《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

3歳児じゃなくて17歳だから駄々もこねないし泣きもしない。…泣いてはいけないんだ。

LOVE SO LIFE 9 (花とゆめコミックス)
こうち 楓(こうち かえで)
LOVE SO LIFE(ラブ ソー ライフ)
第09巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

修学旅行中、詩春は偶然会った直に連れ出される! 直は詩春に想いを伝えようとするが…⁉ 松永家は、誕生会や祖父母の所へお出掛けなど楽しい毎日。でも、双子との別れや進路のことで、不安な気持ちになる詩春は…⁉ ハートフルDAYS、第9巻☆

簡潔完結感想文

  • 直前の詩春の勘違いが無ければ直の好意は ちゃんと伝わっていただろうか。
  • 永遠の2歳児かと思われた双子も いよいよ3歳に。個性と成長、そして別れ。
  • 「せっかく仲良くなった… もっと遊びたかった」という心の声に蓋をして。

春の「イヤイヤさん」は空に羽ばたかない、の 9巻。

『8巻』では第41話が大きなターニングポイントで好きな話ですが、この『9巻』は第50話が大好きで涙が溢れてきてしまった。再読して気づいたのは この回の迷い犬と双子の交流こそ双子と詩春(しはる)の立場であるという構図や、感情の処理を詩春から教えてもらった茜(あかね)、そして転んでも泣かない葵(あおい)の中に詩春の思いが託されていることに気づいて感動した。同時に詩春は茜にも葵にもなれなくて苦しんでいる。泣く/泣かないと自分で決められたら楽なのに、宙ぶらりんの気持ちは空に放つことも出来ない。こんな お話作りが出来る作者を ますます好きになった。初読では終盤まで感情が大きく揺らぐことが無かったと思うが、再読では中盤から大きく気持ちが揺さぶられている。本当に素敵な作品だなぁ と気づかされるばかりである。

素敵な夫婦に育てられた娘だったから、冷たい家庭に育った松永兄は心から惹かれたのだろう。

50話そして51話と詩春が泣かない/泣けないことに また涙が溢れそうになる。泣いていいんだよ 詩春、と声をかけたくて たまらない。あなたはまだ17歳で、3歳児と違って将来が見据える力を持っているから悲しくて、だけど その悲しみを全身で表現できるほど子供じゃない。でも その一方で その悲しみを自分の中だけで処理することは出来ない。そんな大人と子供の真ん中の存在だからこそ、詩春は涙を流せない。
それは彼女の性格にも起因する。母親を5歳で亡くし、施設で育ってから彼女は どんなに自分が悲しくても周囲を悲しませないように笑顔を見せる。その無理な笑顔が同じの施設で育った直(なお)は苦手だったが、彼は詩春の笑顔は彼女の心の強さだということを理解し、彼女に心から笑顔でいて欲しいと願う。

そんな詩春が大泣きしたのが『8巻』41話。松永(まつなが)に触れられて心の蓋が開いてしまった詩春は心中で渦巻いていた感情が飛び出し、彼の前で大泣きする。
今回もまた松永との接触によって詩春は泣いてしまう自分を予感し、だから彼を遠ざける。なぜなら前回以上に今回 詩春が抱える感情はワガママで、その感情を見せては周囲が困惑するだけだと分かっているから。
その泣く/泣かない の違いは何かといえば50話で双子の祖父母との出会いがあったからだった。41話では詩春にとって祖父母は会ったことがなく、彼らを単純に双子を奪う仮想敵として考えることも出来た。しかし50話で直接 会った彼らは善良で、双子の人生を支えてくれる正統な人物であることを詩春は理解する。しかも彼らは双子の母である自分の娘を亡くしており、彼らが娘の遺児である双子との同居を望む心情も詩春には痛いほど理解できる。でも彼らが正しく真っ当なほど、詩春は自分の中に澱のように溜まる自分勝手でワガママな感情があることを恥ずかしく思う。茜に教えたようには自分の感情は空に放てないのである。

詩春は自分の中に汚い感情が処理できずにあることを松永に見抜かれたくなくて、彼との接触によって自分の心の蓋が開いてしまうのを嫌がっているのではないか。それに加えて母と暮らした故郷というべき場所が消失して詩春は打ちのめされる。泣けない日々が続き、詩春は子供の頃のように無理に明るく振る舞う。50話、51話と誰の悪意も そこにはないのだけど、詩春が確実に傷つく お話になっていて、彼女を着実に追い詰めるのは見事としか言いようがない。

この詩春の異変に気づくのは これまで通り直なのか。直によって詩春の心は軽くなるのかが次巻の見所になるのかな。


巻から引き続く修学旅行では、同じ北海道にいる詩春も直も それぞれに楽しむ。それぞれに恋愛イベントが起こるかと思いきや、詩春のは ただの勘違いだった。一方、直は穂乃香(ほのか)から熱烈なアプローチを受けるが、直には穂乃香のアプローチが本気だとは思えない。ただ穂乃香は ためらっている内に他の人にとられたくないから行動するという潔さを見せる。この考え方は健(たける)を取られたくなかった梨生(りお)の考えに近いものがあるなぁ。穂乃香の考えに接して直は自分が臆病で傷つきたくないからだと思い知らされたようだ。

2日目の夜、松永から電話がかかってきて詩春は双子とも話す。茜は元気いっぱいに今日の出来事の報告をして、葵は詩春に会えない淋しさで胸がいっぱいになり言葉が出ない。でも詩春にとって嬉しいのは松永の声。それが確認できた電話だったのではないか。松永の特別性が何回も重ねられていく。


終の3日目。偶然にも詩春は直と遭遇する。すると直は半ば強引に詩春を引っ張っていってしまう。詩春に関して自分のペースにしてしまう直の俺様行動を見て梨生は、詩春が これまで恋愛と無関係で生きていたのは、これまで詩春の側で直が周囲を威圧していたからじゃないかと思い当たる。

直に詩春を連れて行きたい店なんかないと分かると詩春は帰ろうとする。だが2人きりの時間を壊されたくない直は彼女に施設の人々への お土産の相談ということで彼女を繋ぎ止めようとする。松永が絶対に介入しない今だけは詩春を独り占めに出来るのだから。
詩春は直と制服で街中を歩くのは初めて。だが自分も直も あと1年ちょっとで施設を出なくてはならず、家族のように育った2人はバラバラになる宿命。それが嫌で詩春は直と兄弟みたいに その後も出掛けたいと告げてみる。すると直は千載一遇のチャンスとばかりに、恋人や家族になれば ずっと一緒に居られることを告げるため、自分の好意をほのめかす。だが詩春は それを本気と取らない。なぜなら前日に男子生徒が自分を好きだという勘違いをしたばかりだから。こうして直の純情は全く伝わらなかった。詩春の中で直は飽くまでも家族としての関係だと固定されたままで、直となら気安く同居が出来るとまで考えている。詩春と近すぎる距離は、恋愛において直の弱点にもなるのか。


うして修学旅行が終わり、その翌朝から詩春は松永家に顔を出すのだが、松永のミスもあり茜が風邪を引いてしまった。
それにより、葵だけが保育園に行き、帰りは詩春と2人きりで自宅へ向かう。詩春と葵にとって2人きりでの買い物は初めて。そう告げると葵は、久々の詩春を独占できると分かったのか彼女に甘える。双子らしい甘え方のように見える。

大人だから手を出せない松永、家族だから意識されない直、子供だから甘えられる葵(笑)

家では ご近所の健の母親が茜の看病をしてくれていて、帰ってきた詩春は彼女とバトンタッチをする。健の母親は久々に一緒に居た茜が人見知りをしなくなったことに驚き、彼らの父親の失踪からの時間を思う。この人見知りの解消は『5巻』ぐらいから、詩春が色々な所に彼らを連れ出し、そして色々な人と交流をした成果であろう。詩春の双子へ懸ける愛情は確実に彼らの世界を広げている。双子の個性や、それを見守る詩春、そして双子たちをちゃんと向き合う松永の優しさなど、何だか不意に涙が出そうになった話だった。

詩春は帰宅した松永に お茶を淹れる。これは詩春の不在で松永が希求していたもの。詩春を お茶汲み要員だと思っているとかではなく、松永にとって詩春のお茶を飲む空間が心地よいはずだ。お茶は彼の望む温かな家庭の象徴なのだろう。詩春は双子にも松永にも それぞれ お土産を用意して それぞれに喜ばれる。中でも やはり松永に喜んでもらうことが詩春にとって重要だと思われる。


9月は双子の誕生月。松永は過ぎてしまって作中で お祝いをしていないが、これで詩春・双子・松永の誕生日が判明した。双子たちは具体的に何日という設定なのだろうか。

松永は仕事の合間を縫って、一時帰宅して彼らの誕生日を当日に祝おうとする。これは詩春も松永も来年は一緒に祝えないかもしれないという気持ちがあるからだろう。閉店間際のケーキを受け取ったり、すぐに とんぼ返りしたり松永は大変なのだが、詩春の笑顔で それも帳消しになる。そして詩春はケーキを落としたミスも帳消しにしてくれた。何だか いつもとは逆で詩春が どっしりと構えていて、落ち着かない松永が詩春の存在に救われている。

プレゼントを渡し落ち着いた後、松永は詩春に、入院中の祖母に外泊許可が出たため、松永と双子、そして詩春で彼女の居る静岡行きを提案する。思わぬ提案に詩春は自分は部外者だと一線を引くが、松永にとって詩春は双子を笑顔にしてくれる最高で最強の人。それはもう家族と言っていい存在なのだ。


うして9月半ばの週末、彼らは双子の祖父母が住む静岡に向かう。って双子の誕生日って9月の末なんじゃなかったのか?(『8巻』水族館回より) それに高校の修学旅行も9月の2学期開始直後に行ったのか? 何だか色々と日程が不自然でならない。それにイチョウの葉が落ちるのも早すぎないか。ここは北海道ではなく静岡なんだぞ…。

松永は詩春がいると自然体の双子の姿を祖父母に見せられるという考えもあって詩春を同行させている。

祖父母宅の近所の公園でで詩春は初めて双子の祖父母・竹川(たけかわ)夫婦に会う。真っ直ぐ家に向かおうとしない双子たちの要望を聞いて、公園で遊んでくれたり、(あまり笑えない)冗談を言ったり、詩春は竹川夫婦に好印象を抱く。だけど同時に彼らは詩春にとって双子を連れ去ってしまう人でもある。それが双子の為と思っても彼らの介入は別れが近づくことを意味しているから詩春は割り切れない。

逆に詩春も癇癪を起しかけている茜、そして無言で悲しみを噛みしめている葵の感情を上手にコントロールすることでベビーシッターとしての才能を見せ、竹川夫婦を感心させたことだろう。そんな詩春の姿は子供好きだった娘、つまり双子の母親に似ていると祖母は言ってくれる。だが娘のことを語ると祖母の目から涙が溢れ、詩春は改めて彼らは娘を失った人たちだということを思い出す。娘を亡くした祖父母にとって双子は彼女の忘れ形見。その子たちを手元に置いて育てたいと思うのは悲しくて切実な願望だろうと詩春は気付く。

だから詩春は少しずつ、茜が「イヤイヤ」を空に放って小さくしていったように、自分のワガママと言える感情を減らし、真に双子のためになる道を考え始める。ただ詩春の中で小さくしようとしても消えないから困るのだ。


校2年生の2学期は進路を考える時期。
詩春の現在の志望校は3年制の夜間大学の幼児教育学科。彼女は他の生徒と違い、進路だけでなく卒業後の暮らしを考えなくてはいけない。一人暮らし、学費、生活の事、それら全てを卒業後は背負って生きる。

詩春が この大学を志望するのは、かつて母と暮らした家から近いから という理由があった。それが新生活の後押しになると考え、彼女は その大学を志望する。高校2年生の今から真剣に考えるのは、1年後の自分の心境が分からないから。もしかしたら1年後の今頃は既に双子との別れを終え、胸にポッカリ穴が開いて何も考えられないかもしれない。だから心身が健やかな今の内から、将来に向けて動き始める。

詩春は同学年で同じ境遇の直にも話を聞く。彼は予想に反して就職を選ぶ。成績は優秀だが人に借りを作る奨学金を利用してまで大学に行きたくないらしい。だから社会に出て、その後で学びたくなったら自分の貯金で改めて進学するかもしれないという。直らしいし、彼は一刻も早く詩春を守れる大人になることが目標なのだ。

今 できることとして詩春は自分が今後 住むかもしれない、かつて母と住んでいた土地を訪れる。だが彼女が母と暮らしていたのは10年以上前。街並みは様変わりしており、自分の故郷だと思っていた この土地は知らない街に思えた。しかも住んでいた思い出のアパートは跡形もなくなっており、彼女は母との思い出が消えたように思えたことだろう。その後、詩春は駅のホームで魂が抜けたように茫然としている。泣いたら少し楽になれるのに、詩春は性格上 泣くことが出来ない。
これは今の詩春には泣きっ面に蜂だろう。泣きたい時こそ泣かないのが詩春の強さなのだが、それは心の負荷に なり得るもの。

弱い自分を見せないよう詩春はテンションを上げ笑顔のキープに努める。しかし『8巻』の墓前の時のように松永の前では弱さが溢れ出すことを恐れた詩春は松永を力強く拒絶してしまう…。