末次 由紀(すえつぐ ゆき)
Only Youー翔べない翼ー( ーとべないつばさー)
第01巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★☆(5点)
その瞬間、光の中で、世界は美しくはばたいて見えた――。真(シン)とこころ。彼女の心が傷つくたび、そっと包んでくれたのは、真の透きとおるやさしさだった。けれど彼の胸にも、誰にも触れられない秘密があって……。2人の奏でる奇跡の愛の詩。胸を打つトゥルー・ロマンス、第1章!
簡潔完結感想文
- 1巻は物語が丁寧に作られている。後半はスケールを大きくしすぎて粗雑。
- 主人公たちの思考に寄り添っていたのも前半だけ。1巻の良さは全部 消える。
- 特殊な設定、特殊な環境。ヒロインの特別性を際立たせるための歪んだ世界。
主人公の周囲を きれい に保つために他者を排除しまくる物語の 1巻。
本書は2年前まで10年以上視力を失っていた少女が、
特別な力を持った男性と運命的な出会いをし、愛を貫く「トゥルー・ロマンス」である。
いわゆる超能力モノで、ヒロインは、
特殊な能力(ちから)を持つヒーローと人生を同伴するために、
彼女もまた大きな悲しみ 苦しみを味わうことになる。
物語はドラマチックで悲劇のヒロインになる主人公に自分を重ねて読むと、心を大きく揺さぶられるのだろう。
…が、私は この物語の世界全体が好きになれなかった。
何といっても超能力という壮大なテーマを扱いながら、世界が薄っぺらい。
大変 失礼な表現だが私は萩尾望都さんなど先人の超能力モノに憧れたものの、
先行作品にある文学性を一切 表現できていない内容だと思った。
連載開始当初は現役大学生で、連載中に ようやく専業漫画家となった作者だが、
その未熟さが炙り出された格好となった。
当初の予定では長くても3巻分の話だったらしいが、
連載が好評を博し、長編化して全8巻の物語となった。
望外に長く描き続ける機会を得た作者が物語に用意したのは、不幸。
ヒロインとヒーローの周囲を不幸で装飾し続けることで、
彼らを一層 ドラマチックな存在に仕立て上げようとしたのだろう。
私は その手法が気持ち悪くて、好きになれない。
一体 何人の人間が悲劇性のためだけに犠牲になったことか。
本書のテーマはジェノサイドだろうかと思ってしまうぐらいに人の死が続く。
そして最も残念に思うのは、スケールを大きくしたことで当初の繊細さが失われてしまったこと。
『1巻』で私が好きだった部分は、中盤以降で見られなくなる。
例えばヒロイン・こころ が失明したという経験が彼女の性格を形成している部分などは全て忘れ去られる。
連載開始にあたって熟考した部分は前半で出し切ってしまい、
中盤からはヒロインが翻弄される大きな流ればかりが目立つようになってしまった。
きっと2~3巻で物語が終わった方が、良い作品になったと思われる。
それが作品の内容とも作者の身の丈とも合っていた。
世界を広げようとしたら浅薄さが悪目立ちしてしまった。
少女たちが こういう壮大な物語を好むのは理解できるが、
私は本書のような主人公のためだけに世界がある作品を好きにはなれない。
本書は、以前に感想文を書いた『エデンの花』の1つ前に描かれた作者初の続巻作品である。
作者は「作者のひとこと」で「お話を考えてるとき、バカみたいだけど、一人で泣いたりしてます。」と書いている。
冷血漢の私が泣けるくらいのエッセンスが~、と文章は続く。
ここに自己陶酔を見ずにはいられない。
自分で泣ける話です、と訴えるあたりが若気の至りである。
自粛期間を経て活動再開した後の慎み深い作者とは別人のようである。
高校に入学したばかりの主人公の南井(みない)こころ は、
3歳の頃にバスの衝突事故で失明し、2年前に手術を受けるまで10年以上 光を失っていた。
クラスでの自己紹介でも失明の過去を公表し、ありのままの自分を受け入れてもらえるよう奮闘している。
そんな彼女が屋上で会ったのが2年生の国見 真(くにみ しん)。
鳥と戯れているように見えた彼の姿が、こころ の網膜に焼き付く。
だが そんな国見には ある噂があった。
それが超能力。
人との接触を嫌う彼の様子が その噂を増幅していく。
入学以来、ずっと満点で学年1位の成績を維持しているのも、超能力の使用だと噂されている。
ただし、これは本人曰く、神経を操る力が他人よりも大きいことが原因らしい。
神経のコントロールが超能力の覚醒にも影響しているのだろう。
噂レベルの国見の超能力の存在を こころが疑うのは、
こころ が彼に話していない事実を知っていることから始まる。
実は 1年生の こころ は、2年生の国見よりも年上なのだ。
中3のとき 角膜移植して視力が戻ってから、視覚を使う勉強を やり直した。
なので彼女は17歳で高校に入学したのだ。
これを国見が知るのは、こころ と身体が接触した時に、彼女の情報を得ていたから。
ただし これは情報通であれば知り得る事実であり、この時は超能力問題は棚上げされる。
こころ は自分が生来の健常者と同じことをを自分も やれるということを証明するために張り切っている。
部活も委員会も精一杯こなすことで自分が認められるよう奮闘する。
だが、その頑張りは周囲には空回りに映り、対応に困っている。
それでも普通でいたいと願う こころの気持ちを、国見は痛切に理解するのであった。
なぜなら彼も普通ではないから。
これが彼らの特別な結びつきとなっていく。
そんな こころ に一通のラブレターが届く。
送り主は何の接点もない人。
この騒動では周囲の人間を汚いものにすることで、ヒロインの清純さを際立たせている。
一緒に料理部に入って、
こころ の恋を応援してくれているはずのクラスメイト・優美(ゆみ)も、
本人の居ないところで、天真爛漫な こころ を快く思っていないことを平気で口にしている。
そしてラブレターの送り主も、
こころ が2歳年上だということを遅れて知り、対応に苦慮していることが こころ の耳に届いてしまう。
どうやっても普通にはなれないことを痛感する こころ。
屋上で一人泣く こころ に話しかけるのは、屋上の主である国見だった。
自分を笑顔にしてくれようとした国見の前では こころ は号泣できた。
これまで仕舞っていた思いが一気に爆発する。
慟哭する こころ を落ち着かせるのは、
触るな、と人除けをし続けていた国見から伸ばされた手。
こころ は その手から やさしい気持ちが流入してくるのを感じる…。
人との違いを公開した上で、普通になろうと努める こころ と、
人との違いは秘密にして、普通だと偽り続ける国見。
2人は自分の身体や能力のことに関するアプローチが正反対である。
この対照的な構図は面白いですね。
共通項の多い2人が惹かれる理由にもなっている。
『1巻』の後半でも、こころが
「…わたしは 視力っていう ほかの人がもってる能力(ちから)をもってなくて それがマイナスだったけど
国見くんは 能りょおくをもちすぎていることがマイナスになってる」
そして
「わたしは わかってもらえる障害だから みんながやさしくしてくれた 守ってくれた」
けれど「国見くんはそうじゃない だれも 守ってあげられない だれも やさしくして あげられない」
と語り、国見の生き辛さに思いを馳せている。
『1巻』の前半のように超能力の問題は限定的にして、
彼らが現実的に この世界と折り合いをつけるような話だったら どれほど良かったか。
連載が好評だったのは、学校生活の中での特別性の描き方が好まれたのではないか。
『1巻』で支持した読者は方向性の変わっていく作品に ついていけたのだろうか。
国見の手から流入してきた力で彼の能力を感知して、
それについて深く知りたいと願った こころ は廊下の先を歩く彼を追いかける。
だが、そこにサッカーボールが窓を突き破って飛んでくる。
ガラスの破片が飛んでくるのを 彼女の眼はとらえていた…。
ここまでが1話である。
とても濃い内容だ。
1話は、かなりアイデアを注ぎ込んだことが感じられる。
この密度で話が続いてくれれば良い作品になっただろう。
飛び散るガラスの破片から こころ を守ってくれたのは明らかに国見。
だが その日以来、こころ も周囲の人間と同じく 国見に恐怖を覚え、彼を避けてしまっていた。
しかし それでは彼を一方的に悪者に仕立てる周囲の人間と変わらない。
だから彼女は 国見と関わり続ける選択をする。
「だって せっかく目が見えるようになったのに 目の そらし方なんて覚えたくない」
この一文は本当に秀逸ですね。
意地悪なことを言えば、これが どこかから借りてきた言葉じゃないといいのですが…。
屋上に続く扉で、こころ は国見の不思議な力を目の当たりにする。
やはり彼は超能力者らしい。
中でも彼自身が制御できないのが「思考とか記憶とか 触ると流れ込んでくる」こと。
だから人との接触を嫌っていた。
知りたくないことまで知ってしまうから。
国見の能力の発動は、小6の夏休み、5歳だった妹が亡くなった翌日から、という話も後日 国見は こころ に話している。
こんな設定、すっかり忘れてました(というか二度と出てこない)。
こころ の目といい、国見の悲しみといい、何もかも1回きりの使い捨て設定だ。
国見が こころ にこんな話をするのは、彼女を通して光が見えたから。
きれいだと思ったから。
触れただけで清濁全てが伝わってしまう彼が唯一 触れられる女性、それが こころ。
ヒロインとしての清純さを示しつつ、彼らの恋が運命であることを訴えられる。
国見に対する こころ の立ち位置が本書の全てだと思う。
ヒロインは どこまでも穢れることのない存在。
彼女だけが唯一の正しさになってしまった。
この固定化が私は あまり好きではない。
後半では彼らが信じる善きものが、独善性とも言い換えられてしまう。
2人だけの狭い世界の始まりである。
そんな きれい な こころを悲しませないためなのか、
こころ の友人・優美が こころを悪く言っていることを 彼女に忠告をする。
国見の態度は疑問に思う点が多い。
こころ を守るために、こころ の信じるものを悪く言う。
そして人の悪意に敏感なのに、自分は平気で人を傷つけている。
こころ のナイトとしては忠実な働きだと思うが、
その行動の裏に絶対に自分が正しいという狭い視野が見え隠れする。
この話は優美の態度の豹変や、子供っぽい絶交という手段で一気に話が幼稚化した。
高温の油を腕に浴びた優美が、
応急措置をしてくれた こころ と国見への悪意が、国見の超能力治療によって消え失せた、
という話の流れなのだろうが、優美の改心が描かれないから話が締まらない。
優美が次の登場で急に こころ に優しくなっているから、読者が想像するしかない。
優美を治療した国見は彼女の痛みを引き受けていた。
そんな国見の姿を見て、こころ は国見に触れてもらう。
国見の痛みをわかりたい、ひとりにしたくない、その気持ちをなんというの、
その自分の不可解な気持ちを分析してもらおうと思ったのだ。
こころ の国見への気持ちは、恋と呼べるものである。
その恋愛の始まりを、こころ は無自覚で、国見が先に気づいてしまい、照れるというのが可愛らしい。
繰り返しになるが、最後まで こういう温かな物語を読んでいたかった。
ただし、こころが国見に惹かれる部分が弱い。
恐怖と半々でも、どうしても彼のことを知りたいというエピソードが欲しかった。
国見への興味はあるが、恋愛と呼べるものに変化した様子が全く描かれていない。
優美が感じた友情も、こころ の恋心も、一足飛びで事実として描かれていて稚拙さが目立つ。
しかし物語は 小さな恋から、一気に暗くなる。
その発端が、こころ は2年前から幻覚に悩んでいたという事実。
角膜を移植した頃である。
目の問題で言えば、こころ が夜、デスクライトの灯りだけで勉強しているのにも違和感がある。
彼女なら誰よりも 視力を大事にするはずではないか。
また違和感と言えば、国見は能力を嫌っている割に、
こころ が口を開かないことに関して、能力で知ろうとするのも残念な行動だ。
自分は触られたくないのに、他人には秘密を許さない、自分本位な人である。
ただ、能力を使うことで こころが救われたのも事実。
それが こころが18歳を迎えてしまう誕生日を前にナイーブになる話。
国見のサプライズも胸キュンの法則をしっかりと守っていて良い。
あれだけ迎えるのが嫌だった誕生日に、2人はキスを交わす。
作品を包む柔らかな雰囲気を壊すのが、こころが見る幻覚であった。
誕生日の日、国見が学校で所用を頼まれ、こころ は1人 帰路につく。
だが その道すがら、こころ は幻覚で見た男に呼び止められるのだった…。
角膜が覚えていた持ち主の最後の記憶。
それは この男に襲われる女性の姿。
ただし犯人にとって、こころ は性暴力の目撃者と思われただけ。
その口封じに こころ もまた襲われる。
こころ の危機を超能力で感知する国見。
自分の名前を呼ぶ こころの思考を受信し、彼は助けに走る。
捜索しても こころ の姿が見つからないことに焦った国見は、
能力を全開放して、彼女の身体に触れられないよう、彼女の周囲にバリアのようなものを施す。
国見の超能力は何でもあり。
彼が望むままに能力は発現するらしい。
国見の防御策のお陰で犯人は逃走し、
その後国見が無事に こころ を発見するが、彼女の視界は再び失われてしまった…。
事件と視力の喪失に興奮したため鎮静剤を打たれた こころ。
国見は眠る こころ に触れ、事件の真相を知ろうとする。
またもやプライバシーなど無視なんですね。
彼女のため、というのは伝わるが、心の中でいいから詫びの一言ぐらい欲しいところ。
彼女の恐怖を共有した国見は怒りに燃える。
その怒りのまま国見は能力をフル活用して、街中の人の心の声を聞き、
その中に犯人の声を探し出そうとする。
こころ の入院後4日以上も捜索を使い続け、ようやく見つけ出した犯人。
その犯人に国見は いきなり殴りかかる。
怒りで我を忘れているのだろうが、周囲からすれば国見こそ危険な人物にしか見えないだろう。
どうにも国見は能力者として数奇な人生を歩んできた割に、頭がよろしくない。
殴って圧倒することで犯人を捕まえて、警察に突き出したかったみたいだが、同時に国見も捕まると思われる。
しかも犯人は逃走する始末。
追いかける国見だったが、犯人と接触することにより、国見の能力が発動し、
犯人の記憶、彼の これまでの陰惨な犯罪の光景が流れ込んできてしまう。
極悪非道の犯罪の数々を知り、国見は犯人に殺意を持つほど憎む。
その殺意は犯人の脳に送り込まれ、彼の脳を破壊する。
「人殺し」という目撃者の声に我に返った国見。
こうなってしまっては、もはや国見と犯人の境界なんてないのではないか。
直情的な人間に、危険な武器を持たせてしまっている状態だ。
能力を暴走させたのに、その結末も見届けず、
自分の責任すらも放棄して、こころ のいる病院に戻る国見。
そうして こころに抱きつき、離れない 。
「こころが おれを選んでくれるなら いつまでだって そばにいる」
ドラマチックな場面だが、うーーーーーん、それでいいの?と思わざるを得ない。
必要以上に人を傷つけて、汚してしまったかもしれない その手で
躊躇もなく こころ を抱きしめられることに疑問を持つ。
ここは国見の短絡性、反省の無さが浮き彫りになっただけのような気がする。
こころ を守りたい一心で自分の正義を貫く彼は、現実に対処していないように見える。
そして この手の話が続くのが本書なのである。