ななじ 眺(ななじ ながむ)
パフェちっく!
第09巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★(6点)
はっきり好きだと自覚してから、風呼の中で日増しに大きくなる壱の存在。大也にも「壱のことが好き」と報告し、ついに風呼は、壱に想いを打ち明けようとする。しかし、その時…!?
簡潔完結感想文
- 月の光に導かれた両想いのチャンスを棒に振ったのは一生の不覚ではないか。
- 恋の邪魔者その2。年上で車を乗りこなし、壱のことを攫っていく女性登場。
- 望月が欠けてしまったら この世は風呼のものではなくなった。秋は恋を枯らす。
作品停滞の序曲が聞こえ始める 9巻。
『9巻』では月が重要な意味を持つ。
満月の夜、風呼(ふうこ)と壱(いち)は2人で散歩して、キス寸前の雰囲気になる。
だが翌日から月が欠けていくことで、風呼の満たされていた心に影が広がる。
私は このモチーフが大変 好きだ。
風呼が元気一直線のキャラで、成績も そこそこ(底の底)、
そんな雰囲気だから軽く見てしまいがちだが、本書は非常に詩的だと思う。
恋愛のエピソードに加えて、モチーフを用意することで、
統一感や、その時の登場人物の気持ちを代弁させていたりする。
場面の一つ一つに意味を見出せるような、
非常に神経の行き届いた作品であると思う。
こういう点が、恋愛をテーマにした作品が多い少女漫画での他作品とは違う優れた点である。
大也(だいや)から壱にターンが移ってからというもの、
夜の場面が多かったが、壱を象徴する「月」が欠けて、世界から光が消えようとしている。
だが、必ず夜は明ける。
そうしたら日出(ひいづる)ところに大也が現れるのではないか。
盛者必衰。
壱のターンは終わってしまうのか⁉
風呼の知らないところで、三角関係は完成している。
一時期、壱 → 風呼 → 大也 という三角関係はあったが、
ここからは 壱 → 風呼 ← 大也 の少女漫画の王道の三角形が形成されていく。
といっても、大也が自分の気持ちに気づいた時には、自分以外の二点が限りなく接近しているのだが…。
所属するテニス部で新人戦に参加することになった風呼。
だが周囲のレベルに比べて初心者の自分の技術は明らかに劣っていると感じた風呼は、部活の後も自主練をすることにした。
それに付き合う男子テニス部員の大也。
これは半強制的ではあったが、水泳の練習に付き合った壱と同じ行為である(『5巻』)。
こういう物事の配置の上手さに本当に感心してしまう。
本書では男性たちの気持ちは表情でしか描かれないが、
この時、大也は風呼のことを改めて好きだと思ったに違いない。
きっと負ける試合でも、ちゃんと胸を張れる努力を重ねようとする風呼は確かに好ましい。
そして風呼もまた、自然体に人に協力できる大也の人間性を改めて好ましく思う。
だから自分の気持ちを隠さずに伝える。
自分は壱が好きだと。
ただ、これは恋心を自覚し始めたばかりにとっての大也にとって敗北の言葉でもあった。
風呼は まさか自分のことを振った大也が自分のことを意識し始めているなんて思ってもないから、
再び何でも言いあえる仲になった大也に正直に伝えたのだろう。
風呼の、相手の気持ちの読み違えは、
壱が、いつまでも風呼が大也を忘れられていない、と考えた時に似ている。
悪気は全くないのだが、心の読み違いは、無意識な刃物になる時もある。
風呼にとって壱への気持ちは爆発的なものではない。
かつて大也に告白した時のような焦燥もない。
自分のペースで自信を持てたら気持ちを伝える、としている。
その自信の第一歩が、テニスの練習を積み、やり遂げることなのだろう。
風呼は最後に腹を割って話せる関係だからこそ、風呼は大也に聞く。
「――…ねえ! 大也は… あたしを近くにいる男なら だれでもいーのかよって思う?」
大也の答えは、思わない。
これは風呼にとって背中を押してくれる言葉。
また漫画的には 大也ファンの読者の反感を、本人が抑える鶴の一声となるだろう。
どちらに揺れても、どちらを想っても大丈夫、そういう立場を風呼は与えられた。
自主練に付き合ってくれた大也だが、下校は風呼と一緒にせず、一人で歩く。
それは 彼が寂しさを覚えた3が1と2に分かれる構図が確定してしまったからであった。
いつまでも3人一緒にはいられない。
更には気づいた途端に失恋することになった 彼の淡い初恋。
風呼に他人の強がった演技を見抜く力はないと思うが、
この時の壱は、少しでも大也の心の変化や彼の寂しさを感じていたのだろうか。
『9巻』後半の風呼も辛いところがあるが、
前半の大也も弱いところを決して見せられない男の意地を張り続けなければならなかった。
バイトから帰ってきた壱は、自室にいた風呼を月見に誘う。
流石、月と評される人で、夜を主戦場にする男である。
壱との関係が急速に変わらないよう色っぽい雰囲気を回避しようと
月見団子を食べる風呼だったが、そのタレが頬に付いて、
それを指摘する壱の手が風呼の腕を掴んだために、顔は近づき、キス寸前!
月明かりに照らされた壱の表情を見て、風呼は流れに身を委ねる。
だが目を閉じて壱の接近を待つ風呼に、壱は近づいてこない。
もどかしさが続きます。
この辺の風呼と壱の「あと1ミリ」の関係は、咲坂伊緒さん『アオハライド』の2人を連想させる。
両想いは確定しているのに、どうしても具体的な言葉や行動が出ない。
そして中盤から恋の邪魔者が入ってくるのも同じ。
その上手くいかない加減が面白いのだが、ちょっと この件(くだり)が長い。
恋の邪魔者が現れたのは、その翌日。
バイト終わりの壱を風呼が待って、連日の夜の散歩となる。
もはや交際中の彼女が彼氏を待っている図、そのものなのだが…。
並んで歩く夜道で出会ったのが、伊織(いおり)。
伊織は名字で、伊織 恵(いおり けい)が彼女の名前。
伊織は引っ越す前の壱の知り合い。
現在21歳で、短大卒業後、新保家の経営する会社で半年間だけ事務をしていた過去がある。
そして1年ぶりの再会らしい。
風呼は自分の知らない1年前の壱を知っているというだけで敗北感を覚える。
ただでさえ風呼は壱のことを何も知らないと情報を集めていたところなのに、
彼の過去を知って、そして自分以上にスキンシップを取る伊織に悔しさが募る。
上述の通り、ここで上手いのは、月の使い方。
キス未遂の昨夜は満月の夜だったが、その翌日の今夜は欠け始める十六夜の月。
月の満ち欠けは、風呼の幸せと連動してしまうらしい。
とすると2人がキスをするのはフルムーンの昨日がベストの日だったのだろう。
お互いに、明確な答えを出さない状況を望んだためか、
2人を照らす光が徐々に明るさを落としていった…。
壱の反応、そして大也の言動から、壱と伊織の間には何かあることを確信する風呼。
だから そのことを笑顔で壱に直接聞いた。
壱は伊織を好きだったことを素直に認める。
いわゆる元カノ問題の一種ですね。
ただし、壱も伊織も現在は明確な好意を抱いて接している訳ではないのが、
得も言われぬ風呼のストレスとなる。
伊織には交際している男性が別にいる。
だけど毎日のように壱に会いに来ている。
その事実は、腹立たしくはあるが、
では今の自分に壱を責める権利があるのかというと、ほとんどない。
現状では壱の片想いの訳で、風呼が自分をずっと想っていろ、というのは おこがましい。
久し振りに会った顔なじみに会うことは 悪いことではない。
だからといって風呼が自主練終わりに大也と2人きりでカラオケに行くのはどうかと思う。
傷ついた心を癒すために、疑われても仕方のない行動をしているのは風呼ではないか。
この辺り、人の振り見て我が振り直さない少女漫画ヒロインの自己中心的な部分である。
袋小路に入った風呼の現状を知って、大也は壱に忠告する。
またもやイトコ2人の間に険悪な空気が流れ始めます。
どうやら同居の条件に「干渉しあわない」ことがあったらしいが、
壱と伊織の過去の経緯を知っており、そして風呼のためにも黙っていられなかったのだろう。
そんな中、テニス部の試合で別の市に遠征した大也は、祖父母に会いに行く。
同じ試合会場にいた風呼は彼に同行して新保家にお邪魔する。
壱の妹・古都(こと)に続いて、新保家の親戚一同の出演である。
が、この時の風呼は何を思って同行したのか謎である。
物語の主役としては当然の行動に見えるが、
大也の彼女でもなく、彼の祖父母に面識がある訳でもなのに、
自発的に新保家に上がり込むのは少々厚かましく映る。
ここは試合会場に祖父母がきていて、自宅訪問に巻き込まれるぐらいの流れが欲しかった。
まるで大也で寂しさを埋め合わせているように見えるじゃないか。
風呼は、大也の祖父母宅で子供の頃からの壱と大也の姿を見る。
好きな人のことを知ることは嬉しいはずなのに、知らないことの多さに愕然とする。
今の風呼にとっては、壱との距離ばかりが気になる。
話の流れから伊織との話題が出る。
1年前、中学生だった壱は、伊織が他の男性と付き合っていることを承知しながら、
それでも頻繁に彼女に会いに行っていたという。
このことは新保家の悩みの種となったようだ。
そして それは壱が、大也を好きだった風呼を想っていた時と同じ状況である。
もしかして人が誰かを好きになって輝く一瞬を見逃さないタイプなのか⁉
壱は生来の当て馬体質なのかもしれない(アサダニッキさん『青春しょんぼりクラブ』)。
その帰り道、好き同士の2人なのに、違う異性を連れている時に遭遇する。
そこで風呼は、壱が10月20日の誕生日を前に彼女にプレゼントを贈った品を選定したのが伊織だと知る。
壱が自分を想っているという証拠だと思い、
それを支えにしていただけに、壱に裏切られた思いは膨れ上がる。
月は欠け続け、やがて見えなくなってしまうのか。
そして夜のターンが終われば、やがて太陽が昇ってくるのだろうか。
不快な場面が続くが、それでも目が離せない展開が続く…。