《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

本編終了は2009年だったが、3年の留学から帰ってきたら2019年。まさか近未来が舞台だったの!?

幸福喫茶3丁目2番地 (花とゆめコミックス)
松月 滉(まつづき こう)
幸福喫茶3丁目(シアワセきっさ3ちょうめ)
第16巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★(4点)
 

潤に進藤さん、一郎君などなど…カフェ・ボヌールの仲間たちが帰ってきた!「幸福喫茶3丁目」のその後を描いた特別編。気になるあの人たち、皆出てきます!

簡潔完結感想文

  • 幸福な家庭だから逆差別されていた一郎一家に初めて幸福が訪れる。リアル10年後か。
  • 白泉社の逆ハーレムからは男性たちは脱出不能カップルより先に一生を捧げたよ…。
  • 進藤一家など山積した諸問題を1話で片付けようとする本編最終回と同じ慌ただしさ。

イムスリップとタイムパラドックスの 番外編、実質16巻。

2009年の本編終了後から ちょうど10年が経過した2019年に復活した『幸福喫茶3丁目』。最終『15巻』の描きおろしの扉(?)部分で一郎(いちろう)が「2」があるとジョークで言っていた内容が現実になった。

10年も経過すると絵が変わっていくのは当然で、良くも悪くも絵がシンプルになっている。良い面は鬱陶しすぎた前髪が少し軽く見えること。草(そう)など まだまだ前髪が気になる人もいるが、全体的に頭髪はスッキリまとまっている。ただ当時の絵に思い入れがある人からすると、同じ絵ではなく残念に思う部分もあるのだろう。
2000年代に活躍した作家さんの作品を2010年代半ばから番外編として復活させる試みが白泉社であったと思われるが本書も その一環。これまではヒット作から遠ざかった作家さんを救済するための企画だと思っていたが、もしかしたら主力雑誌からの卒業制作と言った感じなのかな(例外もあるが)。最後の思い出に 作家の1番人気の作品の番外編を作ってあげようと言う編集者側の打算と温情の結果なのだろうか。そう考えると怖い制度だなぁ…。

ただ本書の場合はヒット作の その後が読めると言う面よりも、未完成部分を埋める言い訳的な側面も目立つ。後述するが本編では残された謎や描かれるべき場面が描かれないことが多すぎた。その放置された伏線を10年後に何とか回収している。結局、この番外編でも本編同様 最後の一話に色々と詰め込み過ぎていているのは変わらない。番外編の面白さを優先したのだろうが、10年経っても悪癖が残っているような気がした。

番外編では奥手すぎる進藤の影が いまいち薄い。代わりに一郎、そして二郎兄弟の成長が印象的。

実時間では10年が経過したが、作中では本編のメインの時間から3年後という設定。『15巻』の最終ページで進藤(しんどう)が3年間のフランスに お菓子留学から帰国する場面があるが、あの続きから始まっていると考えて差し支えないだろう。

1コマだけ現実時間と作中時間が奇跡的に重なるところがある。それが1話目の「あべかわさんちのさくらもち」の最終ページ。ここでは本編で6歳、番外編で9歳の二郎(じろう)と さくら が最後には高校生となっている後ろ姿が描かれている。つまり本編の約10年後の姿で、まさに2019年の彼らと言っていいだろう。その奇跡のような一コマが とても好きだった。


間に関して気になる点が2つ。本書収録の2話目の題名が「進藤さんちで新年会2019」となっているが、そうなると本編は ほぼ2015~6年の出来事になってしまう。本編の連載が始まったのが2005年だから、そうなると本編は10年後の近未来を描いていた という驚愕の新事実が生まれてしまう。いや単純に作者としては2019年に掲載したから その年にしたのだろうことは分かる。でも2019と断定する必要性も あまり感じられない。

そして本編でも使われたヒロイン・潤(うる)のタイムスリップが この番外編でも使われたことが私には残念だった。当初は都合の良い夢を見る夢オチ装置としてのタイムスリップだと思っていたが、段々と公式見解として使われ始め、潤のタイムスリップは過去の人間の記憶にも残っていることが判明した。
今回、その時間移動を使用したのは、潤が連絡を取る手段もない萩原(はぎわら)という彼女的にも作品的にも消化不良になった人との再会と再出演が目的なのは分かる。ただ今回 その能力を使ったことで潤は過去の萩原に影響を与えた。そして これによって、萩原は自分が敬愛する潤の父親・光志(こうし)の死に際して、潤を恨まない生き方を見つけるかもしれないという別の平行世界が発生する可能性が出てきた。それは潤に「赤い封印」が解かれない未来に繋がる。今回のタイムスリップで萩原が変わっても 変わらなくても、何とも微妙な空気を残すことになる。タイムスリップこそ封印して欲しかったなぁ…。


された伏線や謎が多すぎる本書だから描くべきことはいっぱいあった。私は登場人物たちのその後や恋愛エピソードより、どう決着をつけるのかに注目した。

最終回では自分の子供である進藤を捨てた彼の母・千年(ちとせ)が育ての親となってくれた店長に頭を下げる場面があった。本編で無視されたこと大問題が10年後の作者が ちゃんと けり をつけてくれたのは良いが、3年後まで放置したのは やっぱり千年の身勝手さを感じた。潤たちに環境を整えてもらって初めて頭を下げられるなんて まさにガキである。
進藤が自分に命を与えてくれた両親と、そして養父である店長の「家族」4人でボヌールに揃うのは感動的なのに、千年の生き方や態度は私は嫌いなままだった。

潤は進学した大学で教育学を先行していることは明かされるが何の「先生」になりたいかは曖昧なまま。

また店長の大事な友人である「颯季(さつき)」問題も一応 最後の最後で けり をつける。店長が会いたがっていた颯季と再会を果たす予感を残す終わり方なのでハッピーエンドに違いないが、颯季がどんな顔で、どんな関係性の人なのかはノータッチのまま。過去の自分が作った借金を いつまでも返済できないような気持ちになった。さすがに「2番地」の2巻が出たりはしないだろうから、永遠に謎でしょう。店長に思い入れはないので、颯季の謎そのものの解明よりも、当時の作者が何を考えて颯季問題を引っ張ったのか、そして どうして説明する余裕がなくなったのかを知りたいものだ。

「あべかわさんちのさくらもち」…
9歳となった二郎と さくら。同じ小学校に通う2人。だが二郎は相変わらず身体が弱く、反対に さくら は運動が得意な健康児。さくら に追いつきたい二郎は未習得の さかあがり を、中学生となった健志(けんし)と有本(ありもと・弟)に教えてもらう。途中、千代(ちよ)も顔を出すが、本編同様キャラの割には活躍しない。

秘密特訓で すれ違うことで距離が出来る2人。けれど これは遅かれ早かれ生じた距離だと思われる。ただの幼なじみから少しずつ変化していく気持ち。それでも互いの自然のままの姿を認め合い、寄り添える2人。ラストは高校生になった彼らが恋愛感情を込めて手を繋ぐ様子が描かれている。

健志はアホ毛に成長が見られる(笑)兄・一郎は独身が決定的だし西川家の将来は二郎に懸かる。

「進藤さんちで新年会2019」…
進藤が帰国し4か月が経過した、潤20歳の頃の話。ボヌール組の3人に草を加えた4人の男性と逆ハーレム新年会が始まる。草も一郎もまだまだ潤が好き、というファンタジー設定。10代の3年間なんて永遠に等しいのに…。

そして進藤と潤は正式なキスをしていない仲。帰国後も進藤から個人的にデートに誘われたりしていない。蜜香(みつか)と一郎に そそのかされて潤は自分なりのミッション・手を繋ぐを目論むが 進藤に不自然がられて すれ違う。

ここで潤と一郎が同じ大学だということが判明する。本編で言っていた通り、潤に悪い虫がつくことを阻止しているようだ。大学での話は次の3話目で読める。

蜜香の到着と同時に、潤がお酒を飲んでしまいダウン。そこで男子会となり、店長が進藤の結婚について ぶっこんだ後、これまたお酒の匂いだけでダウン。そして潤を好きな3人の男性だけで会話が始まる。進藤は他の2人が虎視眈々と潤を狙っていることを知り、口だけは一丁前に潤は渡さないと言い立ち去る。ただし一郎たちも潤が笑顔でいられることを望んでおり、実力行使になど出ない。

蜜香のアシストもあり、寝ている潤は進藤が見ることになる。潤のベッド脇で進藤は両想い直後に留学し、3年間離れていたことから縮められない自分たちの距離について悩んでいた。帰国後も お互い恋人のように振る舞わないままで、進藤は潤の気持ちが不安だった。

だが潤から手を繋がれたことで彼女の恋心を確かめられた進藤は、潤にキスをする。これで潤は再びダウン。しかも起きると夢だと思っていた、という白泉社らしいオチとなる。

「西川さんちは心配性」…
ボヌールが定休日の土曜日に一郎は大学で潤の補講につき合う。一郎は現在大学3年生で、2年生までに主な単位を取得したので、(おそらく1学年下の)潤の面倒を見られる。ちなみに潤は教育学専攻だという。潤と一郎が同じ大学に行くには、潤が相当頑張ったか、一郎が最初からランクを落としたかだろう。一郎にとって大学だけが2人でいることを許される時間だから大切にしている。

この話は3月ぐらいの話で、新年会で潤と進藤に何かがあったことを一郎は察知していた。今の一郎には2人の交際の進展を遅らせることぐらいしか出来ない。

この回ではゲストキャラとして有本と副委員長が登場する。どうやら中学時代から有本を好きだった相沢(あいざわ)が彼女に告白したらしい。しかも結婚が前提らしい。みんな気が長いなー。

一郎は進藤が留学で不在の時には失恋を実感しなかったようだが、進藤が帰国後は2人の進展や 潤から進藤の話を聞きたくないと強く思い出した。それは嫉妬だけではなく、進藤との関係が変わることが嫌だった。大事な人を違う方向性で2人も失う喪失感に一郎は悩んでいたようだ。

自分の気持ちの正体に辿り着いた一郎は潤に恋するのではなく、全身全霊を捧げて愛することにする。潤を自分のモノにするのではなく、自分が潤に帰属する。彼女のために生きることで大切な2人を傷つくことなく見守れるようになる。実際、この後の話では一郎は潤と進藤の交際について口を出さないよう耐えている様子が描かれる。

そしてタイトルが示すように一郎の西川家の話でもあり、両親や二郎が一郎の気持ちに寄り添ってくれるという内容になっている。本編では不幸こそ勲章みたいな話が多かったが、こうやって健全な家族の様子がちゃんと描かれていることに現実の時間の流れを感じる。

「千年さんちに行ってみた with 桜庭さん」…
またもボヌールが定休日の土曜日、店長からの進藤とのデートの勧めを断り、潤は出掛ける。潤が向かったのは進藤の母親・千年の家。潤は千年とは進藤がフランス留学中の3年間、進藤情報を送り続けていて、定期的に連絡を取るようになった。

千年の家に向かったのは進藤の父親である桜庭(さくらば)のためでもあった。門前払いされる桜庭は潤を防波堤にして千年の攻撃をしのぎ、そして潤を利用して家への侵入を計画していた。将来的な義理の両親になる2人の縁を取り持つことは潤にとって有益だろう。ただ この3年間は何の進展もなさそうな大人たちである。それでも20年の空白に比べれば桜庭にとっては現状も楽しい日々らしい。潤という潤滑油が頑張りすぎる千年の精神を和らげているみたいだ。

最後に桜庭からのメールで潤を追いかけて進藤が現れる(この父子が いつ連絡先を交換したのか知りたい)。自分の失敗の経験から父・桜庭から掴んだ手を離さないよう、と言われる進藤。帰り道、2人は手を繋いで帰る。それは恋の第一段階である。

「婚約のお知らせ ~幸福喫茶にて~」…
タイトルで色めくが、開始1ページで蜜香と鈴木(すずき)のことだと判明する。蜜香は婚約の お披露目会をボヌールでしたいと申し出る。その際、ボヌール組には各一人ずつ特別な人を招待して欲しいという。これは一種の蜜香のワガママだろう。なんだか潤の母親みたいな立ち位置になっている。まぁ このワガママのお陰で これまで集まれなかった人が一堂に会することが出来るのだけれど。

この回で、潤は再びボヌール店内で転んで頭を打ち、またもタイムスリップをする。『9巻』で使われたネタで、私の大嫌いな設定だが番外編でも導入するとは…。
そこで潤が出会ったのは過去の萩原。父・光志は存命のようなので15年以上前だろうか。まだ潤への憎悪を燃やす前で彼も穏やか。そこで潤は彼の言って欲しい言葉を投げかける。ただし萩原との会話よりも自分の放った言葉で潤が誰を店に招待するかが決まる方が重要になる。

潤は蜜香の招待枠を千年に使う。千年は桜庭が連れてきてくれた(もちろん潤からの招待は事前に千年に連絡し 了解済みだが)。ちなみに桜庭は進藤の招待枠で呼ばれている。
そして千年は店長と対面し、頭を深々と下げる。店長に恨む気持ちは無い。進藤を産んでくれたことの感謝でいっぱい。こうしてトラウマの割に淡白な解決となる。千年問題ぐらいから進行を急いぐあまり情緒が無いのが残念だ。つくづく萩原はいらなかったなぁ…。

こうして一家3人と養父(?)は揃って一つの店に集まる。進藤が大きな節目を迎えたことを察した一郎は、潤と進藤を一時的に店から解放する。相変わらず損な役回りだが、3話目を経過している一郎にとっては もう これを損とも思わない自分の生き方になったのだろう。

2人で近所を歩きながら 2人は今日のことを話し始める。潤は自分の お節介を詫びるが、進藤は自分にとって大事な人たちが会うことに賛成している。そんな潤を進藤は離さないと心に決めるし、そんな彼の気持ちを察したかのように潤は進藤が笑顔を得意技にするまで離さないと言う。3年が経過して潤は男性陣の心の中が分かるエスパーのようになっている。

だが進藤は自分は笑顔が一生 得意にならないから一生 そばにいろと潤に約束させる。そして今度こそ正式なキスをする。自分や義理の両親にも挨拶を済ませているような状態だし、潤が本当に婚約する日も そう遠くはないだろう。