こうち 楓(こうち かえで)
LOVE SO LIFE(ラブ ソー ライフ)
第15巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
ホワイトデーが近づくある日。松永さんは1人、詩春のお母さんのお墓にお参り…。そして迎えるホワイトデーだけど!?そんなとき、ある男性が松永家の前に…。松永さんに似ているその人は…!?ドキドキ展開いっぱいの15巻!
簡潔完結感想文
- 穴の開いた靴下を欲しがる清貧ヒロインに、変わらない愛と宝石を捧げる。
- 告白の答えを言わないのは双子に全力を注ぐため、松永を自制させるため。
- 兄であり父帰る。ラスボス出現に この家 唯一の女性としてヒロインが輝く。
1年でガラスがダイヤモンドへと化学変化する 15巻。
冒頭から失踪していた松永兄が登場する『15巻』。また詩春(しはる)に振られてからというもの物語に登場しなかった直(なお)も再登場し、姿を消していた男性が登場する巻と言えるかもしれない。もう一つ加えれば、直の失恋によって本書から姿を消した当て馬という存在に、双子の弟・葵(あおい・3歳)が その2代目に就任したと言える。
そんな消えたはずの存在が姿を現す『15巻』だが、松永兄という本書で最強の こじらせ人間が登場することで詩春がヒロイン、というか聖女としての役割を果たすことになる。作者は松永兄は「ラスボス」と位置付けているみたいだが、その最強の敵を前にして、いよいよ詩春が動き出すようである。
思えばヒーローの松永(まつなが)は大人で、詩春が彼を救うことは もはや無い。今更 冷え切った末に離婚した松永の両親の復縁をするのは非現実的だし、松永に大きなトラウマはない。詩春は松永に彼が恩恵を受けなかった温かな家庭を体験させるとか、高熱時の彼の小さなトラウマを救うとかしてきたが、直接的に松永を救う場面は これまでなかった。
しかし詩春をヒロインとして輝かせることの出来る人が1人だけいる。それが松永兄である。これによって詩春はヒロイン覚醒の条件である、ヒーロー側の家族問題に着手することが出来て、距離が近すぎて冷静になれない松永兄弟の間に入り、松永家の家庭の事情を解決へと導く(はずである)。物語の発端である兄が帰還することは考えてみれば当然だが、まさか兄の帰還が詩春のヒロインとして最大の見せ場になるとは思わなかった。
さて この お兄さん、ラスボスではあるが本書で最弱の存在と言えよう。彼は最愛の妻を失った あの日から前に進むことが出来なくなった人である。自分の悲しみに暮れる余り、周囲が見えなくなり、そして あろうことか育児を放棄した。
その一点において松永兄は絶対悪である。松永が、彼らしくない暴力に走るのは、自分の都合ではなく、松永が深く双子のことを愛しているからで、彼は湧き上がる怒りが抑えられない。この2年間、松永は詩春をはじめとした多くの人の協力の中で子育てが成立することを知った。しかし兄は それを一切せず、ただ自己憐憫の中に生きてきた。松永兄が そうなってしまうのは それだけ彼の心の傷が大きく、トラウマが存在するからなのだろう。
ただ松永にとっては、そうやって自己の都合だけで生きるのは、自分たち兄弟が苦しんできた両親の身勝手さの再現で、彼の中で最も欠乏していた家族からの愛情を、子供たちにも味わわせることになる。愛情の欠乏の連鎖や子供への無関心を松永は自分の時間やキャリアを犠牲にしても止めたかった。そんな両親を反面教師にしてきたはずの自分たち兄弟なのに、結果的に兄が両親と同じことをするのが彼の怒りの原点にあるように思う。
松永が兄を殴るのは、彼に対する直接的な罰として私は効果的だと思う。作中で松永以外に兄を殴れる人はいない。双子が この父親に対して どういう評価をするかは彼ら自身が決める事だが、松永は大人として、弟として、双子の代理父として兄の間違いを正す義務と権利を持っている。
松永が鞭を振るったのなら、続いては詩春による飴である。おそらく好きな女性のタイプが似ている この兄弟だから、詩春によるケアは人一倍 この兄に効果があるはずだ。
1泊2日の祖父母宅から戻ってきた双子たち。茜は祖父母宅での出来事を話しまくるが、葵は お話より久々の詩春との時間を大切にしたい。この個性の違いも面白いし、葵は彼なりに この時間が永遠ではないことが分かっているからだろうか。
双子たちは知性が育ってきて起きたことを ちゃんと話せるようになっているから詩春も祖父母宅でのことや おつかい でのハプニングなどを後から知れる。これはずっと同じ時間に一緒に居なくても、詩春は彼らの近況が分かる、という未来への優しい布石なのかもしれない。
それにしても この頃から葵が積極的に詩春にアプローチしている。まるで出番の無くなった直(なお)と交代するように現れる第2の当て馬である。
そんな直は久々に作品に登場するが、詩春との絡みは一切なく、彼の学校生活が描かれるだけである。相変わらず穂乃香(ほのか)からの熱烈アプローチを受ける日々なのだが、直は詩春への片想いと失恋を経験したことで視野が広がり、穂乃香の恋心が単なる嫌がらせや迷惑行為ではなく本物であることを認める。だからといって お前を受け入れた訳じゃないんだからなッ!というのが直の現在地である。ホワイトデーも含め、穂乃香の気持ちを受け入れ、彼女の言動をコントロールすることに努め、そんなツンデレな彼の姿に穂乃香は また惚れていくのであった。
松永は単独で詩春の両親が眠る墓を参る。
そして その後のホワイトデー、松永は双子を寝かしつけた詩春を座らせ真剣な話を始める。
彼は まずチョコの お返しの品を渡す。昨年が可愛い小瓶に入ったキャンディだったため、詩春は中身が気になるので松永に許可を貰い、その場での開封を試みる。だが そこに入っていたのは見るからに高価な指輪(宝石付き)で詩春は目を丸くする。
現実が受け入れられない詩春だが、これは松永の気持ちの結晶。そして彼は初めて詩春に好意を伝える。思いもよらぬ松永からの言葉にパニックになる詩春だったが、松永は詩春を落ち着かせ、松永は詩春に出会って間もなく好意を抱いていたことを改めて伝える。そして この先、自分が「詩春以上に大切に想う相手には出会わない」とまで言う。その永遠の愛と、その象徴である指輪は詩春が焦がれていたもの。母が父に出会ったような奇跡を、そんな人と家族になることを詩春は望んでいた。松永はいつだって詩春の欲しいと願うものを彼女に与えてくれる。もちろん それは物ではなく思い遣りだったり優しさだったり、そして今回の好意であったりする。
松永は詩春のことをずっと考えており、一緒にいる時間を通じて、詩春の強さも弱さも見えてきて、そして今では家族の様な感覚になってきていると伝える。これは松永が詩春より10歳ほど年長で、詩春を生涯の伴侶と考えているから起こる現象だろう。そんな松永の言葉に詩春は告白と同時に異性として見られていないと不安になったようだが、その視点の違いこそ人生の長さの違いと人生観の違いだろう。
だから松永は年長者として、詩春が これから色々な経験や出会いをして今の自分ぐらいの年齢になった時に、詩春に自分との未来を考えて欲しいと望む。松永は自分の願望で10代で詩春の未来を奪うのではなく、彼女に時間と選択肢を用意した上で、自分とのことを考えて欲しいと願っている。それまで彼は待てると断言する。せめて自分が詩春と出会った時点まで彼女の選択肢を狭めたくない。
渡した指輪は永遠に変わらない自分の気持ちの象徴である。だからこそ不変の宝石が付いているのだろう。
松永が すぐに答えを望まないのは彼が詩春の半生を熟知しており、そして亡き両親のことを考えられるから。もし存命であれば10歳も年上の男との交際に慎重に対応させるのが当然だから、両親がいる時のように詩春が落ち着いてブレーキを利かせながら熟考を出来るように自分が踏みとどまらなければならないと考えていた。そういう自分であることを誓うために、松永は わざわざ詩春の両親に挨拶に行ったのであろう。
葵が目を覚ましたこともあり詩春は返事をしないまま、松永家を辞去する。葵は さすが2代目当て馬である。この恋愛を成就させないぞ、と無意識に妨害をしている。
しかし この葵の妨害は二重の意味で彼らを助けている。1つは詩春が返事を保留にすることで、双子の前では命を預かるベビーシッターとしての責務を果たしたいという詩春の過去の決意を守らせている。そして もう1つは ここで詩春が自分も好きだと松永に言ってしまっては、松永の熟慮や決断、長い長い計画が一瞬で水泡に帰してしまうことになる。いくら松永だって2年も片想いしていた詩春に好きと言ってもらったら理性が揺らぐだろう。抱きしめたくなるかもしれないし、キスしてしまうかもしれない。だから たとえ松永に詩春の気持ちが透けて見えていたとしても、ここでは返答をしてはいけないだろう。
この夜、床に就いた詩春は体が宙に浮くほどの幸せを感じる。
学校で梨生(りお)は詩春の様子がおかしいことから、彼女に事情を聞く。梨生からすれば もどかしい松永の行動だったが、詩春は彼に理解を示す。そして松永がくれた猶予に、双子との時間を過ごし、自分の道を歩き、そして約束の10年後に胸を張っていられる自分になれるように目標を定める。
しかし詩春は、健(たける)にブレスレットを貰って喜ぶ梨生に対し、自分は指輪だったとマウントを取っているようにも見える。梨生の100倍ぐらいはする現物を梨生が見たら目玉が飛び出るんじゃないか…(笑)
そうして彼らの恋愛関係に一定の目途がついた頃、松永家の前に1人の男性が佇んでいた。
その男性を発見したのは詩春。男は詩春に見つかって逃亡しようとするのだが、葵が彼に「…ぱぱ?」と声を掛けたことで兄の足は止まる。茜(あかね)も引き続いて ぱぱと呼ぶと男は完全に立ち止まる。
松永にそっくりな外見をしている その男は双子の父親で松永兄の耕一(こういち)だった。詩春からの自己紹介の後、彼は実家に足を踏み入れる。そこは かつて自分の温かな家庭があった場所。改めて妻がいない現実を感じる兄だったが、詩春は そんな彼に「おかえりなさい…」と彼が欲しかった言葉を掛ける。彼女を真似して双子たちも お帰りと言うのだが、兄は「お邪魔します」と言って家に上がる。そんな松永兄の心が詩春は読めず、双子も距離を計りかねている。双子の父親の帰還という緊急事態を詩春は松永にメールで知らせる。
ここで葵たちが松永兄を ぱぱ だと認識するのは『13巻』で祖父母宅で兄の写真の解禁があったからだろう。松永は ずっと無責任な兄を双子と切り離そうと彼の存在を禁忌のものにしていたが、祖父の助言によって それが解禁された。そうして双子が父親の存在を記憶したことで今回、松永兄が足を止めたという丁寧な話の流れが素晴らしい。
松永兄は夕食時まで全く動かず、双子たちと一緒に食事も取ろうとしない。
そうこうする内に松永が帰宅し、久しぶりに兄弟が対面する。松永は詩春に1時間ほど双子と2階に居るよう頼む。2階は双子たちが普段は入らないスペース。自分たちの兄弟の会話が どんなものになるか分からず、松永は双子に聞かせたくないと思ったのだろう。実際 2階に詩春が向かってほどなく、階下で物音が響く。
それは松永が兄を殴った音。普段は冷静な松永だが、どうしても怒りが抑えられなかった。続けざまに失踪した兄を詰問する松永だったが、兄は経験者でないと分からないと、突っぱねる。そうして拗(す)ね続ける兄に松永は再び鉄拳制裁をする。
どうしても物音が気になる詩春は、同行を願う双子と一緒に階下へ向かう。そこで見たのは悩み苦しむ松永兄の姿。それを見た葵は兄弟の間に立ち、松永に兄をイジメないようにお願いをする。告白といい喧嘩といい、葵は問題の進展をストップさせる能力がある。
こうして一時休戦となり、兄は頭を冷やしに外に出る。3月とは言え冷える夜にコートを着ずに出掛けた兄を追い、詩春は、茜の父親の怪我の手当てをしたいという気持ちを汲み取り、彼のためにコートと絆創膏を持って、松永兄を追うのだった…。