《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

思いついたアイデアを全乗せして トッピングが過剰になった新作ケーキは 美味しそうには見えない。

幸福喫茶3丁目 12 (花とゆめコミックス)
松月 滉(まつづき こう)
幸福喫茶3丁目(シアワセきっさ3ちょうめ)
第12巻評価:★☆(3点)
 総合評価:★★(4点)
 

亡き実父・光志が習字の先生だったと母から聞いて、父と同じ「先生」と呼ばれる職業に就きたいと思うようになった潤。けれども自分の力では難しいのではという不安も…!? 和菓子「あべかわや」しっかり長男・柏の特別編も併録!

簡潔完結感想文

  • いかにも後から考えた「赤い封印」や「颯季」という人物を匂わせるだけ匂わせる。臭い!
  • 進藤の謎の学歴と、大学1年生・井上の教育実習の謎。作品の細部が大雑把すぎないか?
  • 雑誌掲載の大繁盛から盗作疑惑へと急展開。進藤たちのプロ意識が薄かったという疑惑が。

なくとも3つの事案を一気に動かそうとして取っ散らかる 12巻。

『12巻』は ほぼ丸々 匂わせタイムで終わる。
そして ここからは自分の処理能力を把握せずに マルチタスクを始めたのが原因で、やがてメモリ不足でフリーズしてしまう悪夢の始まり、でもある。

どうして こうも一気に問題を噴出させてしまったのか、構成が謎だ。完読してからの再読だと いかにも後付けなヒロイン・潤(うる)の「赤い封印」は必要だったのか甚だ疑問である。ヒロインにも重い過去を付与して、彼女もまた懸命に生きていることをアピールしたかったのかもしれないが、完全に蛇足。色々なことが同時進行し過ぎて焦点が定まっていない、という印象しか残らなかった。

ヒロイン側にトラウマの気配がするが、この時点から それを用意することの意図が全く分からない。

余計な要素としては店長の「颯季(さつき)」という男性のことも そう。これは本当に最後まで解決されずに放置される。作者は店長に どんな役割を課したくて このエピソードを用意したのかすらも見えてこない。店長に関しては そこまで もったいぶるような要素はないのだから、絶対悪である桜庭(さくらば)が登場する前に処理すればいいのに、解決を後回しにして時間切れになる。

同じ内容を描くにしても、終盤戦は1巻につき1人ずつ問題を解決していけば、まだ分かりやすくなり、スケジュールにも余裕が生まれただろう。草(そう)の片想いの決着&店長の話、桜庭問題、進藤問題、潤の話、そして恋愛の結末と、5つの問題を1つずつ描けば 後半は各巻が同じエピソードでまとまって読者の記憶にも定着しただろう。それなのに同時に進行しようとするからメモリ不足とページ不足に陥って、作者の構想が上手く伝わらない事態になってしまった。特に恋愛問題が疎かになったのは、読者の期待を裏切るものだっただろう。

これは作者自身が、白泉社のトラウマのノルマに呑み込まれていた結果であろうか。または重い内容を複数 用意すれば それだけクライマックスが盛り上がると考えたのだろうか。これまで長い時間、連載を続けられる状況にあったのに、結末への道筋が ここまで乱雑になっているのが残念でならない。終わり良ければ総て良し、という言葉があるが、本書の場合は その逆である。ここまで付き合ってきた読者は、もっとシンプルかつ小さなシアワセを本書に願っていたはずだ。終盤の世界観を壊しているのは作者のような気がする。


頭の1話の本当に中身のない、天候が悪化する前の最後の晴れの日、みたいな内容では、最後に潤の後付けトラウマの「赤い封印」が匂わせられる。

この日常回の中で潤は「先生」になりたいという方向性を出したが、自分が そうなれるのか不安でいっぱい。それを肯定してくれるのは周囲のイケメンたち。全員が年長ということもあり、彼らは自分の経験を踏まえて潤にアドバイスしてくれる。潤には味方がいっぱいいる、ということが終盤に登場する悪意との対比になっているのだろうか。

この回では進藤の経歴が もう1度語られることになり、13歳から通った謎の学校で高校卒業資格は取り、16歳からは製菓の専門学校に通い出したという。この謎の学校入学の経緯には店長も関わっているらしい。『1巻』で登場した進藤の元同級生も謎の学校の生徒だったのだろうか。とても そうは見えなかったが。そして この話では飛び級設定が どこにも入り込む余地がない。作者も深く考えてないのだろうから、考えるだけ無駄だろう。

もっと考えて欲しかったのは、進藤の友人・井上(いのうえ)の話。なんと井上が一浪していて20歳 現在で まだ大学1年生であることが発覚する。…でも井上、『5巻』の初登場の時には教育実習 行ってましたよね…?? 大学1年生で教育実習生ねぇ…。作者の頭の中が全く理解できない。

そして店長にまつわる 謎の「颯季」の存在も匂わされるが、友人らしいということ以外は進展はない(最後まで謎だし)。

回収されない伏線ほど無益なものはない。読者の多くが店長を重要視していないんだよなぁ…。

に店長に関わる人物としては、モデルの蜜香(みつか)が お世話になっている雑誌編集者の女性・露木(つゆき)も初登場する。

蜜香の紹介によって その雑誌でボヌールが雑誌に紹介されることになり、取材が入る。ここで登場するのが露木。どうやら露木と店長は昔からの知り合いらしい。この人が颯季かと思いきや、露木の名前は虹(なないろ)で別人であることが すぐに判明する。

進藤と一郎の外見に目を付けた露木によって、店員たちの写真が載ることになる。そして露木は一目で潤を気に入る。これは新キャラのいつも通りの反応と言えよう。

露木は雑誌の掲載に必要なキャラだったかもしれないが、何も解決しない店長周辺問題では 要らない人である。店長に あてがう ための人なのかもしれないが、この土壇場で新キャラとして登場する意味は薄い。もっと話を交通整理して欲しいなぁ。

この回では取材日から即座に雑誌が発行されたような描写にも見えるが、おそらく少し時間が経過してから 発売日以降に雑誌を桜庭が見て、彼はボヌールに目をつけることになる。


誌掲載効果でボヌールは忙しくなる。

その頃、図書館で会った名前も知らない男性(桜庭のこと)のことを思い出した潤は、その人に会うために図書館を訪れる。偶然にも桜庭が来館しており、彼と再会を果たす。

ここで2人は互いに自己紹介をする。桜庭は潤の必殺技の笑顔が通用しない新種と言える。初対面に引き続き今回も、潤の天真爛漫さを見て、桜庭は嫌悪感を覚えている。これまで露木の登場まで、潤の信者ばかりだったが、彼女の必殺技が通用しない強敵に潤は何をもって対抗するのかが注目される。自分に向けられる悪意を知った潤は これまで通り笑うことが出来るのか。潤が それほど好きではない私は、彼女の反応を悪趣味に楽しみにしている。

そして翌日、桜庭は早速 来店する。桜庭の顔を見た店長は彼の正体(老舗洋菓子チェーン社長)を一瞬で見抜く。

ボヌールは桜庭に新作のケーキを出したが、彼は それが盗作された商品だと潤を脅迫する。進藤は、それが厚意で頂戴したアイデアだと反論するが、桜庭は このネタを利用することにしたようだ。自分の老舗洋菓子チェーン社長という立場を利用して、街の喫茶店・ボヌールを潰しに来たように見えるが…。

以前も書いたが、この新作ケーキの件に関しては、進藤や店長のプロ意識が足りないだろう。彼らが一流パティシエであるなら潤や、素性も知らない人のアイデアなんかに頼らずに、自分たちでメニューを開発するべきだ。彼らのケーキ作りのセンスが凄いという描写を繰り返していたが、実は一般的なケーキだけしか作っていなかったのだろうか。桜庭とボヌールの悪縁を描くためだろうが、進藤や店長の能力の低さの証明にもなっている気がする。こういう話の作り方は上手くないなぁ、と感心できない。

「幸福喫茶3丁目 特別編」…
14年前、実母を亡くした時の安倍川(あべかわ)兄弟(特に兄の柏(かしわ))が、親の再婚に対して過剰に反応する。再婚相手となる女性は、母の親友でもあった人で柏には心の整理が追いつかない。

この回も、潤と亡き父と似た感じで、現実世界に亡き実母を実体のように登場させている。今回は夢とかではなく、完全に覚醒状態で現れているから一層 悪質と言える。いよいよ感動させるために、霊体が確実に存在する世界観になってしまった。

ただ潤とは全く違うのは、柏の再婚に対する反応。潤は結局、義父を拒むかのように同居しないが、柏はちゃんと折り合いを付けて新しい家族を構築しようと努力している。新しい環境に馴染もうと努力する人たちを見るたびに、私には潤の身勝手さが思い返される。