松月 滉(まつづき こう)
幸福喫茶3丁目(シアワセきっさ3ちょうめ)
第10巻評価:★☆(3点)
総合評価:★★(4点)
好きな人が出来た時のために料理の腕を上げようと思った潤。草の応援も受けて、まずはクッキー作りにチャレンジ!! 一郎くんや店長のアドバイス、そして進藤さんの特訓を受け焼き上げたクッキーを配る潤に、皆の反応は…!?
簡潔完結感想文
- ヒロインが総勢27人にクッキーを配り回る「選挙戦」の10巻。いよいよ神格化が酷いが。
- クッキー作りはイケメン3人、勉強回はイケメン2人、男に囲まれなきゃ生きていけない。
- 謎の新キャラで一番の謎は年齢。作者は10代~40代まで男性の体型を同じに描くんだもん。
シアワセ教の信者として相応しいか、作者が読者を ふるい にかける 10巻。
私の中では(悪い意味で)伝説の『10巻』である。
今回の内容は、ヒロイン・潤(うる)がクッキーを作り、それを総勢27人のキャラたちに配り回る、というもの。それだけ。恐ろしいほど内容がない。しかも その誰にでも作れそうなクッキーは、誰からも ありがたがられる。潤の頑張り以上に、感謝の量が多くて、彼女が どれだけ作品世界で愛されているかを再確認する内容となっている。
好意的に見れば、連載も50回を迎え、潤が これまで出会ってきた人たちとの縁をクッキーが もう一度 結び直す、という総集編みたいなことを やりたかったのかな、と推測できる。確かにカフェ・ボヌールだけでなく学校関係者・親戚縁者など、キャラを振り返る良い機会になっている。
今 気づいたが、これは「選挙戦」でもあるのだろう。連載50回突破を記念して行われた人気投票企画のための全キャラ登場なのか。こうやって これまでのキャラたちを ほぼ登場させることによって、読者にキャラの顔と名前を覚えてもらうための顔出しをしたかったのだろう。確かに潤からクッキーは貰えなくても、草の学校関係者の神田が出てきたり、健志の学校では千代も出てくる。確かに1巻分の内容の中で27人の人物を一挙に出そうというのは、結構 至難の業なのではないか。そう考えると再評価したくなるが、宗教臭さは変わらない。
総勢27人の内訳(読み仮名省略)は、ボヌール組の進藤・一郎・店長の3人、潤の両親の2人、そして従弟の健志一家に祖父を加えた4人、一郎の家族である西川家の他の3人、安倍川兄弟一家の5人、モデルの蜜香、学校関係者では、有本と その弟、相沢生徒会長に土田と双子の弟妹、山根さん、そして名前が不明の副委員長となっている。最後に亡き父・光志で27人となる(はず)。
作者の考えたキャラなのだから、作者が提示する者が正解なのだろうが、どうしても私の中の進藤と、作中の進藤にズレがある。
『10巻』ではボヌールで出す新作ケーキのアイデアが話題に出るのだが、潤が偶然 出会った男性から そのアイデアを頂戴し、ボヌールに持ち帰る。これをプロのパティシエである店長・進藤(しんどう)が大して悩みもせず採用を決めるのは納得がいかない。この人たちにはプロ意識とかないのだろうか。話の流れを優先するためなのだろうが、作者が彼らの仕事への愛情を踏みにじっているような気持ちになり憂鬱になった。作者だって読者が送ってきた話のアイデアを そのまま流用したり しないだろう。躊躇するのが普通だし、自分なら どう このアイデアにアレンジを加えるかという挑戦が彼らの美学ではないのか。
そして三角関係の一角を担うかと思われた一郎(いちろう)が恋愛的には脱落し始めたからなのか、セクハラ発言で爪痕を残そうと必死な感じが嫌だ。彼の内心の焦りを表現しているのかもしれないが、イケメン無罪なだけで、完全にアウト寄りの発言をしているのが受け付けられない。最初から こういうキャラ設定だったら まだ分かるが、どうにも影が薄い彼に、記憶に残るような新たなキャラ付けを模索して こうなってしまったのだろうか…。
また潤の夢の中で処理して欲しかった『9巻』の亡き父・光志との邂逅が、潤の中で現実として消化されているのも嫌な印象を受ける。潤は父親の記憶がないぐらいの頃に彼と別れているはずなのに、今回 潤は父親の喋り方を夢の中で見たものと断定している。これは怖い。自分の妄想を更に妄信して、父という存在を揺るぎないものにしている。ハートウォーミングな作風だと思っていたが、ちょっとしたホラー、またはスピリチュアル世界に なりかけている。
これまで自分と無縁だった恋というものを考える潤。母からの電話にも(好きな人を作るという根本的な)恋愛相談をする。それに対し母は「いつのまにか自分の中で 大きな存在になってた人」が「好きな人」だ教える。
自分に女子力が足りないという焦りもあり、女子力 = お菓子作りと考え、その向上を誓う。そうすることで いつか好きな人ができたときのためになると考えたからだ。心情面ではなく思いっきり形から入っている気がしてならないが。
進藤たちのようなケーキ作りはハードルが高すぎるので、潤が選んだのはクッキー。しかし独力で作ろうとするが失敗する(一郎と一緒だったとはいえ『6巻』ではマフィンは問題なく作れていたのにね…)。
そんな自分の現状をボヌール内で語ったら、店長が気を利かせて、進藤が講師となってクッキー作りを教えることになる。聞き捨てならない一郎も参加することになり、結局 店長も含め、たかだかクッキー作りにイケメン3人が投入される過保護な現場となる。クッキーを作るだけで連載1回分が消費されるのも贅沢だろう。このクッキーは潤が苦労したもの、という演出だろうが、他の作品なら1コマで終わるような内容だと思ってしまう。
潤は出来上がったクッキーを まずボヌール組の3人に贈る。
そして安倍川(あべかわ)一家の5人にも。潤が好きな草(そう)は それを家宝のように扱う。そんな縁もあって、潤は安倍川家で兄・柏(かしわ)のもと、草と英語のお勉強をすることになる。潤が安倍川家に入るのは『3巻』以来2回目ですね。こうしてクッキー作りはボヌール組を、勉強は安倍川兄弟を利用する逆ハーレム状態が続く。
それにしても潤は学校帰りからボヌールのバイトが始まるまで安倍川家で勉強しているが、一郎が最後に連絡する必要性があったとはいえ、バイトは休みの日という設定で良かったのではないか。バイトを理由に学校では勉強から逃げてきたのに、安倍川兄弟の家には入ってからバイトに向かう潤の行動の順序が良く分からない。ただの男好きか??
店長から提案され、潤もボヌールの新メニューを考えることになる。そこで潤は近くの図書館でアイデアを探す(店長たちが欲しかったのは もっと直感的なアイデアだと思うけど)。
潤は製菓の本を独占している男性に声をかけたことで その人と身の上話をする。明らかに今後、重要な役割を担うであろう男性に 潤は自分が新メニューを考えていると告げると、彼は具体的なケーキのアイデアが詰まった自分のイラストを潤に渡す。
この時、この男性の年齢が画面から伝わらないのが残念に思う。作者の描く男性は10代~40代の一郎の父親まで全部一緒だから、初対面の男性の雰囲気が どれくらいの年齢層なのか、全く分からない。画面では分からないのなら、喋り方とか潤を見て世代が違うと思うとか、そういったヒントを散りばめて欲しい。画力が無いのなら、そういう部分で補足しなけば読者に対して不親切だと思う。
実はこの人物、雑誌のケーキ特集で取り上げられるほど有名な、老舗洋菓子チェーン「ブロッサム」の取締役 兼 社長・桜庭 三明(さくらば みつあき)だということが この後、作中で明かされる。どうやら かなりの年齢らしいと思われる(最終巻によると40歳直前か)。そして潤は桜庭の正体は知らないままである。
潤がボヌールで図書館の一件を話すと、進藤たちはナンパの危険性もあり、あまり知らない人間を信用しないように彼女に釘をさす。だが潤は おいしそうなケーキを考え付くひとに悪い人はいないと楽観的。そして その人=桜庭は父親に話し方が似ているので好印象を持っていた。
どうやら『9巻』での夢の中でのタイムスリップは潤の中では すっかり現実として認識されているらしい。これは恐ろしい考え方だ。もうちょっと潤の中で冷静に処理してて欲しかった。
そんな潤は亡き父のためにもクッキーを用意し、彼のために供える。そんな潤の優しさに彼女を見守る父の霊が反応したかのような動きを見せる。いよいよ このクッキーは霊界との通信も可能な人知を超えたものとなっていく。光志の話題は どんどん胡散臭くなっていくなぁ。作者の自己陶酔が半端ない。
健志(けんし)の誕生回が最後にあり、主要人物たちが出揃ったことで、選挙戦は終わる。謎の新キャラは登場したものの、何も起こらない日常回、いやクッキーまみれのクッキー巻となった。