松月 滉(まつづき こう)
幸福喫茶3丁目(シアワセきっさ3ちょうめ)
第04巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★(4点)
カフェ・ボヌールでバイトする潤(うる)は今日も元気いっぱい! でもある日、進藤さんと潤の住むマンションでハプニングが!? 一郎くんの変人ファミリーや、蜜香ちゃんの幼少時代も必見! リリカル読み切り『ハナとアゲハ、夏』も併録!!
簡潔完結感想文
- 前巻から引き続き4連続で お子様がメイン。誰かの家族・恋愛でネタ枯渇を防止。
- 義父に金を払わせて優雅に1人暮らしを満喫するヒロイン。これが 良い子なの!?
- 自宅なのに布団もベッドも不使用で始まる風邪回。さらには店は開ける謎展開。
その笑顔一つで、義父はATMに成り下がる、の 4巻。
『4巻』の後半は珍しくヒロイン・潤(うる)とパティシエ・進藤(しんどう)の距離が縮まる回になっていて楽しめた。潤は完全に白泉社特有の天然鈍感ヒロインなので、彼女にスイッチが入るのは まだまだ先だと思われるが、すっかり進藤の心は掴んでしまっているようで何よりだ。内面はともかく、目に見える形では全く進展の無さそうな2人の代わりに、サブキャラたちの恋愛要素が持ち込まれ、今後は恋愛成就などの模様は そちらを代替として楽しむことになるのだろうか。
だが私は潤の恋愛に興味がない。そして潤自体も好きになれないのが大問題だ。
天然鈍感ヒロインに仕立て上げるために、潤に芽生え始めた進藤への特別な気持ちはリセットされ無かったことになっているし、恋愛ハプニングも彼女の強引な曲解で回避している。潤は恋をするような精神年齢に達していないような描き方になり、その わざとらしさに辟易とさせられる。これは本書だけでなく白泉社系の、連載を延長させることに全力を注いでいる作品で散見する現象だ。これで恋愛要素を一切 排除するなら清々しいが、男性側からの好意をプンプン匂わせ、読者を喜ばせようとすることが腹立たしいとすら思える。
そして この『4巻』で私が潤を決定的に嫌いになる要素が出てきた。それが かねてから気にしていた潤が1人暮らしするマンションの家賃問題である。なんと母親の再婚で勝手に家を出ていった潤は、現在 その家賃を義父に払わせているという。信じられない身勝手さ。母親と義父の重荷になりたくないと願って家を出た健気なヒロイン思考だったはずなのに、いつの間にか彼女自身が重荷になっている。
これは ちょっと考えられない。自分の精神的な安息を得るために始めた1人暮らしなのに、その費用を義父に押しつけている。繰り返しになるが、潤が真に大人になるのは、義父と一緒に暮らすことだと思っている。多少ギクシャクすることを覚悟して、それでも3人が新たな家族を形成していくために歩み寄らなければならない。だが潤は その努力から逃げ出し、笑顔を狡猾に使い、義父を丸め込んでいる。結局、潤は自分の父親は実父だけだという信念を曲げない意固地な人間である。そのためなら義父を否定し続ける。その一方で利用もするから性質が悪い。
ワガママな連れ子のために、余計な負担を強いられている義父が可哀想でならない。妻となった潤の母親も働いていたはずなのに専業主婦になっている気配があるし、親子で義父を財布代わりにしている気配がある。これは1話の義父の同僚じゃなくても彼に同情を禁じ得ない状況ではないか。男に寄生するヒロイン母娘って、少女漫画的に一番 ダメな立ち位置ではないだろうか。
そして問題は潤、または作品が その義父の負担を当然ぐらいの気持ちでいることだ。ここで潤が自分の暮らしが義父によって支えられていることを実感、感謝するエピソードを挿入すれば、読者の溜飲も下がる。なのに全15巻もある作品の中で、そういう場面は一度もない。ハートウォーミングなエピソードばかり作るより、現実的な感謝を先に描くべきではなかったか。
もう一つ大きな疑問は、進藤が高熱を出す風邪回で潤たちが独断で店を開けること。進藤不在の中、2人で1人前の潤と一郎(いちろう)の高校生コンビが奮闘する、という話のアイデアは大変 面白いが。
今回、唯一の店員でパティシエの進藤がいないのだから店を お休みにすればいいのに意地でも開店する。ケーキが売りのカフェでケーキを作る人がいないのに、その障害は一顧だにされない。作者の中のリアリティが どういうことになっているのか問いただしたい。
しかも潤は途中で進藤の様子が気になり、フラっと現れた安倍川(あべかわ)兄弟に甘えて、進藤のマンションに走る。これも疑問。一度 店を開けると決めたのだから、最後まで その運営を やり遂げるのが潤の役目だろう。なのに彼女は任務を放棄する。そして いつものように、そういう自分の勝手さを全く考えない。そういう配慮の行き届かない点が本書の欠点だと思う。
ボヌールを開店させたのは、本書には連載1回につき1回、作品の舞台で、もう一つの主役と言えるボヌールの店内の様子を描く、というノルマがあるからなのかな、と考えた。だから残された2人が店を開け、ボヌールに入る必要のだろうと考えた。
…が、風邪回直前の連載では、1回もボヌールが出てこない。この回はバイト終わりに3人が帰り道を歩いている場面から始まり、一切 店内の様子は描かれていない。どんな回でも1回はボヌールが出てくるんだ!みたいな、作者の縛りや美学が見られたら熱心な読者を喜ばせたと思うが、本書には そんなもの用意されていない。
『3巻』では後半収録の3話が連続で子供の話だったが、『4巻』に入っても それは続く。今回は一郎の西川(にしかわ)家の末っ子の話が出てくる話。お兄ちゃん子の末っ子である。
ここでは一郎の母親もボヌールに初来店する。子供服のデザイナーで、いわゆる少女漫画が考える「格好いい大人の女性」を体現したかのような人。大人の女性(たとえ誰かの姉でも)は、スペックが高い人が多いというのは白泉社系の作品あるある かもしれない。
作品の王女様である潤は、一郎の母にも一目で気に入られる。かつての安倍川家と同じように、潤の話題は その家庭で頻出するらしい。こうして潤は無自覚に価値を上げていく。
そんな母と入れ替わるように西川家の末っ子が来店。『2巻』の安倍川兄弟と同じく兄の話題に良く出てくるボヌールの潤を観察しに来たらしい。そして大好きな兄を奪われてしまうかも という恐れから潤に厳しい。
この回でもボヌール組は子供に優しい。咳込んでいる その子に飲み物をあげる。それをテーブルに運んだ潤の満面の笑みで万事解決かと思いきや、その子は潤の名前を揶揄する。それに対して潤は珍しく怒る。この名前は潤にとって大事なもので、人にヘンと言われる理由がない。そんな自分の ちょっと大人げのない行動を省みる潤だが、その子が倒れてしまうところを自分の犠牲を顧みず反射で助ける。こうして その子も改心して、名前の件を撤回する。
最後に、女の子にしか見えなかった その子が弟であることが明かされてオチとなる。そういえば一郎も この年齢の頃、安倍川弟に女の子と間違われ、惚れられていたなぁ。
続いては中学生でモデルの蜜香(みつか)の家庭の話。この回では秘書の雪菊(ゆぎく)のキャラが立っているが、それは巻末収録の読切短編のキャラの縁故だからか。
蜜香の家に仕える鈴木くん(24歳?)は15歳の頃、路頭に迷っていたのを この家の主人(蜜香の父親)に拾われた。蜜香をはじめ、周囲の人間も鈴木の過去には大らかで気にしない。どうやら鈴木は父親に虐待されて育っており、発見時の大怪我もそれに由来すると思われる。問題のある家庭を どこかしらに作らないと作者の気が収まらないのだろうか。
鈴木は蜜香に密かに想いを寄せており、蜜香が「潤」なる人物とデートをすると知り、心が波立つ。もう潤はウルとしか読めないが、潤は「じゅん」と読んで男性だと勘違いするのも当然か。
そんな頃、鈴木は当の潤と街で会い、ボヌールに来店する。自分の大事な人の心の中にいる「潤」という人物に会おうとするのは、前の一郎の弟・二郎(じろう)の話と同じ流れ。
白泉社漫画の中では身分差や上流階級がない本書だが、もしかしたら鈴木と蜜香の間が本書の中では一番、立場に差があるかもしれない。年齢差もあり前途多難か。今回は、潤の笑顔は封印され、蜜香の笑顔が鈴木にとっては世界の中心という話。
進藤がクモが苦手なことも判明する(これ以降、この設定が活かされた覚えがないが…)。
潤が進藤の玄関先にいる時に進藤がクモを発見し、反射で潤を家に引きずり込んでしまう。更には停電し、暗い中、男女は密室に2人きりになる(クモという抑止力で)。
天然ヒロイン、潤は進藤と2人きりでも気にしない。そして進藤がクモが嫌いでも潤は彼を おちょくったり、軽蔑したりしない。進藤が あまり好きではない咲月という名前の時もそうだが、彼のコンプレックスを優しく包んでくれるのが潤という人間の大きさ。笑顔の潤は無敵。なんだか、早くも母親が進藤を捨てて出ていった時のトラウマが解消しそうな勢いだ。
しかし寝てしまった潤を進藤が どこにも運ばないのが謎。側にいて見ていたかったという気持ちは あるのかもしれないが、山小屋で遭難してるんじゃないんだから、自宅なんだから自分のベッドに運んで布団をかけてやったら いいと思った。ここでベッドを潤が使っても、続く風邪回への繋がりは矛盾はないし。
この話は物語序盤の中では かなり恋愛要素が濃いめ。潤に全く自覚がないが。
こうして進藤が高熱で倒れる。潤は一郎に助けを呼び、彼の冷静な判断力で、進藤の看病も捗(はかど)る。
進藤不在でも、潤と一郎は2人だけでボヌールを開店させようとする。どうやら昨日のケーキで乗り切るみたいだが、商品の陳列数には偏りがあるだろう。素直に休店すりゃいいのに。
しかも一郎が寝てしまっても助けに入る人手が足りないという状況。そこに現れるのが安倍川兄弟。彼らに店番と一郎のお守りを頼み、潤は進藤の様子を見に行く。上述の通り、この潤の行動は正しいとは思えない。お節介ヒロインは正義だというのか。
進藤の家では、まだ熱のある進藤が悪夢を見ている様子。その前の回でトラウマが解消されたような描写だったのに、それもリセットされてしまっている。やはり熱で弱気になったか。彼が悪夢を見て寂しい思いをしていると知った潤は、バイト後、知人たちを進藤の家に集合させる。これは目が覚めた時に彼が独りにならないようにするため。潤の狙いは的中し、あの進藤が笑顔を見せる。
「ハナとアゲハ、夏。」…
母を亡くした6歳のハナの前に現れたのは「お母さん」になりたいと現れた男性だった。母親の後輩だと言うアゲハは小説家をしていて、ハナと暮らし、15歳の現在まで彼女を養っている。どうやらアゲハは亡き母親に恋をしていたようだ。この話の中で、雪菊という人物が登場しているが、それは本編の雪菊の弟で編集者。ある日 ハナは高齢夫婦と知り合いになり、そこで自分の出征の秘密を知っていく、という少女の成長と家族の絆を描く。
どこかにいる本当の父親の登場により、現在の家族のカタチが壊れると思って焦燥と悲嘆を感じるハナ。家族の形態が変わることへの怖れというのは作者の中での大きなテーマなのだろうか。
主人公の特徴的な瞳の色が親子の証明に繋がっていくのか。この話は父が名乗らなかった理由が しっかりと作られていて良い。本編も恋愛が進まない理由をちゃんと用意すればいいのに。
この手の作品の育てる側の職業が小説家が多いのは、在宅で子供の面倒を見られることと、職業の特殊性が一石二鳥で得られるからだろう。それにしても本の帯に「初の『幸せの結末』」なんて堂々とネタバレする作品は とても傑作だとは思えないなぁ…。