《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

この時計が 刻んだ時間の中で、君が苦しみ続けていたことを おれは知らずにいた。

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末次由紀(すえつぐゆき)
エデンの花(えでんのはな)
第02巻評価:★★★☆(7点)
  総合評価:★★★(6点)
 

閉ざされたエレベーターの中で、みどりが突然倒れた!!苦しむみどりの体に残る無数のアザが物語る、「忌まわしい過去」。いったい、だれがこんなことを!?とまどう時緒(ときお)に、明かされた衝撃の事実とは――?哀しみの扉の向こうに、まだ楽園(エデン)は見えない。傷つき彷徨(さまよ)う魂が“光”を求めて走り出す運命の愛の伝説、再生の第2章。

簡潔完結感想文

  • 妹の身体に残るアザ、そしてネットの海を漂う画像。妹の壮絶な過去に絶句する兄は…。
  • 妹が安心できる楽園を創ろうとした兄。学校の楽園を傷だらけで死守するクラスメイト。
  • 兄の居ぬ間に接近。処世術を教えられても隠しきれない本性。女王様を従わす方法は⁉

あの日から止まってしまった時間が再び動き出す 2巻。

2巻の通底するテーマは時間でしょうか。

主人公の みどり は育ってきた環境が劣悪だったため、
13年前に生き別れた兄と一緒に暮らすことを選択した。

だが、離れていた時間はあまりにも長く、
そしてその間に みどり の身に起きたことはあまりにも重いため、
みどり は兄を心から信用できず、一定以上の距離が埋まらない。

そんな彼らが少しずつ、互いの過去を知り、思いを知り、
距離を埋めていくのが『2巻』である。

相変わらず扱われる内容は沈鬱で決して明るくはないのだが、
人と人が心を通わせる様子を読めることが今巻の救いである。

彼らの間に流れる13年という年月が少しだけ埋められたことが私も嬉しい。


どり と時緒(ときお)、2人の兄弟が乗ったエレベーターが地震により停止。
やがて空調が効かなくなり、衣服を脱いで調整するも、
今度は暗闇を恐れ、苦しみだす みどり は倒れてしまう。

そこで時緒が見たのは、みどりの身体に残るアザの痕。
時緒は みどり を詰問するが、彼女は頑なに答えることを拒否する。


そんな時、時緒は、彼と兄弟のように育った正宗(まさむね)のパソコンから、
ネット上で公開されている みどり の裸身の存在を知る。

当然、時緒は激昂。
以前も殴り込んだ、みどり がこの数年育った家に出向き、
彼女に性的暴力を振るった義兄を殺すと口走る。

ことを荒立てると時緒が見知ったことを みどりにバレる、
という正宗の一言に止められ、仕方なくPC知識を用いてネット上から痕跡を削除する時緒。


アザの存在を心配する時緒に対して みどり はまだ兄である自分を信用していないため口をつぐむ。
そして、代わりに第三者から みどり の 凄惨な過去を知ってしまう。

この2つの出来事は時緒の胸を鋭く深く抉るものだろう。

時緒は みどり の生活を支える、ということがどういうことなのかを思い知る。
それは単純に生活力を持つこと とは大きく違う。

そして優しい時緒は、彼女の過去の苦しみを救えなかったことを後悔したはずだ。

時緒は育ての親が出す条件を次々とクリアすることで、
彼らへの義理も果たし、自身で生活力も手に入れた。

しかし、その前に彼が何もかもを捨てて妹だけを迎えに行く選択が出来ていれば、
彼女の人生の苦しみの何分の一かを軽減できたかもしれない。

両親の死と兄妹の別れ、みどり の境遇は時緒と同じでも、
それから13年間の過程・家庭がまるで違った。

そして聞いても答えない、
誰も信じていない、自分は誰にも救われないと思っている
みどり の姿勢もまた時雄を苛むものだろう。

そして彼女の過去を知って、負い目もあり時緒ですら
みどり を直視できなくなってしまう状態が訪れる…。


方、みどりは『1巻』で時緒が彼女を美容室に連れて行ったことから負の連鎖が始まっていた。

一層と容姿が磨かれクラス内で悪目立ちする みどり に対しての妬みは彼女本人ではなく、
彼女が学校内で一番 大切にしている薔薇の花壇に向けられた。

この滅茶苦茶にされた薔薇の花壇はこの学校での唯一の みどり の楽園だろう。

ちなみに男性に見向きもしない みどり の生活の中で、
唯一積極的に接点を持つのが、薔薇の花壇の手入れをする用務員の おじさん。

杞憂に終わりましたが、私は ずっと このおじさんの動きを睨んでいた。

意地悪く言えば、本書は みどりを不幸にする装置であるから、
いつ おじさんが態度を豹変させるかと冷や冷やしていました。
最後までそんな展開は用意されておらず胸をなでおろした。

おじさんはもう「男」ではないのかもしれないですね。


そんな中、もう一人学校生活でみどりに関わる男性がいた。

それが羽柴(はしば)くん である。
『1巻』から何かと みどり を気にかけてくれる良い人なのだが、
何と彼は上記の荒らされたバラ園も一晩で直してくれた。

そんな彼の優しい心根に触れ、みどり は彼と少しずつ会話を重ねる。

その中で羽柴は、みどりに現実的なアドバイスをする。

時緒が みどり のために楽園そのものを創り上げ守ってくれる人なら、
羽柴は現実の中で生きていく術を伝授し、そして今ある楽園を守る手段を教えていく。

これは時緒とは違うアプローチですね。
みどり を中心とした三角形が徐々に形作られていく感じです。

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辛い現実の中でも守るべきものを守る手段があること を教えてくれる羽柴。

普通の高校生が想像できないほどの過去を秘めているみどりは、
それだけで周囲から浮いてしまう雰囲気を持っているのだろう。

彼女は好きで浮いているのではないが、
浮いてることを隠さないのも、また少し傲慢である、と羽柴は指摘する。

みどり のそのプライドの高さを別の方向に使うことによって、
学校のバラ、ここでのエデンを守れるようになるのでは、と提案する羽柴。

それもまた大事なものを守るための努力だろう。

妹の過去を知った時緒が、みどりと距離を置いてしまっている間に、
みどりの傍にいてくれる人、それが羽柴。

彼は みどり の過去を知らないから彼女の近くにいようとするのか。

自分を守ってくれる人が傷つく未来がくることが みどり は恐れているのではないか。


んな状況の中で、みどり に性的暴行を加えつづけてきた かつての義兄からの電話が鳴る。

…にしても義兄はどこで電話番号を知ったのでしょうか。
こういう時、加害者側からは便利に連絡が取れるんですよね。

みどり は住む場所、暮らす環境が変わっても
通学する学校は変わっていないので、
義兄は学校に現れ、みどりを間接的に脅迫し、逃げ場を封じる。

今回の義兄の目的は、みどりではなく金銭。
脅迫材料は兄が持っているみどりの裸体の画像。


一方で、現在の兄の時緒は妹とは果てしない距離があることを実感し、
初めて、心が折れかけていた。

離れて暮らすことも視野に入れ、みどりにも提案する。

だが間が悪く、みどりは今、心細い時だった。
やはり兄は信頼するに値しない人間だとみどりが思うのも仕方ない。

ここは みどりの追い詰め方が上手いですね。
作者も性格が悪いです。

そんな時、時緒は みどりの預金通帳を見てしまい、
彼女の状況を推察する。

ネット画像に続き、時緒は2連続の偶然ですね。
いくら みどり が自分から話さないからと言って、
みどりの窮地を二度も偶然で知るのは浅はかな展開かな。

妹に嫌われる覚悟で尾行していたとか、
時緒の能力で みどり の陥っている状況を推理するとかの行動が欲しかったところ。

まぁ、この後で時緒は大暴れしてくれるんですが…。

妹の窮地にまたしても あの家に来てくれた時緒。
『1巻』で時緒が みどりを迎えに来た時と同じような状況ですね。

今度はガラスを叩き割って、義兄の腕の骨をへし折ってと大立ち回りを演じている。
時緒なら今度こそ本当に人を殺しかねません。

そんな騒動の中、みどりは、兄が自分の過去、性的暴行やポルノ画像販売を知っていることを知る。
実の兄にまで軽蔑されて生きていけない。
(多分)初めてみどりは自殺を試みる。

自分一人の秘密なら我慢すればいいが、
人を、兄を失望させてまで生きる価値はないと思ったのだろう。

それを止めようと誠実に言葉を紡ぐ時緒に涙を流す みどり。
そして「お兄ちゃん」と彼の胸にすがる。

この場面は本書でも屈指の名シーンですね。
あんなに頑なだったみどりの心が今 溶け始めた。
それを可能にしたのは兄妹の愛。
ディズニー映画にして欲しいぐらいだ。


ただ一つ疑問なのは、その直後に時緒のオフィスの男性を集めてパーティーを開催していること。

時緒の家であるから彼の自由ではあるが、
男数人に性的暴行を受けそうになった みどりに対する配慮が足りない気がする。


うして名実ともに兄妹となった時緒と みどり。

みどり が期末試験に向かう朝、彼女は腕時計が動いていないことに気づく。

そこで時緒が差し出したのは高そうな時計。
オートマティックだが振動を与えないと止まってしまうその時計を、
時緒は「あなたがいないと止まってしまう」時計だと言う。

実はこれ時緒にとってとても大事な時計らしい。

この時計の来歴を知っている正宗は、
時緒のみどりへの溺愛ぶりに驚嘆する。

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時緒が この時計に託したのは 離れていても おれがずっと守るという精神かもしれない。

時間といえば、年頃であるみどりには、
すぐに時緒に代わって「なんでもしてあげる男」が現れると脅す正宗。

13年間離れていて、ようやく みどり の兄となった時緒だが、
兄として妹を支えてやれる時間は想像以上に短いのかもしれないと痛感するのだった…。


そして、みどり もまたこの時計を大事にする。

この時計を悪意によって傷つけられた際には、
このところ上手に被っていた仮面が消失し、感情を露わにし、
その悪意を持った女子生徒を跳ね飛ばしてしまった。

クラスの女子の中心であるその人とその一派に反感を買うことを注意する羽柴に、
みどり は今まで演じた上での行動の無意味さを語り始める。

その後の「お兄さんと仲よくなって ほかのことは どうでもよくなった?」
というのは図星だろう。

みどり は本当にプライドが高いのか、
自分の弱さを庇われたり、欠点を見抜かれた時に逆ギレする癖がありますね。

男どもはそんな彼女の姿勢を改めないから、ますます増長する。
まことに扱いにくい女王様です。


だが、羽柴も今回は みどりに食らいつき
球技大会で2人がペアとなって出場する卓球で
「もし優勝できたら おれとつきあってよ」と申し出るのだった…。


この後半の一連の流れは綺麗ですね。

時計という兄妹が心を通わせたことの象徴が出てきて、
その存在を羽柴が目ざとく見つける。

自分ことを時計以上に刻み付けようと奮闘するのが羽柴だろう。