仲野 えみこ(なかの えみこ)
帝の至宝(みかどのしほう)
第07巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★☆(5点)
妃になれなくても志季の役に立てるよう、頑張る香蘭!そんな香蘭に志季はついに…しかし隣国・録から和平同盟の破棄を伝える使者が!不穏な空気が漂う中、香蘭のもとに意外な人物が現れ…衝撃の事実を告げられた香蘭は…!?大人気王宮ロマンス、感動の最終巻!!
簡潔完結感想文
- 王妃になる前の最後の試練。戦争の危機も遠距離恋愛の道具に過ぎない。
- 香蘭に与えられる母からの呪い。志季が進もうとする愚かな父と同じ道。
- 少女漫画に蔓延するチビッ子キャラの急成長。低身長には人権が ないの⁉
幼女の皮をかぶった18歳が戦場を駆け回る「幼女戦記」が始まる 最終7巻。
ハッピーエンドである。王妃という立場に納まり白泉社史上最大級の玉の輿に乗ることが出来た。
この『7巻』で本編は完結となるが、その後の読者の熱い声援を受け(または「特別編」が大好きな白泉社側の事情で)、描き切れなかった物語が『7巻』出版から6年半後に「特別編」として補完される。
本書は、作者が想像したこと、設定したことが全部 紙面に表現できれば一層 面白くなったのではないか。それだけ作者はキャラクタ1人1人を愛し、それぞれに背景を考えていることは、単行本に描き下ろされた余白部分の内容から見て取れる。でも それが本編に きちんと反映されているかというと首を傾げざるを得ない。いくら想像力が豊かでも それが作品内で読み取れなければ意味がない。一例を挙げるとすると帝の臣下・円夏(えんか)と雨帖(うちょう)の距離感なんて一度も感じられなかった。その悪い意味でのギャップを克服できれば作者は一皮むけるだろう。そういう1人1人の背景が重なることで作品に厚みが生まれ、ファンタジー世界を実感できる手掛かりになるのに、それが感じられないから後半戦が取ってつけたような印象を受けた。色々と惜しい。
中でも構成の面は残念でならない。もう少し早く主役2人の恋愛話から「国」の問題へのシフトを済ませていれば、物語にメリハリが生まれ、マンネリ傾向からの脱却が進み、駆け足に進む物語に余裕が生まれたのではないか。ちょっと『7巻』に詰め込み過ぎている。全7巻でも中盤の日常回を削除して、最後の2巻で『7巻』の内容を分割し、補足説明して欲しかった。人の動きが早すぎて、頭が追いつかない部分があったので、きな臭い状況の中で、それぞれが何を考え、どう動いたのかを詳細に記して、ドラマ性を演出して欲しかった。
逆に言えば、限られた紙面で枝葉末節を排除して、必要最小限の描写で描きたいことを描いたという手腕が発揮された、とも言えるのだろう。
最終巻は、ガバガバ警備をくぐり抜けてきたヒロイン・香蘭(こうらん)にスパイの才能を発揮させたり、当て馬として中途半端だった春玉(しゅんぎょく)が本書で必要だった理由が判明したりと、偶然の産物かもしれないが、ここまでの彼らの特徴や立場を上手に利用している点に感心した。特に春玉は恋愛面での中途半端さから一転、何にでもなれる切り札・ジョーカーの役割を発揮していた。
そして登場人物に対して優しい本書の中で、母に関する処遇だけは冷酷だったことが目を引いた。香蘭にとって母、志季にとって父は、間違った人生の象徴であることが分かる。
少女漫画において、女性キャラのサバイバルは厳しい。恋のライバルになったら追放は間違いなし。だが本書は香蘭の恋のライバルはゼロと言っていいだろう。学校で意地悪をした夸白(こはく)も恋のライバルとは言えず、彼女の悪意は香蘭の寛大さを演出するために利用され、お咎めが無かった。ヒーロー・志季(しき)の「婚約者」役を担った隣国のプリンセス・華茗(かめい)も恋敵にはならず、私欲を一切 見せず香蘭のために動いた。そして最大の障害と考えられていた皇太后も、志季のために香蘭の強さを見極めはしたが、結局 無条件に近い形で彼女を認めた。
そんな中で、作品は母にだけは容赦がない。きっと それは本書で唯一、香蘭を不幸にし、香蘭に悪意を抱いたからではないかと思う。
少女漫画世界というのは、ある意味でヒロインの絶対王政である。ヒロインという至高の存在を賛美するために作品=世界があると言っていい。この王に牙を剥いた者は、世界を追放される宿命にある。
その対象が、この巻で登場する香蘭の実母。香蘭を生んだばかりの母は悪い占いを信じ、その災いが自分たちに及ぶことを危惧し、娘を捨てた。この浅慮と愚行によって母親は香蘭という作品の女王に対し、害意を抱いたという罪になる。
更に母は、再会した娘・香蘭に占いの結果を告げるという、余計な お節介をする。これにより香蘭は占いという呪いに かけられた。そう考えると香蘭の母は「魔女」である。眠れる森の美女・オーロラ姫に対するマレフィセントのように、不幸な予言を残す。
そんな母親に作品は きちんと罰を用意する。それが彼女の余命いくばくもない未来だったのだろう。
更に香蘭は、無知で弱い母の二の舞になりかけたが、友人の助言で復活し、自分の道を進むという対照性が見えた。これもまた母は愚かであることを強調しているようで、徹底的に叩きのめしている。
もしかして これは志季も含めて、先代を否定することで当代の素晴らしさを讃えているのだろうか。よく歴史書は、後世の者が自分たちの治世を正当化するために、その前の権力者を悪く書くというが、本書も それに当たるのだろうか。志季の父は自分の意にそぐわない賢い側近たちを処刑し続け、国の自滅を狙うかのように争いを好んだ。そんな破壊衝動とは真逆の性質を志季に託すことで、対比により志季の優秀さが際立つ。香蘭もまた同じ。母を愚かにすることで、香蘭は本当に優れた国母として描かれる。
そして母の余命が短いのは香蘭を捨てたことに対する罰だけでなく、生きていると今後、彼女が得をしてしまうという面もあるのだろう。つまり香蘭が王妃になった時、母の一家は王妃の家族となり、自動的に身分が上がる。そして きっと香蘭は自分を捨てた母にも優しくするだろう。こうした棚からぼたもち的な展開になってしまわないように、母は娘が王妃になる前に この世を去り、分不相応な幸福を得ないよう計算しているのではないか。残酷な言い方だが、生きていられちゃ困るのである。
若き日の志季にも負けない徹底して冷徹な考えが作者の中にあるのが分かる。
冒頭で留学生である春玉が帰国する。学校のクラスメイトと、王宮の面々が、それぞれ布を縫い合わせ、それを贈り物にする。相変わらず庶民の風習に帝まで巻き込む香蘭である。ヒロインには誰からも愛される天賦の才があるのか。その上、香蘭は志季の言うままに溺愛されていて、あざとい。若い王が色に現(うつつ)を抜かして国を傾かせかねない。でも恋愛の障壁であった皇太后も志季の変化を目の当たりにして、香蘭を受け入れている。この国に香蘭を危険視する者は もういない。既に結婚の準備は整っており、間もなく王妃によって帝は操られる。
しかし あれだけ身分差を気にしていた割に、身分格差は最後まで なくならないが、反対の声も聞かれない。国民に そんな声を上げさせないために志季は実績を上げ続けるという目標があるのだろうが。
最後まで香蘭は王妃になることは望まないまま、志季に求婚される。ヒロインは常に無欲でなければならない。そして玉の輿は結果であって、目的であってはならない。こうして名実ともに王妃候補になった香蘭だが…。
だが その先に2人はそれぞれに問題を抱える。
香蘭は、自分の出自を知ると同時に、自分に掛けられた呪いを知る。そして志季は春玉の父である隣国の王が和平を破棄したことを知る。この問題が2人の運命を大きく揺るがす。まさにクライマックスである。
志季の時と同様に、香蘭が村の入り口で倒れていた女性を介抱するのだが、じっちゃん の見立てでは余命いくばくもない という。その女性こそ、18年前に香蘭を村の入り口に捨てた実母だった。命が尽きる前に我が子の成長を陰から見たい、というのが彼女の願い。
自分の正体を隠そうとする実母の意向を華麗にスルーして じっちゃん は、香蘭に母だと告げ、2人に語り合う場を設ける。
母が香蘭を捨てたのは生後間もない香蘭に対し占い師が、国を滅ぼすと告げたから。それを妄信した一族は香蘭を殺すように動き、母は娘を捨てることで その騒動の幕引きを図った。ちなみに父親は香蘭が生まれる前に他界しているという。
なんともカルト宗教じみている。この国、この時代の占いに関する風習などが描けていればいいのだが、作者の脳内設定だけで、狂った家族にしか思えない。こうして駆け足で香蘭の捨て子問題は語られる。これにより平民 → 貴族とクラスチェンジした叔豹(しゅくひょう)みたいな一発逆転がないことを示したかったのか、それとも香蘭が王宮に入る前に庶民との最後の対面を果たしたかったのか。
いや、大事なのは母が自分が受けた呪いを、香蘭に かけることだろう。
この占いの結果を香蘭も信じることになり、今後の彼女の行動に制限をかけた。もしかしたら母は、現世で身軽になるために娘を探したのではないか。本当に娘を大事にするならば、こんなバカ正直に娘に対する不吉な呪いなど知らせなくてもいい。母は自分の責任を放棄できる機会を窺い、綺麗な心身で死出への旅路を歩きたかったのではないか。ここもまた自分本位な考え方に見える。
こうして親子の対面と別れを終えた香蘭のもと志季が姿を現す。隣国の反乱に香蘭が巻き込まれる可能性があり、保護しに来たのだ(なぜ帝が自ら…??)。
だが香蘭は、志季の考えが甘くなったのは、そして今回の反乱の芽を育ててしまったのは自分だという、自罰的な発想になる。早くも母から受け継がれた呪いが発動している。
全ての不幸の発端は自分だ、という「セカイ系」の発想によって、香蘭は王妃を辞退する。最終的には「婚約者」も皇太后も味方につけた最強ヒロインが、呪いに負けた。
そして隣国の王もまた過去に囚われていると言える。彼は、現王である志季の展開する外交ではなく、先帝の暴虐を忘れられないから、同盟を破棄した。恨みや呪いは時間を超越するのだろう。それを晴らすことが人生の目的になってしまう。
そして王により春玉も前線に立つことを命ぜられる。隣国の王は、戦の天才である志季を攻略することで、諸国に一目置かれるために開戦する。そして王太子である春玉が前線に立つのは、自軍の奮起と、そして志季への精神的圧力のためである。
新しく生まれた子供が跡継ぎになるから、春玉を駒として使う。もっともらしい理由が、この時代、生まれたばかりの子供に後世を託すのは、リスクが高すぎて現実的ではないのではないか。無事に育つ保証はないし、だからこそ側室を設け、世継ぎを複数確保するんだし。どうしても この展開にするなら春玉の出自に関する情報などを入れるべきだったのでは(政略結婚で愛が無かったとか)。
だが戦の天才・志季は相手の作戦を全て先読みしていた。春玉が前に出ることも予想し、その上で彼を叩くことを発案する。それが最小限の犠牲で、最大限の戦果を上げることだから。それ以外の方策も練るが、志季は冷徹さを貫く。香蘭から王妃を拒絶された志季は、かつて何にも執着しなかった頃のように、何もかも簡単に手放し、諦めようとしている。志季の人生は、香蘭に救ってもらったもので、彼女のために生きるのだから、彼女が無事なら その他の全てを破壊できる。
もしかしたら先帝の自殺衝動とも言える国への破壊衝動は、若き先帝に大切なものを守れなかった悔恨があるからなのかもしれない。大切な人がいない世界など興味がないから、他国も自国も壊すことで世界に復讐する。
この時点では、香蘭・志季ともに、間違った方向に進んだ親と同じ道を歩いているのか。
香蘭の間違えを正すのは学校のクラスメイトたち。特に夸白(こはく)は、非常時に香蘭に王妃を断れた志季の気持ちを考えろ、と香蘭に喝を入れる。
こうして、香蘭は母とは違う道を歩み始める。呪いにも、自分の中の不安にも圧し潰されず、自分の願いを叶えるために。呪いとは精神を委縮させる働きなのかもしれない。
香蘭が親を乗り越えたように、志季も先帝とは違う道を進むべき時が来た。
志季は春玉が指揮を執る舞台に開戦前に奇襲をかけようとしていた(戦争の最低限のルールすら守らない非人道的な行為だろう)。
だが その直前に、呪いを振り切り、前線に駆けつけた香蘭と再会する。もはや自分の弱い心に打ち克った香蘭は、最強の聖母。香蘭は、濁り始めた志季の心を浄化せんと、理想論を彼に吹き込む。こうして志季は非戦を貫こうと思考を巡らす。歴史は繰り返されることなく、志季は志季の国づくりを始める。気になるのは志季の思想背後には いつも香蘭がいること。少女漫画的には満たされる内容が、国にとっては王妃による傀儡政権という側面が浮かび上がる。ベタ惚れゆえの婦唱夫随の言いなり陛下の誕生である。
志季が講じた策は、隣国に手を貸す、元・第二皇子である弟(異母弟?)が実は、母国の内通者と仕立て上げることだった。こうして弟はスパイとして捕獲対象となる。
志季は この捕獲に隣国の王が直接出向くと考え、彼が本営を離れる隙に、春玉のもとに香蘭を密使として送り、彼の翻意を促した。ここでは幼女にしか見えないという香蘭が、王宮に入れたように、敵陣の内部に侵入できる香蘭の特性を上手く活用している。もしかして香蘭はスパイに一番向いているかもしれない。敵陣に入れるし、独特の魔性で周囲の男性は彼女に好意的に振舞うし。
作戦としてはガバガバだが(特に隣国の王の動き)、ここで気になるのが、賢帝・志季が、春玉の恋心を利用したかどうか、である。
春玉は香蘭のことを、妃にしてもいいぐらいは気に入っている。志季に対する当て馬的な動きをしたことで、志季も敏感にそれを感じ取っているだろう。香蘭の潜入工作の志願は、志季にとって渡りに船だったのではないか。もちろn友情・愛情、それらを利用して春玉と戦わず、彼の安全を確保したい、という気持ちもあっただろうが。
春玉の裏切りによって、戦局は大きく変わる。このタイミングで志季は隣国の王を呼び寄せ、開戦前に会談の場を設ける。
志季は、王に増援と戦力をまざまざと見せつけ、彼が和平への道を選ぶよう誘導する。
このまま開戦すれば、隣国は負けるが、そこまでに互いに多くの犠牲が出る。だからこそ均衡が生まれるのだが、隣国の王は平和主義の志季には、開戦による犠牲は耐えられないと見越し、王は人質の交換を要求する。
その人質こそが香蘭(ちなみに隣国側の人質は華茗である)。
志季は香蘭を失うぐらいなら開戦も辞さない心積もりだが、香蘭は側近の円夏によって この国のために犠牲になることを切望される。これは理想論で話を進める香蘭が、その身をもって理想を貫く実践となる。ここで顔を隠した円夏が泣いている、という描写が良い。彼は彼にしか出来ない苦渋の決断をして国を支えているのだ。
だが人質になれば もう二度と大切な人たちに会えないかもしれない。それでも香蘭は、この国と志季のために人質になることを決める。それが自分が望んでいた志季の役に立つということだから。
王妃になる前に、香蘭は その生き方をもって、この国のために尽くす。
人質だが、少女漫画的に見れば、これはクライマックスに散見される遠距離恋愛の危機である。2人の愛が試され、そして成長するために別々の道を歩く、という決断が遠距離恋愛を成立させる。
そして香蘭は旅立つ。ここは さながら駅や空港での別れの場面であろう。志季は国や立場の全てを投げ出したくなる衝動を抱えるが、香蘭が諫める。逆に、永久的に隣国にいると考えている香蘭を、志季は諫める。香蘭が一日でも早く帰国できるように注力することを誓っている。
別れの際、2人は互いを忘れないように口づけを交わす。
こうして香蘭は、志季を信じ、再会する日に、胸を張れる自分でいられるよう準備を重ねる日々が始まった。
そこから2年半後の王都には、それぞれの時間を過ごした元クラスメイトたちがいた。最年少であろう吏元(りげん)が大きくなっているのは想定内。でも まさか最年長の香蘭が大きくなるとは…。
春玉は、退位した父に代わり王となる(春玉にとっての新しい弟との兼ね合いが謎である)。春玉の扱いも謎。母国の裏切者として志季の国にいたように見えるが、すんなりと跡を継げているし。
その帰国に際し、志季は隣国に出向く。
志季は2年半、妃をとらずにいた。それが国内での(再び)ホモ疑惑を巻き起こすのだが、妃をとれば香蘭に人質としての価値がなくなり、彼女の身に安全が保障されない。だから世継ぎがいない国のリスクを厭わずに、志季は動かないことで和平の継続と香蘭を守った。
そして隣国で2人は再会する。
この2年半で、香蘭は成長していた。
少女漫画のチビッ子キャラは高確率で最終回や その後で成長するのは なぜなんだろう…。チビッ子キャラを担うことが不要になったので、足枷を解いたということなのか。なんだか背の小さい事や幼児体型が、人にとって不幸であるという一方的な価値観の押しつけで あまり好きじゃない。好意的に解釈すれば母の呪いが解けて、成長を阻害する要素が なくなったからか?
こうして香蘭は誰もが好きにならずにはいられない、美貌と知性を兼ね備えた完璧な人間となった。この2年半は、香蘭にとって辛い遠距離恋愛の期間だったが、学ぶことの多い留学期間でもあったのだろう。彼女に志季の側にいたい、彼に見合う自分になりたい、という目標があったから人質でありながら成長を誓った。そして充実した生活が彼女を内面から輝かせたのか。
この再会で、香蘭は衝撃的な事実を知る。それが志季の年齢。読者は『4巻』から知っていたが、香蘭は ここで初めて知る。1話で香蘭の意外な年齢が明かされ、志季が驚愕した本書だが、最終話は逆で、香蘭が志季の年齢に驚いているという素敵な対称性が見える。それに外見や年齢、立場ではなく、志季その人を好きになった香蘭にとって年齢は さほど重要な要素ではなかろう。
その後、2人は結婚し、香蘭は王妃になった。玉の輿物語も完結である。夫婦には世継ぎである長男をはじめ3人の子に恵まれ、この国も安泰となる。これにて大団円である。