こうち 楓(こうち かえで)
LOVE SO LIFE(ラブ ソー ライフ)
第14巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★☆(7点)
ついに「はじめてのおつかい」に行くことになった茜&葵!2人だけのお買い物は、ちょっぴりトラブルも…!? そして双子に、「お祖父ちゃんお祖母ちゃんと暮らしてほしい」と告げた松永さん。一度静岡に1泊旅行をすることになったけど……? 詩春&双子のハートフルDAYS、第14巻!
簡潔完結感想文
- 双子で買い物を完遂するため、いつもとは逆転した勇気を見せる彼らに感涙。
- お泊りのため詩春に出来るのは準備だけ。精一杯の愛情を込めて彼らを見送る。
- 親戚の子、祖母と一緒に眠ること、この地で安心して暮らせる準備が着々と整う。
成長していく双子に喜びと寂しさを感じる 14巻。
ここまで13巻は、詩春(しはる)と松永(まつなが)で双子の子育ての100%を担ってきたが、この『14巻』からは詩春・松永が その割合を少しずつ減らして、4月からの新生活で双子と暮らす祖父母に渡していく。
もちろん子育て自体は まだまだ続くが、詩春と松永が見届けられる3歳と半年までの成長は この辺りまで。今回 双子が「はじめてのおつかい」に挑戦するのは その卒業テストのようだったし、力を合わせて合格したのは嬉しいことなのだが、その合格で松永たちは安心して別れを最終決定したようにも見えた。
その後も一緒に暮らすことは出来ない詩春は お泊りとなった今回の祖父母宅行きには同行せず、彼らが1泊2日で困らないように心を配って彼らの荷物を準備する。たった1泊2日だが、これは これからの未来と同義であろう。きっと別れの日まで詩春は双子に精一杯の愛情を注ぐが、それは その先に彼らが困らないように、途方に暮れないようにする準備でもある。血は繋がらないが、母親として子供が結婚し家を出て行くまで、立派な人間に育てることと似ているような気がした。
それは松永側も同じ。おつかい を完遂した彼らに松永は初めて これから祖父母宅で暮らすことを話す。問題を理解した葵(あおい)は松永が自分たちを必要としなくなったと悲しみ、そして嫌う。けれど松永は たとえ彼らに嫌われても彼らの未来のための選択が間違っていなかったと胸を張り続けなければならない。そのためにも彼には珍しく素直な愛情を双子に注ぐ。背負わなくてもいい荷物を背負ってきた松永は当然 愛情深い人なのだが、その自分の気持ちを言葉に出すことはなかった。『13巻』で描かれていたように どちらかというと彼は問題が起きた時、双子に注意するばかりで、詩春のように細かいことを いちいち褒めてこなかった。だが考え方を変え、そして松永も双子たちが今後、松永たちに裏切られたと思わないように、確かな愛情を見せた。
これまでは詩春が当然ヒロインなので大人でも子供でもない彼女が、双子との別れに対しての複雑な感情を見せてきた。だが今回は松永側の寂しさが鮮明に浮かび上がってきたように思う。今回の お泊りで祖父母の暮らす静岡の地で彼らが上手くやっていく算段がついたことを松永は実感しただろう。それは安心と共に、自分の役割の終着地点が見えることであり、双子との別れの確かな感触だったのではないか。
安心と寂しさを抱えた松永は大人なので泣くことはない。だからと言って心が揺れない訳ではないので、それを鎮めるため詩春に連絡をしたように見える。松永は当初から双子を寝かしつけた後に詩春に連絡をして彼女を安心させるつもりだったのだろう。だが祖母に寝かしつけをバトンタッチしたことで それが早まった。そして早まったことで祖父母への子育ての移譲を強く感じたのではないか。そんな時に聞きたいのが詩春の声。きっと地球上で唯一、今の松永が抱える達成感と喪失感を共有できる人だろう。それでなくても彼らは「家庭」に対しての渇望が似ている。
この夜 詩春の声が聞けたから、松永はきっと心安らかに眠りに就けるのだ(死んだ訳ではない)。
双子が彼らなりに自立し、そして祖父母との暮らしにも問題がないということを読者にも分からせるエピソードの作り方や順序が本当に好きだ。終わりを見据えて、過不足なく彼らに十全な別れをさせてあげようと お話を作っていることが伝わってきて それだけで嬉しい。そこに作者の大きな愛情と理性と知性を感じる。
おつかい の一部始終を松永が目撃したから彼が双子に事情を話す決意が固まったという気持ちの流れが自然だった。そして ここから松永たちが双子を手放していくパーセンテージが徐々に大きくなっていくグラデーションの付け方も感心するし、彼らが この地で やっていけることを示すためにハトコたちを配置して、絶対に寂しい思いはさせないことを読者に分からせる点にも優しさを感じた。
そもそも おつかい自体が、近所の人たちの協力があって成立しているのも良い。これは今の双子を支える世界そのもので、特に近隣の人との交流は詩春が双子を よく外に連れ出してくれたから生まれたものである。
双子の これまでの暮らし、そして これからの暮らしが交わる大変 感慨深い巻となっている。
茜(あかね)が「はじめてのおつかい」に挑戦したいと言い出す。松永は今後のことも見据えて自分や詩春がいなくても2人が困難を乗り越えられる自信を双子に体験させようとする。
詩春は近隣の人の協力を仰ぎ、松永が尾行の経路を確認した後で、2人は おつかい に向かう。だが途中で大きな犬に遭遇し、それを避けるために走ったために茜が転んでしまう。おつかい に前向きだった茜が泣き出し帰りたいと訴えるが、葵は詩春のために頑張ろうと茜を奮起させる。また帰り道では携帯していた お菓子を落とした葵のために食いしん坊の茜が自分の分を分け与えるという成長を見せる。2人が いつものキャラとは正反対の役割を発揮し、互いを補い合っている場面は、フィクションだと分かっていても目頭が熱くなる。そのぐらい読者は彼らの成長を見続けてきた気分になっているのだ。
周囲の協力もあって2人は目的を達成する。詩春の姿を見つけて茜は飛びつき、葵は我慢していた恐怖を開放して詩春の胸に泣きつく。茜の涙にも胸を打たれたが、葵の安堵の涙も良かった。
こうして『13巻』で詩春が提案した お手伝いや言うことを聞くなど、双子が成長した時にシールを渡すポイントカードには少しずつシールが増えていく。それは双子が一人前になるということでもあり、ベビーシッターである詩春を頼らなくなるということでもある。成長は嬉しいのだけど、手を離れていくのは寂しい一面もある。そして詩春は これ以降の成長を見届けられない。
おつかい に成功した双子に対して松永は引っ越しについて初めて話す。
大人の事情を分からない双子には松永が養育を放棄するようにも思えることだろう。それを話さなくてはいけない松永の覚悟と責任に胸が痛くなる。茜は話自体を理解していないが、自分の生活の拠点が変わることを直感した葵は、行かないと すぐに反応する。彼にとっては今の暮らしを放棄する理由は どこにもないのである。
不安に駆られた葵は詩春に、松永が自分のことを嫌いだから別れて暮らすのではないか、という自分の気持ちを伝える。それを全力で否定する詩春だが、別れる事実は変わらない。それでも詩春は自分に言い聞かせるように、自分たちと同じように祖父母もまた双子のことが大好きだから一緒に暮らそうと言ってくれていることを伝える。そして松永も たとえ葵に嫌われても ずっと自分は葵の事が好きだと彼に伝える。彼らの嘘のない言葉は確かに葵に伝わっているように見える。
ひな祭りが近づく頃、茜は周囲の子が持っている ひな人形が欲しくなる。そんな時、祖母から連絡が入り、彼らの母が生前に茜のために用意していた ひな人形があると教えてくれる。それを見に松永と3人で再び祖父母宅に行き、今度は滞在時間を長くするためにも一泊するという。泊りがけとなると詩春は行けず、そうと分かると まず葵が、そして茜も行かないと言い出してしまう。
だが ひな人形が待っていることや今回は双子にとって親戚にあたる子供も一緒になることを詩春が話し、彼らの気持ちを祖父母宅に傾かせる。これは本当の お別れの予行演習のようで苦しい。
詩春はきめ細やかな配慮で お泊りに持っていく物や、その注意点を彼らに伝える。詩春が準備した物と、あちらのお宅で用意している物が被っても、祖父母たちは嫌な顔をしないだろう。詩春の心遣いに顔を曇らせるような人ではないことは松永も、そして詩春も分かっている。だからこそ彼らは双子を手放すという決断が出来るのだ。思い遣りは衝突しない。
静岡の祖父母宅に遊びに来るのは、祖母の姉の娘と その子供たち。つまり祖母にとって姪たちであり、双子の母とはイトコ同士という関係で、その子供同士だから関係性はハトコということになるのだろうか。ずっと双子と血縁関係のあるのは松永ぐらいだったが、祖母の一家の、血の繋がった親戚で、しかも同世代の人たちと初めて会うことになる。
ハトコたちは11か月の妹・実捺(みお)と もうすぐ6歳の兄・陸(りく)の2人兄妹。
どうでもいいけど、作者の顔の描き分けのバリエーションの問題だということは分かっているが、どうも この母親は松永の好みのタイプだったりするんじゃないかと思ってしまう。静岡の現地妻(不倫)が爆誕したら それこそ松永の大スキャンダルである。ただ どちらかと言えば松永は、詩春と双子の母親である兄嫁との共通点を見い出したようだ。同じような境遇で育った兄が惹かれた女性だもの、松永も兄の結婚当時に彼女がいなかったら危なかったかもしれない。松永は優しい女性、特に母性に弱そうで、結構 簡単に恋に落ちそうなのが玉に瑕。
陸は茜を一目見ただけで気に入ったようだが、詩春に言われた通り きちんと挨拶が出来た茜に対して照れ隠しに ぶす と言い放つ。しかも陸は妹の誕生以降、彼の父親が実捺を可愛がるばかりで それが気に入らなかった。ひな祭りは女の子のためのものだし、男だから女だからという しがらみが彼には鬱陶しかった。
更に母親に怒られ、彼は苛立ちを「女」の象徴のような ひな人形にぶつける。ひな人形を楽しみにしていた茜は彼によって飾り付けが滅茶苦茶にされたことで泣き出す。茜は葵と違って普段あんまり泣かないから、彼女が感情を傷つけられて泣くと、一層 胸が痛くなる。それにしても ひな人形が簡素なもので良かった。もし陶器で出来ていたりしたら完全に修復不可能だっただろう。あれは木製品なのかな。
そんな陸の乱暴狼藉を母親は当然 怒るのだが、茜が泣き出したのを見て葵が陸に謝ってと しっかりと告げる。初対面で身体の大きい年長者である陸に対して、ちゃんと物が言える葵の強さが垣間見られる場面だ。おつかい回といい、いざという時に強いのかもしれない。
陸が素直に謝ったことで、全ては手打ちとなる。皆で ひな人形を並び直して、その後は仲良く遊び出す。陸たち兄妹は双子の初めての親戚であり、そして双子が この地で暮らし始める時の最初の お友達になるのだろう。今回、仲良く遊べたのは将来の予行演習で、この家で何回も彼らは遊ぶのかもしれない。実際に この一家と祖父母宅は家が近いらしい。
そして双子の祖母の姉一家の一員である陸の母親は、自分の叔母が大変な時に何も出来なかったことを謝罪する。それは彼女が妊娠中だったからでもある(実捺は その理由を作るために存在と言っても過言ではない)。そして祖母の姉もまた自分の父親の介護に追われていたらしい(てっきり他界されたのかと思ったが、まだ存命らしい。双子にとっては ひいおじいちゃんである)。ここまで彼ら親族が顔を出さなかったり、援助をしなかった理由が必要なのだろう。静岡の地で双子が安心できる環境を整えてあげたいが、彼らが自分勝手に都合よく登場したように見えてはならない、という作者の配慮だろう。
こうして祖母一族の協力が見込めることが分かり、松永は彼らに頭を下げ、双子のことを託す。
その夜、松永は彼らの母親が小さいころに読んでいた絵本を借り受け、それを読み聞かせて2人を寝かせようとする。だが詩春と読み方が違うらしく2人は寝つかない。なかなか寝つけないことを心配した祖母が顔を出し、茜は祖母に読んでもらおうとする。
その際に松永が席を外すのは、祖母に予行演習をさせる意味もあっただろう。自分以外の人に本を読んでもらい安心して眠ってもらう。これは松永の一種の子離れでもあるだろう。祖母にとって双子と一緒に寝っ転がるのは初めての経験で、祖母は彼らの髪質から娘のことを思い出し涙ぐむ。確かに娘の生きた証があることに祖母は感謝したのではないだろうか。
松永は この地で、双子が これまで感じることのなかった血縁関係の中に生きることを期待する。もちろん松永と双子は かなり近しい血縁者なのだが、松永家では それ以上の横の広がりを持たすことが出来なかった。この祖父母宅なら、彼らに縦の繋がりも横の繋がりも実感させられる。あの家では与えられなかったものが与えられることは松永にとって安心材料になるのではないか。
祖母に双子たちを託した松永は詩春に電話をする。夜に彼女の声が聴きたくなるのは、双子たちだけではないのかもしれない。自分が帰った時に詩春がいる日常、彼女に出してもらう お茶、それらが松永の幸福の形になっているのである。