《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

呪い的泉に落ちなくても人間が犬になっちゃう 王子1/2。彼との出会いは わんだふる!

ニブンノワン!王子 1 (花とゆめコミックス)
中村 世子(なかむら せいこ)
ニブンノワン!王子(ニブンノワン!おうじ)
第01巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★(6点)
 

王子様が選ぶのは、いつだってキレイで可愛いお姫様。そう思っていた平凡な女子高生・月子は、いきなり半人半犬な異国の王子様・ジンの婚約者になってしまい!? 戸惑いながらも、想像とは違うジンの誠実さに心動く月子は…。超ピュアな現代版シンデレラSTORY★登場!!

簡潔完結感想文

  • 童話の王子は女性を見た目で選んでいる、と考えるヒロインこそルッキズムの塊。
  • 正当な嫁ではないからこそ、恋人未満で この世界にいられるモラトリアムが成立。
  • 隔月誌連載ならではの作中と現実の ゆったりした時間と お話作りが感じられる。

の手が汚れていても、その血が完璧でなくても貴方が好き、の 1巻。

本書の特色は何と言っても変身ヒーローだろう。と言っても特撮的な変身ではなく、ヒーローであり一国の王子であるジンには、人と犬の血が混ざっていて、そのどちらにでも なれるという設定が変わっている。変身は彼の意思でも出来るが、ちょっとした物理的衝撃で人から犬になってしまうことがある(ということは犬の方が自然体なのか?)。これは作中でギャグシーンの他に、安全装置として使われており、ヒロインの月子(つきこ)がジンを殴れば彼は犬の姿になって無力化される。これが年頃の男女が一つ屋根の下に住んでも問題がないと思える根拠になっているように思う。半分は犬、半分は人間だから半同棲ぐらいに思えるのかもしれない。

とても犬には見えないが、飼い犬など通常の犬と区別するための満天国仕様の犬なのだろう。

この2つの血による変身は王子・ジンにとってコンプレックス。この生まれのせいで王子として認められず、蔑まれている部分もある。だからこそ彼は自分を伴侶となる者には何も望まず、ただ そばにいてくれれば良いと無償の愛を誓っている。
ヒロインである月子は彼の優しさに触れ、その特徴がどんなものであれ彼を好ましく思う。ジンが その月子の気持ちに安らぎを覚えるのは当然で彼らは惹かれ合う。

そして もう一つの特色はヒロイン・月子が汚い心を持っている事ではないか。序盤の月子は自分のコンプレックスや揺れ動く心を持て余して、ヒーローに対して酷い態度を取っている。それでも人間が出来ているジンは彼女の中にも綺麗な心を認め、そこを愛してくれる。序盤はスパダリ(しかも一国の王子)に溺愛されることでヒロインが自尊心を取り戻していく お話に読める。
作品は そんな月子の成長をしっかり描いている。精神的に未熟だった彼女が決意と覚悟をもって自分の人生を進み、本来は隣に立つことを考えられなかった人の隣に立つまでを丁寧に描いた。読み返してみると月子の性格に落差があると感じるのだが、それは それだけ彼女が成長している証に思える。私はヒロインが、というよりもヒロインに しっかり寄り添って、彼女を成長させてくれた作者に好感を持った。この世界を描くことに最後まで集中力を切らさずに いてくれたことを嬉しく思う。


して本書が いわゆる少女漫画のルッキズムから脱しているのは、2人にコンプレックスがあるからである。月子は自分の心が汚れていることを知っているから、醜形恐怖症のように自分の容姿に自信が持てない。美人の姉が身近にいて、比べられて生きてきて自信が持てないが、本来は月子も可愛いはずである。というか月子の容姿はジンには関係がない。彼は どんな人であれ嫁に選ばれた人を愛するだけの器があるからだ。それにジンが月子に惹かれるのは、ジンが感じる自分のコンプレックスを簡単に乗り越えてくれる その心に触れたからである。

初読の時は、王子は どんな容姿の女性も愛するけど、女性側は王子を容姿で選んでいないか?と疑問に思った。ジンは どうやら全女性から好ましく思われる容姿をしていて、それに選ばれるヒロインという設定が読者の承認欲求を満たすのかと思った。白泉社読者は忘れがちだが、本来 人が犬に変化するなどありえないことで、女性が男性に求める条件では絶対ない。その大きなハンデを月子は軽々と乗り越えた。それはジンが人であっても犬であっても、たとえ どんな容姿をしていても その心に月子が触れたから出来ること。

王子が女性を容姿で選ばないように、女性側も王子を決して容姿で選んでいない。その等号が成立しているから本書は健やかである。王子も容姿も飾りで、まず最初に心に触れて、コンプレックスを その人の特徴の一つと感じられることが全ての始まりで、この恋の全てのように思う。

自分の良い所も欠点に感じる所も お互いに認め合える2人は、きっと良い夫婦になるだろう。

書は読切作品から連載化して長編化に至る白泉社出世魚コースを辿った作品。決して派手な作品ではないし、有名な(売り上げのある)作品ではないけれど、私は この作品を好ましく思った。白泉社作品の王道は設定の奇抜さと テンションの高さ、そしてギャグが持ち味だが、それらは同時代性を感じないと なかなか伝わり辛い。有名な作品でも後年、初めて作品に接しても何が面白いのか いまいち分からない作品も少なくない(読者の若さも必要なのだろう…)。

しかし白泉社作品の中でも隔月誌に連載された作品はドタバタコメディ色が排除されていて、遅れて読んでも落ち着いて作品に接することが出来る気がする。中でも作品の持つ雰囲気の類似性を感じたのは、内容は全く違うのだけれど筑波さくら さん『目隠しの国』だった。おそらく、掲載誌は違うけれど隔月誌連載であったことが強く影響していると思う。他にも隔月誌かつ、王子または帝という設定では仲野えみこ さん『帝の至宝』も似ているか。

隔月誌は時間的余裕が少しあるからか作者が作品を改善しようという意欲が感じられる。連載中に しっかりと作品と向き合う時間があって、反省と改善が繰り返されている印象を受けた。月刊、ましてや隔週誌になると作者が今持っている引き出ししか使えないが、隔月誌では読者の反応を受けてから、読者のためのサービスが用意されているように思えた。
隔月誌は連載期間の長さに比べ、巻数が少ない。隔月誌連載は中高生読者にはスピード感が不足しているのかもしれないが、私は ゆったりとした時間の流れがある隔月誌の存在意義が分かった気がした。


かし 如何ともしがたいのは設定の穴である。犬だらけの満天国(まんてんこく)を治める王様の祖先は、異世界から人間を呼び、交配して、以後は王族から人間が生まれるようになった。その後は人間の血を引く王族同士の婚姻が進み、ますます王族は人間が多くなる。そして平民は犬のままという姿が身分の違いを表すようになった。
つまり人間の姿というのは すなわち それは王族の血が薄まっているということでもあり、本来は忌むべきことのように思う。本来ならジンのような半人半犬の方が、先祖の力が色濃く出ているということで その正当性が証明されているのに、王族の間では まさに半人前の評価を下されている。

そして王族に人間ばかりが増えていくということは犬の国としての危機である。王族同士の結婚には限界があり、王族と平民の結婚が進めば、もはや この国に犬は駆逐される。そういう危機にあるのに人の血を取り込もうとする国づくりは先がない。
それにしても半人半犬ならともかく、人間を妃に迎えた王様には変身能力はなく、この代においては女性は犬と交配したことが決定的である。人間が女性である場合も もちろんだが、男性の人間と犬という組み合わせも あまり考えたくないビジュアルである。人間を妃に迎えた王様はクレイジーだし、その妃は本当に幸せだったのか聞いてみたい。


人で優しい姉がいることにコンプレックスを刺激される月子(つきこ)は、ある日、飼い犬の散歩途中で月子が見つけたのはブレスレット。それを矯(た)めつ眇(すが)めつ していると1人の男性から声を掛けられる。異国風の装束をしている その男性が気にかけるのは、月子が それを つけるのかどうか。剣を携える明らかな不審者に対して月子は逃亡し、ブレスレットは飼い犬に託して それぞれ別行動する。一度 家に帰り姉に事態を話し出すが、不審者は月子を追い、家まで来ていた。

コミュ力の高い姉は不審者から説明を聞き、即座に事態を呑み込み、彼の名前がジンであること。異世界の満天国という国からジンは嫁を探しに来たという。このブレスレットは家宝で宝玉輪(ほうぎょくりん)と言う。

姉とは違いジンに対して不信感が拭えない月子だったが、突然ジンが犬に変身したことで常識では考えられないことが起きていることを実感する。半人半犬の姿で生まれたジンは、王が人と契りを交わした過去の例に従い、占いによって示された場所(日本)での嫁探しをすることになった。決められた方位に宝玉輪を置いて、最初に拾い、身に着けた者を妻にするという。月子は その宝玉輪を飼い犬に渡し、戻って来た犬の前足が汚れていることから、いつものように飼い犬が物を隠す場所に宝玉輪があると知る。

マイペースな姉は月子の非を認め、ジンの この家での滞在を認める。ちなみに両親は海外赴任中で この家は子供たちの自由に出来るという設定。


うしてジンは月子と暮らし始め、そして学校にまで犬の姿でついてくる。
月子は美しい姉の存在で性格を少々こじらせている。だから見た目で伴侶を選ぶ童話も、王子ら男性も嫌い。その思い込みでジンにもキツく当たるが、王子は容姿にこだわりはなく、宝玉輪を身に着けた者が妻で、生涯愛し抜く努力をする覚悟がある。
それは相手方の女性を気遣える優しさがあるから。知らない土地で暮らす不安や、半種という自分に嫁ぐ大変さを ちゃんと理解してあげられるだけの賢さがあるから、彼は容姿以上の問題を考えられるのだ。
月子にとって姉の存在がコンプレックスを増幅させるのなら、ジンにとっては半種という自分の特性がコンプレックスで、それを受け入れる人に優しく出来る。王宮内では彼のことを雑種と呼ぶ臣下も少なくない。

月子にとって「王子」という存在が傲慢ではないのが意外。それは自分の男性観を変えるようなことで、月子はジンへの好意を抱き始める。そして彼との交流を続けるために、分かっているはずの宝玉輪の隠し場所を知らない振りをしている。だが 走する自分が、幼い頃から何も成長しておらず、汚いままであることを思い知らされる。


んな時、姉の容姿に惹かれた この世界の男性から、唐突に姉とは似ていないことを残念がられて彼女の自尊心は傷つく。それを守るのがジン。王子は見た目や血縁以上に大切なものを知っている。その彼に触れて、これ以上、真っ直ぐなジンに嘘をつきたくなくなくて月子は飼い犬が隠した宝玉輪を掘り返す。その場所は、かつて月子が姉をお姫様にする彼女の持ち物を隠していた場所。お姫様に憧れるが そうは なれない自分を悲観して、姉の足を引っ張った。それが自分の正体。

宝玉輪が、ジンの将来を決める大事な物が、ここに埋められていると それが穢れるような気がして月子は掘り返そうとしたことを、後から来たジンに正直に伝える。そして月子は自分の嫌悪の相手だった王子であるジンに、彼のお嫁さんなら幸せで、半種であっても関係がないと彼の存在を認める。だからジンは宝玉輪を腕につけてはいないが、第一発見者である月子を嫁に選ぶ。金の指輪を彼女の左手の薬指にはめて、彼女を将来的な嫁とすることにした。

帰宅して見ると宝玉輪は飼い犬が一足早く家に持ち帰っており、その意味を知らない姉が飼い犬の首輪にしてしまった。これにより国のルールでジンは しばらく帰国が叶わなくなってしまった。幸せな同居生活が始まる予感を残して1話は終わる。
作者が どういうつもりで この結末にしたかは不明だが(虎視眈々と2話目は狙っていたようだが)、月子が宝玉輪ではなく指輪をつけたことで、連載作品としての続きが容易に作りやすくなっている。しかも王子の婚約者で同居生活かつ半種というファンタジー要素もある。


2話目からが連載の開始で、冒頭に1話が10ページほどで説明されている。

ジンの帰国が遅いので満天国から使者が送られる。彼らは王族ではないので完全に犬の姿。ジンは使者に対して、月子が将来の嫁であることを伝えたいが、月子は照れから その事実を隠す。その態度をジンは密かに気にしていた。月子は恋愛にも不慣れなので、ジンに人の姿よりも犬の姿を望む。ジンはその通り、犬の姿で彼女の前で過ごす。

半種である自分の一方でいろ、というのはジンの特徴を認めないのと同じこと。半種であることがジンの全部なのに、自分の都合で彼の生き方を制限した。その過ちに気づいた直後、満天国からジンの帰還命令が出る。そうして取り返しがつかないくなる前に月子はジンを捜し、そして側近たちの前で(将来的な)妻であることを発表する。

それは巻き込まれるだけではない月子側の意思と勇気。その気持ちにジンも応え、国に対して月子を妻にすることを示す。帰国命令の無視、そして正式な嫁選びをしない者を選ぶという2つの決まりを破ってもジンは月子を選ぶ。初期のジンは強気で、父王に対しても文句があるなら言ってみろ!みたいな態度である。こうして月子は真にどちらのジンも彼だと認めるのだが、やっぱり人の姿では心臓がもたないのは変わらない。胸キュン担当のはずの王子はギャグ要員として酷使される。


の姿で月子(嫁)の学校に付いていくジンだったが、ある時、階段から滑り落ちそうになった彼女を助けようと人の姿に戻る。その場面を月子の友達に見られてしまい、話の流れで彼は次の演劇部の公演の衣装モデルとしてスカウトされる。
こうして月子の学校生活にジンが溶け込む。月子はジンが女子生徒たちに ちやほやされるのが面白くない。さっそくジンへのヤキモチが発動している。そんな自分ばかりの月子だが、ジンの方は月子と世界が共有できたことを喜んでいる模様。王子様は器が大きい。

それでも月子の嫉妬は治まらず、ジンに対して酷い態度を取ってしまう。初めて恋をして、初めて相手から大切に想われて、その人に嫌われる恐怖を覚え、月子は涙する。だがジンは他の女性なんて目に入らない。この人だと決めたら揺るがないことは最初から明らかだった。


後の4話目は作者の中で一つの最終回として作られた話。
半種であるジンは一月に一度「渦(うず)」と呼ばれる体調不良が起こる。そんな彼の体調を見越して最側近のガク(男性)が この世界にやって来る。ガクが以前の使者と違い人間の姿をしているのは元王族という設定だから。決してイケメンを補充するためではない、はず。

ガクによると半種の中の犬の血と人の血が乱れることから渦は起きる。ジンの場合は体力の低下と、体調の変化による変化の繰り返しが主な症状らしい。ガクはジンに長らく仕えているので、月子よりも当然 ジンに詳しい。そんな彼だから月子の言動は目に余るものがあり、彼は批判を繰り返す。満天国からの使者は2回目だが、ガクは初めて反対勢力のような動きを見せる。まぁガクの場合、愛の鞭というか、ジンのためにも王妃は立派でなくてはならないという考えがあるみたいだ。つまり月子を王妃にしたくない訳ではない。そんなガクを月子の姉は「姑(しゅうとめ)」と表現している(笑)

正統性に苦しむ月子だが、宝玉輪を着けたら有無を言わさず満天国へ連行されてただろう。

自分の無知と無力を思い知らされる月子。彼女が頑張ろうとしては失敗するのは3話目と同じ。そんな時にガクが一層 厳しい言葉を月子にぶつけ、彼女から自信を失わせる。そして自分がジンにルールを曲げさせ、彼を引き留める形になっていることで、正統な王妃などジンの将来を奪っていることを再認識する。自分が異端であること弱いことを月子は痛感する。

それでも、それでも月子はジンの側にいたい。ジンが臥せっている時に話が進んでおり、これは彼は与り知らない話。だから体調が安定した頃に月子から話を聞いてジンは驚く。自信を喪失した月子にジンはキスという態度で答える。これは作者が これを描けば悔いはないという考えで起こした行動だろうか。そしてガクも月子の根性は認めており、この家での騒がしい同居生活は続きそうである。