どうやら逞は、その人生で最大の、そして最後の旺盛な性欲に支配されているらしい。
自分がそばにいると、逞が暴走し、そして病状を悪化させる。
それを察知した繭は、逞と距離を置くのだが…。

彼らが幸せになる未来は、あるのだろうか。