《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

序盤は彼に振り回される被害者だったヒロインが、彼を振り回す加害者ヒロインに変貌。

今日、恋をはじめます(12) (フラワーコミックス)
水波 風南(みなみ かなん)
今日、恋をはじめます(きょう、こいをはじめます)
第12巻評価:★★(4点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

高校を卒業したら、椿(つばき)君と離ればなれになるかもしれない…。さらに、つばきは彼と同じ夢を持つ菜子の出現に、不安を隠せない。そんな中、二人の将来を大きく変える衝撃の事件が起こり―――!?

簡潔完結感想文

  • 自分がなりたい理想像があるなら その人になりきろうとする狂った思想。
  • 正統な彼女という立場になので彼に恋心を持った段階で女性は追放処分。
  • 彼と会えなくなるのなら自分が背負いきれない重荷を背負う覚悟はあるが…。

様ヒーローの序盤の失敗と、洗脳ヒロインの終盤の失敗、の 12巻。

ヒロイン・つばき の失敗続きと、彼女が願う世界の狭さに辟易する。ただし もし作者が この失敗を意図的に描いているのだとしたら その構成力に舌を巻く。

本書のヒーロー・京汰(きょうた)は俺様ヒーローとして登場し、序盤はヒロインを苦しめ、その後に大きな愛を見せてヒーローポジションに収まるという自作自演を見せていた。この幼稚さがあるから私は彼のことを好きになれないのだが、彼の幼稚な行動は母親からの愛情を十分に受け入れられなかった過去があるという言い訳が立つ。女性に裏切られてきた被害者だから女性に酷いことをしていいという極めて自分勝手な理論を振りかざしてきた京汰だが、その考えは つばき と出会い改められ、そして『11巻』で母親との関係を完全に修復する(もしくは終止符を打つ)ことで彼の情緒の不安定さは完全に消えた。それ以後、京汰が荒れることはなく、彼は間違いばかりの つばき のフォローに回ることが多い。

さて ここで問題なのが つばき である。彼女は序盤、京汰の横暴の被害者だったから読者に憐れみと共感を生じさせた。そして耐え忍ぶ つばき が『3巻』でトラウマを振りかざす京汰に対して「お前は加害者であって被害者ではない!(意訳)」と真実を突きつけたのが爽快だった。
しかし現状の つばき は まさにこの言葉が相応しいように思う。このところ恋愛の被害者ぶった行動をしているが もはや彼女こそ無自覚に京汰や周辺に害をもたらす加害者なのだ。

これは まるで序盤の京汰のようである。京汰が不機嫌を撒き散らして つばき に被害を与えていたように、終盤の つばき は不安を撒き散らして京汰に被害を与えている。


は なぜ つばき は無自覚に周囲に迷惑をかけるかと言えば、それは彼女の方にも母親の影響があるからではないか。京汰は(事情があったものの)母親が自分たち家族を崩壊させた張本人だと思って、母の無関心や子供を捨てたトラウマが彼の性格に影響を与えていた。

それと同じであり、そして真逆なのは つばき の性格に影響を与えたのは母親の過干渉と理想の押し付けである。京汰が母親から受けたのがトラウマならば、つばき は洗脳である。後半になるに従い、つばき が京汰に比べて人間的に未熟なのは母親の影響や精神支配から逃れていないからではないか。自分の考えを持つとか相手のことを考えられることが成熟への第一歩ならば、つばき は洗脳のために それらが持てない状態にあると考えられる。自分の将来像を描けないのも その一端であろう。この情緒の不安定さは つばき という人格が完成していないから起こること。京汰と同じようには母親との関係、自分なりの向き合い方を模索することで彼女の最後の成長がある、はずである。

問題は作者が これを意識的に やっているか、である。私の考えでは可能性は半々。私が好きな お話作りが巧みな作家さんの作品なら完全に狙っていると思える部分だが、作者の場合、母親との関係の再構築や それに伴う将来の決定は考えていても、この つばき の話が京汰と鏡写しの関係にあることまで意識しているかは怪しいところ。作者にとって本書はエロを抜きとした初めての本格的な長編連載で、そこまで腰を据えて物語を考える余裕はないように見える(原稿はギリギリ&不本意な出来が多いことを自白してるし)。この連載で本当に作者が長編作りのコツを掴んだかは次作以降の出来によって読み取れるだろう。

それにしても つばき の考え方は狭い。特に恋愛においては、自分の理想像のような女性がライバルになったとはいえ、自分以外の女性の接近を許さない態度で、京汰の世界が広がることを憎んでいるように見える。自分という彼女がいる京汰を第三者の女性が好きになることすら許せない。そういう人に待ち受けているのは破局・破滅、または心中のような気がしてならない。そして早くも本書では破滅の音が聞こえてきている。

母親から提示された将来像の その先が真っ暗であることに愕然として「自分」の不在を感じ始める。

分が思う、京汰の理想的な彼女を体現する菜子(なこ)に出会って自信を喪失する つばき。そして菜子は おそらく、つばき が本当はありたい、というか つばき の母親が望む娘の姿なのだろう。自分が進学したかった高校に通い、自分が好きな京汰と対等に話が出来る存在。そんな本当は そう在りたい理想像を前にして つばき の劣等感は増幅する。

そんな つばき の落ち込みを京汰はフォローしてくれるが、自分のことで手一杯の つばき は その京汰の気遣いすらも無視して、2人でいる時間を楽しくないものにしてしまう。こういう つばき の不器用なところも京汰は好きなのだろうが、同じことを繰り返していい理由にはならない。そして交際開始 間もなくの1年前と ほぼ同じ悩みの再放送に読者は愛想を尽かしている。

菜子もまた京汰の知性・知識が気に入り つばき を経由して自分の連絡先を渡す。これを つばき は素直に京汰に届ける。これは『10巻』で京汰の母親との約束を勝手に反故にして、それがバレた罪悪感が大きかったから。前回の経験が反省材料になっているという話だが、これ以外の学習能力の欠如が甚だしい。

つばき は自分が菜子の立場になれるように、本来は興味の外にある宇宙関連の本を読み漁る。それは京汰との共通の話題作りのための努力なのだが、京汰は つばき の時間の使い方を疑問視する。なぜなら もうすぐ高校3年生の受験生で、不器用で要領の悪い つばき は他のことをする余裕はないはずなのだ。指定校推薦で「エリート校」に行きたいのなら優先順位をつけるべきだと京汰は指摘する。


かも自分には京汰や菜子たちと違って具体的な進路がないことに つばき は悩む。なぜならエリート校への進学という夢も母親の洗脳によるものだから。それが正しいと思い込まされていたが、そこで何をするのかは教えてもらっていない。

その悩みでまたもや京汰に迷惑をかける つばき。自分が彼に困らされることは覚えているのに、自分が彼を困らせていることには無自覚。被害者と加害者が逆転している。
しかも納得できないまま物分かりの言い彼女を演じて京汰に優しさを見せた後にモヤモヤする という実にヒロインらしい心の動きを見せる。自分の欲望をハッキリ言わないのに、自分の中で不満を溜め込む。もう破局ですね、としか思えない末期症状だ。

バレンタイン回では いつもは察しが良い京汰なのに、今回は察しが悪く つばき の悲しみを当日中にフォロー出来ない。だが週明けに自分のミスに気づき、つばき をフォローする。京汰の愛に包まれれば不安は一瞬で吹き飛ぶが、彼の中に菜子の存在を感じると不安は以前よりも増して つばき の周囲に渦巻く。つばき は そんな自分の醜い心を見せたくなくて、一方的に京汰から離れるのだが…。


の上、菜子から正式に京汰が好きだと言うことを聞かされ、つばき は目の前が暗くなる。だから菜子に京汰に会わないでと懇願するが、それを決めるのも、言うべき相手も京汰ではないかと正論で返される(地頭の良さの差か…?)。そこに京汰が現れて、菜子が つばき のワガママを発表したため、つばき は逃亡してしまう。いかにもヒロイン行動だが、こういう子じゃなかったと思う。
この日、京汰は菜子と宇宙分野の研究会に誘われていたが、それよりも つばき を優先してくれる。そのことが分かって つばき は冷静さを取り戻し、京汰に促されるまま これまでの心の推移を全部 吐露する。その不安をぶつけられた京汰は携帯電話を車道に投げ、菜子との連絡手段を喪失する。

これまでの女性と違い菜子はライバルでありつつ つばき自身の理想像でもある。だから苦しい。

この京汰の誠意を見て つばき は安心し、京汰と性行為に及ぶ。近づく女性を全員 排除してする性行為は満たされたらしいが、こういうことを繰り返していると2人に待つのは破滅しかないだろう。しかも性行為で満足したからか つばき は菜子の連絡先を もう一度 手渡す。
えーー、京汰が携帯電話を破壊してまで見せた誠意なのに、性行為で機嫌が直ってるって自分勝手すぎない。少なくとも そのように肉体関係によって元来の意味の通り、元の鞘に収まって不安を解消するという風に見えてしまって残念だ。


ばき は女性ライバルを無効化したことで再び進路について考える。すると京汰から つばき は美容師になりたいものだと思ってたと言われる。実際、つばき も美容師を志望したことがあるが、それを母親に話したら泣いて反対されたという。こうして親が悲しむこと=悪いことだと思わせて洗脳していくのが母親の手法なのだろう。そして つばき は その洗脳を解かれていない。

しかし あの日の つばき の願いを叶えるために京汰は自分のチャンスを潰していた。つばき は後日 そのことを菜子経由で聞かされ、自分のワガママが彼に悪影響を及ぼしたことを知る。だから つばき は再び自分が隣に居る資格がないと思い、彼のそばにいない道を考え始める。そうして再び自分の考えを一方的に伝え、彼との連絡を絶つ。だが その時、京汰は自動車との接触事故に遭っていた…。


汰が事故に遭った際に最後に連絡を取っていたのが つばき だったため、病院からの京汰の事故の一報が つばき の携帯電話に入る。急いで病院に向かった つばき は手術室から出てくる京汰の怪我の重傷度を見て慄然とし、そして彼が事故に遭ったのは自分との連絡の最中であったことを知り絶望する。

彼に不幸ばかりをもたらす と考えた つばき は彼に顔向けできない。だが身体がボロボロでも京汰は つばき を気遣ってくれる。そんな彼に救われた気持ちの つばき は片時も離れないために、病院で夜を過ごすことを家に連絡しない。これが次への布石だということは分かるが、いかにも恋愛脳で そんな自分に陶酔している感じが好きじゃない。たとえ洗脳するような親であっても親としての当然の心配を無視して、自分の世界に没入している感じが嫌だ。これこそ「井の中の蛙」で、自分の周囲にある世界を見ていない。


日になって病院に来れた京汰の父親とバトンタッチする形で つばき は病院を後にする。そして家の前で どこかから歩いてきた母親に遭遇して焦る つばき だったが、母親は無断外泊の怒りよりも娘が無事に発見された安堵で座り込む。こうして自分が また間違えたことを痛感した つばき は家族の前で本当のことを話す。何気に つばき の父親は初登場で、外見だけは出てくるのだが、一言も発さず、つばき に対して言葉を発するのは母親だけになっている。
話を聞いた母親は娘の配慮の無さを怒るのではなく、全ての責任を京汰に押し付ける。娘は優秀で選ばれた人間と思い込みたいがための排他性なのだろうか。精神的に危うい感じがする。

そして母親は つばき の携帯電話を没収し、彼との繋がりを断とうとする。つばき は携帯電話を母親に差し出すものの、恋心までは奪わせなかった。京汰が悪者にならないように、そして自分たちの恋愛を第三者に破壊させないために、母親の要望を全て引き受けた上で、彼との交際を継続させようとする。全てを完璧に、という意欲を見せる つばき だったが、そんな完璧な人間になれるならば つばき は最初から志望校に入っているはずで…。