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少女漫画と小説の感想ブログです

頭を打って 時をかける少女。ドラえもん「おばあちゃんの思い出」のパク…、オマージュ!?

幸福喫茶3丁目 9 (花とゆめコミックス)
松月 滉(まつづき こう)
幸福喫茶3丁目(シアワセきっさ3ちょうめ)
第09巻評価:★★(4点)
 総合評価:★★(4点)
 

バイト中、頭を打った潤(うる)。目覚めるとお父さん・光志(こうし)の姿が…!? 思いがけない奇跡の中で見つけた幸せとは!? 一方、幼稚園でハロウィン会開催★ そんな中、潤に緊急事態が!? 潤の両親の出会いを描いた特別編「空の名前」も併録!!

簡潔完結感想文

  • 父に会いたいという願いが起こす タイムスリップ。自分に都合の良い夢で処理しよう。
  • 部外者に この家を居場所と思って欲しい蜜香と、部外者が来たから家を出る潤の対比。
  • 潤の両親の出会いの話は、同時に どうして母が再婚したのか という新たな謎を生む。

婚する母も、家を出ていく娘も理解できない 9巻。

この『9巻』では これまでは存在だけが語られていたヒロイン・潤(うる)の父親・光志(こうし)の輪郭が鮮明になっていった。潤の母親・由紀恵(ゆきえ)による亡き夫の回想の他、潤が脳内タイムスリップをするという変則的な話まで登場する。このような非現実的な手法を用いてまで どうしても感動的な話を作りたいらしい。でも話の構成は まんま ドラえもん の「おばあちゃんの思い出」そのもの(よくある話の設定ではあるが)。

光志との思い出が美しければ美しいほど、新しい父親は潤に不要になる。母親の再婚が余計な要素に感じる。

作品としては、たとえ夢の中であっても潤が父親と出会うことで潤や、潤と母親の関係が一歩前進することになった。潤が父親に感じていた不在からの寂しさなどが満たされ、潤に心残りがなくなる。それが母親にも伝わり、これまで彼らの間ではタブー視されていた父の話題が解禁される。一種のトラウマの解消とも言える。そこから母親が亡き夫の回想をするというのも話の流れとしては自然だ。

ただ亡き父・夫である光志の存在感が増すと、現在の義父・夫となる尚輝(なおき)の存在が ますます不要になる気がした。ずっと言っているが、潤の尚輝に対する態度は最低だと思う。まるで再婚が気に食わないかのように家を出て、互いの誤解が解消されても同居しない。しかも1人暮らしの家賃は尚輝に払わせている。それでいて新しい父との思い出は作ろうとしない癖に、亡き実父の思い出は追及し、ついにはリアルな夢まで見て 自分で感動している。潤にとって この経験は ますます光志への思いを強くしただろう。潤にとって気がかりな事柄が(自分の中で)解消したのなら、大人しく家に戻ればいいのに。尚輝を好きだと口では言いながら、心の底では家族と認めない という頑なさばかり感じる。

『9巻』では潤の友人でモデルの蜜香(みつか)が、他者である使用人の鈴木(すずき)に居場所を作ろうと奮闘している姿が潤とは対照的に思えた。蜜香が大事にしようとしている鈴木なのに、彼が家を出てしまうのが現在の潤だと考えると決してシアワセなんかじゃない状況に思えてきてしまう。『9巻』では そういう矛盾ばかり感じた。


た光志の存在感が増すほど母・由紀恵が どうして再婚することになったのかが分からなくなる。再婚しないことが亡き夫への愛の忠誠とイコールだとは私も思わないが、あれだけ子供を一方的に縛り、父親の話題をタブー視してきた母親が、娘に十分な説明や気配りなく再婚したのが どんどん理解できなくなる。

光志との思い出を美化するほど、それを乗り越えて若いだけで頼りない男性と結婚に至る経緯が不自然に思えるのだ。更には番外編で あれだけ生き方に迷っていた由紀恵が再婚を機に その仕事を辞めたように見えるのも残念。結局、経済的に依存するために尚輝と結婚したのだろうか。親子揃って新しい人の良い父・夫に寄生し過ぎに見えるのが本当に嫌だ。由紀恵には働く手段があったのだから、彼女が娘への謝罪を込めて潤の家賃は負担するなどのバランス感覚が欲しかった。作品中で 笑顔だ、シアワセだ、と言いながら、誰かの犠牲や我慢の上に成立している世界である気がしてならない。

1話で潤を家から出して運命的に進藤(しんどう)らと出会わせるためのエピソードだったが、これが後々の話との整合性が取れなくなってきている気がする。そんな潤中心の独善的な世界観は『10巻』で気持ちの悪い展開を見せるのだった…。


がバイト中に転んで頭を打つ。

目を覚ました潤に声をかけたのは実の父・光志だった。どうやら潤は頭を打った拍子に過去に飛んだらしい。今、潤がいる世界は、潤が生まれたばかりで、潤という名前が付けられる前。父だけが この家で母娘の帰りを待っている状態。

潤はここで自分の名前の由来を聞かされ、そして名前を大切にする父親と自分との共通点を見出す。そんな父を見ていると自分が父に正体を明かしそうになるから、潤は父親から離れようとする。彼と会えたことを喜び、我慢していた涙は溢れ出してしまう別れとなった。

最後まで潤は名乗らなかったが、父には それが将来の娘だと分かった。ただ その娘である潤が涙を浮かべた、ということは父親にとって自分の身に何かが起きる予感に囚われたのではないか。こうなると 潤は将来の娘というより死を予告しに来た死神である。


実世界で昏々と潤に付き添うのは進藤。この看護は店長命令で、今回も一郎(いちろう)は睡眠中。このところ一郎の突発睡眠は2人の仲を邪魔しないために使われている。蚊帳の外で可哀想。

潤は父との再会が たとえ自分が見た夢だとしても満足する。そうして生まれ変わったような心境で母と話すと、母親はこれまで封印していた亡き夫のことを話題に出す。母は潤が自分を気遣って父親の話題を避けていたことに気づいていた。そして娘である潤の存在が自分をシアワセにしたと言ってくれる。

口では もっともらしいことを言う母親だが、若い男と結婚し、自分は仕事を辞め、娘にも(新しい夫の金で)同居を許すという放任主義が目に余る。女王だなんだと信奉されていても中身は弱い女性なのか。それなら そういう描き方をすればいいのに、キャラ付けは別の方向でするから一貫性がないように見える。


親の話以外は日常回ばかりの『9巻』。季節ネタとしてハロウィーン回が始まる。

幼稚園の子供たちが やっていたハロウィーンがボヌールにも伝染し、潤がボヌールでのハロウィーンフェアを提案する。男だらけの職場だからか、そういうことに気が回らないのだろうか。いや、何かと商品を手に取ってもらう機会を作ることはカフェにとって大事だろう。商売っ気がないというか、商才がないというか…。

内容があまりにも空疎なハロウィーン回が終わったと思ったら、唐突に潤のダイエット回が始まる。どうやら一郎はスキンシップによって気が付いていたらしいが、ボヌールのケーキを多量に摂取し続けたため、潤の体重が増加し、体型が変わってしまったらしい。

過度なダイエットをする潤を気遣い進藤は自分の出来る精一杯として お菓子を作って潤に渡す。潤の健康を守るためだろうが、ここは他の食事・栄養素を渡した方が良い場面だろう。それでも進藤や作品にはパティシエ縛りがあるから お菓子、という訳の分からない選択になっている。


しも進まない潤の代わりに恋愛的な進展を読者に届けるために用意されるのが蜜香と鈴木の話。蜜香は鈴木の誕生日を前にプレゼント選びに迷っていた。

そこで潤の半強制的な命令によって、進藤が蜜香にケーキ作りを教えて、誕生日ケーキを作ることになった。蜜香が作ったのは2人の思い出の絵本をモチーフにした青い鳥のケーキ。親に虐待され過去を持つ鈴木に、今のこの家がシアワセの場所だと思って欲しい蜜香の願いが込められていた。

『9巻』そして『10巻』と潤の恋愛には少しも触れない日常回の連発では、本書ならではの要素として お菓子作りがフィーチャーされている気がする。誰かのために素人が お菓子を作ることが、このところの本書でのシアワセらしい。『10巻』では潤様が お菓子作りに挑戦ですぞ!

「特別編 ~空の名前~」…
潤の母親・由紀恵と父親・光志の最初の出会いが語られる。2人の出会いは光志の笑顔が印象的だったから始まる。光志が母親を亡くしているという いつもの片親設定である。本書の縛りというより、作者の手癖としか感じられない。

名前は親から贈られた大切なものだから馬鹿にするのは許さず、まず褒めよ というのが この家の教え。

彼に惹かれ始め、自分も変わっていく由紀恵だったが光志には婚約者がいるらしく、彼と距離を取る。実は婚約者がいるのは妹の方で誤解なのだが、この すれ違いが2人に自分たちの気持ちを認めさせる時間となった。

単体では素敵な話だと思えるが、上述の通り、この後の由紀恵との一貫性が感じられない。こうやって悩んだ由紀恵が看護師を辞める理由が分からないし、再婚する気持ちの変化も描かれないまま。やはり現在の家族がバラバラに感じられるのが、私の冷めた目の原因だと思う。