中村 世子(なかむら せいこ)
ニブンノワン!王子(ニブンノワン!おうじ)
第02巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★★(6点)
お姫様に憧れる平凡な女子高生・月子と半人半犬な異国の王子・ジンは、(仮)婚約中。が、突然のキスに月子の心臓は暴走気味! さらに、心乱れる月子の前にジンの弟・シビが現れ、お妃候補が他にもいると…!!!
簡潔完結感想文
- 幼すぎて相手の心を信じ切れない月子。彼女が右往左往すれば1話が完成する。
- 少女漫画序盤で親族が投入されるように、本書では異世界からの来訪者が続く。
- 月子、そしてジンを取り巻く環境が悪いことは、2人の成長の源でもあるだろう。
いつか大輪の花を咲かせる少女も今はまだ萌芽、の 2巻。
厳しいことを言えば『2巻』は偶数話が面白くて奇数話が いまいちだった。大雑把に言えば偶数話は異世界・満天国(まんてんこく)関連の話で、奇数話は主にヒロイン・月子(つきこ)の自宅内の話と分けられるだろう。
奇数話が いまいちなのは基本的に月子が空回っているだけで、ジンの愛を疑ったり自分の未熟さを痛感して、その月子の心の穴を王子・ジンが埋めるという お決まりの胸キュン展開だからだろう。
月子は割と悲観的な人間である。幼い頃から器量の良い姉にコンプレックスを持って育ったからか発想が後ろ向きだし、ちょっと陰湿な印象を受ける。少女漫画のヒロインとしては珍しいタイプと言えるかもしれない。そこに不慣れな恋愛が加わって、彼女の性格は ますます面倒臭くなっているように見える。
しかし彼女の落ち込むのはもっともで、普通の女子高生が一般的な恋人と過ごす日々をすっ飛ばして、自分は将来の国王の妃=王妃として相応しいかを第三者から選定されるという立場になってしまったからだ。多くの人から見られて、変わらずに自分に自信がある人は少数だろう。立派な人格と立場のジンを好きになるほど、自分の惨めさが際立ってしまう。ジンのことは好きだけど、彼の横にいることは自分のコンプレックスの刺激の連続で なかなか前向きになれないのは分かる気がする。
しかもジンの周囲の人々はジンに肩入れするあまり月子に厳しい。ジンが優れているから周囲の人々は妃にも優秀さを求め、それがまた容姿や年齢・度量など月子に足りない部分を痛感させてしまう。自分が その人の隣に立てる器なのか悩むのは、トップオブトップを好きになってしまう白泉社ヒロインの宿命なのだろう。16歳前後で御曹司やら年上の男性や国王などを好きになるから問題は起きるのだ、と思ってしまうのだけれど…。
それでも月子は自分の成長を誓っている。自分が役立たずでもジンに愛されているから何もしなくて良いと考えないのが彼女の強さだと思う。今回、月子が育てた植物が芽を出したように、今の月子は地に根を張り、大きく成長する前段階なのである。いつか こんなドタバタに七転八倒していた日々があったな、と彼女が思い返すような痛々しくも若々しい日々が描かれているのが『2巻』である。
そして『2巻』全体が、いつか月子が異世界・満天国に行く前準備のようにも見える。側近のガクやジンの異母弟・シビなど満天国側の知り合いも増え、彼らに愛の鞭で叩かれながら、月子は少しずつ強くなっていく。本当に満天国に行ったら これまでの比ではない試練が待ち受けているだろう。王宮という伏魔殿に入り、そして犬と人間の半種のジンの妃になることで好奇の目を向けられるのは必至で、今は その厳しさを類推する時期でもあるだろう。
そして作者は読者に満天国の内情が どういうものかを先に示すために最後に過去編を用意している。上述の通り 早くも日本の月子の家での展開がマンネリになってきたところなので、この話は っても新鮮に映った。こういう作者の落ち着いた配慮が好きだ。この落ち着きは そこそこキャリアを重ねているから出来ることなのだろうか。どうも白泉社系は1作目でドンと売れた人よりも、下積みが長い人の方が結果的に息が長い活躍をしている気がする。変に一発屋になると落ちぶれ感が出てしまう(白泉社は売れた作家へのアフターフォローが丁寧だと思うが)。勢いとギャグで乗り切って、自分の作品の どの部分が分からなくて迷路に入ってしまう人よりも、ちゃんと自分の強みや読者の要望を汲み取れる人の方が結果的に強い。それは まるで月子の成長と同じなのではないか、とか言ってみる…。
ジンにキスされて未だに平常心を取り戻せない月子。なのでジンを避ける日々が再び始まる。
一方、ジンは こちらの世界にいる期間が長くなり、本来の公務が山積してしまい、側近のガクから仕事を命じられる。確かに そろそろジンに働いてもらわないと ただの無職の居候の自称・王子でしかないですからね(笑) 出来れば満天国の名産だという金や玉を売って家に お金を入れて欲しいけど(笑)
月子はジンを避けるが、やがて慌てているのは自分だけだということに気づき、キスの重みの違いを痛感し、ジンに酷い態度を取ってしまう。全ての価値観が同じじゃないから一方的に怒るのは幼さすぎるが、ヒロインは このぐらい身勝手な方が物語が動かしやすいのだろう。でも仮にジンもまた照れまくって月子と顔も合わせられないような純情だったら、それはそれでキスをしてきたジンが なぜ私を避ける!? と月子は怒るのであろう。ヒロインというのは身勝手な人のことを言うのである。
けれどジンは顔に出ないだけで しっかりと月子のことを考えている。それを分かるのは側近のガクだけ。だからガクは お節介かつ意地悪を月子に仕掛け、間接的に彼らの中を修復させようとする。こうしてガクに騙され、ジンが再び お妃選びをすると聞かされた月子はジンのもとに走る。そして自分の要望をしっかり口にして、そしてジンの答えを聞くことで月子の心は ようやく落ち着く。ジンは明晰で冷静で愛が深いから話し合うと すぐに解決しちゃう。だから どうにか話さない状況を作るしかないのだろう。
ジンの溺愛は月子の学校行事・キャンプに密航するぐらい重い。だが学校内では犬好きの教師によって ある程度の自由が認められていたが、キャンプ場ではジンは首輪をつけられて身動きがとれなくなる。
その夜、月子が肝試しに参加している間、置いてけぼりとなったジンの前にシビという男性が姿を現す。シビは首輪のついたジンに対し、更に身動きの取れなくなる まじない を施し、彼を不自由にしてから、月子に会いに向かう。
月子はシビに誘導され、彼の魔の手に落ちそうになるが、そこに現れるのはヒーロー・ジン。彼は まじない と首輪という二重の鎖を犬の姿のまま解き、必死でシビの前に現れた。それはシビが初めて見るジンの顔だった。シビはジンの弟または兄。生まれた日が同じで時刻も ほぼ同じのジンの異母兄弟になる。満天国の限られた王族は一夫多妻制で、その結果に生まれた王の子どもたち。双子のように一番近い存在だが、一番 仲良くはなれない存在なのだろう。
シビは月子にジンも多くの妻を娶(めと)ることが出来る事実を伝えるが、ジンは1人の妻だけを所望するらしい。しかし側近たちは宝玉輪を使った選考が上手くいかないのなら、独自で お妃候補を擁立しようとしているらしい。
シビは月子の心に嵐をもたらす情報だけを置いて姿を消す。そして月子は どれだけジンが誠心誠意の言葉で語っても、自分が幼く弱いから語らないことがあることが分かってしまう。
ガクもシビも結局は そのことを月子に報せに来ているように思う。閉鎖的で息の詰まる王宮の改革をジンの精神力と、久々に異世界から娶られる月子に託しているのではないか、という希望的な見方も出来るのではないか。
それにしても白泉社の作家さんは自分のキャラに色気が出ている設定にしたい人が多いけれど、私は感じたことがないなぁ…。
側室の可能性や、他の妃候補の存在を知って またも落ち込む月子。
そんな彼女の姿を見た月子の姉は、ジンと2人きりの一夜を用意して妹が元気になるように仕向ける。が、本書において月子がジンのためになることをしようとすると失敗するのは もはや お約束。それでもジンは変わらない愛おしさを月子に向けるというシーンが続く。
空回りする月子は熱を出し、そこから風邪回になる。『1巻』では月一回の生理現象「渦(うず)」にジンがなっていたが、今回は月子をジンが看病するという反対の役割となる。病床の月子の横で、ジンは誠実な言葉で月子の不安を一つ一つ丁寧に取り除いていく。失敗描写が続くばかりだから月子の家での出来事は面白さを感じられないのかもしれない。
ラストの8話は過去編。
成人が近づくジン王子の元には自分の娘を妃にしたい家から貢物が絶えない。その貢物の中に密航していたのが、ジンと同じ境遇の半種のレンレンだった。ジンは半種である自分に半種の娘をあてがえば同病相憐れむで夫婦になると考えたであろう、その家の意向が気に入らない。まして月子と出会う前なので半種である自分にコンプレックスが強くあった頃だろう。
もしレンレンが月子ぐらい負けん気が強くて、もう少し知性があって、他に想い人がいなかったら(条件多いな…)、時間をかけてジンと分かり合い、同じ境遇の2人だから惹かれ合うという展開も あったかもしれない。そうなった場合でもジンは国の掟に従い、異世界に嫁探しに出たのだろうか。同じ境遇のレンレンと、出会う前から愛すると決めていた異世界の女性、ジンはどちらを選んだのかを考えるのも楽しい。
それでも2人が心を通わせる話かと思いきや、そうではなくて その半種という特性を隠そうとした家の方針もあって箱入り娘だったレンレンが本物の愛を掴むまでの話になっている。レンレンの恋心に気づいたジンは お節介を焼き、本当に想い合っている2人を結ぶ。ヒーロー王子が自ら当て馬になっているといった感じが面白い。
この話は半種と人のカップルが将来を自分たちで決めるという自立の お話でもあり、男女は逆転するが、彼らの成功が後のジンと月子の関係の先例になり得ることでもあるのではないか。ジンの治世となれば、もしかしたら ますます人と犬との交配が進むのかもしれない。その時代には人、犬、そして半種が平等に生きる世界となるのではないか。
それにしても『1巻』でも書いたが半種が蔑まれるという この国の差別は意味が分からない。本来 この国の王は犬であって、人間の血が濃くなることは その正当性も薄まるということで、半種こそ正統なる王の血を表す存在だと思うのだけど…。
そして犬の遺伝子の方が劣性だとすると、将来的に この国からは犬が消えるということなのか。いても半種。それも やがて低い確率でしか生まれなくなるだろう。自分たちのアイデンティティを捨てるような行動に走った、人間に欲情した かつての王様の罪は深い…。