水波 風南(みなみ かなん)
今日、恋をはじめます(きょう、こいをはじめます)
第10巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
ついに結ばれたつばきと京汰(きょうた)。今まで以上に幸せな時間を過ごす2人だけど、そんな心地よさの中、つばきには気になっていることがあって…⁉ さらに、京汰の誕生日に彼の母親が訪ねてくる。相変わらず追い返そうとする京汰だが、彼の力になりたいと思ったつばきはある行動に――!!
簡潔完結感想文
- 初体験が完璧だったので、2回目以降は快楽に溺れる従来通りの性行為。
- 彼女の自爆と そのフォローに走る彼氏の自分勝手さが爆発する体育祭。
- 忘れた頃に出てくる互いの母親。今度こそ彼のトラウマを解消してみせる。
相手を気遣う前巻とは真逆の、自分の都合で動く 10巻。
色々な意味で水波作品っぽさを痛感した『10巻』。
何と言っても驚いたのは とても注意深く描写に気を遣った2人の初体験(『9巻』)から1週間も経たない内に2回目の性行為が行われること。このスパンの短さに水波作品らしさを感じた。
少女漫画は性行為を まるで結婚のように生涯で1回だけするもののように描かれることが多い。それは2回目を描くと内容が重複する上に1回目の感動が薄れるし、一種の最終到達点である性行為の2回目のタイミングを計るのは難しいからだろう。そして多くの作品では性行為の完遂は最終回間近なことが多く、その後は物語を畳むことが優先されるから内容の消化で忙しい。そんな作品が多い中で、水波作品は さっさと2回目を済ませ、そして早くも女性を快楽に溺れさせる。ある意味リアルなんだろうけど品がないと思うのと紙一重だ。
更に つばき の初体験のために あれだけ気を遣っていた京汰(きょうた)は、これまでの我慢が嘘のように性行為に積極的で自分の欲望を優先している。これでは これまでの水波作品のヒーローと同じである。初体験だけは完全に同意を得て、彼女が絶対に嫌がることをしなかったが、2回目以降は自分の都合を優先する。いかにも水波作品らしい性に対するオープンさだが、最初の気遣いを吹き飛ばしかねない身勝手さに思えた。
そして2人は どこまでいっても自分のこと、または自分たちのことしか考えられないのではないか、と その思い遣りの範囲の狭さが悪目立ちしていた。『10巻』で描かれる学校イベント・体育祭は彼らの思う正しさが実行できれば、他のことなど考慮に値しないという横暴さが出ていて、どこを楽しめば良いのか全く分からなかった。まぁ こういう思考の狭さや自分勝手に悩んで、その解決に愛情が滲んでいれば強引に話を進めるのも水波作品らしいと思ったけれども…。
特に後半の つばき は目に余る。後半は京汰の母子問題の最終的な決着がつけられる話なのだが、その母親に対する つばき の態度、そして京汰の顔色ばかり窺う精神的支配の様子に悲しくなる。
この つばき の行動は、序盤の京汰を連想した。序盤の京汰は自分で つばき を悲しませて、その後にフォローする自作自演型のヒーローだったが、今回の つばき は自分の都合を優先して失敗して、その後に結局 フォローに走るという自作自演ヒロインとなっている。『8巻』のハル編でも感じたが、彼女の行動には目的や一貫性が見えない。自分が何がしたいのか落ち着いて理解しないまま作品内で暴れているだけの印象を受けるから好きになれない。
また自分が交わした約束を京汰の機嫌が悪くなるのを避けるために破るのもカップルとして不健全に思えた。母親に関する話題を出されたくない京汰は すぐに激昂するし、その態度で つばき を委縮させている。彼は暴力こそ振るわないものの自分の思い通りに事が運ばないと不機嫌さを撒き散らす精神的DVを つばき に与えているように思え、それに女性を苦しみ悲しませるだけの父親との類似性を見てしまう。母親も つばき も京汰に委縮しながら交流し続けており、これでは京汰がどれだけ格好つけても、彼が裸の王様にしか見えなくなる。2人の恋愛が成就しても結局、2人は初期のまま変化していないことが『10巻』まできて見えてくるのが残念だ。
そして体育祭で結局、京汰に頼ってしまったから今度は つばき が頼られるターンだという作品の単純な構造も気になる。こういうことは一つ間を置いた方が、人の成長や意識の変化が鮮明に出ると思うのだが、本書は緩急のないストレート勝負のエピソードばかりなのが欠点に思える。『9巻』のような丁寧な集中力を持続して欲しいものだ。
結局、どこまでいっても水波作品は「我」が消えない。自分、自分、自分。キャラも作者も もう少し世界に対する広い視野を持てたら、長編作品としての奥行きが生まれたのではないだろうか。
京汰は つばき の誕生日に恋人を束縛する意味を含むアクセサリーを贈ってくれた。しかも それは彼女の名前の通り、つばき の花の形をあしらった品で、彼の独占欲がどれほど強いかを表している、と妹・さくら は教える。
上述の通り、他作品には見られないスピードで行われる2回目の性行為も相まって つばき に問題が起こる。それは以前と同じように つばき の成績が低下してしまったのだ(1年生のクリスマス前などと同じ現象だ(『6巻』))。
繰り返される問題に つばき は自分が恋と勉強の両立が出来ない人間なんだと思い知る。今回も依然と同様に成績の掲示物を剥がしてしまいた衝動に掻き立てられるが、京汰に声を掛けられ思い止まる。だが以前よりも厳しい状況なのは2年生の2学期での成績低下が、つばき の目指す指定校推薦が取れなくなるかもしれない。
そこで つばき は内申点を上げるために体育祭の実行委員に立候補する。しかし つばき は教師同士の私怨に巻き込まれ、体育祭の結果が内申点に響く理不尽な現実を知り、実行委員として成果を上げなければと追い込まれる。
そこでクラスメイトたちに競技の練習を提案するが聞き入れられない。そこで つばき と同じく推薦を狙う もう一人の実行委員の男子生徒が、体育祭で活躍した人は京汰を1日好きにしていいと勝手に約束する。その提案は京汰を好きな女子生徒たちと、京汰を目の敵にする男子生徒たちに魅力的に聞こえ、彼らは練習に意欲を見せる。つばき は勝手な行動に困惑するが、推薦のために彼氏を売りそうになるが、思い止まる。どれだけ京汰が自分を大切にしてくれているかは腕に輝くブレスレットが教えてくれている。だから彼女も京汰を大事にしなくてはならない。
そんな つばき の事情を深歩(みほ)を通じて知った京汰は自分の権利を売り渡すことで つばき の将来が約束されるなら安いもの、と つばき が自分を頼るように促すが、つばき は成績の低迷も体育祭の結果も全ては自分の責任だと彼から協力の意思を感じながらも それに甘えない。自分の望む進路なら京汰に頼らないという意識が見えて良い。これは このまま つばき が自分のペースを掴む話にしても良かったのではないか。
しかし京汰は独断で行動し、つばき が間接的に有利になるように動く。京汰の行動は つばき を思ってのことだし、京汰は恋愛と学校生活のバランスは2人の問題だから2人で考えるべきと大きな視野に立っているような言葉を発する。でも京汰の採った手法は つばき を悲しませるだけの自己満足に思え、理論が飛躍しているように思える。京汰のことを放置する つばき もだが、京汰の方も つばき に無断で行動し、彼女との話し合いをしていない。
その後の京汰の行動も体育祭を純粋に楽しんでいる人たちへの冒涜で、自分たちのことしか考えていない。体育祭を私怨で染める教師たちも問題だが、そこに巻き込まれて自分の利益だけを考える つばき も、彼女に加担することが愛だと考える京汰も不快だ。この体育祭は全員が自分のことしか考えていない お話で、これで愛情が深まったとは決して思えないエピソードである。『9巻』の修学旅行での お泊り回もそうだったが、自分勝手に行動することが良いとは思えない。京汰も、そして作者も愛情表現の方法を どこか履き違えているように思う。
作中で京汰の誕生日の2回目を迎える。つばき は自分の誕生日に束縛ブレスレットをくれた京汰に対して特別な品を用意しようと思案していた。そこで彼の興味のある天体のパズルを見つけるが、残り一点の品を別の女性も切に欲していることが分かり、彼女に譲る。その女性は自分の事情をペラペラ喋り、それで つばき の情に訴えようとしているように見えるが、これは説明ゼリフで つばき が彼女と、彼女がプレゼントを贈ろうとしている その息子の事情を知るために必要なのだろう。
聖女っぽい振る舞いをした つばき は誕生日当日、京汰に別の品を渡す。つばき にとっては時間に追われた不本意な品だったが、京汰は笑いながらも喜んでくれた。そこから2人は愛し合うのだが、その途中で京汰の家に来客が現れる。それが京汰の母親で、パズルを譲った女性だった。京汰の母親は つばき の優しさに触れているので、息子の彼女として つばき を認める。だが京汰は母親に冷淡だから母親が つばき を通して自分に間接的にプレゼントをすることも許さない。
京汰にとって母親は浮気をして家庭を崩壊させた張本人。彼の性格が破綻しているのも それが原因と言える。
母親の話題は つばき との間でもタブーにしたい京汰だが、つばき は自分が彼女として頼って欲しいということを彼に訴える。それでも京汰は心を開かない。不機嫌になった京汰は、つばき を わざと怒らせることによって彼女を退室させることに成功する。
部屋を飛び出した つばき はマンション前に立つ京汰の母親と再会する。彼女は落胆し、そして京汰の生活を心配する。母親は元夫のDV癖を心配していた。その話を聞いて つばき は彼ら夫婦の、京汰の家族の崩壊理由が母親ではなく父親にあると類推する。そうであるならば真相を伝えた方がいいと考える つばき だったが、母親に残された時間は少ない。彼女は明後日、北海道に引っ越し、もう これまでのように息子の顔を見ることは出来ない。だから つばき に明日の放課後に京汰を呼び出してもらいたいと願う。
翌日、京汰は徹夜で つばき が贈ったパズルを完成させていた。それが京汰の愛の証明なのだろうか。急に激昂する性格は父親譲りで変わってないし、全然いい話じゃないのに いい話にしようとするところが滑っているように感じられる。
この日は京汰は機嫌がよく、今日は中断された性行為を再開しようと つばき を誘う。京汰に不機嫌になられたくない つばき は彼に母親からの伝言を伝えない。自分の頭の中で結果が出ているから動かない、というのは つばき の悪い癖だ。
だから つばき は京汰を喫茶店で彼を待つ母親から遠ざける一方、母親を見捨てることが出来ずに彼女に対して嘘を申告して京汰が来ないことにする。だが つばき の不審な行動に勘付いた京汰が つばき に寄ってきて、その場面を母親に見られて嘘が露見してしまい、彼女を二重に悲しませる。つばき は学校の成績だけじゃなくて全てにおいて色々と要領が悪い。これまでも嘘をついて失敗してきた場面が何回もあったのだから、そこから自分の不得意なことを学べばいいのに、学ばないから見ていて疲れるし、好きになれない。
しかし その日は何がキッカケという訳でもなく、京汰の機嫌の問題で、唐突に母親に対する率直な彼の思いが語られていく。京汰は出て行った母を恨んでいるのではなく、自分に未練を抱く彼女に苛立っていた。別の人生を選んだのなら それを全うして欲しい。そのことを母親に伝えられるぐらい自分が冷静でありたいと願うが、まだ彼女に辛く当たってしまう。
そんな彼の本音に触れた つばき は自分の話していない母親からの伝言を彼に伝える。それでも京汰は動かない。彼女が別の場所で暮らすなら それは決別の絶好の機会だと考えているようだ。そして京汰は両親の離婚理由も母ではなく父親に原因があることも承知していた。京汰は全てを納得している。だから これでいいのだが、つばき はヒロインなので今夜 余計なお節介をはじめます。