《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

傘よりも半径が小さな笠で「相合笠」をするためには 顔が触れるほど近づかなければならない。

帝の至宝 3 (花とゆめコミックス)
仲野 えみこ(なかの えみこ)
帝の至宝(みかどのしほう)
第03巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

怪我の手当てをきっかけに知り合った香蘭と志季。志季の正体はなんと帝! 身分を越えて友人になった二人だが、香蘭は志季の優しさにドキドキする毎日☆ そんな中、村祭りの舞台上で吏元が香蘭にプロポーズ!? 一方、志季にもある疑惑が持ち上がり…動揺する香蘭だけど!?

簡潔完結感想文

  • 白泉社作品の中盤特有の日常回が多いが、全て わざわざ皇帝陛下が出る幕ではない。
  • 文字の読めなかった香蘭は通学して数か月で高級薬の調合も教わってるんだって…!
  • 2人の「相合笠」だが、香蘭が志季の権力を笠に着るという意味にも見て取れる。

の作品全体の姿勢が好きになれなかった 3巻。

鈍感な相手に恋心が全く伝わらないという白泉社作品特有の中盤の王道パターン。この王道を歩くのは本物の王様である志季(しき)。彼に恋する庶民ヒロイン・香蘭(こうらん)が実質的に失恋しながらも それでも彼を恋よりも深く愛していくというのが『3巻』の流れ。恋愛が大きく動かないので「日常回」と言ってもいいのだが、やはり学校生活における生徒会長と一般生徒の日常回とは違うので、全部の話に帝が顔を出すのは無理があるような気がしてならない。

そして本書は隔月誌「ララDX」での連載だからか、毎回 状況説明から入り、そして読者に2か月分の満足を与えるためなのか承認欲求を満たそうとする展開が きっちりと用意されている。雑誌読者にとっては渇望を満たす内容かもしれないが、単行本読者にとっては濃い味ばかりが並んでいるようなもので、やがて その味が飽きてきてしまう。

これまでも書いてきたように本書では理想論や香蘭の自己犠牲の強さばかりが目立つ。今回、香蘭がなぜ自己犠牲で動くのかが語られて、彼女の背景が少し分かる。香蘭の自己肯定感の低さも読者が彼女を応援・共感したくなるポイントであろう。

だが貴族も平民も広く平等に機会を与えることがこの国の方針となっているはずだが、本書はどうかんがえても香蘭びいきが酷い。続けて読むと悪い酔いするほど、香蘭は素晴らしい人です、という彼女の提灯記事にしか見えなくなってくる。そして健気な彼女だから帝にも愛される資格があり、彼女の姿勢は この国を良い方向に導いているのです、という偉人伝のような内容になっている。

いつか香蘭の理想論を実現できない志季が悩み苦しむ日が来るだろう。その意味では香蘭は悪妻なのかも…。

恋愛的にはリセットを繰り返すが、話の構造的には香蘭は帝の寵愛を一身に受けている。作者も色々と工夫を凝らしているのは分かる。今回は志季と香蘭の主従関係が逆転する話は面白かったし、ラストの「相合笠」もドキッとする場面だ。だが冷めた視点で見ると、両方とも志季が出しゃばる意味はあまりなく、物語が続けば続くほど帝の権威が落ち、志季が お飾りの裸の王様に見えてきてしまう。

何度も書いてきたが、香蘭の容姿も相まって、低年齢向けの作品に感じられてしまう。しかも確固たる世界観を持たないので、ツッコミどころが満載だ。志季の暇さ加減もそうだし、いつの間にかに香蘭が薬学の知識を得ているのも気になった。エクスキューズとして学校で習ったことになっているが、読み書きから覚えるような段階で、「高級薬の調合」を習うという非現実な内容になっている。

今後も話が続けば続くほど、悪い意味でのファンタジー感を増しそうな気がする。少なくともヒロインを称賛するような内容は早々に終わりにしないと足元から帝の治世が崩れていくような気がしてならない。国も作品も立て直すべきところが多いように思う。


頭は日常回。香蘭が苦手な踊りを克服して頑張る、という話なのだが、わざわざ帝が登場する必要がない お話でもある。

この回では志季と吏元(りげん)の会話で、志季が香蘭を妃に全く考えていないのは、妃が自由を奪われることを意味するから。束縛したくないから恋愛しないという恋よりも深い香蘭への愛が感じられる。失恋状態であっても常に物語は香蘭をヒロインにし続ける。

最後に香蘭のピンチに志季がどこからともなく現れるというのも いつもの展開。毎度のように香蘭は志季の寵愛を受けているという話で変化が足りない。


感で恋がどういうものか分からない志季が、吏元に恋心を抱いている疑惑が出るコメディ回。もちろん志季が吏元を気にするのは、吏元は香蘭を巡るライバルだからであって、吏元のことを考えた先にいる香蘭こそが真の恋の相手なのは読者には分かる。

志季にホモ疑惑が出たことで、周囲だけが慌てふためく。このままでは帝に世継ぎが出来ないので国としては大変だろう。ただ作品としてはホモをネタにして扱っていて旧時代的だぁなと思う。エリート社会大好き白泉社作品は、ホモを異端とし、疑惑自体を面白がる傾向がある。確か葉鳥ビスコさん『桜蘭高校ホスト部』でもホモを連発していたネタ回があった。彼らの考える世界、白泉社が創造する上流階級にはLGBTなど存在しないのだろう。こういうのを2020年代に読むと感性が古いなぁという印象を受けるようになった。

この回での香蘭の良い人ポイントは、例え自分が失恋しても、志季に自分の気持ちを伝えることを優先させる、という優しさを見せるところである。志季に吏元への告白タイムを設ける。

妃に関しても、政治的な考えなど排除して、個人の幸せを志季に追及して欲しいという願いを告げる香蘭。彼女の考えは理想的で正しいんだろけど、つまらない。こう言われてしまったら、逆に志季が高度な政治的判断などが出来なくなる。ある意味では志季に理想を押しつけ、現実とのギャップに苦しませているようにも思える。

段々と志季が気づきそうになる香蘭への気持ちはリセットされ、読者だけが微妙な変化を読み取る。こうして読者を満足させつつ現状を維持していくという白泉社的な平行線が続いていくのだろう。


季から密偵の依頼をされ、貴族のお嬢様役を演じることになった香蘭。幼く見える彼女の容姿の特徴を使い、子どものふりをして相手を油断させる作戦となる。志季は この貴族の家の従者と言う立場で、主従が逆転した展開が面白さとなる。

期間限定の主従逆転。『執事様のお気に入り』同様に、格上イケメンに かしずかれる悦楽が楽しめる!?

この回も、ある意味では水戸黄門的に素性を隠した志季が、市井の人々や地方の政治を知るという内容になっていて、香蘭だけは周囲がどんなに現王政を評価してなくても味方でいてくれる、という単純な構図が繰り返し提示される。

そんなことよりも心配なのは、帝の権力の中枢が全員で動くことであろう。志季たち3人の内、誰かは王都で反対勢力ににらみを利かせるべきなのではないか。こう言っては話が始まらないのは分かるが、志季が出向く必要性が薄い。

そして いつの間にか香蘭が医者役をしているのが気になるところ。彼女は文字も読めない学のない人だったはずなのだが、看護のエキスパートのように描かれているなぁ。門前の小僧習わぬ経を読むのかもしれないが。一応、取ってつけた説明としては通っている学校で「高級薬の調合」を教わったという説明がある。学校で高級薬なんて扱わないし、そんな学問レベルではないだろうに…。そして素性のハッキリしない者が煎じた薬など偉い人は飲まないであろう。志季が毒を盛られた(『2巻』)という話を描いておいて、志季が毒味なしで色々な物を食しているのが気になる。

国を変革する途上である志季と、それを体現する香蘭と言う存在。そして他人の苦しみを放っておけない香蘭の姿勢に、帝は良い影響を受けている、という話である。


んな香蘭の姿勢が確立された過去話が最後の話となる。

ある日、香蘭が王宮内で志季から贈られた簪(かんざし)を落とす。それを帝本人が届けに行く。そこで志季は香蘭の じっちゃん から昔話を聞き、香蘭の性格形成に大きく関わった過去の話を聞く。

自分が捨て子であることを改めて近隣の住人から知らされた香蘭は、自分が誰かの役に立とうという性格に変わっていた。だから家に舞い込んできた贅沢品は全て売って お金に換えて、人の役に立つものに換えてしまう。しかし志季から貰った簪だけは売らずに大事にしていた。

少女漫画において、彼から贈られたアクセサリは愛の結晶である。香蘭にとっては簪を失くすと言うことは、2人の愛が成就しない未来に繋がるような気持ちになっただろう。そして それを大事に持っているということが香蘭が密かに志季を慕い続けていることを意味している。もし本当に志季が妃を娶ることになれば香蘭は この簪を売ってしまうのだろうか。

香蘭は簪を街中で捜し回っていた。だが志季が持っているために当然 発見できず、一度は家に帰るが、そこに志季がいることに驚き、簪をもう一度 探すため雨の中を駆けて行ってしまう。志季は追いかけ、簪を改めて髪につけてあげることで彼女を安心させる。

そうして2人は、1つの笠を相合笠にして帰路につく。やや無理な体勢で笠に入るため、顔が急接近する場面なのだが、志季が香蘭を抱きかかえていることもあって、幼稚園のお迎えぐらいにしか見えないのが残念だ。

この回の過去回想で悪役になった隣の おばさんへのフォローもされていて、今では香蘭を大事な村の住人だと思ってくれている。香蘭に遺恨は無いが、じっちゃん は根に持っているというオチにして、香蘭の無垢な心は保たれる。そんなにも香蘭を良い人に仕立て上げなくてもいいのに…。


「交渉屋アーリン」…
依頼人に代わって通らなそうな交渉をまとめあげる優しい仕事、それが交渉屋。亡き母の後を継ぎ17歳で店を持つアーリンが出会ったのは盲目のクライツと名乗る男性。目の治療が出来る高名な魔女を訪ねるという彼は お金に糸目はつけないと言う。そこで魔女との交渉をアーリンが買って出るのだが…。

本来の姿ではない男性との旅というのは『1巻』収録の読切短編と同じで、作者のイケメンを描きたくないという後ろ向きの願望の結果であろう。世界観も一緒で、魔女は以前の主役のマチルダである。この同一の世界を舞台とした連作短編で1冊にまとめ上げても面白かったかもしれない。

私の頭の出来の問題かもしれないが、最後が やや分かりにくい。そして まだまだ半人前ということなのかもしれないが、アーリンが とことん無能にしか見えない。もう少し彼女も交渉屋として自分を捕えた人間たちと 渡り合う場面を用意しても良かったのではないか。