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少女漫画と小説の感想ブログです

家族とは遠慮せずに感情を出せる関係。封印した泣くという行為と一緒に溢れ出る好意。

LOVE SO LIFE 10 (花とゆめコミックス)
こうち 楓(こうち かえで)
LOVE SO LIFE(ラブ ソー ライフ)
第10巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

詩春(しはる)は双子達と秋の行事を満喫☆ その一方で不安な気持ちを見すかれそうで、松永(まつなが)さんに優しくされると胸が苦しい…。そんな中、松永家でショックな出来事が! 松永さんは落ち込む詩春に!? 2人の関係が大きく動く!! ハートフルDAYS第10巻☆

簡潔完結感想文

  • 大事なマグカップを巡る価値観の相違で2人の精神的距離は ますます離れる。
  • 松永の優しさは詩春の我慢を崩壊させる。私の泣ける場所は特別な人の前。
  • 詩春は公私混同を避けるため、松永は社会的な死を避けるため両片想い継続。

情というパンドラの箱が開けられて 最後に残った愛情、の 10巻。

ここ最近が物語(双子との関わり)における大きな転換点であったならば、この『10巻』は詩春(しはる)にとっての大きな転換点となっている。そのキッカケが「泣く」という行為だった。彼女は5歳で母親を亡くし、施設で育つことになり その生活の中で、母の居ない淋しさの中で周囲に涙を見せまいと努めてきた。それは詩春の、母亡き世界で生きるための処世術だったのかもしれない。怖くても悲しくても泣かない、そう心に決めて詩春は自分の感情がどうであれ笑顔で過ごしてきた。

だが直近の2巻で詩春は立て続けに打ちのめされ、感情のコントロールが難しくなる。その原因の一つが双子との別れ。およそ1年後に彼らとの別れが設定され、彼らを引き取る優しい人たちと間近に接して、別れが具体性を帯びる。自分の願いと、自分ではどうしようもならない世界と、双子の幸せを考え詩春の心は千々に乱れる。自分の中の感情を処理しきれないまま彼女は日常を過ごすが、些細な事でも悲しみを引き起こすトリガーになり、それが理由で松永(まつなが)との価値観の違いを感じてしまう。ここ2巻の詩春の追い詰め方が非常に上手い。

それでも松永は詩春に優しく接してくれて、でも その優しさが汚いには見合わないものだと思って詩春の感情は堰を切る。詩春が大泣きするのは2回目だが、以前も書いたが1回目(『8巻』)と違い今回の涙の成分は より利己的な感情が混じる。しかし松永は それを当然の感情として受け入れてくれて、松永家にとって詩春がどれだけ特別な存在か彼女を肯定してくれる。
だから詩春は松永に自分から触れる。ワイシャツの端だが、彼女が松永に自発的に触れるのは初めてで、松永も虚を突かれた表情をしている。松永に触れたのは詩春が自分が誰かを求めてもいいんだと思えたから。自分の全てを預けたいと思った。そして それは単純に言えば詩春が松永のことが好きだからである。詩春も そんな自分の変化を自覚し、赤面する。

自分より小さく弱い子に差し伸べてきた詩春の手。その手が松永に伸ばされただけで涙腺崩壊。

ダメだ。自分の文章で泣けてくる。本当に読み返すと しみじみ良い作品だなぁと思う点が幾つも見つかる。白泉社らしい鈍感ヒロインだが、その恋心に気づく過程や彼女を取り巻く環境、泣かないヒロインが泣くという感情の解放、詩春が初めて手を伸ばす描写など、他に類を見ないほど秀逸な場面だと思う。

同じ施設で育った幼なじみ的存在の直(なお)の存在も良い。といっても直は今回 蚊帳の外なのだが。直は詩春の無理な笑顔に気づく唯一の人間なので、今回の詩春の落ち込みに際して彼が何らかのアクションを起こすものだと思っていた。だが直は詩春の異変に気づきもせず、涙の解放は松永の役目になってしまった。凹んだ詩春は直にとって千載一遇のチャンスだったように思うが、その時に打席に立たせてもらえないのが直の悲しい宿命か。直は、これまでも泣けない詩春の感情を、彼女の手を繋ぐことで一緒に引き受けたことがあるが、彼女に泣く場所までは与えられなかった。そこが直と松永の ちょっとした、でも大きな違いだろう。そして詩春は直に手を引かれたことはあっても、自分から その手を求めたことはない。やはり詩春が手を伸ばす、という行為には大きな意味があるように思う。

そして詩春の感情の解放は、双子との関係の新たなスタートと言える。自分の中の双子への独占欲と向き合いながら、それでも詩春は双子を手放す準備を始める。
恋愛的にも人間的にも詩春が大きく成長した『10巻』で、双子の成長と同じように、読者は詩春の成長を心から嬉しく思う。描写は余りないが、松永の方も詩春や双子に対して誠心誠意 向き合っているのも良い。詩春を ここまで成長させてくれてありがとう、と作者にもお礼を言いたい。


分の不安を、それを押しとどめている心を見透かされそうになった詩春は思わず松永を突き飛ばしてしまう。その詩春の蛮行に保育所の人々は驚き、松永に陳謝するのだが、彼は虫がいたと嘘をついて詩春が責められないように庇ってくれた。自分の心の動きを恥じて詩春は電話で謝ることも出来ない。松永家にバイトに行くものの松永に謝れないまま1週間が過ぎる。

保育所での発表会の後、松永と交わす双子の成長の話から、彼らを見習って詩春も変わろうと松永に謝罪をする。だが それでも松永は詩春は悪くなくて こちらが悪かったと言ってくれて、その優しさに詩春の胸は苦しくなる。

一方で松永は詩春が自分を避け続けていることに悩んでいた。詩春を庇いながら、松永は内心で詩春に突き飛ばされたことにショックを受けていた。そして彼は彼で詩春に対する気持ちを持て余していた。極めて常識人の松永だから、詩春の年齢や自分の立場を考えて、自分の気持ちに向き合わない。


春は悲しみが重なり、それでも自分の力では泣けないことで苦しむ。しかも その上『5巻』で誕生日に松永から贈られた この家に居ていい証のように感じられていた自分のマグカップを不注意で割ってしまう。

こうして詩春は松永家での居場所を失った気持ちになる。でも彼にガッカリされたくなくてプレゼントを壊したことを松永に言えない。ほんの小さなことでも嫌な気持ちにさせたくないのは、きっと彼に笑って欲しい、自分をよく思って欲しいという願望の裏返しである。簡単に言えば恋は人を臆病にするのである。

そんな詩春を見て、松永は この家でのバイトが詩春の負担になっているのではと考え、彼女が辞める可能性を考える。だが翌日に勇気を出した詩春から聞かされたのはカップの件。もっと重いことを考えていた松永は この時、安堵のあまり「なんだ そんな事…」と口にするのだが、それが詩春を傷つけてしまう。

もちろん詩春も松永の優しさを理解しているから、松永が詩春の気持ちを踏みにじるような発言をした訳ではないと頭では分かっている。でもカップを巡る価値観の違いが露わになったようで詩春は悲しい。自分が何を大切にしているか、詩春は松永に分かって欲しいのだ。そういう自分の気持ちを彼に託したいのである。

どんな自分の言動もフォローしてくれた松永に突き放され、詩春の孤独は いよいよ極まる。

日、帰ってきた松永に詩春は発表会の写真を渡す。彼は全ての写真を2枚ずつ購入していたので詩春は その意図を問う。松永は1セットを彼らの祖父母に送るために2セット購入していたのだ。優しい松永の行動だが それは詩春の心を曇らせる。

松永は この日、詩春に新しいカップを買って帰っていた。その予想外の松永の行動に詩春は嬉しさよりも申し訳なさでいっぱいになる。なぜなら自分の心は汚いから。こんなことをしてもらう資格なんてないのだ。

優しさを前にして詩春は飾らない本音を吐露する。昨夜の松永の発言をひどいと思ったこと、自分は双子の祖父母が彼らを引き取ることを断念して欲しいと ずっと願っていること、そういう自分を隠そうとしても不安が湧き上がってくること。松永家の幸せを心から願うことの出来ない自分はベビーシッターの資格がないと彼女は悩んでいた。自分の都合ばっかりの自分が詩春は嫌いになっていた。


んな詩春を松永は抱きしめる。松永が意識的に詩春と接触したのはこれが初めてだろう。
そして詩春は彼に触れられると心の蓋が全て開いてしまう。双子の祖父母と会って、彼らとの別れが具体性を帯びてから ずっと泣けなかった詩春は ようやく泣くことが出来た。だが松永は詩春の泣き声に我に返り、自分の軽率な行動を反省し、文字通り詩春に手を出した手を包丁で罰する。これは松永の心象表現だろうが この自傷行為は なかなか怖い。
松永は詩春の心の推移を自分勝手だとは思わない。詩春を この家の事情に巻き込んで、そして また家の事情で彼女を悲しませている。そういう意識が松永にはあるから、詩春の不安や不満を共有したいと考えている。

施設育ちということもあり我慢強くなってしまった詩春だが、松永は何もかも受け止めてくれるという。だから詩春は この1か月ほどに立て続けに自分が感じた孤独を松永に話す。そんな詩春に松永は、詩春は この家の誰にとっても特別だということを伝えてくれる。双子だけじゃなく自分も含めているのが今回の発言の いつもと違うところだろう。そうして どこまでも自分を受け入れてくれる松永に詩春は特別な感情を抱いていることに気づく。


生(りお)は詩春が恋を自覚する前後の異常を全て見てきた。明らかに異常行動の多い詩春に問い質すと彼女は松永への恋心を梨生に話す。ただし詩春は双子のベビーシッターである間はプライベートな感情を持ち込まないと決めていた。ベビーシッターは命を預ける仕事だから。それに自分が恋愛と仕事を両立できるような人ではないと自己分析するから詩春は現状を維持する。今の幸せが詩春にとって大事なのだ。

恋心と これからの方針を梨生に話して気持ちを切り替えた詩春。その後も いつも通りを心掛けるが、一緒に居る時間が長くなると気持ちが浮つき始めるのも感じる。

11月に入り 梨生は詩春を元気づけようと もみじ狩りを企画して、詩春・双子・梨生・健(たける)・真菜(まな)の6人で秋を満喫する。この時、詩春は梨生に再び元気づけられ、思わず涙する。彼女の優しさが沁みたからなのだが、詩春が泣ける場所があることは良いことだ。我慢し過ぎて心が壊れそうになる前に、泣いて不安や不満を吐き出すことが出来ることを詩春は学ぶ。

そして双子と離れても自分には自分の世界が残る。そこには優しい友人がいる。双子との別れが世界の崩壊ではないことを当たり前のように理解して、詩春の心は また少し軽くなる。ここでは梨生の言葉と存在が軽くないのが良い。梨生は名ばかりの親友でなく、クラス内で標的にされた時も一緒に耐え忍んだ仲だし(『4巻』)、自分の境遇を聞いても梨生は他の人と変わらない接し方をしてくれている。梨生が良い子だということは読者も理解しているから、詩春が彼女を信頼するのも分かる。そして それが嬉しい。双子の世界が広がったように、この世界には詩春の世界もある。そういう大きな世界の中に作品世界がある感じが とても健やかに感じられる。言い換えれば それは詩春の客観性の獲得でもあるだろう。それが彼女をまた大人にさせている。

成長と言えば3歳を過ぎて自己主張が増え理解力が増していく双子たち。その成長の恩恵なのか、この頃から双子の弟・葵(あおい)は詩春への好意を隠さない。葵は詩春との結婚まで考えているようで、彼からプロポーズされて詩春は承諾してしまう。松永への気持ちはどうした!? と言いたいが、葵のアプローチはちょっと遅かった。もう というか ようやく詩春が松永への気持ちに気づいたばかりなのである。でも この婚約が松永との恋愛の障害になったりする…??