仲野 えみこ(なかの えみこ)
帝の至宝(みかどのしほう)
第08巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★☆(5点)
大人気王宮ロマンス特別編が待望のコミックス化!晶王朝の帝・志季の妃として迎えられた平民出身の香蘭。離れ離れの2年半を経てようやく一緒になった二人の新婚生活は…?
簡潔完結感想文
- 既婚者同士、元・同級生同士、元・人質同士 の会話が家族・夫婦の在り方を変える。
- 作者自身の出産を経て、王妃も ご懐妊。夫婦・家族の話に一層の厚みが出たのでは?
- 17歳まで執着心のなかった志季に比べ、7歳で自分の宝を発見する皇太子。未来は明るい!
夫婦になってからも相手との距離は一層 縮められることが分かる 特別編。
なんとも幸福感に溢れた一冊である。
単行本としては実に6年半ぶりとなる、後日談である「特別編」が出版された。香蘭(こうらん)と志季(しき)だけでなく、登場人物たちの その後が分かり、読者が知りたい痒い所に手が届く内容となっている。
私が感心したのは最終話の内容と本書の作り方。
まず最終話は『7巻』の最後で おまけで描かれた1ページの、3人の子供に恵まれた皇帝一家の お話である。おそらく最終話で生まれた子が、香蘭夫婦にとって末子となり、5人家族が完成する。
物語は その長男・史耀(しよう)の視点で語られ、立派すぎる父のようになれるか不安を抱える彼が、等身大の父を発見するまでの物語になっており、少し心が軽くなった史耀が、一歩踏み出すまでを描く。
ここで大事なのは史耀が皇太子であり、そして彼が現時点での自分の「至宝」を発見することである。父である志季は複雑な境遇で育ったこともあり、自分の「至宝」を認識するまで17年も かかった。だが史耀は7歳で自分の宝を見つけた。
志季を例にするならば「至宝」を大事にすることは、国を大事にする事と同義である。17歳までの志季は大事なものが分からず、自暴自棄といえる状態で父に命ぜられるままに戦い、勝利してきた。『7巻』の感想でも書いたが、これは志季と先帝である父の共通である。自暴自棄のような状態で国を動かすと、やがて その気持ちが拡大し破壊衝動へと変わる。隣国を攻めながら、同時に自国の破滅を願っていたのが先帝で、志季は それと同じ道を歩む過ちを犯すところであった。それが香蘭との出会いで一変し、同時に帝となった志季は、香蘭が幸せに暮らせる世界=国を作ろうと改心し、邁進してきた。
そして次代の王である史耀は そのことを7歳で体得する。それは この国が この先も安泰であることを示している。だからこそ読者は幸せな気持ちで本を閉じられるのである。もちろん本編あってこそだが、私は本編よりも特別編が好きだ。
そして本書には お話の作り方に一定の法則があるように思えた。
それが対話である。
テレビのトーク番組のように同じ立場の人たちが対談をしていて、その対談の内容が その人に影響し、夫婦や家庭を変革していく様子が見て取れたのが面白かった。
・1話目は 叔豹(しゅくひょう)× 志季 の 既婚者同士のボーイズトーク。
・2話目は 香蘭 × 夸白(こはく)× 夸紅(ここう) の 元・同級生同士のガールズトーク。
・3話目は 叔豹 × 吏元(りげん) の 元・同級生同士のボーイズトーク。
・4話目は 香蘭 × 華茗(かめい) の 王妃&元・人質同士のガールズトーク。
・5話目は 史耀 × 皇帝一家を支える王宮の役人たち の 志季の実像ぶっちゃけトーク。
といった感じで、対話から相手(妻や夫、または父)との関係を進めるヒントを得ている。
トークの場面としては短いのだが、元同級生が多いこともあり、同窓会のような懐かしくて、それでいて一瞬で当時に戻ったように何でも話せる気兼ねのない間柄だからこそ出来る会話が多い。
特に前半の3話は、すぐに会話の影響を受けてしまう人々が可愛らしくて、慣れないことをする彼らの緊張感を楽しみつつ、それによる効用と幸福感が味わえて、読者には得しかない。
そして前述した最終話は史耀の話で、偉大な父というプレッシャーに飲み込まれそうになる彼が、等身大の父を知ることによって自分にも理解しやすい父を発見する。こういう温かな記憶は、将来 彼が国を背負うことになっても ずっと生き続けるであろう。そして彼は、大切なものを守れるようになるために、これから知識と経験を貪欲に吸収するだろう。弱い身体を打ち克つために武を磨くかもしれない。そういう克服したい自分がいるから、人は強くなれる。
それにしても白泉社は本当に特別編が好きだなぁ。2010年代半ばから乱発している。私が読んだ作品でも田中メカさん『キスよりも早く』、南マキさん『S・A』、伊沢玲・津山冬さん『執事様のお気に入り』の特別編が出ているし、他の作品でも特別編は存在する。
言い方が悪くて申し訳ないが、これ、その作品以降の連載が続かなかった作家の救済策にも見える。くすぶっている時期に人気作品の特別編を用意することで、仕事を与え、知名度の復活と再浮上の機会を与えているように思える。なぜなら次の連載も順調に当たった作家さんは特別編を出していない。まぁ白泉社が どこまでも面倒見が良いという証拠なのかもしれないが。
本書も2015年から特別編が始まったが、作者の出産などがあった(らしい)ため、特別編5話中4話は2020年以降の発表となり、特別編の出版は本編終了から6年半後になる。それだけ時間が経過しても読者に受け入れられることは作品にとっても作者にとっても嬉しい限りだろう。連載終了や企画の指導から間が空いても出版に向けて動き続けてくれたことに感謝したい。
「第1話」…
香蘭が王妃として迎えられたばかりの頃の話。香蘭は王宮内で自分の身分を隠し色々な仕事を楽しんでいる様子。そして人質となった2年半で知識と教養、そして美貌まで手に入れ、王宮で働く者を魅了して止まない。だが2人は結婚して3か月で「レス」なのである。いやレスというよりも、まだ致していない。
ただ精神的には揺るぎない2人で、結果的には2年半で終わったが、終わりの見えない人質生活の中の遠距離恋愛中でも、香蘭は誰からの誘いにも応えなかった。
叔豹との会話で「本音は口に出して言わなきゃ伝わりませんよ」と教えられた志季は、香蘭の身分を王宮内で明かす。独占欲を隠さず、そして本音を語り合い、2人は本物の夫婦に近づいていく。
「第2話」…
結婚直後の香蘭側の奮闘を描く話。前回が男性側の話ならば、今回は その逆。
結婚してからの2人は、自由な時間が取れない。結婚する前も志季は帝であったけれど、色々 暇そうだったのに…。また、志季は結婚後も後宮はつくらない。そして たった1人の王妃である香蘭に負担がかからないように配慮する。
そして香蘭は自分が志季を支える、という結婚前からの誓いを果たすために奮闘し、そしてガールズトークから授かったテクニックを駆使する。お互いが気遣って、理想の夫婦像と言えよう。ごちそうさまでした。
「第3話」…
叔豹と夸白、自称・仮面夫婦の物語。
結婚はするけど家事はしない上から目線で結婚を受け入れた夸白だったが、結婚後、特に出産後は家族のために時間を費やしていた。逆に叔豹は自分をATMだと宣言していたが、彼の方はATM以上の働きはしていない。婚約から5年、結婚生活も続いてきた頃、叔豹は自分だけが宣言を守っている、モラハラ夫なのじゃないか、と気づき始める。
いきなり三つ子が誕生してからは、家族というユニットとしては仲の良い2人。ただ夫婦らしいかというとそうではない。今更、彼女のために動くのも恥ずかしく、割り切った関係だと思っていたからこそ、距離の詰め方が分からない。
吏元との会話の後、気まぐれで髪飾りを買ってしまった叔豹だが、その帰り道、事故に遭う。
目を覚ました叔豹に夸白はいつも通り接するが、夸白は叔豹が目を覚ますまで、心配で泣きじゃくっていたという。そして叔豹からのサプライズプレゼントに表情を取り繕う余裕もなく赤面している。そんな彼女の本当の姿を見た叔豹は、彼女に寄り添う。終わり方も素敵である。
この話で夸白が『7巻』で香蘭が人質になった件を自分のせいだと反省している場面が好きだ。作者の想像力が隅々まで行き渡っていて、同時に夸白の責任感や可愛さが よく出ている。香蘭の処遇に責任を感じる夸白だが、この件には叔豹も関わっており、それが2人を結ぶ縁になっているのも確か。愛も、その反対の罪も2人で背負っていくのが夫婦なのだろう。
「第4話」…
春玉(しゅんぎょく)と華茗の結婚が決まり、隣国へ向かう帝と王妃。
この頃は、香蘭が結婚してから2年が経過していて、子供を望んでも授からない状態。さすがの香蘭にも焦りがあり、自分のせいだという考えが消えない。そんな彼女の心配を和らげるのは志季。世継ぎ問題による周囲からのプレッシャーを与えぬよう帝の権力を ちょびっと使う。
だが そんな明け透けな話を華茗としている最中に香蘭はめまいで倒れてしまう。そこで懐妊が発覚する。志季は自分の子というものに実感がないが、香蘭が妊娠していると分かると一気に父性が爆発している。自分と我が子を慈しむように愛してくれる夫に香蘭は安心を覚える。
春玉は いとこ同士の結婚か。最後まで優柔不断だったように思う春玉だが、良い王になれるのだろうか。なんだか志季に手玉に取られそうで、結局、属国のような扱いにならないか心配である…。
「第5話」…
4話での妊娠で生まれた長男・史耀が7歳の頃、香蘭は第3子の出産間際という状況。
あまり身体が丈夫ではない史耀は自分を 不甲斐なく思っている。弟が生まれることになる この日、史耀は王宮の中の者たちに、両親である帝夫婦の話を聞き、彼らの実体を知っていく。
完璧に見える父親で、そのプレッシャーを感じていた史耀は、父が ただの「妻バカ」だということを知り、安心する部分もある。そして志季にとって香蘭が大事なように、家族も宝の一つになり、家族が幸せになる世界を願い、国づくりをしている。こうして未来の帝であろう史耀にも大事なものが分かり始める物語となり、明るい未来を予感させて物語は閉じる。
ちなみに じっちゃん はこの時も存命である。本書で命を落としたのは香蘭の母親ぐらいか(それも直接の描写は無いが)。
史耀視点というだけでも素晴らしい着眼点だ。彼のお陰で王宮組は一気に登場させることが出来て、史耀が父母の話を聞き、見識を広めると同時に、彼らの現状も知ることが出来る。
身体が丈夫ではないから不甲斐なく、自分の将来を不安に思う7歳。だが話を聞き進めるうちに賢帝である父でさえ、色々な人に支えられて生きるのだから、自分も大事なものを見失わなければ大丈夫、と思えたはずだ。
しかし この長男、香蘭に よく似ていて、成人間際まで背が伸びなかったりして…。背も含め、様々な事柄で弟妹に抜かれることがあって、色々とコンプレックスを抱えそう。そういう自分を乗り越えて欲しいなぁ。