水波 風南(みなみ かなん)
今日、恋をはじめます(きょう、こいをはじめます)
第03巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★☆(5点)
妹のさくらに背中を押されて、京汰(きょうた)に告白したつばき。せっかく勇気をふりしぼったのに、返ってきたのは「ガッカリだよ」の一言。これってフラレたってコトだよね…と、一時は落ち込んだつばき。でも、好きな人と正面から向かいあいたい!カワイクなるためにがんばりはじめたつばきだけど…!?
簡潔完結感想文
- 態度を急変させるメンヘラ男に振り回されないために自分革命はじめました。
- なぜか友人が知っているヒーローのトラウマは周辺の女性に拡散される大迷惑。
- 想いが重なる前の台詞は彼のことを嫌いになる幼稚性を指摘していないか!?
俺様ドSヒーローは自分を叱ってくれる女性に弱い ドM説、の 3巻。
前途多難な恋を演出した割には、思いのほか早く両想いが成立する。おそらく作者は連載開始前から ここまでの展開を描いていただろうから、ここから どういうお話を用意するのかで作者の地力が見られるだろう。
そして これまでの作品は交際前後から「エロいこと」しかしておらず、ずっとヒロインが男性からエロいことをされ続けていれば お話が成立していた。だが今回の連載では「脱エロ」も一つの目標だと思われるので、エロに依存することなく読者の興味を引き続けられるかが作者の大きな試練となるはずだ。
私はヒーロー・京汰(きょうた)を軽蔑の目で見ているような人間なので、両想いに感動することは一切ないのだが、その両想いの場面は大いに楽しめた。なぜならヒロイン・つばき が京汰の欠点を これでもかというぐらいに的確に指摘していたから。自分のご機嫌で人に対する態度を急変し、トラウマがあるから被害者面して周囲に横柄になる。そして自分が加害者になっていることには無自覚で、そこに強烈に歪んだ自己愛を つばき は感じ取る。
…もはや、これ破局の際に相手に言ってしまう我慢できない嫌いなところである。これだけ相手の欠点を的確に把握しているのに、どうして つばき は彼を好きでい続けているのかは本書最大のミステリーである。
しかも京汰は この言葉で改めて つばき への想いを確認し、そこから彼女を抱きしめキスをする。つばき にトラウマを知られたことで お互いに秘密は無くなり、その上 自分の性格的欠点を指摘されたら あっという間に態度を豹変し、彼女に甘える。俺様ヒーローって結局、強い女性に弱いんだなぁ、というのが類似作品と総合した分析結果である。母親の愛情を受けられなかったから感情が暴走し、その母親の代わりに自分を たしなめてくれる人に どんどん甘えていく。マザコンかつ ドMという2つのMが自称・俺様ドSヒーローの本質なのではないか。
欠点を指摘しても つばき は京汰が好きだし、欠点を指摘されても京汰の性格は基本的に変わらない。私は この欠点が最大かつ最低のものだと考えるが、作中でそれを指摘しても、京汰は史上最高の男性として描かれ続ける。この辺が つばき はダメ男に染まる恋愛の洗脳を受けているように感じられてしまう部分である。本書で心優しい当て馬が登場しないのは、京汰の欠点が鮮明になってしまうために、意図的に普通の男を排除しているのではないか、と思ってしまう。
それにしても京汰のトラウマの扱われ方が雑で笑える。京汰にしてみれば自分の最大の秘密で暴かれたくないことなのに、なぜか彼の親友は一から十まで話を聞かされているし、そのトラウマを つばき が知る際には妹も同席している。そして つばき は京汰のトラウマを許可なく自分の友達に話してしまう。京汰もそうだが、誰もデリカシーとか配慮とか心遣いとかないのが、この世界の住人なのか、と思ってしまう。特に つばき は配慮が出来る人だと思っていたので失望が大きい。自分の母親の浮気の話題など誰にも触れて欲しくないのが繊細な男心なのではないか。特に京汰は自分の秘密を弱点だと思っていて、それをベラベラ話すような人間をフルボッコにしそうな感じなのに、そういう不自然さは無視される。こういう細かい ご都合主義が重なっていて、私は本書を好きになれない。
自分から京汰に心を開いた途端、彼から拒絶された つばき。その混乱の中、夏休みが開け新学期が始まる。
京汰は つばき に幻滅したので『1巻』1話の頃に逆戻り。つばき から告白されたことを教室内で男子生徒に話し、話題を振りまく。その理不尽な屈辱に耐えかねて つばき が事実無根だと反論するのだが、2人はクラスメイトたちからの信用度が違う。こうして つばき が嘘つき扱いされるのだが、それを京汰がフォロー。バカなクラスメイトが つばき に平身低頭するように仕向け、この件を収める。えっ!? 京汰から暴露を始めた一件なのに?? 完全にメンヘラ男と化していて、意味が分からない…。
放課後、つばき は自分の恋心をクラスメイトで一番近しい深歩(みほ)に見抜かれ、初めて恋について語り合う。深歩は京汰に委縮する つばき に対して その思い込みを排除しようとしてくれ、ダサいという呪縛に憑りつかれている彼女を開放しようと、つばき が これまでしてこなかった可愛くなる努力の手助けをする。
こうして京汰の仕打ちで手入れを怠っていた前髪を整え、彼女は前を向く。そのためには資金が必要だと つばき のバイト生活が始まる。母親の過干渉からすると つばき にバイトなんて許さないと思うが、話の流れに都合の悪い部分は無視する。
ギャグシーンを挿み、深歩の手を借りて つばき はクラスメイトが驚嘆するぐらい可愛くなる。つばき が このぐらいのポテンシャルがあることは1話の1ページ目から描かれていたことで、「自分なんか」という心の殻を破って本来の美しさを出した、ということなのだろう。このエピソードは つばき の心理的な成長があり、メンヘラ・DV気質の京汰に臆することなく立ち向かう準備が描かれていて良かった。
だが つばき の一皮むけた姿を見た京汰は幻滅したように見えた。そして入学以来 隣同士だった席替えを提案し、つばき と距離を取るかのような行動に出る。そして再び つばき を揶揄するような発言を繰り返し、彼女を貶める。
それでも見た目ではなく心が新生した つばき は、これまでのように京汰の身勝手さに振り回されない。勇気をもって彼に話し掛け、ずっと気になっていた告白の時の彼の言動について問う。京汰の答えは、あの時に つばき が「女」を見せたから、というものだった。ここで概要しか教えない京汰だが、つばき は彼の親友である西希(にしき)に京汰の女性に関わる出来事を聞き出す。
そこから語られる京汰の2度の女性からの裏切り。ってか西希は どうして こんな詳細に知っているんだ、と思うけど。
1人目は京汰が10歳の頃の母親の裏切り。誕生日の朝、京汰は母親から祝福の手料理で もてなされるが、彼が学校に行っている間に、母親は家を出て行った。そして母から渡された連絡先は泥酔して帰宅した父親によって燃やされてしまった。父は母の浮気を調査しており、その浮気を続けるために彼女は家を出て行ったと京汰に教え、自分たちが捨てられたことを思い知らせる。
2人目は その後に京汰が心を許した養護教諭の女性。母が家から出て行った後、京汰は父親のストレスの捌け口となってDVに遭っていた。それを必死で隠そうとする京汰だったが、養護教諭は名教師と名高い京汰の父親の裏の顔に気づいているかのような言動を見せる。そして彼女は一家3人で幸せそうで理想の母親に見えた。だが彼女もまた同僚と浮気をしており、幸せな家庭を演じていることが発覚し、養護教諭に甘えようとしていた京汰は手酷い裏切りに遭ったと受け取る。
その経験があるから、京汰は女性が「色」に目覚めることを許さない。色欲だけの関係ならいいが、女性が自分に好意を秘めた色目を認めると京汰の中で嫌悪感が生まれる。そして自分の気を惹こうと色気を出すと それもまた失望に変わる。逆を言えば京汰は つばき の色気の無さに良妻賢母の資質を見たということなのだろう。彼の中では地味女は自分だけを愛してくれるかもしれない理想の候補者なのである。そこに希望を見い出し、それが失望に変わると彼女に怒りをぶつける。ガキすぎて話にならない。
その話を横で聞いていた妹の さくら は、つばき だけは絶対の京汰を裏切らないことを証明すればいいと姉に助言をする。
そこで つばき は京汰の好きな分野で自分との接点を持たせようとする(大事なのは そういうことじゃないと思うのだが…)。学校内での天文部の設立や望遠鏡の購入などを考えるが そこには現実的な壁が存在した。そしてハロウィーンの日に京汰を夜の学校に招き、ある企画を催す。
それが京汰に星の世界を見せてあげるというものだった。ここでも姉妹揃って夜に出掛けている状況を母親は どう思っているのかが分からない。つばき を縛る縛らないの線引きが いまいち分からない。まぁ作者の都合なのでしょう。
また、この時つばき が匿名で手紙を出し、覆面で顔を隠すのは京汰が逃げないように、なのだろうが、つばき の望みは自分を信じてもらうことなのだから顔を隠すのは意味がないというか本末転倒な気がする。
つばき の考えた企画は京汰の胸に刺さったようで つばき は安心する。そして偶然にも この日は京汰の誕生日で彼は 自分に星空を見せたプラネタリウムを譲り受けても良いと言い出す。しかし京汰にプラネタリウム本体を渡すと接点が無くなると焦った つばき は彼に投影用フィルム1枚だけ渡す。本体は3年後に渡すことで つばき は彼との繋がりを保とうとする。その長期計画に京汰は呆れるが、つばき が3年後も自分を好きでいるつもりであることを知り心が揺れ動く。
そんな京汰の心に触れ、つばき は自分が彼のトラウマを知っていることを話す。即座に激昂する京汰だったが、心が強くなった つばき も負けずに応戦する。自分だけ被害者ぶる京汰に、どれだけ酷いことをされたか、自分の傷には敏感なのに、相手を傷つける鈍感さという矛盾を鋭く指摘し、彼を黙らせる。えっ 作者 京汰のこと嫌いなの!? と思うほど、芯をくった性格分析である。
このブレーキを失った自分の発言に嫌気が差した つばき は京汰にプラネタリウム一式を渡し、そして今度は「女」という集合体ではなく「自分」という人に向けて きちんと ふって欲しいと要望を伝える。この京汰が憎む「女」と つばき を切り離して問題を提示するのは良かった。つばき の賢さを初めて見たかもしれない(笑)
それに対する京汰の答えはキス。京汰は裏表のない全力で失敗もする つばき を信じようと思えたのだ。
あれだけ つばき に一方的に冷たくしていた京汰は早くも彼女に夢中。そんな2人の様子を見た深歩に つばき は状況を報告するが、この時 京汰のトラウマを勝手に話しているのが気になる。
けれど、この時点での つばき の現状認識は告白前の状況に戻っただけというもの。夏休み前までのように気軽に話せる関係に戻ったことに安心している。彼の中でキスや性行為に意味がないのは思い知っているから、卒業までに もう一度 告白できればいいと考えていた。
だが一方で京汰は初めて心から安心できる彼女が出来たという認識で幸福感に浸っていた。その認識の齟齬を深歩に指摘され、京汰は つばき を探し、彼女に改めて交際を申し込む。この時も この行動は まるで つばき が全て悪いみたいな言い方をするのが京汰の被害者根性丸出しの部分だと思う。自分がキスしたくて それが出来なくて苛立って つばき が悪いと刷り込む。まぁ、ちゃんと「好き」を言えた点は彼にしては偉いと思うけど。
京汰はトラウマを乗り越えたことで ここから性格が漂白されるのだろうか。作品を面白くしていたのは間違いなく京汰の こじらせた部分だったので、この先が心配である。