《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

現世での原罪を抱えたまま アダムとイブは もう一度 エデンの園を創り上げる。

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末次由紀(すえつぐゆき)
エデンの花(えでんのはな)
第01巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★★(6点)
 

両親を火事で亡くして以来、絶望的な哀しみと孤独を抱えてきたみどり。学校に退学届けを出し東京タワーに向かうとき、1人の男性と出逢う。13年前生き別れた兄・時緒(ときお)だとも知らずに……。引き裂かれた2つの魂が、ひとつになる。だれも見たことがない楽園(エデン)を探すために――。20世紀最後の愛の伝説が、今、静かに幕を開ける。

簡潔完結感想文

  • 絶版の書。作品自体は黒歴史ではないが『ちはやふる』との作風の違いに驚いた。あと巻末にも。
  • 家庭でも学校でも息苦しさを感じている私の居場所はどこ⁉ 本当の悲劇のヒロインは気が強い。
  • 楽園を創りたい兄。兄の想いも鬱陶しい妹は全身の棘を剥き出しにする。傷ついても2人で生きる。

獄のような現実を過ごす妹と、そんな彼女のために楽園を創り上げる兄の物語 、の1巻。

大ヒット漫画『ちはやふる』の作者が、『ちはやふる』連載以前に描いた作品。
けれど構図の盗用、トレース問題から現在では絶版になっている。

トレース問題は私には罪の重さ は計りかねますが、
本書の連載中に画力そのものは一層 向上したことが見受けられます。
後半の感動的な場面で構図や演出は『ちはやふる』にも使われている。

本書を作者が過去の戒めのために再販することはないと思うが、
作者のファンの多くは読みたい作品ではないか。

出版社側も『ちはやふる』の波及効果が過去作品には及ばないことを臍(ほぞ)を噛む思いだろう。


品としては重く、社会派の作品。

主人公の身に これでもかというほど様々な事件が重くのしかかる。
これはドラマチックと表現すればいいのだろうか。

あらすじに「20世紀最後の愛の伝説が、今、静かに幕を開ける」とある通り、
本書はまだ20世紀だった2000年から連載が始まった。

作品内を流れる重苦しい雰囲気は2000年代前半の特徴でしょうか。
この流れは社会心理や世相が生みだしたものか。

最近、読んだ本だと『僕等がいた』『僕は妹に恋をする』なども
本書と通じるところのある重いテーマを扱っていた作品だった。


この雰囲気、私はちょっと苦手です。

トラウマや重い過去があると作品が重厚になり、
一層ドラマ性が増すのは確かだと思います。

ただ、自分とかけ離れすぎるものには感情移入が出来ずらく、
重い内容を どこか冷淡に客観視してしまう自分がいる。

これは私が求める少女漫画像が違うベクトルにあるからだろう。


また、本書は神話や創世記にも通じる点がある。

タイトルにもなっている「エデン」もその一つ。
幸福だった家族との楽園を数年間で追われ、離ればなれに育った兄妹が、
今度は自分たちで楽園を創り上げる物語でもある。

読了するとより多くのモチーフが発見できると思う。
穢れのある この現実世界で貫かれた愛の形が描かれていく。


人公は若月 みどり(わかつき みどり)。
中高一貫の高校に通う1年生の15歳。

彼女の人生は波乱そのもの。
2-3歳の頃に火事で両親を亡くし、その後、祖母に育てられるが、その祖母とも数年で死別。

そして8歳の時に遠い親戚である現在の家に引き取られるが、
その家庭環境も、みどりにとっては劣悪なものだった。

というのも、その家は壊れていた。
そこの家族は みどり を みどりとして扱わず、事故死した娘として扱う。

更には義兄となった男は みどりに性暴力を振るうようになる。
その家の両親はこの事実を知らないか、または黙認している状況。

そんな現実の前に彼女は一切を放棄して、
誰にも頼ることなく一人で生きたい、ここではないどこかに行きたいと願っていた。


そんな みどりは美しい容姿に恵まれているという設定。

普通の女子高生ならば喜ぶところだが、
みどり にとっては望んで獲得したものではない。

この容姿は一層 人から妬まれるだけの厄介なもの。
この荷物も捨ててしまえるなら、彼女は躊躇なく捨ててしまうだろう。

地獄のような日々を送ってきたから、
みどり には協調性がなく、単刀直入に物を言う。

彼女は他人の顔色を窺ったり、忖度したりすることを彼女はしない。
それは実の兄と一緒に暮らし始めてもなかなか変わらずキツい性格を保っている。

みどりは間違いなく悲劇のヒロインである。
だが、ヒロインという言葉の響きの中にある甘えは一切ない。

みどり は自分の境遇を、自分から誰かに話したり一切しない。
学校の人たちにはもちろん、実の兄である時緒にもそう。

時緒はいつも人づてに みどりの置かれた過酷な境遇を知っていく。
それだけ人を、誰も信じないみどりが出来上がっているのだ。

彼女の群れない印象や、攻撃的な思考は、
きっと、そうしなければ折れてしまいそうな心を守るためのトゲなんでしょう。
誰かに頼ることに不慣れ過ぎて、人の心に寄り添うことが不得手だけとも考えられる。
今後、彼女の姿勢が少しずつ軟化する話を期待します。


んな、みどりの実の兄は名を時緒(ときお)という。
時緒は簡単に言うと出来る男。努力の出来る男。

といっても与えられた才能を努力で更に磨き上げた人。
みどりと暮らすために、育ての親に課せられた無理難題の条件をクリアしていったらしい。

一軒家を借り、生計を立て、みどりの保護者にもなる。
まだ弱冠19歳だが、みどり と離れて13年間ずっと、そうなることを夢見ていた人。
夢があったからこそ強くなれた。強い自分を保ち続けられた。

目的は少し違うが、みどり と時緒の弟妹は、自立心が強いという共通点がある。
一人で生きていけるだけの力を持ちたいと日々 生きてきたのだ。


時緒はみどりと暮らすためには何だってやる人。

みどりを7年間育てた家の父親に みどりを引き取る申し出を断られても、
みどりがその家で決して幸せではないことが分かると、強硬手段に出る。

その家に乗り込み、みどりに向かって叫び、
彼女自身に未来を選択させる。

その時、義兄に組み敷かれていた みどりは義兄の下から這い出て、実の兄との未来を選ぶ…。

そういえば実の兄が、東京タワーで出会った人だという、
みどり の側の驚きの描写はありませんでしたね。

実兄に何もかも用意してもらっても感謝の気持ちを表せず、ただ反発するだけ。
みどり が何年も掛けて、何重にも構築した壁は、そう簡単には崩せそうもありません。

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苦しみの多い現実から、兄妹で暮らす楽園への飛翔。新たなる神話の始まり。


読み返してみると、東京タワーでの初対面時、
時緒が みどり だとはまだ知らない、ただの女子高生を相手にアメリカの話をしている、
その内容が実は重い気がする。

サンフランシスコはゲイが多く、
時緒の半裸写真を10ドルで買ってくれてボロ儲け、
襲われそうになって、おれの処女(バージン)もこれまでかと思った、
という時緒の話を、みどりは屈託なく笑っている。

だがこれ、まんま みどりの話でもあるのだ。
半裸写真どころか全裸写真を義兄に撮られ、義兄だけボロ儲け。
そして(十中八九)バージンも、その義兄に奪われている。

時緒に見せた その笑顔の裏で彼女のは何を思っていたのか、そう考えただけでも胸が痛む。


んな時に暴走する時緒をサポートするのが、二階堂 正宗(にかいどう まさむね)。

みどりと暮らしていた家が火事になり、両親を亡くした時緒が引き取られたのが二階堂家。
そんな二階堂家の長男にして、時緒の兄のような存在が正宗。

ちなみに二階堂家は電気機器系の大グループを経営しているらしい。

正宗は正真正銘の「キング オブ ボンボン」だが、
作品の重苦しい雰囲気を唯一明るくしてくれるムードメイカーでもある。
そしてコスプレ担当ともいえる。


もう一人、『1巻』では顔見せ程度だが、同級生の羽柴 由鷹(はしば よしたか)くんは、
クラスで浮いている みどり に積極的に関わってくれる数少ない人。

良い人なんだろうけど、良い人止まり、そんな雰囲気がプンプンする…。

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等身大の みどり をしっかりを見てる人がいることを みどり は まだ知らない。

そういえば みどりが出て行った家庭のその後は描かれていない。
その後は、正宗が弁護士を使って黙らせたということと、義兄が少し登場するだけ。

しかし想像するに、みどりがいなくなったこと、
またそれに関する騒動のせいで、
一つ家族が壊れていったのではないかと思われる。

みどり を みどりとして扱わず、
亡き娘「裕子(ゆうこ)」として育てることで
辛うじてバランスを取っていた家族(特に母親)は、
支えを失い、他にすがる術もなく瓦解していっただろう。


中で何度も登場する東京タワーは、間違いなく東京のシンボルですね。

まだ2000年にはスカイツリーは影も形もなかったが、
ひょろ長いツリーに比べて、タワーはどんと地面に根を張る丈夫な大木のようだ。

そんな東京タワーが兄妹が兄妹と知らずに話し合うの場になるのだが、
1話目は、時緒が止めたタクシーにみどりも乗り込んだことが劇的な再会場面となる。

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タクシーでワンメーターの距離を歩く よりも 知らない男のタクシーに同乗する変な価値観。

が、ワンメーターの距離で みどりがタクシーに乗り込むのは疑問。
もっと距離があるとか天候が悪いとかなら別ですが。
彼女の状況なら多くの男性に恐怖心があって当然ではないか。

まぁ、運命的な出会いの演出のためなら仕方ないのですが…。


『ちはやふる』との作風の違いにも驚かされたが、一番驚いたのは巻末の「おしゃべり」コーナー。

私は『ちはやふる』以降の作品しか知らなかったので、
作者がこんなに多弁だとは知らなかった。

創作秘話とかプライベートのこととか色々と明け透けに書いている。

作者は天然らしく、失敗エピソードが盛りだくさん。
作者が作品の解説や意気込みを語っているのも初めて見たので驚いた。

ただ、少し面倒くさく、自己肯定感や自己評価が高そうという印象も受けた。

これは20代の作家さんに多く見られますね。
小規模ながら、間違いなくその国の女王様ですから。
若くして成功しているという点では、時緒にも負けていません。


想像の何倍も社交的な人であることも驚いた。
そして謎の金持ちでもある。

このコーナーを描いている時点では、作品数も少ないけれど、
仕事場 兼 住居はなかなか豪華そうだ。

過去の単行本では作者の人となりを知れて嬉しい反面、
それもこれも封印して『ちはやふる』があって、
作品で勝負している気高い雰囲気も好きだったので、
自粛しているだけと分かって、ちょっとだけ残念な気持ちもある。


にしても表紙がなぜこんな感じなのか分からない。
この人物は、みどりなんでしょうけど、なんで髪の色が違うんですかね。
本編の内容とのギャップが凄い。