中村 世子(なかむら せいこ)
ニブンノワン!王子(ニブンノワン!おうじ)
第03巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
帰国した両親に、異国の王子様・ジン(半人半犬)と婚約したことを報告★ が、やはりお父さんは大反対! 婚約を認めてくれないだけでなく、ジンに対してキツく当たるお父さんに、反発する月子だったが…!? 一方、ジンが不在の満天国では、色々問題が起きていて…!?
簡潔完結感想文
- 一時帰国したら16歳の娘が身元不明のイケメンと婚約していた件について。
- 母国で災害が発生して国に戻る決意を固めるジン。お別れで涙は見せない。
- 相手方の父親に婚約を破棄された形になるが、その撤回を求めて異世界へ。
父親という現実を投入して明るみに出る詐欺っぽさ、の 3巻。
この『3巻』ではヒロイン・月子(つきこ)とヒーロー・ジン双方の父親たちが月子の自宅に来訪する。彼らによって物語に初めて大人の視点が もたらされるのだが、確かに月子の父親の娘への心配は もっともだと思った次第。
考えてみれば月子は一度もジンが王子である満天国(まんてんこく)に行ったことがない。本書では人が犬になっている時点で この世の理を越えているが、そもそもジンが王子であるという確証を月子は持たない。父親によって ずっとジンが自称・王子である可能性が出てきて、その意外な展開に笑ってしまった。なんとなく少女漫画だし、しかも その世界のトップしかヒーローになれない白泉社作品だから簡単に納得していたが、全てを疑い出すと、月子がロマンス詐欺の被害者に見えてきて、その世界の反転する様子が楽しくなってきた。
ジンが これまで月子に示した王子の証は妃選定の道具である宝玉輪(ほうぎょくりん)と金の指輪だけ。どちらも高そうに見えるが、もしジンやガクを本当にロマンス詐欺の劇団員だとしたら、これらの小道具は月子を騙した後に回収すれば再利用は可能だ。満天国の過去の王様(完全に犬)が迷い込んだ人間の女性に手を付けたように、若い人間の女性を狙う男性が満天国には多いと考えれば、彼らはブローカーとして生計が立てられるだろう。まだ判断能力の低い若い女性を狙うのも騙しやすく、言い方は悪いが商品価値が高いからだと考えれば納得がいく。ちょこちょこ現れる臣下と名乗る者たちもジンの王子としての立場の信憑性を高めるために投入されるだけ。
『3巻』の最後にはジンの父親で国王を名乗る人が登場するが、この人の登場を持って月子=人間の女人の誘拐は完成する。ジン(自称・王子)と結婚したければ異世界に来るしかないと思わせ、女性側が自分の意思で異世界に行くことを誘導している。ラストで異世界・満天国に到着した月子だが、そこでようやくジンが本物の王子か否かが初めて明らかになる。そういう意味でも次の巻が気になって仕方がない。
…などと長々と妄想を連ねてきたが、そんな詐欺などある訳もなく、ジンは本物の王子なのだ。だからこそ月子は後の王妃になるための資質が必要で、その能力を持たない自分に悩み苦しんでいる。月子には伝わりにくいが臣下のガクも異母弟のシビも彼女に期待しているから、経験と成長が必要だと考え色々と手厳しく助言をしている。
月子自身も それを痛感しているからか『3巻』では これまでと違って彼女が右往左往するだけでなく能動的に動く姿が多く見られた。まるでクライマックスのようなジンとの突然の遠距離恋愛に際しても、彼女は最後まで泣くことなくジンを見送った。そしてジンからの連絡がないまま、彼の父親である国王から婚約者の資格さえ剥奪されかねない理不尽に遭遇し、月子は大きな決断をする。
早々に幼い月子がジンに寛容に愛されるだけの虚無展開から脱し、物語を大きく動かした作者に感謝を述べたい。やはり隔月誌連載は、隔月隔週連載と違い悪い意味で その回を乗り切るだけではなく、作者が作品と一定の距離感を持っていて、隔月の連載で どう読者に楽しんでもらおうか、という前進や成長を作品に滲ませる努力を感じる。最初がダメダメでも月子の成長のグラデーションが描けているから本書は楽しいのである。
これまで海外にいた月子の両親が帰国する。それはジンとの初対面を意味し、月子は両親に自分の婚約(仮)を伝える方針である。両親は一時的な帰国なので誤魔化すことも出来ただろうが、月子は自分の決意とジンの存在と彼の確かな愛情を両親に認めてもらいたくて伝えるのだった。
ちなみに この一家、父から順に名前に「花鳥風月」が入っていることが明らかになる。そういえば月子の名字が滝沢(たきざわ)であることを初めて知った。
しかし予想通り、父親は婚約を知って卒倒する。その上、婚約者が半種であることが明らかになるし、しかもジンは王子であるため月子を妃に迎えることを当然で僥倖であるような振る舞いをしてしまい、父の反感を買う。父は娘が、しかも下の娘である月子に結婚話が出て、彼女に覚悟があることが受け入れられない。それだけ愛情をもって接してきたということだろう。
今回の件は家庭の問題だと考え月子はジンの力を借りず、自分だけで乗り越えようとする。そして父親の説得の際にジンの良い所を述べ、それがジンを喜ばせる。その月子の心に打たれてジンは父親の許しを請うために再度 話し合いの場を設ける。誠心誠意、自分の命を賭してでも月子だけを愛することを誓うジン。その言葉で引くに引けなくなった父親は、焦燥からジンを侮辱するような言葉を投げつけてしまう。ジンは それも大らかに受け止めるが、月子は父親の暴言を許せず、ジンと家出をする。
月子は怒りのあまり駆け落ちのように満天国での結婚を考えるが、ジンは月子がヤケになって国に、嫁に来ることを望んでいない。月子は反省し、そして父親も同様に反省しており、必死で娘を探し回り、娘のピンチをジンが助ける場面を見て、父親ではなく他の男性が娘には必要であることを痛感する。そうして父親はジンに頭を下げ娘を託す。でも一般的な父親の嫁に出す行程とは違って、別世界に行く月子とは今生の別れになるかもしれないのが辛いだろう。この旅立ちは月子という名前だけに かぐや姫っぽいと感じた。
月子は指輪をくれたジンに お返しをするためにバイトを始める。ジンに内緒で始めたため家に出る時から隠すための攻防が始まっている。そこからは秘密のバイトによる すれ違い、という少女漫画で50%ぐらいの確率で起こる定番の内容である。
ジンに秘密にするストレスだけでなく、月子は初バイトが上手に こなせず頭を抱える。けれど自分が誰かの役に立つために動く、働くことは、ジンの妃としての自分の将来を考えさせる きっかけとなった。
一方、ジンはすれ違いでストレスを溜めていたが、姉が一計を講じる。それが花火大会に行くための浴衣の用意。それぞれに浴衣を着て歩きながら それぞれに このすれ違いの訳を話し合う。その中で月子はジンが意図的に自分に何かを隠していることに気づいていることを彼に伝え、おそらく事情があって話せないことでも、これから自分が成長してジンが話せると思ったときには話して欲しいと伝える。
そして月子はバイト代で買った王子に指輪を渡す。おそらく価値としてはジンから贈られた指輪の方が絶対に高いが、ジンにとっては月子が自分のために働き、それを贈ってくれたことはプライスレスに感じられる。そして月子は王子である自分ではなく、ジンという一個の人間に贈り物をしてくれた。それはジンにとって初めてに近い経験で、彼の心を動かす。
近づく夏休み。そこに土木・建築のスペシャリスト・カジが登場する。1巻につき1人は満天国からの使者が増える法則なのか?
ジンとの話し合いの前にカジは正式な妃ではない月子を部屋から出し、月子は そのことを落ち込むが、ジンの側近のガクは裏表のないカジのような人間こそ信用が出来ることを月子に教える。権謀術数の渦巻く世界に行く心構えを月子に教えているのだろう。
カジがジン王子に報告するのは建設中の橋の半壊。そして現場の混乱から出てくるのはジン王子の不在を嘆く声。なぜジンが戻らないのかと考えた国民たちはジンが異世界で悪い女に捕まっているからではないか、と邪推する。そしてカジは その噂を流布した者がいると考え、ジンは それが異父弟・シビではないかと推理する。
国民の前に姿を現す前から悪評が広がると、月子は満天国で居場所を失う。だからジンは現場の収拾と月子のために一度 帰国することを決意する。夏休み中に自分が満天国に一時滞在するなどと夢を見ていた月子にとって、ジンとの別れは想定外で、彼女は混乱する。先行きの見えない不安に押しつぶされそうになり、泣きそうになるが、彼女は自分を奮い立たせ、涙を堪える。
そして再びジンの前に立つときは、怪我した国民のために購入した包帯や消毒液を渡す。ジンは別れに涙しない月子を意外に思うが、知らない国の民を思う彼女の優しさに触れて感情が溢れる。もう月子は妃として あろうとしている。そのことを実感したジンは彼女のために道を模索する。
こうして2人は別れを選ぶ。月子は最後まで泣かなかったが、ジンの姿が消えると姉の胸で泣きじゃくる姿に涙腺が緩む。
それから2か月が経過してもジンは戻ってこない。月子は心配のあまり生活に身が入らない。それでも日々の努力の積み重ねの先にジンとの未来があると思い、泣かないように努めていた。
そこに急に現れるのはジンの父親で満天国国王。彼は月子の家の飼い犬に装着されていた宝玉輪=妃選定の道具を取り外し、持ち帰る。それは国王自ら月子に失格の烙印を押したということを意味していた。一方的に婚約を破棄された形になり、それはつまりジンに会えない可能性が出たということ。
その現実を友人の前で認め一度は号泣する月子だが、泣けば心は晴れ、こちらからジンに会いに行こうという気持ちが芽生えた。まだ異世界への道が残っているという希望を持ってジンや国王が出入りしていた庭の犬小屋付近を掘り返すが不発。
それでは と『2巻』でシビと出会ったキャンプ場付近の穴を目指す。そこで出会ったのは『1巻』で月子が最初に出会った満天国の家臣(彼らは完全に犬)。
彼らから今回のジンの「渦」が重いことを聞かされ、月子は異世界息を決意する。キャンプ場まで送ってくれた天然な姉は さすがに涙を流しながら妹の帰還を願う。そして月子は見知らぬ世界へと旅立つ。
その「道」の途中で出会ったのは、この道を維持し続けていたシビだった。彼は月子に更なる試練を与えるために、王宮への最短距離を取らせない。顔見知りの家臣たちとも離れ独りになってしまった月子の冒険が いま始まる。