《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

肉感的なライバル女性の撤退直後に登場する、違う方向で劣等感を覚える知的ライバル。

今日、恋をはじめます(11) (フラワーコミックス)
水波 風南(みなみ かなん)
今日、恋をはじめます(きょう、こいをはじめます)
第11巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

つばきのはからいで、十数年ぶりに母親と向き合うことになった京汰。その時に母に伝えたつばきへの想いとは…!? 他にも、二人の二度目のクリスマスエピソード&初めての初詣などラブエピソード満載! さらに、幸せいっぱいのつばきの前に現れたある人物は…!?

簡潔完結感想文

  • 迷惑系お節介ヒロインによって彼の家族問題・トラウマが無事に解消する。
  • またも根も葉もない噂に翻弄されるヒロインと、1話からのライバルの撤退。
  • これまでの挑戦者立場から一転して、つばき の彼女としての防衛戦が始まる。

ヒーローの心が安定しても、ヒロインが不安定のまま、の 11巻。

今回でヒーローの京汰(きょうた)が長年 抱えていた母親への複雑な感情(まさにコンプレックス)が解消され、これによって「俺様ヒーロー」を生む要因の一つ「母親からの愛情の欠落」が消滅した。これによって性格に難のあったヒーローの性格は丸くなり、京汰は まともな人間に生まれ変わったと言えよう。確かに その後の話を見る限り、京汰はヒロイン・つばき に優しく接しており、言葉が足らないで すれ違うことはあっても、京汰の方が激昂して つばき を苦しめることは無かったように思う。この変化を歓迎する一方、これによって京汰が普通の人になったと言える。これは俺様ヒーロー作品の宿命で、彼に振り回されるばかりの序盤から段々と彼の愛情が育ち、終盤になると彼の方がヒロインを深く愛していき、まるで溺愛系作品のような展開を見せる。彼の独占欲や嫉妬が見え隠れするのも この辺りでの定番展開と言えよう。実際に京汰は『11巻』の中で何度も つばき だけは特別だと言うことを口にしたり態度で見せたりしている。

これによって ある意味で面白みのない人に生まれ変わってしまったヒーローに お話作りを任せられなくなったのだが、では誰が物語を かき回すのか と言えばヒロイン自身である。本書では その傾向が以前からあったが、ヒロイン・つばき が勝手に不安になったり失敗したりするのを京汰が最後にフォローするという展開で波乱と安心の胸キュン構造を作っている。


こで大事なのが つばき側の失敗なのだが、この割合が高まりすぎて段々とイライラするのが避けられないのが構造上の欠陥である。つばき は真面目だけど不器用という性格で、そこに ひたむきさが生まれ、読者に共感や応援の気持ちが生まれた。でも その失敗が多すぎて、少女漫画の伝統的な単純なドジでアホなヒロインと変わらないように思えてしまう。これによって性格が破綻している京汰と互角に渡り合う存在であるからこそ面白かった序盤の良さが消失し、ただ失敗をフォローされるだけの男性に対して下位存在になっているのが気になる。

つばき の様子に成長が見られないことが段々と苦痛になってきている。彼女が失敗すれば それだけ お話が転がり、彼女を包む京汰の愛が表現できるのは分かるのだが、ここまで無能に描かれると可哀想になってくる。

そして『11巻』では つばき が対峙する女性ライバル役の分かりやすいバトンタッチが行われる。高校3年生への進級を前にした分かりやすい世代交代で、その女性ライバルの属性の違いは面白かった。これまでの女性ライバル・ユキ先輩は京汰と肉体関係があるというアドバンテージがあり、それが つばき の劣等感の根源だった。だが つばき が京汰との性行為に踏み切ったことで女性間のパワーバランスは変化し、愛情を与えられる つばき の方が圧倒的に優勢になった。これで勝ち目のないユキ先輩が撤退するのは当然と言えよう。
そして京汰と肉体関係を持った つばき が出会うのが、自分の理想像を形にしたような新ライバル・菜子(なこ)である。これまでは頭が良いのか悪いのか分からない設定の学校(かなりの低偏差値学校のように見えたが…)の生徒たちが相手だったが、菜子は完全に つばき よりも賢い人として描かれる。これまでは彼女という立場であっても つばき は女性ライバルたちに立ち向かうという挑戦者の立場だったが、今回は迎え撃つ防衛者として菜子に向き合う。

性的にならともかく、自分では京汰に知的興奮を覚えさせることが出来ない。エンドレス劣等感。

またもや女性ライバルの登場かと思うが、つばき側の心境や立場がまるで違うので、展開に新鮮味がある。ただ問題なのは つばき の性格。結局、彼女が振り回されて失敗するだけというのは目に見えていて、そこに新鮮味は まるでない。
問題が起きると2人の これまでの経緯や恋心が問題を解決していくが、それは永続的に続かない。1回1回リセットされて同じような問題に直面しているのも気になる。特に京汰は2人の問題だと つばき に言いながらも、彼女の気持ちを理解しきれずに中途半端な言動をしているし、つばき も京汰に最後まで心を見せない頑なさを まだ持っている。性行為やトラウマの解消という大きなイベントが終わっても、結局 初期と同じような悩みを持つから2人の関係性の発展が見えてこない。少女漫画は問題が起こらなければ、文字通り話にならないのは理解できるが、彼らを きちんと成長させてあげられない作者に苛立つ気持ちも湧いてくる。

単純に言えば、そういう欠陥があるから飽きるのだ。


分のせいで京汰の母親を苦しめたが、その際の手掛かりをヒントに彼女の居場所を導き出した つばき。そして京汰に連絡して彼に出向いてもらう。口では文句を言いながら つばき の頼みなら それを叶えようとする京汰に愛を感じるが、全体的に2人が面倒くさい性格をしているからドラマっぽくなっているだけである。あれだけ頑なだった京汰が巻を跨いだら、つばき の言う通りに動くのが謎過ぎる。

こうして ようやく7年ぶりに母子は落ち着いて会話を交わす(↑の あらすじ では「十数年ぶり」となっているが京汰は今17歳で、この数字は どこから出てきたのかが謎)。京汰の両親は、父親の情緒が安定しないことでDVと母親に縋る行為を繰り返されるという関係に陥っていた。暴力に耐えていた母親の身体のアザを見たパート先の男性店長に相談している内に惹かれ合い、その現場を父親が雇った探偵に撮影され、離婚に際して子供の親権を失ってしまった。狡猾な父親はDVの証拠や母親の身体のアザを消してから離婚調停に臨んでいた。

結果的に母親は子供を捨てる形になったが、母は常に京汰を思っていた。そして京汰も その聡明さから両親の離婚の事情を ある程度 類推していた。それでも母親に対する わだかまり は ずっと残っていたが、つばき と出会い、本当の愛を知ったことで理解できる部分が生まれた。彼女との恋愛があったから寛容さが持てた。なので このタイミングで2人が出会うのは最良だったのだろう。でも そこまで自己分析しながら京汰が母親との再会を ごねる意味が余り分からないが…。


親への怒りや悲しみがリセットされた上で京汰は彼女との関係を断ち切る。それは お互いに前を向くための作業だった。過去に縛られず現在の幸せを享受することが互いのためだと京汰は考えていた。

つばき は戻ってきた母親と改めて挨拶を交わし、別れる。ここで母親から好印象を抱かれることで つばき は京汰との将来が約束されるのだろう。将来的な結婚を約束された上に、うるさい姑はいない、という若い夫婦の理想の状態か。でも彼らに子供が出来た時に互いの祖父母に問題が多すぎて、その子が祖父母の存在を身近に感じることが無さそうだ。つばき の母親は孫誕生で過干渉を繰り返しそうで嫌だなぁ…。家庭の問題を多く設置すればするほど、それが将来的な問題の要因にも感じられてしまう。
それに私は京汰の俺様&溺愛気質に父親と同じものを感じるので、本書で決して永遠の愛や平穏を感じることはない。喧嘩と仲直りを繰り返す2人は、過去の京汰の両親と同じではないか。

こうしてヒロインらしい お節介は功を奏する。でも やっぱり自分で失敗した後に尽力するという自作自演感が拭えないけど。そして傷つきたくないという自分の都合を優先したことが引っ掛かる。京汰側の事情に振り回されるのなら分かるが、約束を勝手に破るのは人としての在り方から間違っている気がしてならない。


汰と迎える2回目のクリスマスはバイト。彼氏と一緒にイヴを過ごしたい妹・さくら の口車に乗せられて つばき は その彼のアルバイト先のカラオケ店で代理のバイトに入る。そこは京汰のバイト先でもあり、つばき は初めて一緒に働くことで京汰の有能さを知り、また彼を好きになる。いい加減そうに見えて仕事は完璧というのは初期から変わらない京汰の一面である。

ここでは京汰と肉体関係にあった学校の先輩女性・ユキから つばき が ある情報を吹き込まれて、それに振り回されるという少女漫画の典型的なパターンとなる。本人に聞けないような情報を聞いて確かめる術(すべ)がない というのがユキ先輩の狡猾なところだが、それを信じて京汰から距離を取ろうとする つばき の間抜けさが痛々しい。しかも この失敗は性行為に対して恐怖心を覚えていた際の過激な漫画を鵜呑みにした時と同じだし。kの再放送と成長の無さに徒労感を覚え、長期連載ならではの深みや広がり、面白さが感じられない。コスプレや水着を独占しようとしたり、京汰の愛情表現も限定されていて既視感がある。

唯一良かったのは、長いこと女性ライバルとして京汰の周辺にいた このユキ先輩と京汰との決別は つばき が性行為に及んだからこそライバルを完全に撃退できたことを表している点。 これにより つばき は自分の心と身体を京汰が愛していると再確認できただろう。
ただ後々の展開を考えれば新しい女性ライバルの出現のために お局様ライバルに ご退場いただいただけかもしれない。少年漫画と同じで、戦う相手がいれば少女漫画は成立するのである。

その次は あからさまな総集編となっている初詣回。この日 偶然にも一緒に参拝できた2人だが、きっと並んで手を合わせた願いごとは同じだろう。

深歩やハルという設定上の親友役よりも、ユキ先輩の方が物語の縦軸として しっかり機能している。

して年が明けると いよいよ進路問題に直面する。つばき より先に京汰は尊敬する教授のいる大学への志望を決めていた。問題は その大学の所在地。そこは京都の大学だった。

不安を覚える つばき だったが、言葉巧みに京汰から その言葉を出させないように誘導され(ているようにしか見えない)、つばき は泣きごとを言うことが出来ない。
ただし これは京汰の感覚が一般的な感覚とはズレているからだと判明する。彼にとって東京と京都は そんなに離れておらず、会いたくなったら会いに行くから寂しくないという。でも時間とか費用とかを一切 無視しているのは確かで、そんな言葉遊びが通用するなら誰も遠距離恋愛で別れたりしないと思う。

この高校2年生3学期から予備校に通うことになった つばき は そこで1人の女性と出会う。その人は つばき が高校受験で志望した(そして不合格になった)学校の生徒で、自分の主義を持っており、言いたいことをしっかり言える人。そして京汰が志望する分野に興味のある人だった。
彼女の名前は菊月 菜子(きくづき なこ)。菜子の方も つばき のハッキリした言動を気に入り、2人は友達になる。


汰が憧れる教授の講演会が京都であることを知り、東京と京都の遠さ(または近さ)を実感させるために つばき と一緒に講演会に行く。この時点で つばき は京都への新幹線代に震えているのだが、これで将来の遠距離恋愛が大丈夫と言えるのか…。

京都の大学で、つばき たちは この講演会を聞きに来た菜子と遭遇する。この講演会で京汰は菜子の深い知識に触れ、知的興奮を味わう。その京汰の表情を見て つばき の不安は増大する。菜子は全てにおいて自分では手の届かない領域にいる人ということを意味し、彼女の存在は間接的に つばき に劣等感を与え続ける。正統な彼女であっても、肉体関係を経ても、ヒロインの心から不安は消えない。