中村 世子(なかむら せいこ)
ニブンノワン!王子(ニブンノワン!おうじ)
第05巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
数々の困難を乗り越え、ついにジンと再会した月子! 半種が差別されている満天国の現状を知った月子は、ジンの手助けがしたいと申し出る。ジンと共に王宮を訪れた月子だが、後宮に隔離されて…!? ジンが帰国する前のお話を描いた番外編も収録。
簡潔完結感想文
我慢しきれず王子が後宮の寝所に現れる大スキャンダル、の 5巻。
1巻以上の別離を経て、ようやく再会したヒロイン・月子(つきこ)と王子・ジンだったが、この『5巻』で再び離れ離れになる。これまでのように異世界に2人がいるとか、遠距離で離れ離れとかではなく、王城の中にいるのだが、月子が女の園である後宮に入れられてしまったため、2人は簡単に会えなくなる。遠ければ互いに会いに行くまでという感じだったが、今回は近くに居るのに触れられないという もどかしさが前面に出ている。それでも何とか2人は互いの体温や愛情を感じるために奮闘する。互いに置かれた場所で頑張る2人の姿は清々しいけれど、他の女性がいる前で自分が特別であることを訴えるような行動をした月子や、特定の女性(月子)だけを特別扱いするジンには首を傾げる部分もあった。ただでさえ大変な状況なのに、自分から首を絞めるなんて、と思ってしまう。まぁ作者も言っている通り、離れ離れになっても読者や連載のために一定の接触場面を用意しなければならず、そのためにジンは夜這いまでしている(笑)
また離れ離れか…、と思う部分も確かにあるが、一方で これが確かな前進であることも忘れてはいけない。ジンの父王は月子の存在に反対しながらも、ちゃんと後宮に入れてくれるし、チャンスを与えているように見える。女学校となっている後宮で正式に選抜されれば月子を妃にすることの反対意見も封じられるだろう。
そして作者が自分で言及している通り、後宮に登場する意地悪で強気な女性は描いていて楽しいらしく、それが紙面からも伝わってくる。この満天国(まんてんこく)に来てから作品が一層 楽しいのは、テテンやユラと言った作者の描きたいキャラクタに溢れているからではないか。序盤の日本での溺愛よりも登場人物が生き生きとしているように感じられて、月子には悪いが、もっともっと試練が与えられて、結婚が どんどん先延ばしになればいいのに、と思ってしまった。
唯一『5巻』で残念なのは本編が短いこと。作品人気が高まってきたからか、いつもの隔月誌から本誌「花とゆめ」に出張して作品を宣伝をすることになった。これは大変おめでたいことなのではあるが、そのせいで この『5巻』の後半1/3が番外編で占められてしまっている。しかも番外編はヒロイン・月子が満天国に来る前の話で、彼女が まだ空回りしているJKであるので、少し懐かしさは感じられるが、序盤に感じた月子への苛立ちも再燃してしまっている。また本編の密度が濃くなっているのに、番外編は話が薄味なのも残念だった。
やっぱり月子もジンも日本にいる時は その魅力が いまいちに感じられた。
旅の疲れが一気に出たところに、ジンと再会した安心感で月子は数日 寝込む。その間に月子の容態を心配する この街の住人が押し寄せていた。だが一方で、月子がジンの寵姫だと知られたことで住民たちは月子に対して畏まるばかりで、壁が生まれる。それは身分の差を感じる物であり、月子は頭を下げられることを望まない。
シャオやテテンも駆けつけ月子の健康を確認するが、テテンの過剰なスキンシップによってジンが嫉妬に狂うという場面が見られる。こういう場面は日本では見られなかったので新鮮である。月子にとっても それは初めて見るジンの表情で彼への愛おしさが込み上げてくる。
ひとしきり再会と愛情を確かめ合った後、月子は自分が見聞きした この国のことをジンに話す。そして自分なりに半種の差別など この国の問題を解決することを望みはじめる。そんな月子の覚悟と決意を見たジンは、彼女を王都へ同行させる。
テテンは土木官僚であるカジが どこかに連れて行ってしまい、シャオも彼に同行したため、月子は別れを述べられないままジンと2人で王都に戻ることになった。
月子は王都に到着したものの、国王の命令で彼女は裏門からの入城を命じられ、それだけで彼女への仕打ちが見え隠れする。月子は入城が認められるだけで ありがたいと思い、ジンと別れ、自分の戦いに再び挑む。
彼女が連れてこられたのは後宮。現在の後宮には国王の王妃や その他の妃もいないため、次期王の妃候補を養成する王宮内の女学校と化している。そこで月子は花嫁しゅぎょの日々を送ることになるのだが、後宮は国王の管轄のため、ジンと自由に会うことは禁じられている。距離こそ近くなった近距離恋愛だが、会えない日々が再び始まろうとしていた。
月子が与えられた部屋は埃まみれで手入れが行き届いていない。ここまで宿無し生活をしていた月子は そこに耐えられない訳ではないが、その汚さが月子に孤独を強調しているようで落ち込み始める。そして後宮の女官たちも月子の存在やジンの決断を快く思っておらず、悪口が月子の耳まで届く。
ジンは後宮で月子が自分で道を拓かねばならない、と彼女を信頼しているからこそ突き放すような言葉を述べるが、その一方で半種の特性を利用して月子の寝所に忍び込む。こんなことが公になったら性欲の昂りで嫁候補を襲いに来たバカ王子として悪評が立ってしまう。まぁ少女漫画としてはジンとの逢瀬の時間は必要だし、2人のこれからのためにもジンの口から説明を受け、そして それぞれに奮闘しなければいけない現実を諭し、月子は彼の誠実な言葉を信じ、自分の成長を誓う。ただ会えない日々の長さの前に、月子は自分からジンの口にキスをして充電を完了する。こういう大胆さも月子の成長のように感じられる。
ジンの采配で行方が分からなかったシャオが後宮に召し上げられ、月子の侍女として仕えることになり、月子は孤独ではなくなり会話や相談役が出来た。
しかし いよいよ始まる後宮内の女学校で月子は他の女性たちに圧倒される。そして その人たちがジンのための妃候補として招集されている現実に直面する。ジンの意向がどうであれ、父王は国の存続を第一にするため、後宮に側室や妾の候補を集めていたのだ。
最有力候補はユラという見た目も出自も申し分のない地位を持っている人なのだが、品位の方は微妙。彼女は半種を「気味の悪い者」と評しており、この時点で彼女が月子に勝つ理由が消滅したと言える。
だが教育係の おババからすれば出自は関係ない。それはユラだけでなくジンの寵愛を受ける月子も一緒。この学校では平等で、そして王妃になる素質が重視される。
ユラは自分が 扱き下ろした月子がジンの寵愛を受けていると知り不機嫌になる。その上、月子とユラは同室。月子は埃まみれの部屋を掃除し始めるが、ユラは王族である自分の手足は動かすことなく、平民である犬族に全てを押しつける。彼女は半種だけでなく犬族にも差別的意識を持っていることが分かる。
後宮での、そして王城での差別を目の当たりにした月子は、この差別こそジンが撤廃したいものだと考え、自ら差別のない世界を実践していく。そして それは自分もジンの寵姫としての立場を振りかざさず、その言動をもって他者を愛し、愛されることを示せるようにすることでもあった。こうして女の戦いに巻き込まれた月子は心身共に疲弊するが、ここでジンの助けを乞うわけにはいかない。
だが月子は、ジンが後宮の近くまで来るという情報を意地悪で聞かされず当日を迎える。しかも その日、ライバルは ご丁寧に月子を部屋から出られないようにしてしまう。そんなピンチに月子は親切にした犬族の侍女から この日のイベントを聞き、どうにかジンを一目見ようと走る。ジンの方は自分が後宮側の計画に取り込まれたことに不機嫌になるが、月子の姿を見て安堵する。月子のように無邪気に相手の名を呼ぶことは立場上出来ないが(月子も これはこれで他の候補生からすれば嫌味な行動だと思うが)、月子を想う気持ちを最小限の動作で伝える。
だが月子の行動と、その後のジンの月子への贈り物は他の候補生たちの反感を買うのは必然とも言え…。
「ニブンノワン!王子 番外編」…
まだ月子が満天国に行く前の話で、姉と3人で温泉旅行のはずが、姉が車で逃亡し、月子とジンの2人だけの お泊り回の様子を描いた番外編。
温泉街にコスプレのようなジンの衣装は目立つので、ジンは既製品を着ているのだが、長髪だからか あまりしっくりこない。前編は以前のように月子だけが空回っている。懐かしい感じもするけど、この頃の月子は もう好きじゃないような気もする。
後編は突如 ジンに渦が起こり、お泊り回からの看病回へと移行する。そして渦はジンが人と犬の制御が出来なくなり、この時、今回のように浴衣など既製品を着ていると犬から戻ると裸になるという問題が発生する。
そして月子は つきっきりで看病し、恥や苦労を捨てジンのために尽力する。体調不良の中でも ちゃんとジンがヒーローになる場面が用意されていて、彼らは一層 寄り添うことを覚える。ジンが公衆の場で全裸にならなくて良かった(笑)
確かに月子は満天国に入る前なので弱いけれど、2人が互いのために動き、問題を一緒に乗り越えるという基本構造は変わっていないと思えた。