《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

1年かけて彼女の性格も交友関係も調査してから 偶然を装い再会する俺のアオハル。

アオハライド 1 (マーガレットコミックス)
咲坂 伊緒(さきさか いお)
アオハライド
第01巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★☆(9点)
 

高1の双葉には中学時代から忘れられない初恋の人、「田中くん」がいる。中学のとき女子に、はぶられた経験から自分を偽って日々過ごしている。「田中くん」を思わせる男子に出会うが、彼は――。熱く青く一生懸命にぶつかりあう高校生活グラフィティ!

簡潔完結感想文

  • かつて惹かれ合ったはずの2人が3年ぶりに再会。 転校してないのに転校生気分で始まる2年生。
  • 「一度 意識にあげると今度はそれが勝手に飛び込んで来る(『9巻』)」。もう目を逸らせない。
  • 再読時には「アオハライド side 洸」を読者が再構成してみよう。ひくぐらいの純情がそこにある。

璧じゃない人物造形に愛すべき余地と 成長の伸びしろを感じる 1巻。

遅まきながら2020年に初めて『ストロボ・エッジ』にて咲坂伊緒作品に触れた私。

独自ルールで 同じ作家さんの長編は1年に1作と決めているので、
『ストロボ』読了から1年が経過した2021年に ようやく本書を手に取ることが出来た。
本当に長い1年であった。

誤解を恐れずに言えば恋愛漫画としては『ストロボ・エッジ』の方が好みである。

ただ 書名にもある通り、本書は「青春=アオハル + ride」の物語であり、
本書の登場人物たちの方が前著に比べて現実感と立体感があった。

なので長編漫画としては甲乙つけがたい。どちらも好き。

テーマは前作と同じ「初恋漫画」である。
だけど描き方やアプローチの仕方で こんなにも内容が変わることに感嘆する。

『ストロボ』が障害の多い恋の中でも、
どうしても惹かれてしまう恋愛という磁石の引力を描いたものなら、
本書は、お互いに惹かれているのに どうしても反発してしまう
恋愛における磁石の反発を描いているように思う。

作中に何度も出てくる、主人公たち2人の男女の間にある あと「1ミリ」の距離。
その たった1ミリをゼロにするために暗中模索するのが主人公たち。

答えが見えないのがアオハルの もどかしさで、進んだ1ミリが確かな成長なのだ。


書は成長物語(ビルドゥングスロマン)の側面もある。

恋愛や物語の結末を知って、登場人物の気持ちに寄り添って再読するとそれが一層 際立つ。
変わっていくことも、間違うことも生きる人の特権だ。
いわんやアオハル真っただ中の彼らをや。

何度も主人公たちが間違える痛みを経験するから、
読者としては もどかしく思う場面が何回もあった。
ここもまた公明正大な『ストロボ』との大きな違いだろう。


再読して一層、やっぱり作品と作者のことを好きだなぁ、としみじみ思う。

再読時には作者がセリフの下に、絵の中に潜ませていることが浮かび上がってくるのが嬉しい。
素直じゃない登場人物たち(主に洸・こう)の素直な言葉が読み取れる(気がする)。

作者という神の視点に少しでも近づけるのが再読と熟読の楽しさである。
だからこそ、良い感想文を書きたいと力んでしまうのですが。今回は特に長い!


常、少女漫画の多くは、進学や転校など主人公が新しい環境に身を置くことから始まる。

主人公が新しい環境になることで読者も同じく視点を得ることが出来るからだろう。

だが 本書の場合は転校する訳でもなく、ただ2年生に進級したことが
主人公・吉岡 双葉(よしおか ふたば)にとって新しい一歩になっている。

双葉は ずっと同じ環境にいながら それまでとは隔絶された世界を生きることになる。

本書は一部の例外を除き、双葉が高校2年生の1年間を描いているが、
その「一部の例外」が 『1巻』で、彼女がなぜ同じ世界で転生したような人生になったのかが明かされる。


更に冒頭、本編の前日譚として描かれるのがアオハライド unwritten」
これは双葉と、彼女が気になる田中 洸(たなか こう)が同級生であった中学1年生当時の話。

いわば これは青春の入口の話。
そして 高校1年生の双葉が回想する一番輝かしい頃の自分と、手からすり抜けていった青春の話である。

五感で「田中くん」を感じる双葉。彼女にとって青春の匂いとは 洸のうなじの匂いだろう。

これから尚一層 輝きを増すかのように思われた日々は、突然 終焉を迎え、
そこから双葉の灰色の日々が始まる。


前日譚の後に始まる本編は双葉が高校1年生の3学期という中途半端な時期から始まる。

双葉は中学2年生の時、色恋に目覚めた男子生徒たちが自分の容姿や性格を好意的に受け入れ、彼らの視線が変わり始めたことに気づく。
そして その波及効果で周囲の女子生徒の自分に対する評価も一変してしまったことに悩まされる。

自分は何も変わらないのに 一変する日常。
そこから中学卒業まで彼女の孤独は続いた。

その経験から高校入学と同時に自分を偽り、ガサツで恋に興味のない自分を過剰に演出するようになった双葉。
高校という新天地で、彼女は全てをリセットして新しく生きることを選択した。

通常の漫画ならば、ここを開幕の合図にしても おかしくない。
でも作者はそれをしない。描きたいのは灰色の日々ではなく、彩りに溢れた日々だから。


が双葉は ある日、同じ学校に かつて淡い思いを寄せていた「田中くん」がいることを知り 再会する。
昔の自分を知る彼と言葉を交わす内に、双葉は今の自分への違和感が大きくなっていく…。

この「田中くん」、入学時から同じ学校に在籍しているのだが、
彼は校舎の違う階に設けられた特進クラスの生徒という設定。
なので彼が双葉の前に現れ、再会するまで彼女にとっては存在しない人であった。

漫画としては 1話で「田中くん」が転校生として現れる展開が派手だろう。
だがそれもしない。
本書は物理的な意味で新天地に移った人が誰もいないのだ。
ただ、自分の意識が変わっただけ。

最初から居たはずの人なのに、ある日 急に浮かび上がってきて、その存在がずっと忘れられなくなる。
これは本書の後半に ある人が説く、人の心理の不思議を表した言葉に近いものがある。

また、これは自分さえ意識を変えれば、世界の見方は いつでも変われるということでもあるのだろう。

そして「田中くん」は入学した当初から双葉の存在を再認識していたことも絶妙な時間差となる。
双葉にとって彼は急に浮かび上がってきた人だが、逆の視点から見ると…。


3年ぶりの田中洸は 男の子から男性になっていた。

一人っ子なこともあり、男子との接点がなく、男子を前にすると緊張していた双葉。
そんな中、中学校で出会った「田中くんは背が小さくて 声が低くなくて 女の子みたいで サラサラしてい」た。

「田中くん」に異性を感じないことが彼に惹かれる一因であったと思われるが、
今の彼は名前も馬渕 洸(まぶち こう)に変わり、全体から受ける印象も だいぶ違う。

あの頃と同じ特徴と記憶も持ちながら、別人みたいに映る洸。

そんな彼は双葉に対し、時に優しく寄り添い、時に冷たく突き放す。

洸は、あの頃の双葉が聞きたかった「好き」という言葉も率直に口にする。
だが それは「好きだった」という過去形の断言で、
双葉に不可逆な時間の流れを告げ、洸は話を一方的に切り上げる。

3年前に言えなかった言葉を告げる洸。だが告白が浮かび上がらせたのは 流れた3年間の重さ。

だが 洸との再会は確実に あの日 凍結された双葉の心を溶かし始め、
彼女は自分の「心のフタを開けられ」ていくのを感じる…。

双葉の心から溢れ出てきたのは、自分と 周囲に満ちた偽りたちとの決別の言葉。

こうして双葉は高校1年生の終わりに また独りになります。
だが、それは中学2年生の時のような望まぬ独りではない。

たとえ独りになってでも獲得したい新しい自分が心の中に生まれたのだ。


本書では、今回の双葉のように自分の中の小さな変革が何度も見られる。
たとえ恋愛面では1ミリも動いてないように見えても、友情や人間関係は絶えず変化し続けている。

『ストロボ』の時も思ったが、登場人物たちが歩みを止めない感じが好きだ。
そして いつも読者が思うタイミングよりワンテンポ早く行動するから爽快感が生まれる。

特に本書では大事なことを言葉にしないで状況が悪化するということが ほとんどない。
(まぁ 本書の場合、一番大事なことを言葉にしないことが大問題なのだが…)

また登場人物たちが理性的なところもいいですね。

1年生の最後で衝突してしまった双葉と 明日美(あすみ)たち。
例えそこに本物の友情が無くても、人として謝罪をしにいく双葉の姿勢に頭が下がる。

そして それに対しての明日美の言葉も良い。
彼女も双葉に投げつけられた言葉を ちゃんと咀嚼して消化しようと努めていた。
感情的に否定するのではなく、相容れないが 違いを認める、という結論が素晴らしい。


うして独りになった双葉。
進級時にクラス替えのあった2年生の教室には そんな「独りたち」が集まっていく。

ここから忘れられない1年間が始まる…。


『1巻』で描かれているのは主に双葉側の不幸と変革である。
「田中くん」を失ってからの3年間で変わらざるを得なかった双葉の人生は、ここでリセットされる。
『2巻』からが双葉の新たな一歩だ。

そして双葉の変革の契機となったのは間違いなく洸との再会。
本当の自分を知っている、彼女の「今」を見てくれているような洸の言葉の数々が彼女を射貫く。

『1巻』だけ見れば、素敵男子との出会いが主人公の生き方を変える少女漫画の単純な構図だ。

でも本書はそれだけに止まらない。
双葉もまた洸に影響を及ぼし、彼もまた変革していく。
洸もまた悩める一人のアオハルの住人なのだ。

双葉は洸によって「心のフタを開けられ」たが、洸は心のフタを固く閉ざしたまま。

洸が変わった彼の3年間はまだ語られていない。
彼もまた それまでの自分を意識的に断絶し、新たな「馬渕洸」を作り上げているように思えるが…。

時に優しく、時に冷たい、
好きと言った後に拒絶し、拒絶の後にも抱擁する変わりやすい洸の心の天気。

猫のように表情と態度が変わる今の彼の人格を作り上げたものは何なのか、それがこれからの主題となる。


書では容姿に関する話題が極力 抑えられているように思う。

双葉は客観的に見れば容姿端麗で、本人にもその自覚が少なからずあるはずが、言葉には上らない。

洸もまた容姿を褒められることが少ない。
これは少女漫画の主要人物としては珍しいことだろう。

また、特進クラスに在籍しながら 成績はいまいち。
更に進級時には特進クラスから はじき出されてしまった。

性格にも癖があり 誰からも(読者からも)すぐに好感を持たれるタイプではない。

分かりやすい長所がないのが洸の特徴だろう。
勝手に比較して申し訳ないが『ストロボ』の蓮(れん)くんなど、学園の王子様で ロボットだったと言うのに…(笑)


しかし表立って語られないが、彼の根底には変わらない特徴があると思われる。

それが双葉への想いだろう。

洸は高い確率で、高校入学直後から双葉を発見し 遠巻きに、しかし熱心に観察していたと思われる。

洸はどんな気持ちで約1年間、双葉のことを見ていたのだろうか。
彼女を見る度に在りし日の甘美な記憶が甦り、そして その後に苦い記憶が込み上げてきたのだろうか。


そんな双葉が洸をようやく認識したのは高校1年の3学期の とある日。

この最初の再会の場面、
考えてみれば双葉と利用する階の違う特進クラスの洸が、彼女とすれ違うこと自体が やや不自然なのだ。
(洸はその後、階段を下りているので現場が誰もが通る1階ではなく2階以上であることが確定している)

この見返り顔は洸の決め顔に違いない(笑) 彼女の意識に残るために一撃で心を射貫くんだ!

再会後も努めて低い温度で会話をしているが、きっと彼は我慢の限界だったはず。

ああいう回りくどい手段でも、洸は自分を双葉の意識に上げたかったのかもしれない(ニヤニヤ)

だって双葉と再会して間もないのに洸は双葉の友人関係まで把握していて、
彼女が作り上げた偽りの吉岡双葉と 浅はかな人間関係まで見抜いているんだもの。

このことから、随分前からの少なからぬ(多大な)彼の関心が窺える(フフフ)

そして実兄である田中先生が、双葉の名前に思い当たる節があった際に、なぜ洸は急に大声を出したのか。

洸は頭の回転が速いから窮地を切り抜けることも訳ないが、
実は双葉の意識には上がらない洸の窮地が何個もあることに気づかされる(ククク)


相変わらず咲坂作品には こういう思わずページを戻りたくなる仕掛け、秀逸な構成が満載だ。
絵の上手さだけじゃなく、話の作り手として本当に尊敬します。

私はあの頃の双葉じゃないから躊躇うことなく今 言うよ。大好きです!

(追記&ネタバレ)
功が1年間 双葉と接触しなかったのは彼が自分に課した贖罪の期間だからではないか。
ネタバレになりますが、より簡単に言えば喪に服していたのかもしれない。
この学校での生活も1年が経過し、死んだように生きていても その人は喜ばないと考えて、双葉の前に存在を誇示し始めたのではないか。